58話 ルヴィエラ1
雪花月はクズだ。
男どもはころっと騙されているようだし、ほぼ男のようなものであるアイダは気づいていないようだが、ルヴィエラには一目瞭然だった。
あざとく媚びるような話し方をする彼女はほとんどの女が嫌う女だろう。男にすり寄る女などいくらでもいるが、それでもここまであからさまなことはしないし、もう少し自然な態度を心がけるだろう。ここまで露骨にすり寄ってくるともう馬鹿にしているのかと思うぐらいだ。
だが、そうとわかっているのに、ルヴィエラは彼女を嫌いきることができなかった。どちらかと言えば好意を抱いてすらいるのだ。
人を利用することしか考えていない人間のクズであることは間違いない。だが、それでもまだ少しはましなクズであってくれと願っていた。無意識にどこかにいいところはないか探そうとしているのだ。
自分勝手でわがままだとしても、それほど問題ない可能性もある。実際のところ、異世界からやってきて身の危険を感じているのなら、強者にすりよるのは当たり前だし、批難されるほどのことでもない。そのやり方に問題があったとして、慣れていないことをしているのなら不手際があるのも当然のことだし、不自然な態度に見えることもあるだろう。
現状、ルヴィエラたちは困っている少女に手を差し伸べたにすぎず、彼女の性格に難があったとして実害は発生していない。これから帰還するのだし、ただのついででしかないのだ。
――……なんだってこんな言い訳をしてるの?
普段なら反対していたはずだ。ついでかもしれないがそれでも不確定要素には違いない。魔界を縦断する実力を持ったパーティではあるが、足手まといを守りながら魔界を旅するなど余計な手間でしかないからだ。
では、なぜこんな無理矢理に肯定する方法を考えているのか。
「ねえ? なにかおかしな術を使われてない?」
魔界を進行中のルヴィエラは、小さな声でつぶやいた。契約している悪魔に話しかけたのだ。
『俺に認識できるような術は使われてないな。つまり魔力は働いていない』
耳元で声だけが聞こえた。
「じゃあ、あなたにはわからない術が使われている可能性はあるんでしょ?」
『もちろん可能性はあるが、それを言い出せばキリがないな』
この世界での不可思議な現象には魔力が用いられる。魔力が作用していないなら魔法の類いは使用されていないとしか判断できないのだ。ただ、人間は魔力を感知することができないためその判断すらも悪魔などに頼ることになる。
「でも、なんかおかしくない!?」
『なにをそんなに困惑しているんだ? お前の好みに合致したというだけのことだろう? 俺たちが好みの人間と契約して力を貸してやるのと同じ事だ。お前はその女の容姿が気に入ったので、好意的に捉えているんだ』
「え? そういうことなの?」
ルヴィエラにはまったくそんな意識がなかったので戸惑った。女である自分が女の容姿を気に入って好意を抱いているとは考えもしなかったのだ。
「でも、こいつクズだなぁと思ってるんだけど? それでも?」
『そのあたりも俺たちと同じだな。たいていの悪魔は見た目を気に入れば契約する。性格などどうでもいい話だ』
「なるほど……人形を愛でているぐらいのつもりでいれば……」
自分の心の内が理解できずに戸惑っていたが、そういうものだと思えば整理はできる。
ルヴィエラは隣を歩いている月を見た。
たとえに人形を出したが、月はまさに人形のような存在だった。歪なところがまるでないのだ。顔は対称で完璧な造形物のようであり、その肌にも一切の傷やシミがない。美肌を陶器のようだと表現することがあるが、これこそがそうなのだろう。
どれほど美麗だとされている人物でも、瑕疵がまったくないことはないはずだ。無視される程度だとしても、何かしらはあるはずだ。だが、彼女は完璧だった。少なくとも、ルヴィエラは月以上に美しい人を見たことがなかったのだ。
「どうかしましたかぁ?」
隣を歩く月が聞いてきた。ルヴィエラはまじまじと見過ぎていたようだ。
――声もいいってどうなってんの? ほんと。
甘えたような声を女からかけられたところで普通ならむかつくだけだろう。だが、月の軽やかな声は耳をくすぐる。聞いているだけで心地よく、いつまでも聞いていたいと思わせるのだ。
「んー? そんなに綺麗なら魔法使いになれるんじゃないかしら、と思ってたの」
ルヴィエラは適当にごまかしたが、嘘でもなかった。魔法使いになれるかどうかはほぼ見た目で決まるからだ。
「えー!? 本当ですかぁ。それ、興味ありますぅ」
『実際、引く手数多だろうな。まあ俺の好みのタイプではないんだが』
悪魔がつぶやくがこれはルヴィエラにしか聞こえていない。ルヴィエラも悪魔との会話では他者に認識されないぐらいの小声で喋っていた。
「魔法使いになるには悪魔と契約するんだけど、基本的に悪魔って面食いなのよ。だからあなたぐらい綺麗ならきっと大丈夫よ。まぁここで今すぐってわけにもいかないけどね。契約の条件を整えないといけないし、魔器の用意も必要だし」
「じゃあ街に戻れたら教えてもらえますかぁ?」
「いいわよ」
また適当なことを言っているだけかとルヴィエラは思ったが、どうやら本当に興味があるようだった。
「あのぉ、ちょっと気になってたんですけど、あれも魔法なんでしょうか?」
月が前方を指さした。
少し先ではアルビンとアイダが武器を振り回しながら進んでいた。剣を振る度に森が切り裂かれ、木々が消し飛び、道が開けていく。その歩みには一切の遅滞がなく、特に何もしていないルヴィエラたちも油断すると置いていかれてしまいそうなぐらいだ。
「彼らは精霊に力を借りているの。素の力に上乗せする形で使ってるから、剣術の延長で使う感じね。まあそれも魔法の一種と言われればそうなんだけど」
悪魔、精霊、神。呼び名は様々だがやっていることにさほどの違いはない。要は魔法を使える相手に助けてもらうだけのことであり、その手順や形式に違いがあるだけのことだ。
「そうなんですねぇ。じゃあ私はあんなのは無理なんでしょうか?」
「そうね。私たちはもっと受動的な感じかしら。でも勝手に気を効かせて色々やってくれる召使いがいるようなものだから、魔法使いの方が楽よ?」
剣士の剣を使った指示では剣の軌跡に応じて魔法が発動されるので精緻な制御が可能となるが、剣術の実力が物を言うことになる。魔法使いであれば大雑把な指示をすることになるのでそれに応じた結果になるが、細かなことは考えずに済むのだ。
「そうですね。剣を振り回したくないですし。ところで今どれぐらい進んでるんでしょうか?」
「そろそろ森は終わりそうね」
ルヴィエラたちは、マテウ王国へ向けてまっすぐに進んでいた。道は無視して突き進んでいるのだ。
前衛のアルビンとアイダが道を切り開き、後衛のルヴィエラ、ブルーノ、月は周囲を警戒しつつその後に続いている。道を外れて瘴気に満ちた魔界を進めば魔物が襲ってくる可能性が高くなるのだが、魔物の類いにもそれなりに知能はあるのだろう。破壊をまき散らしながら直進するような相手をわざわざ襲おうとは思わないのか、今の所襲われるどころか、寄ってくる気配を感じることすらなかった。
「さて。ここまでもなめていたわけじゃないけど、ここから先は気を引き締めてね。真の魔界に突入するから」
「えーと、何が違うんですかぁ?」
「浸蝕領域については知ってる?」
「なんか聞いたことはある気がしますぅ」
「魔界は浸蝕の宝玉を中心に広がってるの。宝玉はそこら中にあるんだけど、領域の大きさはまちまちで隙間がある。皆が魔界だと思ってるのは領域から漏れ出た瘴気が漂っているところね」
「じゃあこのあたりって領域とは関係ないんですかぁ?」
「適当に進んでてもそんなには出くわさないわね。でもこの先は領域が重なっていて隙間がなくなってくるの。どうしたって領域に入る必要がある。まあ、その領域の中で魔王城を探すのが私たちの仕事なんだけどね」
「その、中ってどうなってるんですか?」
月には取り繕った様子がなく、本気で今後の道行きを心配しているようだった。
「瘴気が濃くなるのはもちろんとして、そこに棲む魔物に都合のいい環境になってるわ。だから同じ系統の魔物が棲息してるし、ホームグラウンドってわけだからより手強くなってるわね。まあそろそろだから実際に見てもらった方が……」
瘴気が濃くなってきた。そして、目には見えないが感覚的にすぐそこに境界があるのがわかる。どれほど鈍感な人間でもそこから先に行ってはいけないと直感で理解できるはずだ。
だが、王国へ帰還するためには避けて通れないし、ルヴィエラたちにとっては慣れたものだ。躊躇うことなく境界を越え、光景が一変した。
「えーっと……こんなに違うんですね。でも、来るときもここを通ったんだから大丈夫ですよね」
月が呆然とつぶやくように言った。
「いえ……来るときはこうじゃなかったわね……」
まず目に付いたのは水の壁だった。どうやらそれは上空へと立ち上る水流のようで、その出元を見てみれば地面から噴き出ていた。見上げてみれば途中から幾本も枝分かれしているので樹木のような形状をしている。枝の先には巨大な水玉がぶら下がっているのでそれは飾り付けでもしているかのようだ。
上空に噴出した水が落ちてくる様子はないので、ここでは常識は通用しないらしい。
あたりを見回してみればそんな巨大な水の樹木が幾本も立ち並んでいて、中には何かが蠢いている。どうやらここは水棲魔物の領域のようだった。




