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61.俺 急に祀り上げられる

 テントの中にいたのは鎖に繋がれた、吸血魔化した女の人だった。

 まるで猛犬のように牙をむき出しにして、こちらを威嚇している。今にも襲ってきそうだ。


「こうでもしないと、ほかの兵士を襲うのでな」


 大隊長は複雑な面持ちでつぶやいた。


「どうして、フェノイカは……」

「戦場でアリマジョールが率いる吸血魔に噛まれたのだ。フェノイカ少尉の小隊のほとんどが吸血魔にされて拉致されてしまった。なんとか少尉だけでも奪い返したが、吸血魔から人間に戻す術がない現状、こうして隔離するしかないのだ」

「そんな……」

「吸血魔の騎士と遭遇しただろう。きっと大攻勢に出るための下見をしていたのだろうな。近いうちに総力戦となろう。ここも戦場になる。ツバーシャ、ここは危険だ。帰りなさい。疲れて能力が使えないのなら馬を用意しよう」


 大隊長の言葉に、ツバーシャは震えた声を上げた。


「いやだ……」

「これは命令だ。私の階級はお前より上だぞ」


 そんなこと言われたらツバーシャは黙るしかない。

 そこへ秘書役の騎士が駆けてきた。


「報告します。敵の部隊に動きあり!」

「来たか。戦いの準備をしろ。開戦は夜明けごろか」


 ツバーシャには目もくれず、大隊長は自分のテントに戻ろうとする。


「お母さん!」


 大隊長の足が止まった。


「お母さん、もう少しここに居させて。夜明け前には、ちゃんと逃げるから」

「……好きにしろ。職務に戻る。もう母親の顔はしない。会いに来てくれてありがとう」


 大隊長は去っていった。

 俺は必死に泣くのを堪えるツバーシャに声をかけた。


「瞬間移動で王都に戻ろう。俺の仲間やガルナたちを瞬間移動で連れてくるんだ。そうすれば戦局をひっくりかえせるかもしれない」


 相手は強敵だ。深沙央さんやパティア、アラクネの力が必要になる。それに深沙央さんなら吸血魔にされた人間を元に戻すこともできるんだ。


「できないの?」

「え?」

「さっきから能力を使おうとしているのに、できないのよ!」

「そんな。俺がいれば能力を使っても幼児化せずに済むんだろ」

「そうじゃないの。お母さんを置いていってしまったら二度と会えないんじゃないかと思うと……怖くて能力が使えないのよ」

「ツバーシャのお母さんを生かすためにも瞬間移動してほしいんだ」

「わかっているわよ、そんなの。でも出来ないから困ってるんでしょ!」


 ぬううう。深沙央さんがいない状況で、こんな逆境は初めてだ。

 なにか、何か俺に出来ることは。


 吸血魔になってしまったフェノイカをチラリと見る。深沙央さんは自分の血を飲ませて人間に戻していた。試しに俺の血を飲ませてみようか。いや、もっと危険な状態になってしまったらマズイ。

 クエナに続いて今度も助けることが出来ないのか……


「あ……」


 俺は先日のことを思い出した。波津壌気の逆バージョン、いわば放出の逆の『吸収』という発想で、俺はクエナの致命傷を自分の体に移そうとしたんだ。

 当然そんなことは出来なかった。でも……吸血魔にされた人間から吸血魔の性質だけを抜き取ることは出来るだろうか。


「抜き取るだけなら、失敗しても相手に変化はないよな」


 俺はそう信じて、フェノイカに手をかざした。


「何をするの?」

「フェノイカから吸血魔の性質を吸収してみる」

「そんなこと出来るの? 待って、そんなことしたら康史が吸血魔になってしまう?」

「さっき俺は吸血魔に噛まれた。でも人間のままだ。吸血魔の成分を吸収したって平気なはずだ。それに」

「それに?」

「戦局は覆せなくても、少しでもツバーシャの心を癒すことが出来ればなって」


 普段の波津壌気は手から魔力が溢れ出る感覚。逆でいうなら逆流だ。逆再生。掃除機。水を手で飲み込むイメージ。


「波津壌気・逆バージョン!」


 かざした掌が熱くなり、熱が腕から肩、胸まで広がり体中に溶けていく。

 すると興奮していたフェノイカは急におとなしくなり、ぐったりと倒れた。

 牙は人間の歯に戻っている。これは吸血魔化した人間に深沙央さんの血を飲ませたときと同じ状態だ。


「やった! 成功したかもしれない」


 俺の体にも変化がない。思ったとおりだ。


「本当なの? フェノイカ、目を開けて。お願い」


 するとフェノイカはゆっくりと目を開けた。


「ここは……どうしてツバーシャがいるの……私は一体……」

「すごいわ。人間に戻ってる!」


 入口で見ていた兵士も大喜びで周囲に伝えだした。すると続々と兵士が集まってきた。


「それは本当なのか!」


 そう言いながら戻ってきたのは大隊長だ。フェノイカを見ると目を輝かせた。


「本当に。本当に勇者だったのだな!」


 手を握られて上下に振られる。喜んでくれて何よりだ。


「吸血魔化した人間を治すとは。ならばネクスティ要塞を少人数で奪還したと言う話は本当なのか」

「はい」


 俺と俺の仲間がね。そう言う前に兵士たちから歓声が湧いた。


「では、武将ライオラを倒したと言うのは本当なのか?」

「はい」


 俺の彼女の深沙央さんがね。そう言う前に大隊長は「堯幸だ!」と叫んでしまった。


「この戦況で勇者が現れるとは。戦神が味方してくれるのも同然。この戦い、勝てるぞ!」

「オオーっ!」


 兵士たちが俄然やる気を出しはじめた。マズイ。

 深沙央さんのいない状況で吸血魔軍団に勝てるのか?


――★★★――


 辺境の王国軍とは反対方向にある吸血魔軍の設営地。

 ここの指揮を執っている蟻地獄の吸血魔アリマジョールは、偵察から帰還したシルクモルスの報告を聞いていた。


「血を吸っても吸血魔にならない人間? さらに魔剣を使うとな?」

「はい」


 どうにも信じがたい話であった。アリマジョールはやぐらの上からシルクモルスを見つめる。

 恭しくひざまずき、自分に忠誠を誓う若き貴族。そんなシルクモルスが嘘をついているとも思えない。

 なにより魔法で精神支配をしているのだ。狂言を口にするとは思えなかった。


「もしやマンティスが言っていた異世界から来た勇者なのかもしれない」

「なんですと」


 シルクモルスが立ち上がる。

 アリマジョールはマンティスから武将候補として推されていた。しかし同じく候補として名が挙がっていた召喚学者のプラウンや剛拳のライラスは何者かに倒されたという。


「四人の中で二人も散ったか」


 アリマジョールは幾多の戦場で指揮を執り、吸血魔の国の侵攻に貢献してきた。戦局が停滞しているところがあらば、軍の要請で戦場指揮を交代し、状況を覆してきたのだ。

 現在の戦場もわずか数日で王国軍を後退させた。王国軍の指揮官は剣聖クラスの武人と聞いていたが、いざアリマジョールの采配の前では、あっけのないものだった。


「なにが剣聖だ。勇者とて」


 人間なんぞ恐れるに足らず。この戦場で勝利すれば王都は目の前だ。

 武将の座は約束されたようなモノ。武将になれば伯爵の地位も授けられる。


「ククク……シルクモルスよ。ほかに偵察した地に異変はなかったか?」

「はっ。罠や隠し通路の痕跡は見当たりませんでした。時限式魔法も同様。このシルクモルスが命をかけて保証いたします」

「うむ。では予定通り進軍する」

「報告した魔剣使いのほうは如何いたしましょう」

「貴殿に任せるぞよ」

「ははっ。親愛なるアリマジョール様のため、このシルクモルス、死力を尽くします。ついでに剣聖も捻り潰して御覧に入れましょう」


 シルクモルスは振り返ると、うしろに控えていた吸血魔の戦士たちに檄を飛ばした。


「我らが美しき主のため、この身を燃やす時が来た。者どもよ、このシルクモルスに力を貸せ。その剣を存分に人間の血で染め上げよ。我が国を世界の覇とするために全力で戦い、全力で死ぬのだ!」

「おうっ」


 戦士たちは一糸乱れずアリマジョールに敬礼した。その最後尾で、ただ一人だけ動かない者がいた。シルクモルスは声をかける。


「キサマはたしか、最近やってきた傭兵だったな」

「はい。トライオーネと申します」

「傭兵とはいえど、偉大なるアリマジョール様の下に就いたのだ。尽力してもらうぞ」

「承知しております」

「あまり虐めるでないぞよ」


 アリマジョールは使命の燃えるシルクモルスをなだめた。

 傭兵風情には精神支配は必要ないと考え、魔法をかけていないのだ。熱意の差はいなめない。


「私の活躍の場を奪うのではないぞえ」

「アリマジョール様は今後の世界に必要なお方。戦場で傷つき倒れるのは我らで十分でございます。この威勢も主への忠義、あるいは若人なりの愛情と受け止めて下さい」

「ククク、可愛いヤツだのう。ならば十分に剣を振るえ」

「はいっ」


 アリマジョールは戦士たちの、さらに背後、ネズミ兵や吸血魔化した人間兵に目をやった。その数、五千以上。


「これより、この地に巣食う王国軍との決戦に向かう。人間どもを蹴散らし、王都攻略の侵路を築くのだ!」


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