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第一章 3-3

「ねぇエミリヤ、ゾーヤ。どちらのドレスがいいと思う?」


 イヴァンとの謁見を明日に控えた宵の口。

 ミーティスは白薔薇の刺繍が大人っぽい紺のドレスと、リボンや花飾りが可愛らしい桃色のドレスを前に、真剣そのものの面持ちで腕組みをしていた。


「姫様、楽しそうですね」

「ふぇ!? べ、別にそんなことはないわ」


 ぽそりと呟いたゾーヤに、ミーティスは手をじたばたさせて頬を淡く染めた。

 二度と会えないと思っていた恋人と再会できるのだ、楽しみでないと言えば嘘になる。

 けれど、それ以上に不安なのだ。


 前世でイヴァンと始めて会ったのは十六歳の秋、デビュタントパーティーの時だった。

 つまり、今からちょうど二年後だ。

 あのときは一目見たときからお互いに惹かれあったけれど、今の幼い姿でも同じようになるとは限らない。

 時間をかけて愛を育んでいくというのも素敵だけど、これはあくまでルカの考えた作戦の一環なのでそうはいかないのだ。


 そしてその作戦とは、いち早くミーティスに恋人を作ることである――。


「なるほど! あなたのことはこれっぽっちも眼中にないですよ、殿方として見ていませんよ、とお父様に明示するのね!」

「……まあ、そういうことだ」

「いいじゃない、やりましょう! きっとうまくいくわ」


 数日前のこと。

 深夜の寝室でルカの作戦を聞いたミーティスは、嬉々として笑顔を見せた。

 ルカと恋仲になる可能性が無いと父が確信したら、彼を自分の侍従に戻すことはおそらく可能だ。

 なぜなら父は、ミーティスが瞳を潤ませて上目遣いに頼んだことを断れた試しがないのだから。

 シンプルかつ有効な作戦だわ、と感心したミーティスだったが、何故かルカの表情は少し複雑だった。

 小さく咳払いをしてから、


「……確か姫さんには婚約者がいたよな? そいつと接触を持つ手段はないか?」


 と問われたミーティスは、イヴァンと会うためにその父親であるグリゴリー宰相閣下に恐々ながらも声をかけたのだ――。



「どちらも大変お似合いですけれど……桃色のドレスの方が華やかで宜しいと思いますわ! ね、ゾーヤ?」

「はい、お姉様」


 力説するエミリヤとゾーヤに対し、ミーティスはう~んと顎に手を当てる。


「でも……少し子供っぽくないかしら?」


「姫様は若々しくていらっしゃいますから、お気になさる必要はありません」

「そうですよ! あまり大人びたデザインでは、姫様の天性の愛らしさを持て余してしまいますわ!」


 受け取りようによっては、ミーティスのことを『子供っぽい』と言っているようなものなのだが、綺羅びやかなドレスを前にした淑女は不敬など気にしない。

 純粋に似合うものを探し出す、美の追求者なのだ。


「そうね、二人がそこまで言うのなら、こちらのドレスに決めるわ。だけど、装飾品は少し大人っぽいのを頼むわね」

「「かしこまりました」」


 エミリヤとゾーヤは揃って礼をすると、二人してああでもない、こうでもないと言いながら装飾品の棚を物色し始める。

 考え疲れたミーティスは、そっと衣装部屋を出てベッドにごろんと横たわり――気づいたときには夢の中にいた。



 ***



「ねぇエミリヤ、ゾーヤ。どちらのドレスがいいと思う?」


 デビュタントを明日に控えた宵の口。

 ミーティス・ソーン・アイズベルグ十六歳は、色とりどりの薔薇の造花が付いた黄金色のドレスと、シルクのリボンや銀糸を贅沢に用いた空色のドレスを前に、真剣そのものの面持ちで腕組みをしていた。


「どちらも大変お似合いですけれど……黄金色のドレスの方が華やかで宜しいと思いますわ! ね、ゾーヤ?」

「はい、お姉様」


 力説するエミリヤとゾーヤに対し、ミーティスはう~んと顎に手を当てる。


「でも……少し派手過ぎないかしら?」


「陛下は主役なのですから、お気になさる必要はありません」

「そうですよ! あまり地味なデザインでは、陛下の天性の美しさを持て余してしまいます!」


「そうね、二人がそこまで言うのなら、こちらのドレスに決めるわ。相応しい髪飾りの準備を頼むわね」


 ミーティスがにこりと微笑むと、エミリヤとゾーヤは揃ってその笑顔に言葉を失う。

 ミーティスの“女神の微笑み”は、二年の時を経て愛らしさに色気が加わり、威力を増していたのだ。


「姫様……ご立派になられて……うぅ」

「お姉様、気をしっかり。確か庭に秋薔薇が咲き始めていたはずです。摘んできて花冠に致しましょう」


 クールな妹ゾーヤは、泣き上戸の姉エミリヤの背を撫でながら、ミーティスの部屋を後にしようとする。


「あ、待って」


 それをミーティスが呼び止めた。

 女帝の威厳の欠片もなく、もじもじしながら上目遣いをして。


「あのぅ……明日のデビュタントではケーキが出るのかしら?」


 甘いものに目がないミーティスの大好物は、クリームと苺をたっぷり使ったケーキだ。

 しかし、もう何ヵ月も前からお茶菓子にケーキが出されていない。

 代わりに出てくるのは、雑穀で作ったようなカチカチのクッキーばかり。

 味気無いことに、チョコチップすら入っていないのである。


 ミーティスが遠慮がちに尋ねると、エミリヤとゾーヤはぴたりと歩みを止めて瞬きする。

 それから互いの顔を見合って、ニヤリとしたり顔になった。


「陛下、ご存じの通り国内は未曾有の大飢饉に見舞われております。陛下のお食事の質も保てなくなりつつあるほどに」

「えぇ、そうね。そうよね……」


 ゾーヤの冷淡な口調に答えを察したミーティスは、早くも肩を落とす。


「ですが、明日は我らが陛下の大切なデビュタントです。そのような祝いの席のデザートが雑穀クッキーというわけには参りません」

「……ふぇ?」

「ご安心下さい。ケーキをご用意出来るようシェフと準備を進めております」

「本当に!」


 ミーティスが目を輝かせると、エミリヤだけでなく珍しくゾーヤまで顔を綻ばせる。

 そうすると、何とも瓜二つな侍女姉妹(シスターズ)である。


「ゾーヤと私が森で摘んできた野苺ものせてもらいますからね! 楽しみにしていてください」


 そう言って自信満々に胸を張るエミリヤを見て、ミーティスはふいに「あら?」と違和感を覚える。

 いつもより二人の面立ちが良く似ていると思ったら。


「もしかしてエミリヤ、少し痩せた?」

「え? あっ、えぇ、そうなんです! やっと念願のダイエットに成功したんですよ! 陛下付きの侍女として恥ずかしくない見た目になりましたでしょ?」

「あら、それはおめでたいわね。でも、エミリヤはそのままで十分美しいのだから、気にする必要はないわ。健康第一よ。ゾーヤももう少し食べた方がいいわね」

「お気遣い痛み入ります、陛下。私は元より痩せ体質なだけですから、ご心配には及びません」

「そう? ならいいけれど……」


 毎日見ているせいか気がつかなかったけれど、エミリヤもゾーヤも以前より随分痩せた気がする。

 心なしか、顔色も優れない。


 ――わたくしが女帝になってからは、何かと苦労をかけっぱなしだし……。体調を壊さないといいけれど。


 瞳を揺らすミーティスの不安を吹き飛ばすように、エミリヤは満面の笑みで「陛下」と声をかける。


「明日は身支度に時間がかかりますから、曙三刻には起きていただきますよ! いいですね?」

「お早めにお休みくださいませ」


「さ、三刻!?」


 顔を引き攣らせるミーティスをよそに、二人はいつもの調子でそう言って、ミーティスをふかふかのベッドにいざなう。

 暖かい毛布を顎の下まですっぽりと被せられながら、ミーティスは二人の顔を見上げた。

 そして目を見開く。


「え……?」


 微笑みながらこちらを見下ろすエミリヤとゾーヤの頬に、ぽつりと赤い斑点が現れたのだ。

 斑点はミーティスが戸惑っているうちに、たちまち顔から首、胸から腕へと白い皮膚を蝕んで広がっていく。


「な、に、これ……」


 赤い斑点が膨れ上がり膿を吐く。

 時間を早回ししているみたいに、あっという間に二人の頬がこけて、首の血管が浮き上がるほどに痩せ細っていく。

 こちらを見下ろす瞳が、次第に焦点を結ばなくなる。




「――いやぁっ!」




 叫びながら飛び起きたミーティスに、エミリヤとゾーヤが目を丸くして駆け寄ってきた。


「姫様! どうかされました? 悪い夢でも見られたのですか?」

「ご自分で早起きされるとは、素晴らしいですね」


 曙三刻の鐘が鳴る。

 どうやら昨晩はあのまま寝てしまったらしい。

 ミーティス・ソーン・アイズベルグ十四歳は、健康的な姿の二人を見て、やっと全て嫌な夢だったのかと理解した。

 ……違う。

 あれは夢なんかじゃない。

 これから起こる現実なのだ。


 ――目を覚まさなくてはいけないわね。


 ミーティスは自らの両頬をぺちんと叩く。


「さあ支度をしましょうか」


 いつになく寝起きのいい姫に、侍女姉妹は瞳をぱちくりさせながら謁見の準備を始めたのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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