選ばないという選択
※この物語はフィクションです。
あなたが観測するまでは。
朝。
世界は何も知らない顔で回っている。
信号は変わり、車は流れ、人は笑う。
——普通だ。
「……」
悟だけが、その“普通”に引っかかっていた。
⸻
スマホの画面。
そこにあるのは、まだ触れていない情報。
一線を越えるだけの材料。
昨夜、麻生勇治 に見せられた“奥”。
「壊した瞬間、お前が悪になる」
その言葉が、残っている。
⸻
指を動かせば終わる。
いつも通り。
なのに——
動かない。
「……なんだよ」
自分に苛立つ。
壊せるのに、壊さない。
そんな選択、今までなかった。
⸻
「おーい!」
後ろから声。
振り向くと、
吉田凪 が手を振っている。
「顔やば。寝てねぇだろ」
缶コーヒーを放ってくる。
悟は無言で受け取る。
⸻
「なんかあったんだろ?」
「別に」
「はい出ました。“別に”=重いやつ」
凪は笑う。
何も知らない顔で。
⸻
「なあ」
悟が口を開く。
「全部壊したら、どうなると思う?」
凪は少しだけ考えて、
「知らん。でも面倒そう」
即答だった。
⸻
「だろうな」
「お前また変なこと考えてるだろ」
覗き込んでくる。
「考えすぎるとハゲるぞ?」
「黙れ」
⸻
どうでもいい会話。
くだらないやり取り。
でも——
その“くだらなさ”が、妙に重い。
⸻
一人になった後。
悟はスマホを開く。
閉じる。
また開く。
⸻
壊すか。
壊さないか。
その間に、もう一つの選択があることに気づく。
何もしない
⸻
「……」
それは逃げか。
それとも——選択か。
⸻
遠くでサイレンが鳴る。
誰かにとっての“非日常”。
でも、まだ自分には関係ない。
⸻
「……今日はいい」
悟はスマホを閉じた。
壊さない。
何も選ばない。
そう決めた。
⸻
世界は、何も変わらない。
いつも通り、回り続ける。
⸻
ただ——
ほんの少しだけ、
“何かが遅れた”ような気がした。
——この物語は、あなたに観測されたことで成立しました。




