残響
※この物語はフィクションです。
あなたが観測するまでは。
夜。
雨は降っていない。
だが空気だけが湿っていた。
街灯の光が滲み、
道路は黒く濡れて見える。
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悟は自宅へ戻っていた。
玄関の鍵を閉める。
その瞬間。
ようやく息を吐いた。
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「……なんなんだよ」
部屋には誰もいない。
静かなはずだった。
だが今日は違う。
冷蔵庫の駆動音。
時計の秒針。
外を走る車。
全部が妙に耳につく。
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悟はソファへ座り、
スマホを開く。
検索欄。
“連続時計停止現象”
入力する。
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だが。
検索結果は、ほとんど出ない。
古い掲示板。
消えたリンク。
文字化けした記事。
まともな情報が存在しない。
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「消されてる……?」
無意識に呟く。
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その時。
ブツッ。
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部屋の電気が一瞬だけ消えた。
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悟が顔を上げる。
すぐ復旧する。
だが。
テレビだけが点いていた。
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砂嵐。
ザーッというノイズ。
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リモコンには触れていない。
悟はゆっくり立ち上がる。
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砂嵐の奥。
一瞬だけ。
“人影”が映った。
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「……っ!」
次の瞬間、
画面は普通のニュースへ戻る。
キャスターが笑顔で天気予報を読んでいる。
何事もなかったように。
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だが。
悟の鼓動だけが速い。
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その頃。
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編集部。
班目は古い資料を机へ並べていた。
年代の違う記事。
共通点は一つ。
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“観測”。
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「……偶然じゃない」
班目が呟く。
斉藤は煙草を咥えたまま、
資料へ視線を落とす。
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「最初は小さい違和感らしい」
「時計が止まる。映像が乱れる。知らない声が聞こえる」
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班目の脳裏に、
事故現場の空気が蘇る。
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「じゃあ今回も……」
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斉藤は答えない。
代わりに、
一枚の写真を差し出した。
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古い集合写真。
新聞社の記者達。
だが。
中央にいる男の顔だけ、
黒く塗り潰されていた。
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班目の眉が動く。
「誰ですか、この人」
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斉藤は低く言う。
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「昔、“見すぎた”記者だ」
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部屋の空気が重くなる。
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「その人、どうなったんです?」
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沈黙。
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そして斉藤は、
窓の外を見たまま答えた。
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「突然、存在が消えた」
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班目の背筋に寒気が走る。
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「戸籍も記録も写真も」
「何もかも、最初からいなかったみたいにな」
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その瞬間。
編集部の照明が、一斉に点滅した。
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バチッ。
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班目が顔を上げる。
周囲の社員達もざわつく。
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そして。
編集部のテレビ画面が、
一瞬だけ黒く染まった。
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そこに映っていた。
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ノイズ混じりの白文字。
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『見つけるな』
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次の瞬間、
画面は通常放送へ戻る。
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誰かが笑う。
「なんだ今の」
「放送事故?」
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だが。
班目と斉藤だけは笑っていなかった。
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斉藤が小さく呟く。
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「……もう始まってる」
——この物語は、あなたに観測されたことで成立しました。




