上書き
※この物語はフィクションです。
あなたが観測するまでは。
夜。
コンビニの自動ドアが開く。
軽い電子音。
悟は無言のまま店内へ入った。
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蛍光灯の白さが、
今日はやけに冷たい。
雑誌棚。
弁当コーナー。
コーヒーマシンの蒸気。
全部いつも通り。
なのに。
何かだけがズレている。
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悟はペットボトルを手に取る。
その時。
背後から声がした。
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「……あれ?」
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悟の肩が止まる。
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「兄ちゃん、どっかで見たことない?」
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振り返る。
スーツ姿の男。
三十代くらい。
酔っているわけではない。
だが視線だけが妙に鋭かった。
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「最近会った気がするんだよなぁ」
男は笑いながら近づく。
悟は何も答えない。
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その瞬間。
男の視線が、
悟のスマホへ落ちた。
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待受画面。
一瞬だけ映っていた。
“翁”。
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男の表情が止まる。
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「……それ、なんだ?」
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空気が変わった。
店内BGMが遠くなる。
冷蔵ケースの駆動音だけが耳に残る。
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悟の脳裏に、
41話のノイズが蘇る。
『見つけるな』
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心臓が跳ねる。
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見られた。
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その感覚だけが、
異様なほど鮮明だった。
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男がもう一歩近づく。
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「おい、それ見せ──」
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瞬間。
悟の中で、
何かが切れた。
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“見られたくない”
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その感情だけが膨れ上がる。
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世界が、
一瞬だけ静止した。
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ピシッ。
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どこかで、
ガラスにヒビが入るような音。
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次の瞬間。
店内の時計が止まった。
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23:17。
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レジ店員が固まる。
電子レンジの表示も消える。
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そして。
男の表情から、
感情だけが抜け落ちた。
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「……あれ?」
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男は周囲を見回す。
困惑した顔。
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「俺、何してたっけ……」
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悟の呼吸が止まる。
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男は悟を見ていない。
いや。
認識できていない。
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視線が滑る。
そこに誰もいないみたいに。
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「……は?」
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悟の声は震えていた。
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男は頭を掻きながら、
商品棚へ向かう。
もう終わったことみたいに。
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時計が動き出す。
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23:18。
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店内BGMが戻る。
電子音。
足音。
日常。
何事もなかったように。
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だが。
違う。
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レジ横。
防犯モニター。
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そこに映る映像。
男しか映っていない。
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悟が、
存在していなかった。
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背筋が冷える。
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「……なんだよ、これ」
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喉が乾く。
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悟は逃げるように店を出た。
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夜風。
湿った空気。
呼吸だけが荒い。
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スマホが震える。
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非通知。
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悟は数秒見つめる。
だが。
出てしまった。
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ノイズ。
ザーッという音。
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その奥。
低い声。
男とも女とも分からない。
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『観測改変を確認』
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悟の全身が硬直する。
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『許容値を超過』
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ブツッ。
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通話が切れる。
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その瞬間。
コンビニの店内から、
悲鳴が聞こえた。
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悟が振り返る。
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店員が、
スーツ姿の男へ叫んでいた。
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「お客様!? 大丈夫ですか!?」
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男は立ち尽くしている。
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虚ろな目。
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そして。
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「俺は……誰だ?」
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夜の街が、
一瞬だけ無音になった。
——この物語は、あなたに観測されたことで成立しました。




