62.彼女不在で大決戦
「そんな装備しか与えられなくて、スマンな」
「い……いえ」
荒野の中、いつ開戦になるとも分からない状況で、俺はいま大隊長の隣に立っている。軍から貸し出された軽装の鎧を身につけて。
度重なる戦いで、部隊は物資不足なんだそうだ。
ツバーシャは昨晩から必死に瞬間移動の能力を使おうとしていたけれど、ダメだった。
夜が明けて軍が荒野の一角を陣取った段階でもダメだった。
母親の手前もあり、ツバーシャは馬に乗って王都へ戻っていった。でもツバーシャのことだ。素直に戻ったとは考えられない。
ここは障害物のない荒野。前方には敵の軍勢がよく見える。たくさん見える。
対して、こちらの軍勢は二千人と少し。兵員も物資同様に戦いで損失してしまったという。
「我が軍はたしかに少ない。しかし我らが負ければ吸血魔を王都に近づけさせることになる。大切な皆の家族を守るためにも、ここで力を尽くしてほしい。案ずるな。我らにはライオラを倒した雄々しき勇者がいる。この戦い、負けることはない!」
「オオー!」
みなさんには悪いけど、俺は期待されるような人間じゃありませんから。昨日からずっと祀り上げられて、担がれて、なんだか気が重い。
もう深沙央さんと二度と会えないんじゃないかと思うと心が消えそうだ。
背中をバシンっと叩かれた。
「神山康司君。悪いことをしたな」
「え?」
大隊長が耳元でそっとつぶやいた。
「勇者がいる。こうでも言わないと兵たちの心が折れるものでな。戦いが始まれば誰もが自分の命を守ることで必死だ。誰もキミを見ていない。混乱に乗じて逃げればいい」
「そんなことは……」
「無理するな。キミを見ていればわかる。吸血魔を倒してきたのは事実のようだが、決して勇猛果敢な戦士というわけではないようだ。戦いたくなければ逃げればいい。娘の近くにいてやってくれ。ツバーシャは複雑な子だ。キミみたいな友人が必要だと思うよ」
「大隊長さん」
そのとき笛が鳴った。太鼓も叩かれる。何事かと思ったら開戦の合図だった。
「来るゾ! 弓隊、矢を放て!」
矢が一斉に放たれて突撃してくる敵兵に命中する。
それでも半分以上はもろともせずに突っ込んできた。
「副指揮官、あとは任せるぞ。剣聖ラモネシュライン、出撃する!」
大隊長は青い鎧と兜、十字架の仮面を身につけると、自ら馬を駆って最前線に赴いていった。
何人かの騎士たちもあとを追う。俺は慌てた。
「大隊長が行っちゃいましたけど……」
「ああいう人ですから。指揮はお任せを。さぁ、あなたも……」
副指揮官は笑顔で馬を差し出してきた。俺も行けと? 馬にも乗ったことがないのに。
「その馬、私に貸してください!」
飛び出してきたのはフェノイカだった。後衛で休んでいたはずなのに。
「居ても立ってもいられませんでしたから。勇者様でしたよね。一緒に乗りましょう」
馬に飛び乗るフェノイカ。うしろに乗れと促してくる。
「さぁ、あなたも……」
副指揮官も笑顔で勧めてくる。ああ、どうにでもなれ!
最前線の王国兵と戦っていたのは
「吸血魔化した人間なのか?」
牙を生やした多くの人間が気の狂ったように暴れていた。
「吸血魔化されただけではありません。アリマジョールの魔法で狂戦士にされています」
そんな敵兵を王国兵が倒していくも、躊躇している様子がうかがえた。
「元は同じ人間です。無理やり吸血魔にされて戦わされているのは分かっています。殺すことがせめてもの弔い。でも、あの中にはかつての同僚もいるかもしれないのです」
フェノイカが俺を見つめた。わかっているさ。フェノイカを助けたときみたいに、吸血魔にされた人間兵から吸血魔の性質だけを抜き取ればいいんだろ。
馬から飛び降りた。相手は大人数。
一人一人に構っていられない。でも俺の波津壌気なら……
「波津壌気・逆バージョン!」
もともと広範囲に魔力を放つのが波津壌気。だったら多くの人間を元に戻すことだって。
吸血魔化された人間兵がバタバタと倒れだした。遠くから駆けてくる敵の人間兵も同様だ。
各方向からざわめきが起きる。
「すごい。みんな人間に戻っています!」
倒れた人間兵に駆け寄ったフェノイカが歓声を上げた。
「やはりキミの仕業だったか」
大隊長もやってきた。
「偵察員の望遠鏡では、敵陣が混乱しているようだ。なにせ配下の人間兵が一斉に倒れたのだからな。神山康史君、キミは勇者だ。戦場に連れてきて良かった」
大隊長は仮面をとって満面の笑みで誉めてくれた。まわりの兵たちも強く頷く。
「よぉしっ! 者どもよ、あとはネズミ兵と吸血魔だけだ。一気に叩きこむぞ」
「オオー!」
大隊長はフェノイカと兵を引き連れて進軍していく。倒れたままの人間は後衛が回収するとして……
「あっ!」
戦場の端。小高い丘の上で馬に乗る人影が見えた。あれはツバーシャだ。やっぱり帰ってなかったのか。
俺が丘に近づくとツバーシャも馬で下りてきた。
「お母さんを死なせないで!」
「それは何度も聞いた!」
どうして居るんだ。なんて聞くだけ無駄か。
「たくさんの兵隊が突然倒れたように見えたわ」
「俺の波津壌気の力だ。人間に戻したんだ」
「一瞬で? 康史ってスゴイのね!」
馬から降りて羨望の眼差しを送ってくるツバーシャ。そこへ
「あれがキサマの仕業だというのか!」
現れたのはシルクモルスと熊や亀、トカゲ人間の吸血魔だった。
「そうと分かれば生かしてはおけんな」
まずいぞ。戦力不足だ。
「どうして騎士がこんなところにいるんだよ」
「我らはアリマジョール様から絶大な信頼を得ている。それゆえ単独行動が許されているのだ。そこで我らは人間の軍に奇襲を仕掛けるために参上したということだ」
「奇襲? それが騎士やることかよ」
「黙れ! これも愛ゆえなのだ!」
「なにが愛よ。気持ち悪い」
ツバーシャは魔法の剣を構えた。俺も魔剣を手にする。
吸血魔が何体もいるんじゃ、簡単には逃げられない。
「一騎打ちだ。皆のものは手を出すな!」
シルクモルスは黒い槍で襲ってきた。
以前、蛾の吸血魔と戦ったときのことを思い出す。
なんとか魔剣で捌く。槍を叩き斬ろうとしたけれど上手くいかない。
「硬い槍だな」
「フン。ただの槍ではないぞ。我が家に伝わる魔王13秘宝のひとつ、魔槍だ。本来ならば剣聖を仕留めるために用意したものだが、魔剣使いのキサマならば突き刺すに不足なし。光栄に思え!」
思えるか! 俺はシルクモルスに一撃を加えた。
「この私が!」
驚嘆するシルクモルス。俺だって少しは成長しているんだ。
「おのれ。皆のもの、援護せよ!」
「一騎打ちじゃなかったのかよ」
「愛ゆえだ!」
亀人間の吸血魔が詠唱を始めた。魔法で攻撃をするつもりか。
俺が身につけている軽装の鎧でどこまでもつか。
深沙央さんの聖式魔鎧装のような立派な鎧さえあれば……
「康史、何ボケっとしてるのよ!」
ツバーシャの叫びで我に返る。気がつけば亀人間が火の玉を何発も放ってきていた。
周囲に着弾。爆発が起きる。そして俺の足下にも着弾。
あっという間に熱と轟音に包まれてしまった。




