94.気になるあの子を笑わせたくて
「深沙央さんは、これからどうするの?」
「ここの指揮を執るわ。セミテュラー! 土木作業の鎧よ、顕現せよ!」
深沙央さんは聖式魔鎧装ソードダンサーを身にまとう。
あれ? 昨日パワーアップしたのに、元に戻っている。たしかウェディングフォームになっていたよな。
「聖剣を手にしてないからよ。聖剣は康史君に返したし」
なるほど。
ここで、素朴な疑問が湧いてきた。聖式魔鎧装は中学一年生の夏に行った異世界でもらった物だと聞いていた。さらに鎧と聖剣は二つで一つであるそうだ。でも聖剣は手放したとか。
「もともとあった聖剣は、今どこに?」
「鎧をもらった異世界に仲良くなった子がいたの。その子に託したわ。戦後は現地の人だけで平和を維持してほしかったから。そういえば、あの子は今ごろどうしているかな」
かつての異世界の仲間か。どんな子なんだろう。
「お姉ちゃん! お願いしまーす!」
分身の一人、エッチ乙ちゃんが深沙央さんを呼ぶ。彼女は走っていくと、スコップを受けとり、地面を掘りだした。
「199倍速×全力掘削=地中貫通弾!」
掘り起こされた土が噴水のように舞い上がり、深沙央さんはみるみるうちに地下へと沈んでいく。分身やヤクザ、町民から歓声が上がった。
どうやら俺の出番はないらしい。
「すごいモノだな。もう一人の町長は」
グリズだった。
「アンタも作業に参加しているのか」
「もちろんだ王。世話になっている町だからな」
「王っていうの、やめてくれないかな」
「私は諦めていない。貴殿には是非とも現王を討ち取って、国を変えてほしいのだ」
その現王とやらは国に一切関与していない、ただのお坊ちゃんなんだけど。
グリズは作業に戻っていった。
「キミも王と呼ばれているのだな」
「王!」
背後には現王であるオーファングが立っていた。
マズイ。さっきの話を聞かれていたのか。
ところが王はキョトンとしている。もしや自分のことを言われていたことを気付いていないとか。
ここにいたら、またグリズに話しかけられるぞ。それに王の姿が見られるのも厄介だ。
「あ、そうだ」
俺はマギを誘って町を散策してみようと思った。
マギを見れば、やはり他の分身たちやヤクザのノリについていけない様子だった。
たとえ分身でも深沙央さんだ。放っては置けない。なにか楽しい時間を提供してあげたくて、歩みが自然とマギへと向かっていた。
俺はマギを連れて町の商店街へとやってきた。
マギはずっと下を向いている。俺の誘いを受けてくれたのは、あの場所から離れたかっただけのようだ。
「マギ、行きたいところはある?」
「神山さん、私はマギではありません。巫蔵深沙央です」
「あ、ゴメン」
たしかにほかの分身ちゃんとは違う。楽しませようと思っていたけれど、何のプランもないことを反省した。ところで
「どうして王までついてくるんだ」
「その娘に町を見て回ろうと言ったではないか。僕も見て回りたい」
オマエまでエスコートしなくちゃいけないのかよ。
「それに二人きりだと娘も緊張してしまうだろう。寂しそうにしている娘に何かしてやりたいと思っているのは、キミだけではない」
おお。さすが高貴な出の男だ。ちょっと見直した。
「あの神山さん」
「ん?」
「ここって異世界なんですよね。この世界も化け物がいるんですか? だとしたら、こんなふうに出歩いていて大丈夫なんですか?」
「化け物か。人間の血を吸う吸血魔がいるな。この町は暗黒鮫っていう組織が根城にしているけれど……」
するとマギの表情が恐怖で一変した。
「あ、でも暗黒鮫の鉄砲玉は昨日、聖剣で真っ二つにしたんだ。若い衆は元魔王がハンマーで粉砕したし」
「私、自分の世界に帰りたい」
マギは今にも泣き出しそうだ。ああ、余計に怖がらせてしまった。落ちつかせよう。
どこかにタピオカやクレープ、スイーツの店はないだろうか。あるわけないよな。ここ異世界だし。
前方に人形や食器を売っている店があった。きっと可愛いモノがあるはずだ。ここなら。
「いらっしゃい。あ、町長の御両人じゃないですか」
店から現れたのはヤクザの先代組長の息子、ジュニアだった。
「ここで何を?」
「ここはDBDの直営店なんですよ。盗品に薬物、不法流入品を取り扱ってるんです」
「それって違法じゃないか。やめてくれ」
「え~。組の資金源なんですよ」
アラクネに言って、すぐにやめてもらおう。ジュニアは店頭に並ぶ人形のひとつをよこしてきた。不気味だ。
「町長の姐さん。お近づきの印として一つもらってくれませんか」
あからさまに否定の表情を浮かべるマギ。俺は急いで前に立つ。
「別にいいよ。この子は怖いモノが苦手なんだ」
「そんなバカな。鮫相手に殴る斬るの暴行を加えてぶっ殺していたのに?」
それは本物の深沙央さんで。
王が人形を手にした。その途端、人形が『ケケッケーケケケケ!』とホラー染みた声を上げて笑いだしたのだ。
「なんだ気持ち悪い!」
思わず俺の口から率直な感想が飛び出した。ジュニアは説明する。
「この人形は魔力に反応して気合いの効いた言葉を連発するそうなんですが、不良品なのか、莫大な魔力でないと反応しないんです。すると、お連れの旦那は何者なんです」
「僕は吸血魔の王らしいのだ」
するとマギは、一歩あとずさり、震えた声を上げる。
「吸血魔って、たしか、この世界の化け物……」
「わーっ。空耳。俺には何も聴こえなかったな!」
俺はすぐに王の口を塞いだ。そのとき、王から腹から空腹を告げる音が鳴り響いた。
すると店頭にあった不気味な人形が一斉に喋り出したのだ。
『オマエは必ず死ぬ。この世界でぇ』
『もう逃げられないぞ。ここでキサマは死ぬのだぁ』
『死ぬ死ぬ死ぬ。生きては帰れない。覚悟を決めやがれェェ』
人形は魔力に反応する。これは、王の空腹時における魔力ダダ漏れ現象によるものだ。よりによって縁起の悪いセリフを連発しやがって。
俺はマギの手を引くと走って店をあとにした。
町のはずれの河原。土手に座った。俺とマギのあいだには、二人分座れるくらいの微妙な距離感を彷彿させるスペースが空いている。
反対側には、王が先ほど買ってやった焼肉串にかぶりつきながら、俺にピタッとくっついて座っていた。くそっ。餌付けしてしまったか。
「マギ、じゃなくて深沙央さん。名前で呼ぶのも馴れ馴れしいか。巫蔵さん。焼肉串、美味しいよ」
マギは受け取ってくれなかった。
「神山さんも私と同じ世界から来たんですよね。どうして落ちついていられるんですか」
「え……」
そう言われれば。考えてみて、思いつく。それはきっと深沙央さんのおかげだ。転移初日から彼女が堂々としていて、とても強くて、ニセ魔王をボコボコにしていたから。あれを見て、俺はこの世界でも、なんとか生きていけるって確信できたんだ。
そうだ。普通な俺が怖がらないでいられるのは、深沙央さんのおかげなんだ。
「巫蔵さん。この世界が平和になったら、俺も巫蔵さんも元の世界に帰れると思うよ。それに俺って、そこそこ強いんだ。聖剣を持ってるし、鎧だってある。もし襲われることがあっても、俺が戦う。不安にならないで」
「不安です。襲われること自体がおかしいんです。ああ、もう早く帰りたい」
するとマギは膝に顔をうずめて泣き出してしまった。
「お母さん……お父さん……」
きっとこれが、普通の女の子の反応なんだ。
深沙央さんを強い女の子だと認識したのは、この世界に来てから。転移前、学校で見つめていた深沙央さんの印象とは別人で驚いた。
本当の彼女を知る前の印象を思い出せば、深沙央さんよりもマギのほうが近い気がする。鎧の戦士でも魔法少女でも、みんなが称える勇者でもない深沙央さん。
もしかしてマギって深沙央さんの深層心理が生んだ者なのかな。
どうしようもなく、可哀相に思った俺はマギに手を伸ばした。マギは気配を感じたのか、俺の手を振り払った。
「キミ、康史と言ったか」
「王。どうせ俺は女の子を喜ばせる事なんて」
「違う。焼肉串を、もっと」
「……ちくしょうっ」
こんなとき深沙央さんなら。なんて考える俺はダメな彼氏だ。
答えを求めるように、視線を伸ばす。ここは河原。目の前には川。答えなんて流れてこないのに。俺が見るべきなのは川じゃない。泣いている女の子じゃないか。
何やってんだ。
そんな俺の視界に飛び込んできたのは、川を流れていく数多の背ビレだった。
川から出てきたのは鮫人間の集団だ。
「シャークマンが殺られたようだ。テメぇら、仇を取りに行くぞ!」
「アイアイサー!」
こんなときに吸血魔。暗黒鮫のヤツらか。
「俺だけじゃ戦えない。二人とも、引き返そう」
リーダー格の吸血魔は俺たちを見逃さなかった。
「待てェい、人間ども。あ? その顔は吸血魔の王じゃねえか!」
「ああ。僕は王と言われている。今朝知った」
「オレは暗黒鮫のシャークック組長。吸血魔軍で一個師団を率いていたが、クーデターを目論み、失敗して国外へ追放させられた。おかげで今や田舎ヤクザよ。ここで恨みを晴らさせてもらうぜ」
くそっ。厄介な人のせいで厄介なヤツに目をつけられてしまった。




