緑の丘の大宴会
その後、一旦部屋に戻ったセリアは自分が気絶してから今日までに起きたことをデニスに教えてもらった。
「……そうなの。ミュリエルは私と同じように聖奏して、エルヴィスを生き返らせたのね」
「ああ。僕も信じがたかったけれど――そんな聖奏もあったんだな」
当時のことを思い出しているのか、デニスは険しい表情になった。
(……それもそうよね。死人が生き返る場面なんて、誰だってお目に掛かりたくないわ)
セリアは俯き、ゆっくり頷いた。
「……死者を生き返らせる聖奏の楽譜は確かに存在したわ。私もちらっと見たことがあったけれど――死者蘇生の聖奏は、数ある禁書の中でもとりわけ精霊たちにとっても大きな負担になるものなの。だから、そういう聖奏が存在しても今まで演奏した聖奏師はいなかったはず。成功したとしても精霊の負担はもちろん、聖奏師にも大きな代償が跳ね返ってくるわ」
「代償――」
「禁書の聖奏には演奏者の実力以上に代償を払う決意と愛情がものを言うのよ。当然、高度な聖奏であればあるほど受ける代償は大きくなる。ミュリエルの場合は代償を受ける前に、蘇ったエルヴィスに殺されたみたいだけど……たぶん、精神が崩壊するとか、四肢が腐り落ちるとか――それくらい残酷な代償を受けることになっていたわ」
「……死者を生き返らせることに比べれば、呪いを解くことによる代償がずっと軽いのも当然ではあるね」
デニスの言葉に頷きつつも、セリアの胸の内は晴れなかった。
(……ミュリエル、助からなかったのね)
エルヴィスはともかく、ミュリエルの遺骸がどうなったのかまでは聞く勇気がなかった。
確かにセリアは最後まで、ミュリエルと和解することはできなかった。
だが、だからといって死んでしまっては何も残らないではないか。
ミュリエルは最期の最期までエルヴィスを愛し、彼の妃になることを願っていたという。
そしてエルヴィスはセリアにしてもミュリエルにしても、筆頭聖奏師を自分の虜にすることで禁断の聖奏――自分が死んだときの保険にしようとしていたのだ。
最期まで自分が正しいと信じていたミュリエル。
そして――約三年前、自分は絶対正しい、大丈夫だと信じ込んでいたセリア。
(私もミュリエルも同じだった)
互いに反駁しながらも、その根っこは同じだったのだろう。
(もしかすると、ミュリエルのようになっていたのは私だったのかもしれない)
だから、ミュリエルのことは、忘れられない。忘れてはならない。
覚えたまま、セリアは生きていくのだ。
その夜は、盛大なパーティーとなった。
「セリアが一年ぶりに目覚めた記念」と、なんだか恥ずかしくなるようなことが書かれた横断幕が食堂に掲げられ、料理人たちが腕を振るって作った料理がどんどん運ばれてくる。
今までならセリアは給仕係をしていたのだが、「今日の主役はセリアなんだから、働かずに食べて飲んでよ!」とフィリパたちに「セリア仕事禁止令」を命じられたため、料理でひしめき合うテーブルを前にちょんと座っていたのだった。
子どもたちはもちろん、夜の仕事のない大人たちも全員食堂に集まっているため、部屋の熱気がすさまじい。
セリアは中央のテーブルの前に座り、ひたすら皆のもてなしを受けていた。
「セリア姉ちゃん、これね、ぼくたちがそだてたおやさいなの!」
「このケーキは、あたしも作るのを手伝ったのよ!」
「秘蔵のワインがあるんだ! ちょっとくらい飲みなよ!」
「もうすぐセリアちゃんが大好きな、チキンソテーのオレンジソース掛けが焼き上がるからね!」
「はい。みんな、ありがとうございます!」
会が始まってからセリアは至れり尽くせり状態で、好物がどんどん運ばれてくる。
子どもたちは食事をしながらも、「これは自分が収穫した」「これは自分が手伝った」「これは自分が買いに行った」とアピールするのに忙しく、傭兵たちはどこに隠していたのか、年代物のワインを次々に持ってくる。
「ちゃんと食べてるぅ? セリア!」
とんっと背後から軽く小突かれたので振り返ると、そこには空になった皿を手に微笑む女友達の姿が。
「今日は私たちも料理手伝ったんだ」
「セリアが起きて初めて食べる料理だもの。気合い入っちゃうよねぇ」
「そのソース、私がブレンドしたんだけど、どう?」
「う、うん。すごくおいしいわ」
セリアが答えると、フィリパ、エイミー、マージの三人は満足そうに笑った。
「そうこなくっちゃ!」
「実は今、イチゴのムースが冷えているのよ」
「ムース!? そんな素敵なものがあるの!?」
「そ。しかも、クリーム入り」
「なんて贅沢な!」
ムースを作るには大量の鶏卵を要する。さらに滑らかにするには、貴重なクリームが必要だ。クリームなんて、麓町の食料品店でも滅多に入荷されない貴重品なのに。
思わずはしたないほどの声を上げてしまったが、周りの者たちは笑顔で頷いた。
「そりゃあ、今日は記念日だからね」
「麓町の皆も、セリアちゃんのためならって急いで食材を調達してくれたんだぜ」
「そうそう。みんなセリアのことを待っていたんだからね。今日くらいは贅沢して、お祝いさせてよ」
ね? とエイミーが微笑みかけてくる。
(私は、みんなに望まれている)
じわじわと目尻が熱くなった。
傭兵たちの戸惑ったような声、子どもたちの「姉ちゃん、うれしくてないてるー!」という声、フィリパたちの笑い声が響く。
(みんな、私の目覚めを待ってくれていた。そして、こんなに温かく歓迎し、喜んでくれている)
目覚めてよかった。
ここに戻れてよかった。
皆に再会できてよかった。
心から、そう思えた。
セリア大好物のチキンソテーを平らげ、宝石のようにきらきら輝くムースを子どもたちと一緒に味わう。
セリアの隣に座っていた男の子が、口の周りをべたべたにしながら食べるものだから口元をハンカチで拭いてやると、その子は目を丸くした後、ぽろぽろと泣きだしてしまった。どうも一年ぶりにセリアに世話を焼いてもらえたのが嬉しいらしく、「ありがどぉ!」と鼻声になりながら自分のムースを平らげていた。
「さあ、それではそろそろお待ちかね、セリアちゃんの一年ぶりの演奏会の時間かな!?」
酒を飲んですっかりご機嫌になった傭兵の一人が、酒樽に右脚を乗せて声を張り上げた。
それに応じるように、酒を飲んだ大人も飲まない大人もジュースだけの子どもも、全員が「待ってましたー!」「はやくききたい!」「やっぱこれがなくっちゃね!」と声を上げて腿を手のひらで叩く。
お楽しみは、これからなのだ。
「はいはい、部屋から持ってきたよ、竪琴」
「ありがとう、マージ」
ナプキンで口元を拭いたセリアは、手際のいいマージから竪琴を受け取った。
これに触れるのも一年ぶりになるので、うまく弾けるかどうか少しばかり心配ではある。セリアの体感としてはそれほど長い時間眠っていた気がしないのだが、半日経った今でもうまく体が動かないときがあるのだ。先ほども、食事の途中でふと右手の握力が弱まり、一度スプーンを取り落としてしまったのだ。
(でも、大丈夫)
セリアはマージの手を借りながらいつものように、木箱をひっくり返して積み上げただけのステージに上がる。セリアが演奏すると聞いて、料理人や洗い物係の皆も厨房から出てきて食堂がますますの熱気に溢れた。
セリアは用意されていた椅子に座り、数度竪琴の弦をつま弾いた。
(うん、いける)
ピン、と音が響いた瞬間、セリアの体は不思議な高揚感に包まれた。
早く演奏したい、早く奏でたいと全身が訴えているかのようだ。
(これが、私にできることだから)
深呼吸した後、セリアは顔を上げた。
食堂の入り口に座っているマザー。
目を輝かせ、ステージのすぐ目の前でセリアを見つめる子どもたち。
満面の笑みの傭兵たち。
うんうん頷いているフィリパ、エイミー、マージ。
そして。
「今日はセリアの代わりに働くよ」と、先ほどまで洗い場にいた人。
シャツの袖をまくって二の腕を露わにしている彼は、セリアと視線がぶつかると小首を傾げて微笑み、頷いた。
(デニス、あなたに届けたい)
セリアは大きく息を吸い、満面の笑みで声を上げた。
「……今晩は、私のためにこんな素敵な会を開いてくださり、ありがとうございまーすっ!」
とたん沸き上がる、拍手、口笛、歓声。
「いよっ! グリンヒル一の美女がお目覚めだぜ!」
「今日も可愛いよ、セリアちゃん!」
「お姉ちゃん、かっこいいよー!」
「ありがとう! みんな、本当にありがとう!」
舞台役者のようにおどけながら皆に挨拶するセリアに、歓声がますます大きくなる。
「今晩は皆への感謝の想いを込めて、これでもかっていうほど演奏させてもらいます! リクエストも受け付けますので、どうぞよろしくお願いします!」
そして拍手の中、セリアの竪琴は軽快なリズムを奏で始めた。
本来ならば竪琴ではない別の弦楽器で演奏される、アップテンポなダンス曲である。
セリアの意図を察した傭兵たちが真っ先に動き、長机を素早く部屋の隅に移動させる。子どもたちもお手伝いをするべく、その場に残っていた椅子を急いで片付け、フィリパたちがその場に落ちていた食べ物の滓や汚れをささっと回収する。
そうして食堂に中央にスペースができたとき、セリアの竪琴は前奏を弾き終えた。
「さあ……皆で歌いましょう!」
片手を掲げてセリアが音頭を取った直後、緑の館に歌声が満ちた。
低い声、高い声。
ちょっと音程の狂った声、完璧な音程を保つ声。
ひび割れた声に、子ども特有の瑞々しい声。
セリアの伴奏に合わせて、様々な歌声が丘の上の館に満ちあふれたのだった。




