おかわり
プシュッ、と音を立てて自動ドアが開き、乗客たちが次々に下車していく。
涼しい電車からプラットホームに降りた客たちは立ちこめる熱気に嘆息し、逆に炎天下の中電車を待っていた客は涼しい車内に入れて安堵しているようだ。
そんな乗客たちとは対照的に、紫遠は汗一つ掻いていない。あやかしの血がなせるわざなのだろうか。学生の頃は、どんなに運動しても汗を掻かない紫遠はクラスの女子たちから、「高橋君は汗臭くないからうらやましい」と何度も言われてきたものである。
改札を出て南口へ続く通路をゆったりと歩いていると、ポケットに入れたスマホが振動した。立ち止まってすぐさま画面を確認した紫遠の胸がどきっと高鳴る。
ディスプレイに表示されているのは、梨々花とのトークアプリ画面の通知。すぐさまフリックしてアプリを起動すると、軽やかな音と共に梨々花から送られてきたばかりのメッセージが表示された。
今、姫路を出発したところ
和歌、ちゃんと訳できたよ!
和歌を作れるとか紫遠さんはすごいね
私じゃ現代語訳するのがやっとだったよ
短いフレーズで次々に表示される梨々花のメッセージに、紫遠はふっと柔らかい笑みを浮かべた。
次に倉敷に行けるのはいつになるか分からないけど、絶対にストールを身につけていくからね!
すてきなストールと和歌をありがとう!
梨々花のメッセージに続き、「ありがとう☆」とクマが言っているイラストが送られてきた。それを見た紫遠はふっと表情を消した後、困ったように笑った。
「……ああ、そうか。古文、苦手なのかな」
梨々花のメッセージを見る限り、彼女は紫遠が和歌に込めた「本当の意味」には気づかなかったようだ。これを仕込むために、紫遠は和歌制作にかなりの時間を要したものである。
……だが、気づかなかったのならば、今はそれでもいいかもしれない。
紫遠は梨々花に返信のメッセージを送った後、スマホをポケットに戻した。
焦らなくてもいい。むしろ、自分たちには時間が必要だ。
梨々花は自分の進路を定め、紫遠は自分に向き直る時間が。
「……次に会うときには、僕は――」
薄い唇がその言葉を発したと同時に、構内に電車到着のアナウンスが響いた。
紫遠は長い髪を掻き上げると、夏の日差しが降り注ぐ南口へと足を進めたのだった。
これにて完結です
お付き合いくださり、ありがとうございました!
和歌のヒントは、「折句」です




