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96.アイツ、彼女にプロポーズする

「お姉さまぁぁぁぁ!」

「え? どうして、この世界に?」


 少女を町長屋敷に連れていくと、深沙央さんを見るなり抱きついた。少女の名前はファイナルラグナ。昼食をテーブルに並べていたシーカやパティアたちは驚いた様子を見守っている。


「この世界に召喚されたんですよ。こうして再びお会いできるなんて運命宿命それ以上」


 少女は深沙央さんの胸元に顔を埋めて、顔をぐりぐりしている。うらやま。



 とりあえずお昼ごはんを食べようということになった。

 分身ちゃんとヤクザたち井戸掘り作業員は、現場で町の人からの差し入れを食べているそうだ。


 俺や深沙央さん、シーカたち、パティアたち、王やマギ、少女が席につく。

 深沙央さんが異世界から来た聖剣使いの少女を紹介してくれた。


「この子はポコリナ・チョメガナ・ファイナルラグナ。私が中学一年生の夏に行った異世界で出会った仲間なのよ」


 なんて個性的な名前だ。メグさんとルドリカが同時にスープを吹いていた。アラクネとガルナは笑いをこらえるのに必死だ。あ、シーカ、水を飲んで誤魔化したな。


「お姉さま。都会人にとって私の名前は奇妙キラキラなのですよね。私のことはラグナちゃんって呼んでください」

「別にいいじゃない。誰も笑わないわ。ポコリナ・チョメガナ。素敵な名前よ」


 ブロンダとツバーシャが咳込んで床に転がった。

 深沙央さんが聞く。


「ポコリナ。召喚されたって言うけれど?」


「はい。私は吸血魔の国で元参謀という方に召喚されました。その国で、人間国が吸血魔を虐げていると聞き及びましたが、お姉さまが吸血魔と敵対していると聞いて、それが事実無根の嘘情報だと看破したんです。急いで国を抜けだしてお姉さまを探しに来ました」


 なるほどなるほど。聞いてみよう。


「深沙央さん、この子って、もしかして」

「そうよ。聖式魔鎧装が作られた世界で出会った子。聖剣はこの子に託したの」


 ポコリナの聖剣は深沙央さんの物だったのか。深沙央さんは続けた。


「ポコリナはね、お菓子の宮殿の魔女に捕らわれていて、強制労働をさせられていたの。毎日のように魔女から罵倒されていたそうよ。私が助けてからというもの、まるで妹のように慕ってあとをついてきたわ」


「そうか。苦労してきたんだな」


「ええ。苦労したわ。ダイエットさせるのに。ポコリナは毎日、お菓子の宮殿で生産しているお菓子の半分以上を食べていたの。体重は90キロ以上あったはずよ」


 そんなに食ってりゃ魔女は怒るよ。

俺はポコリナに目を向けた。ポコリナはあらぬ方向へ目を逸らす。そちらの方向には何もありませんが!


深沙央さんは懐かしむように言った。


「血の滲むような減量を科したわ。同時に邪悪皇帝軍とも戦わなければいけないから毎日が命がけ。おかげでポコリナは減量に成功して、仲間の中で一番の実力者になった。さらに多くの騎士や冒険者に求愛を迫られるようになったの」


 ふぅむ。ポコリナにとって深沙央さんは命の恩人どころか、モテモテ人生と聖剣使いの人生を与えてくれた大恩人ってことか。


それにしたって婚約者って? 問いかけると深沙央さんは頷いた。


「たしか聖王国の王子様に求婚されていたわよね。あれから、どうしたの?」


「振ってやりましたよ。使命を果たし、元の世界に帰られたお姉さまのことが忘れられなかったんです。以後、多くの貴族が言い寄ってきましたけど、私はお姉さまと添い遂げたかった。まぁ、高貴な男を振るっていう貴重な経験ができましたけど」


「相変わらずね」


「お姉さまとの再会を夢見て、託されし聖剣を振るって残党軍や犯罪者と戦ってきました。あるとき、私はこの世界に召喚されました。お姉さまに相応しい女として!」


 やはりポコリナも異世界転移者なのか。


「そうそう。私は転移前の世界で、心眼という能力を身につけました。相手の異能を見抜きます。例えば、そこの女の子」


 ポコリナはパティアを指さした。


「アナタは時間を止めますね」


 この場にいるパティアの能力を知る者は、一様に驚いた。


「あと、そこの方。時間を無視した特殊移動。ああ、瞬間移動ってヤツですか」


 ツバーシャの表情が強張る。心眼のポコリナ。なんてヤツだ。


「あと面白そうな能力は……あ、アナタ」


 次に目を向けられたのは、意外にもシーカだった。


「私ですか?」

「ええ。別世界結合者ですね」

「え? 私は王国の騎士で」


「別世界結合にはいろいろな使い道がありますが、その一つとして召喚があります。もっとも会いたい人間の別世界版ともいえる人物を召喚する能力。よほどのことがない限り、一人の能力者が能力を発揮できるのは一度きりのようですが」


 シーカは視線を落として考えこむ。


「だから私は、ただの『おまじない』とも言われた勇者召喚で、康史様たちを呼べた?」


「お心当りがありますね。私を召喚した元参謀も、同様の能力者でしたよ。もしかして騎士よりも魔法使いのほうが向いているんじゃないですか?」


 静まり返る白昼の食卓。王だけが話を聞かずに食事を進めていた。

 ポコリナは深沙央さんに向き直った。


「さぁ閑話休題です。私はお姉さまの伴侶となるに相応しい聖剣使いとなって再来したわけです。お姉さま。ここがどんな世界でも構いません。結婚しましょう」


 マジか。この発言ばかりはマギも含めて一同、困惑している。あ、パティアは分かってなさそうだ。王は変わらず食事をしていた。


 深沙央さんは申し訳なさそうに返した。


「気持ちは嬉しいんだけど、私には付き合っている彼氏がいるの」


「そうですか。やんわりと断る常套句ですね。皆さんの前ですもん。今夜二人きりになったとき、再び何度も何十回とプロポーズさせていただきます。仮に本当に彼氏がいるというのなら顔を拝みたいものですよ。では皆さん、食事を続けましょう」


 ポコリナは、精力をつけなければ、とモリモリ食べはじめた。

 アラクネやガルナがジッとポコリナを見つめる。ポコリナはモグモグしながら首を傾げた。


「どうしたのですか? 食べないのですか?」

「いや、顔を拝みたいのなら、そこにいるぜ」


 ガルナが俺に顔を向ける。


「何がいるというのです。ゴーストですか。さすがの私でも霊視は出来ませんよ」

「いや、彼氏。深沙央の」


 ポコリナはまるで、殺人事件の犯人が自宅の近所に住んでいた事を知った住人のような驚愕の眼差しで俺を見た。え? この人が! 目が口ほどにモノを言っている。


「ま、まさか。この人はさっき出会った虚言癖丸だしの迷惑町民です。どこかで聖剣を手に入れて困っている様子でしたけど。そもそもアナタ、通行人役なのに歩きもせずに余所の家庭の食卓についているとは何様のつもりですか!」


「この屋敷の主人で深沙央さんの彼氏だよっ」


 ポコリナは立ち上がった。混迷な視線を、どうにかして深沙央さんに合わせて、言う。


「この人、妄想癖があるみたいなんですけど!」

「事実よ。ポコリナ。康史君は私の彼氏」

「な、そんな。今日は嘘をついていい日なのですか」


「キスだってしたよな」


 アラクネが、からかう様に俺と深沙央さんの深い愛を暴露する。

 ポコリナの口がパクパクと動く。言葉が出ないとは、ああいう事か。


「そんな、お姉さま」


 あ、声が出たな。


「だっておかしいですよ。お姉さまには私が必要なはずです。相応しいのは私なのです。例えば、ほら、聖剣。これがなければお姉さまの聖式魔鎧装は真の姿になれません」


「康史君の聖剣があるから大丈夫よ。最初の聖剣よりも凄く強くなれるの。しかも最大速度は2000倍速。もしかしたら、もっと速くなれるかもしれないわ。託した聖剣はポコリナが持っていて」


「え? でも、そうだ。私は治癒魔法を使えるようになったんです。簡単なケガなら治せますよ」


「康史の波津壌気(はつじょうき)は重症だって完全回復だよな」


 ガルナが自慢げに語る。


「な、何ですか発情期って。イヤラシイっ。お姉さま、この少年は変態です」

「そのくだりは、もう終わったんだよ」


 ポコリナは憤慨するけれど、ブロンダの言うとおり、もはや誰も『波津壌気』の名を気にしていない。


「じゃあ……私が活躍できる役回りは、この男に全て取られていると……」


 全てってワケじゃないだろうけど。聖剣と治癒役は、まぁ。

 するとポコリナは魔装束をまさぐりだした。


「ない。この服にはポケットがありません。誰か、私にハンカチーフを貸して下さい!」


 一体なんだろう。メグさんが差しだす。それを手にしたポコリナはハンカチの中央を噛みしめ、両端を両手で下に引っ張った。


「キーっ! 悔しいぃぃ!」


 他人のハンカチで、ソレをやるヤツを初めて見た。あ、自分のハンカチでもやらないか。


 王が、いつになく真剣な表情で言う。


「康史よ、コンソメスープというのは本当に美味しいな。僕は感動している」


 この町に来てから変な人にしか出会わない。どうしよう。



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