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57話 雪花月11

 アルビンたち冒険者と出会った翌日、雪花月は魔界にいた。

 もちろん帰還しようとしている冒険者たちと一緒にである。彼らの目的は魔界の探索であり、塔のある街に用があったわけではない。長居する理由もなかったので、さっそく移動を開始したのだ。

 教会で一夜を過ごし、朝から魔界化している森へと入り、そしてアルビンたちは野営を始めた。

 安全な道から少し外れた木々の合間の空間。そこにテーブルや椅子が用意されていた。これらは魔法使いのルヴィエラがどこかから取り出した。荷物は彼女が管理していて、各自は最低限の荷物で済むというわけだ。

 皆が休憩を始めたので月も同様に椅子に座って休んでいるという状況であり、月は少々戸惑っていた。このままどんどんと魔界の奥深くに突き進んで行くとばかり思っていたのだ。休憩するにしてはいくらなんでも早すぎる。月が訝しんでいるとアルビンが理由を説明してくれた。


「身体を瘴気に慣らしてるんだ。意味があるのかはわかってないけど慣習だからね。そういえば確認を忘れていたけど月さんは瘴気の対策は大丈夫かな?」


 ――それは出発前に! まっさきに説明しろや!


 そう思ったがもちろん口にはしなかった。


「はい、大丈夫なはずですぅ」

「ブルーノは練士だから瘴気を防ぐ灯を用意できるんだけど、範囲に限りがあるし完璧でもない。練士のサポートがあった上で、それぞれにも対策があるのが理想なんだよ」


 瘴気を防ぎ、魔物を寄せ付けない道は練士たちが設置し、管理している。道ぐらいの範囲と効果があるなら大丈夫なようにも思えるが、一人に依存しすぎるのも危ういし念には念を入れているのだろう。


「そうなんですねぇ、すごいですぅ。あ、だから道を外れたところにいるんですか?」

「そう。道の上じゃ意味ないからね。灯もあえて使っていないよ」

「これはどれぐらい休憩するものなんですか?」

「半日とは言われてるけどね。正直なところよくわからないから適当なところで切り上げてるよ」

「効果があるかどうかでいえば、私とルヴィエラにはまったくないんですけどね」


 練士のブルーノが話に入ってきた。


「それはどういうことなんですかぁ?」

「瘴気対策の方法がそれぞれで違うんです。私の場合は神の力である灯で瘴気を遮断していますし、魔法使いのルヴィエラは契約した悪魔が瘴気を吸収してるので、慣れるとかそういったことじゃないんですよ」

「そう、瘴気に身体を慣らすなんてのは貴族の慣習ってこった」


 貴族ぽくはない戦士のアイダが言う。アルビンとアイダは貴族とのことで、それはただの地位や身分ではないのだ。貴族は庶民とは比べものにならないほどの頑強さを誇る別種の生物のようなものらしい。ありとあらゆる環境に適応する能力を持っていて、その適応能力で瘴気にも耐えているのだ。


 ――だったら私も慣れさせる必要はないんじゃ? 本当に大丈夫なんか? 無駄に瘴気を浴びたくないんだが?


 月はスマートフォンを確認した。HPに変動はない。このあたりの瘴気程度ならダメージは受けないようだった。


 ――それでも念の為に道の上に行っときたいが……こんな序盤で足並み崩すわけにもいかねぇよなぁ。それに……。


 月は木々の間から近くの道を見た。そこには月たちと同様に野営している者が大勢いる。荒野に住むならず者たちだ。彼らは、アルビンたちを利用して王都まで向かうつもりなのだ。

 アルビンは彼らを助けたりしないだろうが、先行したアルビンが魔物どもを倒せばそれだけでかなり安全になる。つかず離れずついてくるつもりなのだろう。


 ――いや? 私もつかずはなれずでいいんじゃ? アルビンたちの側にいる方が危険かもしれ……ないな。何されるかわかったもんじゃねぇし。


 ならず者たちを見る。知性の欠片もない蛮族としか思えなかった。今はかろうじて均衡を保ってはいる。それぞれが距離を取り、極力干渉しないように警戒しているのだろう。ただ、それも一時的なものでしかない。少し状況が変わればすぐに殺し合いを始めるようなやつらでしかないのだ。

 結局、アルビンたちの庇護下にいるのが最善だろうと月は思い直した。


「休憩ってことですけど作戦会議なんかはしないんですか? ルートを検討するですとか」

「うーん、ルートはあまり意味がないんだよ。魔界の環境は変わり続けてるからね。基本的には行き当たりばったりなんだ」

「でも魔王城を探してるんですよね? 発見したらどうするんですか?」

「環境が変わっても魔界の発生源であるレガリアの位置は変わらないから座標を記録するんだよ。それさえわかってればどうにかなるからね」

「そうなんですねぇ」


 ――てことはここからの道行きも行き当たりばったりなのかよ……。


 当然、帰り道ぐらいわかっていると月は期待していたがそうでもないらしい。先行きが不安になってきたが、それでも彼らについていくしかなかった。


「行き帰りで同じルートを通っても意味はないから、できるだけ別のルートになるように意識はするけどね」

「なるほ……ど?」


 いつものように愛想のいい返事をしようとして月は固まった。

 アルビンの背後に、異様なものが見えたからだ。

 それは、黒く細い枝のようなものだった。いつからそこにあったのか。最初からはなかったはずで、気づけばあったのだ。

 それは、ゆっくりと動いていた。よくよく見てみれば二足歩行をしているようだ。あまりにも細いためすぐにはわからなかったが、どうやらそれは人のような姿をしているようだった。

 全てが細く、黒い。それは森や、闇夜に容易く紛れ込めるだろう。月が気づけたのは、すぐ側にまでそれが近づいていたからだ。


「アルビンさん!」

「大丈夫」


 枝のような何かが枝のような腕を振りかぶり、立ち上がったアルビンの蹴りが枝のような胴体をへし折った。

 枝は苦鳴をあげながら二つ折りになった。見た目通り、耐久力はそれほどないようだ。


「敵はいつどこからやってくるかわからない。当然、常に警戒はしているよ」

「ぎゃー!」


 安心したのも束の間、そう遠くない場所から悲鳴が聞こえてきた。

 道の方からだ。そこでは黒く細い魔物の群れがならず者たちを八つ裂きにしていた。

 ならず者たちもただやられるだけではなく反撃しているが、彼らの武器は枝のような細い身体にまったく通用していなかった。どうやら魔物が脆いのではなくアルビンの蹴りが強すぎただけだったらしい。


「この状況で瘴気に身体を慣らすとか言ってる場合じゃないですし、灯を使いますよ?」

「ああ。お願いするよ」


 ブルーノが片手を上げ掌を天に向ける。そこから球状の炎が飛びだし、上空に静止した。暖かな光が月たちを包み込む。それで瘴気を防げているのか月にはわからないが、これで大丈夫なのだという安心感だけはあった。


「あの、ちょっといいですかぁ? あの人たちだいたいは道の上にいますよね? なのになぜ魔物に襲われてるんですか?」


 疑問に思ったことを月は聞いた。道は安全という触れ込みだったはずだ。


「一言で言うなら道の灯はあまり効果がないからなんだけど……詳しい説明はブルーノに任せるよ」

「そうですね。今ちょうど灯を使ったところなんですが、道の灯との違いがわかりますか?」

「えーと……暖かい? それに効いてる感があるような……」


 今は灯の影響下にあるとはっきりわかるが、月は道の上でそれを感じたことがなかった。


「その通りです。灯はよくうんこに例えられるのですが」

「なんて!? いや、どういうことですの?」


 焦りすぎた月の口調は乱れていた。


「魔物からすればそんな感じということです。嫌な臭いがするし、踏みたくはないしで寄ってこない。けど、気分の問題を度外視すれば近づくことは可能なわけです」

「はぁ……」

「そう聞くと灯による防御に意味はあるのかと疑問に思うかもしれません。しかし大丈夫です。今頭上に浮いている灯はできたてのうんこなんですよ。強烈な匂いを放っているためよっぽどじゃないと魔物は近づいてきません。対して道の灯は乾いたうんこというところですね。少し嫌ですけど、無視することもある程度は可能なんです」


 灯を神聖で暖かな光だと思っていた月だが、途端に汚らしく思えてきた。


「いや、なんか頭に入ってこないですね……」

「ブルーノに任せないほうがよかったかな?」

「なぜですか? 本部でもこのように説明してるんですよ! 子供たちには馬鹿ウケです!」


 そんな説明を聞いているうちに、アルビンたちを露払いに使うことを目論んでいたならず者たちは全滅していた。


「あの、これからどうなるんでしょうか?」

「彼らだけで満足して去るならそれでいいんだけど」


 ブルーノの説明によれば頭上の灯は強力なものだから、魔物は近づいてこないはずだ。人を食べるのだとしても、もう十分な量が確保できている。灯に包まれている月たち五人をわざわざ襲う必要はないはずだ。

 だが、道の方に集まっていた魔物たちは一斉に月たちの方へと向き直った。


「あいつら理屈じゃねぇんだよな」


 アイダが剣を抜きながら立ち上がった。他の者らは動く様子を見せておらず、どうやら彼女が一人で戦うことになったらしい。

 アイダが魔物の方へと少し歩いて立ち止まった。灯の範囲外へ出たのだろう。

 魔物の数は判然としなかった。

 細い枝のような存在が、森に紛れている状況なので正確に数えるのが難しいのだ。月には十体程度はいそうというぐらいしかわからなかった。


「おらぁああああ!」


 雄叫びとともアイダが剣を横薙ぎにした。

 何もないところを無意味に斬った。月にはそうとしか見えなかったが、一瞬遅れて景色が一変した。

 目の前の空間から樹木が消え失せたのだ。遥か上空、小さな点のようなものがまばらに見えた。まさかと月は思ったが、切り裂かれた木々が飛んでいった結果なのだろう。

 当然、そのあたりにいた魔物が無事でいられるわけもなく、地面にはかすかにうごめく枝のようなものが残されているだけだった。これなら、相手の数がわからなくとも何の問題もないだろう。


「あの、こんなことしちゃっていいんですか?」


 無惨な光景を前に月は思わず口にしていた。あまりにも環境破壊が著しい。いくら魔物を倒すためであってもここまでしていいのかと思ってしまったのだ。


「ああ! 魔界がどうなろうと知ったこっちゃねーしな!」


 ――……よしっ! 雑魚についてっても何の意味もねーわ!


 月は自分の選択が正解だと確信した。

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