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第一章 2-5(終)

「うぅ、思い出しただけで冷や汗が出てきたわ」


 真夜中、乙女の寝室で。

 ルカに問われ、父の死後に緊急で開かれた中枢議会のことを思い出していたミーティスは、思わず夜着を着た細い肩をぶるりと震わせた。


 人生であれほど最悪な日はなかったのではないだろうか。

 朝一番に最愛の父が亡くなり、その日の午後には突然皇帝に祭り上げられることが決まったのだ。

 心の準備も何もあったもんじゃない。

 ミーティスに出来ることと言えば外見を取り繕って虚勢を張ることだけだったのだが、それもあのおっかない宰相閣下にはきっとお見通しだったのだと思う。


 ――だってあの方、いつもわたくしを見るたびに眉間の皺を深くしていたもの。


 できれば閣下とは、今後ともなるべく距離を置きたいものだ。


「何か思い出したか?」 

「あ、そうだったわね。確かにレーフ殿が他殺を主張したら、途端に空気が凍りついたのを覚えているわ」

「そうか、やっぱりな。しかもそのレーフって奴はその後殺されてるんだったよな?」

「ええ。もっとも、彼は秘密警察なんていう恨みを買いやすい立場だから、それが原因とは限らないけれど」

「だとしても、用心するに越したことはないだろ。うーん、どうすっかな……」


 腕を組んで考え込むルカに、ミーティスは「何が?」と呑気に首を傾げる。


「このまま俺と姫さんがろくに接触出来ない状態で作戦を続行するのは危険だ。何とかして姫さんの従者に戻れないかな……」

「あの穴は? あれを使えばいつでも連絡が取り合えるんじゃなくって?」


 ミーティスは、先ほど彼が出てきたベッドの床下の穴を指差して言う。

 しかしルカは首を横に振った。


「あれはダメだ。狭いし入り組んでるし真っ暗だし……俺は夜目が利く方だけど、ここまで来るのに一刻もかかっちまった。あとすげぇ汚い」


 ミーティスは「あらそう」と相槌を打ちながら内心ホッと胸を撫で下ろす。

 いつ寝室に侵入されるかわからない状態では、ぐっすり眠れないからだ。

 ただでも最近寝不足なのに……。

 出来ることなら、あの穴は近いうちに塞いでしまいたいと思っていたのだ。

 

「ていうか、そもそもあの穴は何なの?」

「通気口だ。書庫で見つけた古い設計図に書いてあったんだが、この宮殿の床下には緻密な通気経路が設計されているらしい。寒さに耐えられるように気密性を高くした結果、通気性が悪くなりすぎたんだろうな。ちなみに、通気口の多くは暖気を逃さないために部屋の低い位置にあるみたいだぞ。……わかってない顔だな。空気ってのは暖められると上に、冷やされると下にいく性質があって……まあそれはいいか」


 ミーティスが露骨に困惑した表情を浮かべたのを見て、ルカが諦めたように首を振った。


 それにしても。

 自分が無駄に頭を悩ませて目の下に隈を作っただけの間に、ルカはそんなことまで調べていたなんて。

 普通の人なら、自分の役立たずっぷりに恥じらいすら覚えるところだろう。

 しかし、そこはミーティスである。


 ――やっぱりルカはすごいわね。彼に任せておけば、お父様救出作戦も案外上手くいくんじゃないかしら?


 有能すぎるルカに、ちょっぴり安心して頬を緩めるミーティスであった。


「それより俺を姫さんの従者に戻す方法を考えないと。何かないか? 姫さんが上手く皇帝の機嫌をとって頼んでみるとか」

「それは無理よ」

「何故だ? 姫さんが本気で頼みこんだら結構いけるんじゃないかと思ってたんだけど」

「もしかして、知らないの? 今わたくし達、大変な噂になっているのよ」


 ルカは本当に知らなかったようで「噂?」と片眉を吊り上げる。


「ええ。わたくしとあなたが恋仲だっていう」

「……は?」


 ルカがぽかんと口を開く。

 毒気が抜けた幼い少年の顔になって、時が止まったように呆気にとられている。


「だから、わたくしがいくら頼んだところで、絶対にお父様はお許しにならないでしょうね。……って、聞いてる?」

「ん? あ、あーそうかーなるほどなー」


 いつまで固まっているのだろう。

 薄暗くて顔色まで見えないけれど、もしかして赤面していたりするのかしら。

 ……そんなまさかね。


 急に硬直してしまった彼を見て勝手にそんなことを思いながらミーティスは問いかける。

 するとルカはやっと我に返ったようで。

 先ほどまでの饒舌さとは打って変わって、曖昧な返事を返してきた。


「なるほどなーじゃないわよ。しっかりしてちょうだい。ほら、何か他のアイデアは無いの?」

「いっそ清々しいくらいに人任せだな……。うーん、じゃあこういうのはどうだ?」


 そう言って彼が話し始めた作戦に、ミーティスは赤面させられることになったのであった。



 ***



 翌々日の昼下がり。

 正門に一台の真っ黒い馬車が止まると、待ち構えていた従者達に一気に緊張が走ったのが見てとれた。


「……来たわね」


 正門から宮殿へとつながる道の両脇には、季節の花々が咲き乱れる美しい庭園が広がっている。

 今はダリアが力強く花開くその庭で、ミーティスは独り呟いた。

 フリルたっぷりのボンネット帽のリボンを顎下できゅっと結び、花を楽しむふりをしながら照りつける日差しに耐えて、その人の帰還をずっと待っていたのだ。


 と言っても、断じて心待ちにしていたわけではない。

 ルカの考えた作戦のために、仕方なくこうして南方視察から帰ってくるところを待ち構えていたのである。

 そうでもしないと、年中多忙を極めている彼は全く掴まらないからだ。


「――閣下、宰相閣下、グリゴリー宰相閣下!」


 馬車から降りてきた人物に、ミーティスはすかさず声をかけに行く。

 しかし、駆け寄ってきた従者達に怒濤の勢いで何かの指示をとばしている彼の耳にはなかなか届かない。

 従者からの報告を受けつつ、外套から室内用ジャケットに羽織り直しつつ、足は猛スピードで宮殿へと向かっている。

 そんな慌ただしい彼の進行方向に、ミーティスは意を決して滑り込んだのだ。


 すると、ようやく彼と目が合った。


「っ、ミーティス殿下? 侍女も連れずにどうされました?」

「ふぇ? ええっと……。ダリアが綺麗に咲いていたので、お疲れの閣下に一輪摘んで差し上げようと思いましたの。はい、どうぞ」

「……恐れ入ります」


 全身を黒に身を包み、瞳や髪の色まで漆黒のその男――グリゴリー・エローヒンは、露骨に怪訝な表情をしつつもミーティスから大輪のダリアを受け取った。


 アイズベルグ帝国の敏腕宰相と評される文官の彼だが、背が高く引き締まった身体つきは武人そのもの。

 しかも、いつも難しそうに眉間に皺を寄せていて、見下ろされただけで萎縮してしまうほど目付きが悪く……一言で言えば、非常におっかない感じの男なのだ。

 そんな彼の胸には今、目が覚めるような桃色のダリアが揺れている。

 お花でも持たせれば少し威圧感が減るかしら、と思ったミーティスだったが、その目論見は完全に外れていた。


 なんでだろう、命の花を摘みに来た死神にしか見えない。


「わざわざ殿下にお出迎え頂くとは恐悦至極に存じます。ですが、お一人での散策は極力お控えください。宮殿内とはいえ何があるかわかりませんから」

「そうね、気を付けますわ……」

「では」


 グリゴリーは簡潔に礼をすると、再び早足で歩き始めた。

 それも、ジャケットの裾が腰まで翻るほどの速さである。

 思わぬところで苦言を呈されたミーティスが一瞬視線を落とした隙に、彼は既に手の届かないほど先をすたすたと歩いていた。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!」


 ミーティスは慌てて追いかける。

 重たいドレスの裾を持ち上げて全速力で走りながら声を上げると、やっと彼は歩みを止めてこちらを振り返った。


「何か?」

「ひぃ、はぁ、ふぅ……。じ、実は、宰相閣下にお願いがありまして」

「……あぁ、そういうことでしたか」


 グリゴリーが全てを悟ったという風に目を眇める。

 ミーティスはひいぃっと震え上がった。

 顎の角度はそのままに目だけでこちらを見下ろされると、ただでも怖い顔に影が落ちて余計に恐ろしいのだ。


「何でしょう?」

「あの……その……えっとね」

「殿下。申し訳ないが、仕事が立て込んでおりますので手短にお願い致します」

「うぅ」


 ミーティスがぽっと頬を染めてもじもじしていると、見かねたグリゴリーが語尾に苛立ちを匂わせる。

 後に引けなくなったミーティスは肩を縮こませながら呟いた。


「閣下のご子息……イヴァン殿をわたくしに紹介していただきたいの」

お読みいただきありがとうございます。

次話より不定期更新となります。

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