33.時を止める少女
俺と深沙央さんとシーカは王都で買物をしている。男爵になって王国から屋敷を与えられたものの、生活に必要な雑貨は用意されているわけではなく、日々の食糧も自分たちで手に入れなければならない。
「お二人は屋敷でゆっくりしていても良かったんですよ」
「いいのよ。この世界の大きな街は初めてだし、物価がどれくらいのものか知っておきたいの。デートのランチでボッたくられたらイヤだしね。勉強させてもらうわ」
「デートの下見も兼ねているんですね」
「ちょうどいい荷物持ちもいるしね」
今ごろメグさんたちは屋敷で家事をしている。アラクネはまだ寝てるだろうな。
マーケットにはたくさんの屋台が並んでいた。しばらく歩いていると香ばしい匂いが漂ってきた。ファーストフードの匂いに似ている。見れば店主が挽肉をこねていた。
そういやファーストフードって最近食べてないな。
「あれはデシショです。挽肉を薄い生地で包んで蒸した食べ物です。食べたいですか」
シーカに見抜かれてしまった。シーカは三人分のデシショに銅貨6枚を支払っていた。すると銅貨一枚は百円くらいなのか。デシショは紙に包まれていた。
「デシショの中は肉汁でいっぱいです。食べるときは肉汁が飛び散らないよう注意してください。注意していても必ず手がベトベトになる。それがデシショです」
「どこの世界にもあるのよね。美味しいけどベトベトになる食べ物って」
「それでも無くならないのは、それだけ旨いってことなんだろ」
久しぶりのファーストフードだ。いただきます。
そのとき、誰かにうしろから追突された。デシショに鼻から突っ込んで、肉汁がブシャァァァと顔面にかかる。熱い。でも汁は旨い。
「ごめんなさい。急いでいて」
振り向けば、七歳くらいの女の子がいた。
「大変。お兄ちゃんの顔のつくりが大変なことに」
肉汁がかかったくらいで顔のつくりは変わりませんが。
「あら。お隣のメイミィちゃんよね」
「その子は?」
「今朝お隣にご挨拶に行ったときに会ったのよ」
いつの間にご近所さんへ挨拶に行ったんだろう。深沙央さん、ぬかりないな。
「メイミィちゃん、そんなに急いでどこへ行くの?」
「モデラーテ様がやってくるの。執事をしている私のお兄ちゃんもやってくるの」
「モデラーテ様といえば北西部の侯爵の御子息です。北西部の敵軍は撤退を始め、王国軍が領地奪還に成功しました。その詳細報告のために王都に来られるのが今日なんです」
それはいい話だな。
「敵軍の撤退は武将ライオラを倒したことが大きいと思われます。お二人のおかげですよ」
俺はあのとき何もできなかった。活躍していたのは深沙央さんだ。当人はメイミィちゃんとお話している。
「私たちもモデラーテ様を見に行きましょうよ。お城の前に行けば会えるんですって」
お城の前では多くの人だかりができていた。城の入口には多くの兵隊が整列している。
「おおっ、来たぞ」
見てみれば絢爛豪華な巨大な馬車が近づいてくるところだった。とにかくデカイな。荷馬車や乗合馬車でもないのに、十人くらいは乗れそうだ。
「お兄ちゃんは忙しくてお家に帰ってこれないの。でも今日はお兄ちゃんを見ることができるんだよ」
「そっか。お兄ちゃん、メイミィちゃんに気付くといいわね」
「うん」
メイミィちゃんのお兄さんは執事だって言ってたな。すると馬車の中にいるってことか。
「おかしいねぇ。この国の侯爵家の人は、窓を開けて手を振ってくれるのに」
「風邪でも引いてしまったのかね」
「これじゃあモデラーテ様のお姿が見えないな」
見物人が不満を漏らしている。いつもと様子が違うのかな。
馬車が城門の前で止まると、キャビンの扉が開いた。執事が何人か出てくるけど、なんか変だ。視線が定まらず、まるでゾンビのようにフラついている。
「あ、お兄ちゃんだ。お兄ちゃん?」
次に出てきた執事も様子が変だ。最後に出てきた貴族風の男も同様だった。
「おお、モデラーテ様じゃ」
「ご病気なのかね。辛そうな顔をしとる」
「モデラーテ様、王都へようこそ」
あいつがモデラーテか。口から鋭い牙が飛び出している。まさか……
「人間どもに告げる!」
モデラーテが、とても人間とは思えないような声を上げた。
「この者の娘は預かった。返してほしくば戦場と国境線から王国軍を引き揚げさせよ。さもなければ娘は殺す。返答期限は明日の夕刻。俺は王都の西にある廃要塞で待っているぞ」
なんなんだ?
「遠隔操作か催眠みたいね」
「吸血魔に操られているのか」
「それだけではないわ。吸血魔にされている。このままでは、ここの人たちが危ない」
モデラーテや執事たちが牙をむき出しにして吠えだした。獣のような目を見物人に向けている。まずい。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
メイミィちゃんが走り出した。お兄さんは標的をメイミィちゃんに定める。ほかの執事たちも見物人に向かって駆け出した。
「危ない!」
そう思ったとき、止まった。
以前にも似たような感覚に襲われた。あのときは何が止まったのか気付けなかったけど、今回はわかる。時間が止まったんだ。
それでも目は動く。深沙央さんやシーカ、執事や見物人も止まっている。
そんな中、止まった兵隊の中から一人の女の子が出てきた。ピンクと黄色のフリフリのワンピース。
庭園で出会った不思議な女の子、パティアだった。
「ふぅ、面倒くさいんだぞ」
パティアは剣を構えると、動かない執事を突き刺していった。一人、また一人と吸血魔になった執事を刺していく。
「吸血魔は死んじゃえばいいのだ」
そして次に選んだのはメイミィちゃんのお兄さんだった。やめろ、吸血魔にされた人間は元に戻すことができるんだ。殺さないでくれ。
「ミラクルパワー! ウェイクアップ!」
いつのまにか深沙央さんは宝石を手にしていた。宝石から光が溢れる。
「気炎万丈・正義の亀鑑・希望を着飾る貴顕の戦士! キュートキャスター ミラクル☆ミサオン! 只今参上!」
深沙央さんは魔法少女・ミラクル☆ミサオンに変身した。
「まるでスローモーションの世界にいた気分だわ。変身宝石を取り出すのに時間がかかったけど、この状態になれば動けるみたいね」
この姿になった深沙央さんには魔法攻撃が効かない。この止まった時間が魔法の効果だとしたら、深沙央さんは動けるんだ。
「なんだ。お前っ」
パティアの前にミサオンが立ち塞がった。
「殺してはいけないわ。この人たちは人間に戻せるのよ」
「吸血魔になった人間は元には戻れないんだぞ。だから殺すんだ。それより、どうしてパティアの時間に入って来れるんだ? 勝手に入ってくるんじゃない」
「私に時間停止魔法は効かないわ。もう殺すのはやめて」
「邪魔をするな。あと、パティアの力は魔法じゃないんだぞ」
二人は睨みあった。
「このわからず屋!」
「オマエからやっつけてやるんだぞ」
ミサオンは衣装についている魔法のリボンをほどいて、ムチのように投げつけた。パティアはそれを剣で斬り払おうとするが、剣に巻きついてしまう。
「これは!」
「形状記憶魔法リボンよ。観念しなさい」
「ふんっ、勝負はこれからなんだぞっ」
パティアは剣を捨てて素早くミサオンに迫った。パティアも戦闘に慣れているんだ。そんなことより
「どうして二人が戦わなくちゃいけないんだ!」
声が出た。なんとか体も動く。
「康史君」
「康史、どうして。ん、時間切れか」
周囲にざわめきが戻った。止まった時間が動き出したんだ。パティアに刺された執事たちが一斉に倒れる。
「深沙央様、康史様。これは一体」
シーカは時間が止まっていた事に気付いてないみたいだ。
「パティア、時間を止めたのか」
いつぞやの短髪の少女兵士がやってきた。
ミサオンはメイミィちゃんのお兄さん、モデラーテ、馬車の中にいたモデラーテの奥さんらしき女性の腹にパンチを入れた。モデラーテたちは気絶する。
ミサオンは深沙央さんの姿に戻ると、ナイフで手首を切った。血をモデラーテたちの口に注ぐと、苦しみ出して人間に戻したのだった。
「吸血魔になった人間を、元に戻しやがった」
驚愕する短髪の兵士ちゃん。
「オマエは……」
パティアは深沙央さんを睨み続けていた。




