第24話
街がすっかり暗くなってからジョージはホテルを出ると昼間に見つけていた”ホアリエン”のドアを開いた。
「いらっしゃい」
「ああ。1人なんだがいいかな?」
「もちろん、好きな場所に座ってくれていいわよ」
カウンターだけの飲み屋で金髪の男性客が1人カウンターの端に座っている。ジョージはその反対側の端に腰掛けた。
「ビールはいくら?」
「銅貨3枚」
3枚の銅貨を置くとグラスに入ったビールが出てきた。3番目の街よりも値段は高いが量はこっちの方が多そうだ。そんなことを考えながらビールを一口飲んだタイミングでカウンターの中にいる女性が声をかけてきた。年齢は40代半ばか後半だろう。黒髪で東洋人系の顔をしている。
「新しい迷い人?」
「ああ。日本人のジョージという今年の迷い人だよ。この店は薬屋のマーサに教えてもらった」
そう言うと女の表情が緩んだ。客の素性を気にするのはどこの飲み屋でも同じだ。
「なら安心ね。私はリン。出身は台湾」
「なるほど」
「ホアリエンってのはね花蓮という台湾にある街の中国語読みなの」
「花蓮なら聞いたことがあるな。そこの出身なのかい?」
「そう。出身地を店の名前にしている人は多いわよ」
「言われてみたらそうだな。上の台地でもケープのマスターが南ア出身だった」
「彼は古株ね。新しい迷い人はたいていケープで情報を集めてから降りてくる」
ビールを飲み干して銅貨3枚を置くと、リンがグラスに入った新しいビールを持ってきて空のグラスと交換する。ジョージがグラスに入ったビールを飲んだところで反対側に座っていた迷い人の男性が席を立った。精悍な顔つきをしている。30代後半くらいか。
「ご馳走様」
短く言うとジョージの方を見ることはせずに扉を開けた。
「またお越しください」
出ていく男の背中に声をかけるリン。扉が閉まると彼が飲んでいたグラスを手に取ってシンクに置いた。
「今の客はポーランド人。もう10年以上もこの街に住んで周辺を探索している。ベテランといえば聞こえはいいけど、要は私と同じ腰抜けの迷い人よ」
いきなり辛辣な言葉がリンの口から飛び出した。
「マーサの紹介だって言ったわね。実はマーサから事前に連絡がきていたのよ。ジョージという男にこの店を紹介したからってね」
「なるほど」
しっかりと連絡を取り合っている。逆に言うとそこまでする必要があるということだ。
「私もゲート探しを諦めた口、偉そうなことはいえないけどね。でもスパッとやめて飲み屋をやり始めた。でもあの男はスパッとやめる勇気がなくて毎日街の外で魔獣を倒しては生計を立てている。この辺りを探してもゲートがないのは分かっているのにね。南に行く勇気も技量もないのよ」
ボロクソだ。ジョージは黙って聞いているだけだ。リンが続けて言った。
「でもね、人を諌めたり、人様のものを盗んだりしようとしないだけマシよ。腰抜けなのは間違い無いけどそれでも人間としてやっていいことと悪いことの区別はついている。だからここでいくら酒を飲んでいても出ていけと言わないのよ。行き場所がなくなって悪落ちするくらいなら腰抜けのままでここで酒を飲んでいる方がみんなのためよ」
あいつは悪落ちする勇気も腕も無いのだろうと思ったが口にはしない。人の生き方に口を出せるほど自分は出来た人間じゃない。
それにしても台地の下に降りただけで街の雰囲気がガラッと変わった。何というか街の中がいつもピリピリとした雰囲気だ。比較的治安が良いと言われている西の街でこの状況だ。東の街に行ったらどうなるのか。
「ジョージはソロで動いているの?」
考え事をしているとリンが話かけてきた。彼はグラスから顔を上げてカウンターの向こう側にいる彼女の顔を見て言った。
「俺は誰とも組む気はないんだよ。この世界に来た時からソロでやっている。そして1人で動くからには強くないといけない。もちろん魔獣も1人で倒さないといけないからな。だから俺は時間をかけて鍛錬を続けてきた。俺と同じタイミングでこの世界にやって来た迷い人のほとんどは俺よりも数ヶ月も前にこの街に来ているか東の街に行っているはずだよ。でも俺は自分が納得できるまで鍛錬を続けた。それでソロでも大丈夫だと判断して初めて台地を降りてこの西の街にやってきたんだ」
リンはジョージの話を聞きながら薬屋のマーサと会った時のことを思い出していた。
「ジョージって男は今までの迷い人とは違うね。何というか強い意志を感じるよ。無鉄砲には見えない。思慮熟考し、決めたらその目標に向かって真っ直ぐに進んでいくタイプかもしれない」
その話を思い出しながらジョージの話を聞いているとマーサが言っていた言葉の意味がよく理解できる。普通ならとにかく人より先に動こうと後先を考えずに突っ走る迷い人が多いなか、じっくりと鍛錬をし自分で納得できてから行動を起こすタイプの人間に見える。
「同じ年の迷い人、それ以前にこの世界に来ている迷い人、この世界には多くの迷い人がいるけど焦らないの?」
ジョージは首を左右に振った。
「全く。今まで何十年も見つからなかったゲートがそう簡単に見つかるとは思わない。出遅れているとは全く思わないね。それに来年になればまた新しい迷い人がやってくる。周りを気にしていたら何もできない。自分の軸がブレなければいい」
「と言うことはしばらくこの街に腰を据えて鍛錬するということね」
「そうなるな。まだ来たばかりだ。街の様子だってよく分かっていない。鍛錬をしながら情報収集をしようと思ってる」
そう言ってからリンを見ながら言った。
「薬屋のマーサがこの店を紹介した時、リンはこの街の飲み屋の事情について詳しいって言ってたよ」
「長くいるからね。この街には迷い人が数千人住んでいる。1万人はいるんじゃないかと言っている人もいる。正確な数は分からないけど多いのは間違いない。そんな人たちを相手にしている飲み屋が20軒近くあるわ」
流動人口になるから正確な数なんて誰にも分からない。でも仮に1万に近い迷い人がいるとすれば飲み屋が20軒あってもやっていけるのか。当然酒を飲まない人もいるだろうが、そうであっても情報を取るツールとして飲み屋は有効だ。
「20軒近くも飲み屋があれば、いろんな店がある。うちみたいに真っ当にやっている飲み屋もあればそうでないのもあるんだよ」
「その話はこの街に来る前、台地の上の街の飲み屋でチラッと聞いたよ」
ジョージがそう言うとなら話が早いわねと前置きをしたリンがいくつか具体的なエリアの名前を言ってからそのエリアに関係のある言葉を店の名前にしているところは気をつけた方が良いと言った。その中にはさっき自分が見て苦笑した店の名前も入っている。
「100%そうだとはいえない。でも気をつけた方がいいわ」
「行かない方が良いってことかな?」
そう言うと黙って頷く。
「ゲートを探している迷い人が街の飲み屋に行く理由は2つ。1つはお酒を飲みたいから、もう1つは情報を集めたいから。でも今言った場所で得られる情報はないわよ。むしろ嘘の情報を流してくる事が多いわね」
そこで言葉を切ってジョージを見た。
「よく考えてみて。まだ誰もゲートを見つけられていないんだよ。ゲートに結びつく情報なんてそこで取れる訳がないじゃないの。誰もどこにゲートがあるのか知らないんだから。自分の探した場所を詳しく教える人好しの迷い人なんていないわよ。教えてきたらそれは嘘の情報ね」
「なるほど」
言われてみればその通りだ。情報を取りすぎることで却って混乱してしまう可能性がある。相手が本当のことを話すとも限らない。
「なので飲み屋でゲートの情報を得ようなんて考えたらダメ。じゃあ何の情報が欲しいの?今いる街の治安?東や南の街の様子?今いる街の治安なら飲み屋やってる連中ならある程度は説明できる。でもよその街の様子なんて人聞きの情報でしかない。それを鵜呑みにしている様じゃこの世界では長生きできないわよ」
「それは自分が迷い人をやっていた時の経験かい?それともここで飲み屋を初めてから気がついたのかい?」
「ジョージ、あんたいやらしい質問してくるわね」
そう言っているがリンは怒った表情になっていない。むしろ感心した表情になっていた。
「私がこれに気がついたのは迷い人をやめてここで飲み屋を始めてからよ。それまではあちこち顔を出しては情報を集めていたわ。でも情報って時間が経つごとに陳腐化していくのよ。今考えたら、当時それを間に受けて動いていた自分が恥ずかしいわね」
「信じられるのは自分だけってことだな」
ジョージが言うとその通りだという。
「ただこの西の街の事なら私は湯気の立っている情報を持っている。さっき言ったやばい飲み屋もそうだし、闇落ちしている元迷い人についてもある程度は知っている」
「よかったらそれを教えてくれないかい?」
「ジョージはマーサの紹介だから教えてあげる。さっきあげた店の中にはマスターと闇落ちしている盗人がグルになっているケースがあるのよ。客としてやってきた迷い人から宿や装備や所持金の額を聞き出して盗人の連中に教える。彼らがそいつを殺して手に入れた現金や魔石は飲み屋のマスターも入れて山分けしてる」
普通にあり得る話だ。でないと殺したはいいが、持ち金がないってことになりかねない。それ以外に市内をウロウロして目をつけた男のあとをつけるということもあるだろう。この街に来る途中で盗人達に殺された迷い人も、自分の情報を飲み屋経由で彼らに教えられていたのかも知れない。
「街の中で派手に動き回ると目立つな」
「逆にわざと目立って彼らを誘き寄せて殺す。そうしている迷い人もいる」
「なるほど」
逆にこちらから攻めるというやり方か。頭の中では理解できるがジョージは自分から進んで殺人をしたいとは思っていない。
「日本人には受け入れにくい考え方よね」
ジョージの頭の中を読んだかの様にリンが言った。
「ソロで動く人は狙われやすい。でも一方でソロで動いている迷い人は強い人が多いというのも知られている。この街に住んでいる30歳前後から上の迷い人でソロでやっている人達は皆ある程度の実力者。なので盗人はまず手を出してこない。ただジョージはどう見ても20代にしか見えない。目をつけられる可能性はあるわね」
「それは覚悟の上でソロで動いている」
まだまだ聞きたいことはあるが、初日でもあるしこの辺りでいいだろう。ジョージはグラスに残っていたビールを飲み干すと立ち上がった。
「色々ありがとう。また教えてくれるかな?」
「マーサにも言われているしね。問題ないわよ。できれば遅い時間の方がいいかも」
客が少ない方が話しやすいのだろう。ジョージは分かったと返事をして店を出た。




