連鎖の兆し
※この物語はフィクションです。
あなたが観測するまでは。
朝のニュースは、穏やかな声で不穏を流していた。
「昨夜、市内で小規模な停電が発生——」
「原因は現在調査中——」
どこにでもある話題。
大きくも小さくもない出来事。
けれど、悟の耳には残った。
「……停電」
呟きは短い。
だが、胸の奥で何かが引っかかる。
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街に出る。
人はいつも通り動いている。
何も知らない顔で。
だが、その“いつも通り”の中に、わずかなズレが混じっている。
横断歩道。
信号が変わる一瞬の遅れ。
歩き出しが揃わない。
誰も気にしない程度の違和感。
それが、いくつも重なっている。
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「おー、また難しい顔してんな」
吉田凪 が後ろから肩を叩く。
「最近ずっとそれだぞ」
「……そうか?」
「そうだよ。なんかズレてんだよ、お前」
軽い言葉。
だが、その“ズレてる”という表現が妙に刺さる。
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「なあ凪」
悟が歩きながら言う。
「小さい違和感ってさ」
「ん?」
「積み重なったら、どうなると思う?」
凪は少し考えて、
「爆発すんじゃね?」
笑いながら言う。
「小さいミスが重なって大事故、みたいな」
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その一言で、悟の中で線が繋がる。
「……やっぱりか」
小さく呟く。
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場面が切り替わる。
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班目唯 は、上司の斉藤と向かい合っていた。
机の上には、昨日まとめた資料。
「これ、見てください」
班目は紙を差し出す。
事故、停電、遅延、システムエラー。
一つ一つは小さい。
だが、並べると奇妙な共通点が浮かび上がる。
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斉藤は目を通し、眉をひそめる。
「……偶然にしては多いな」
「ですよね?」
班目の声が少しだけ強くなる。
「発生タイミングが、微妙にズレてるんです」
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斉藤は椅子に深く座り直す。
「誰かがやってる、って言いたいのか?」
「まだそこまでは……でも」
言葉を探す。
「自然じゃないんです」
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斉藤はしばらく黙る。
それから、小さく息を吐いた。
「面白い」
班目が顔を上げる。
「追え」
短い指示。
「ただし、無茶はするなよ」
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班目は頷く。
その目には、確かな熱が宿っていた。
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再び、悟。
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ビルの屋上。
街を見下ろしている。
車の流れ。人の動き。信号のリズム。
すべてが機械のように動いている。
——そのはずだった。
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「……ズレてる」
目に見えないズレ。
だが確実に存在している。
昨日の“何もしない”という選択。
その影響が、表に出始めている。
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ポケットの中のスマホ。
まだ触れていない情報。
壊せば止まる可能性。
だが同時に、別の何かが壊れる可能性。
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「どこまでならいい」
悟は自分に問いかける。
全部じゃない。
何もかも壊すわけじゃない。
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「線を引く」
小さく言う。
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介入するライン。
壊す範囲。
守る範囲。
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それを決めなければ、
この世界は静かに壊れていく。
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そのとき。
下の通りで、クラクションが鳴る。
一台の車が急停止している。
後続車が追突しかける。
ギリギリで止まる。
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ほんの一瞬の遅れ。
ほんの数秒のズレ。
それだけで、事故になりかける。
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悟は目を細める。
「始まってるな」
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これはまだ、小さな歪み。
だが放っておけば、
確実に“大きな何か”に繋がる。
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悟はスマホを取り出す。
画面を開く。
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そして、初めて
“壊す範囲”を選ぼうとした。
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その瞬間。
遠くで、別のサイレンが鳴り響く。
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一つじゃない。
二つ、三つ。
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同時に。
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街のどこかで、
歪みが連鎖し始めていた。
——この物語は、あなたに観測されたことで成立しました。




