観測された側
※この物語はフィクションです。
あなたが観測するまでは。
夕方。
空の色が、少しだけ濁っていた。
赤でも橙でもない。
何かが混ざったような、不安定な色。
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悟は駅前を歩いていた。
人は多い。
だが妙だった。
誰もが、ほんの少しだけ周囲を気にしている。
無意識に。
理由も分からず。
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さっきの事故の映像が、
既にニュースとして流れ始めていた。
大型ビジョン。
「近頃、原因不明の事故が増加しており──」
通行人は足を止めない。
だが視線だけが流れる。
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悟は画面を見上げる。
自分が選んだ結果。
その一部が、もう社会に混ざっている。
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ポケットのスマホが震えた。
知らない番号。
数秒見つめ、
出る。
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「……誰だ」
『境界線、引いたんだね』
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悟の表情が止まる。
若い男の声。
落ち着いている。
だが妙に遠い。
ノイズの奥から聞こえるような声。
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「誰だお前」
『まだ早い』
短い沈黙。
『でも、もう君は“外側”に触れた』
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その瞬間。
駅前の大型ビジョンが、一瞬だけ消えた。
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周囲がざわつく。
だが数秒後、
何事もなかったように復旧する。
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『見えてるだろ?』
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悟は無意識に周囲を見る。
人の流れ。
足音。
光。
すべてが、ほんの一瞬だけズレていた。
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『最初は小さい』
『でも境界は、一度触れれば戻らない』
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「お前は何を知ってる」
悟の声が低くなる。
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だが相手は答えない。
代わりに、小さく笑った。
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『君は今、“観測され始めた”』
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通信が切れる。
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「……っ」
悟はすぐに掛け直す。
だが、
“この番号は現在使われておりません”
無機質な音声だけが返る。
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周囲の日常は続いている。
信号は変わる。
電車は動く。
人は歩く。
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なのに。
さっきまでとは違う。
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“見られている”。
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理由のない感覚が、
皮膚の裏に張りつく。
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遠く。
雑踏の向こう。
黒いパーカー姿の誰かが立っていた。
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目が合う。
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次の瞬間、
人の流れに紛れて消えた。
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悟は追おうとして、
止まる。
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追うべきか。
離れるべきか。
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その迷いの一秒で、
もう姿は見えなくなっていた。
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「……なんなんだよ」
小さく吐き捨てる。
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空を見上げる。
夕焼けが、妙に暗い。
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その頃。
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班目は編集部へ戻っていた。
事故の記事を整理している。
だが違和感が消えない。
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「班目」
斉藤が資料を机に置く。
古い新聞記事だった。
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『連続時計停止現象』
『同時多発交通事故』
『原因不明』
年代はバラバラ。
だが内容は似ている。
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班目の眉が動く。
「これ……」
「昔にもあった」
斉藤は静かに言う。
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「周期的に起きてる」
「そして毎回、途中で記録が消える」
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ページの一部が黒く塗り潰されていた。
不自然なほど綺麗に。
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「誰が消したんですか」
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斉藤は少し黙る。
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「……消された側は、みんな同じことを言う」
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班目は息を飲む。
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斉藤は窓の外を見たまま、
小さく呟いた。
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「“見てしまった”ってな」
——この物語は、あなたに観測されたことで成立しました。




