56話 二宮諒太9
「俺はお嬢を最大限守るし、必要とあればなんでもやる。で、このまま魔界を進んで目的地に行くんだな?」
「はい。当面はそのつもりです」
「わかった。それについてはもうごちゃごちゃ言わねぇよ」
極楽天福良がそう決めたのなら翻意させるのは難しい。その道行きがどれほど危険だろうが覚悟を決めて護衛に徹するしかなかった。
「となれば後はどう行くかだが、魔界を行くに当たって瘴気についてはどうなんだ?」
道は瘴気を浄化するが、問題は途中までしか続いていないことだ。道は魔界の入り口近辺にしかないようなので、いずれ自力で瘴気に対応する必要が出てくる。
「はい。HPがバリアのようなものらしく、瘴気のダメージを直接受けることはありません。HPは自然回復するようでして、これまでのところはダメージが回復量を上回ることはありませんでした」
「なるほど。でもダメージは瘴気の濃さによるだろうから過信はできねぇな」
諒太の体感では瘴気の濃さは一定ではない。常に気を配り、濃度に応じた対応が必要になるだろう。
「後は敵への対応か。手持ちの武装だけじゃ心許ないからスキルをどう活用するかだな」
「ちなみに武装とは?」
「腰帯剣と手裏剣がいくつか。式神もいるがこれは俺の制御下にはないし、お嬢を捜すことしかできない」
「この世界のシステム下にないという点で使い道はあるかもしれませんが……やはりスキルを使いこなせた方がいいですね。あ、武器といえばこれがあるのですが」
福良は、背負い袋から見覚えのある大剣を取り出してテーブルに置いた。つい先ほどまで諒太たちを襲っていた剣だ。敵らしき死体に突き刺さっていたものを回収していたらしい。
「私では使えないので諒太くんが使えるなら役に立つのではないかと」
「でけぇな。まあ使えんことはないか?」
刃渡り100センチ、刃幅10センチ、全長130センチというところだろう。余計な装飾の無い無骨な剣だ。大剣とはいっても、ゲームに登場するような非現実的な大きさではない。諒太はこの程度なら実用可能だろうと考えた。訓練でならこれ以上に重量のある武器を扱っているからだ。
諒太は大剣を手に取った。ずしりと重いが、やはり扱いきれないほどではなさそうだ。
「屠龍の大剣です。龍を屠るという名称ですね」
「そんなのなんでわかったんだよ?」
「所持アイテム一覧で確認出来ます」
「なんかいちいちゲーム的なんだよなぁ」
「ちなみに装備しないと武器としては使えません」
「……どういうこと?」
鎧の類いならわかるが武器の装備とはどういうことなのか。手に持っているのだからこれで装備したことになるのではないか。このまま振り回して敵に斬りつければ攻撃として成立するのに使えないとはなんなのか。諒太は少し考えたが意味がわからなかった。
「持っただけだと装備したことにならないんですよ。アイテム欄から装備をするか、手に持った武器で攻撃しようとすると装備状態になるようなんですが」
説明されてもよくわからず、諒太は大剣を手にしたまま立ち上がった。
あたりを見回すと樽があったのでとりあえずはそれを攻撃することにした。大剣を両手で掴み上段に構える。これで装備したことになったのか、装備していない状態と何が違うのか。意味はよくわからないが、その結果だけはすぐに知ることになった。
「は?」
途端に大剣が重くなり、保持していられなくなったのだ。体勢を維持しようと力を入れるも身体はどんどんと後ろへ倒れていこうとしている。このままだと無様に倒れるしかないので、諒太は慌てて大剣を手放した。
大剣が岩肌にぶつかり金属音を立てる。それは諒太にとっては違和感のある音だった。大質量の激突音とはとても思えなかったのだ。
「なるほど。マスターバンデッドに重装武器適性はないんですね」
『はい、マスターバンデッドの武器適性は中装までです』
「やっぱり意味わかんねーんだが!?」
「ジョブごとに装備適性というのがあるんですよ。適性に合わない武具を装備するとすごく重くなってまともに動けなくなるとのことです」
「さっきまで持ててたのにか!?」
「はい、不思議な仕様ですよね。所持だけなら影響ないんですが」
「先に説明しろよ!」
「実際のところどうなるのかなぁと」
「こうなったよ! 急に重くなるとか思わんわ!」
武器を手放したので実害はないが、それでも慌てふためいているところを目撃された気恥ずかしさはあった。
「使えないなら意味がないので私が持っておきますね。重装を使える人に渡すとかできるかもしれませんし」
そう言って、福良は大剣を回収して背負い袋に入れた。
「中装だとロングソードぐらいの感じでしょうか。暗器よりは威力ありそうですので、そういった得物も探しながら行きましょう。幸い、私のスキルでそこらへんからいい感じのアイテムを拾えそうですし」
「武器はそりゃあったほうがいいけど、汎用的に使えそうなスキルとか取得したほうがいいんじゃねーか?」
「そうでした、そんな感じの話でしたね。では私も確認してみましょう」
福良が席に戻り、スマートフォンを見た。
閲覧権限を与えているので、福良も諒太の情報にアクセス可能なのだ。
「マスターバンデッドは正面切っての戦いを想定していないようですね」
「戦闘向けのスキルはざっと見た感じないな。バックスタブ強化とかはあるけど、気づかれずに背後に近づいた上での技だろうし」
「バンデッドってただの泥棒より暴力的な感じはするんですけどね」
「盗賊の上位ジョブぽくはあるけど……なんか卑怯くさいんだよなぁ」
隠密、奇襲、夜間行動、山中行動、脅迫などがスキル一覧に並んでいる。ないよりはましかもしれないが、まっとうに戦う手段が欲しいところだった。
「他には手下を強化したり、指揮したりか。二人じゃ意味ねぇな」
「バンデッドでしたらぶんどる的なのがあれば……強奪がありますね。攻撃のついでに確率でアイテムを盗めるらしいですよ」
「それ、別に強くはないんじゃないか?」
アイテムを入手できるのは便利ではあるだろうが、それで攻撃の威力があがったりはしない。戦闘の役に立つとは思えなかった。
「ただアイテムが手に入るだけでしたらそうですが……ああ、各種盗むとの組み合わせに対応してるようですね。盗むにバリエーションがあるんですよ」
「盗むは盗むじゃないのか?」
「盗める対象ごとに細分化されています。武器、防具、消耗品、お金、HP、MP、ステータス、経験値、五感、身体。心を盗むなんてのもありますね」
「なんでもありじゃねーかよ!」
「HPを盗むなんてのは実質威力増加と考えられますし、武器防具、ステータス、感覚などを盗めればデバフになりますね。盗めて有利になるものほど成功確率が低いですが、どうせついでなわけですからとりあえずやっとけばいいと思うのですが」
「えぇ……これ、盗みにポイント振ったらもう他のスキル取れねぇんじゃ……」
他に有用なスキルもいまのところは見当たらないが、盗み特化でスキルを取ってしまっていいものか。
ついでとはいうが、成功確率が著しく低いならただの死にスキルになってしまう。それなら条件さえ整えれば効果が見込める奇襲や山中行動の方がまだ使い道があるだろう。
諒太は覚悟を決めきれなかった。