緑の館への帰宅
子どもたちからの熱烈な歓迎を受けた後、すぐに皆に報告しようということで、散歩は中断して館に戻ることになった。
その時になってセリアは、眠っていた自分をここまで運ぶために使った改造ロッキングチェアの存在を知った。しげしげと眺めてみたが、このままお蔵入りしてしまうのがもったいないくらいの出来である。
セリアはせっかく元気になったのだし自分の足で歩いて帰りたかったのだが、そうもいかなかった。
「……あら?」
少し歩いただけで脚がもつれて体がふらつき、隣を歩いていたデニスに慌てて抱き留められた。
「大丈夫か?!」
「ごめんなさい、デニス。……体調が悪いわけじゃないのに、体がうまく動かないわ」
「一年近く眠っていたのだから、仕方ないだろう」
「そうね、いちね――え、えええ!?」
そしてセリアは、今の季節が春であること、自分が去年の初夏から約一年間眠っていたことを知ったのであった。
永い眠りから覚めたのだから、体がうまく動かないのも当然だろう。そういうわけでセリアは再び椅子のお世話になり、上機嫌な子どもたちに押されて館まで戻ったのだった。
館に戻ると、懐かしい面々がセリアたちを出迎えてくれた。
フィリパとエイミーとマージは泣きながら抱きついてきて、館に残っていた子どもたちも飛び付いてくる。男性陣はセリアの頭をぽんぽんと撫で、中年女性たちも笑顔で迎えてくれた。
「みんな、いつセリアが起きてもいいようにって準備していたんだ」
そう言うデニスと共に自室に戻ったセリアは、可愛らしく飾られた部屋の光景を目にして思わず口を手で覆った。
「まあ……!」
「かわいいだろう? 誰もいないときセリアが目を覚ましたら寂しいだろうからって、チビたちがあれこれ置いていくんだよ。一時はセリアの周りがおもちゃで溢れてしまって、雪崩が起きそうになったんだよね」
そう説明しつつ、デニスはにっこりと笑う。
「……何度も言うけれど、君が目覚めて本当によかった。皆も喜んでいるけれど、一番嬉しいのは絶対に僕だって自信を持って言えるね」
「……うん」
「それじゃ、仕度をしたらマザーのところに行こうか」
デニスに頷きかけ、セリアは外出用に着ていた上着だけ脱いでマザーの部屋に向かった。
まだ少し体の動きがぎこちなく、とりわけ階段の上り下りが危なっかしい。手すりを持てば大丈夫――かと思ったら、うまく手すりを握れずに前につんのめりそうになってしまった。動きが鈍くなっているのは脚だけではないのだ。
「なんなら僕が抱えて降りるけど?」
「えっ……そんな、恥ずかしいわ」
「えー……でも、これまで君が移動するときは専ら僕が抱き上げていたんだよね」
「な、なにそれ!?」
「だから館の皆からしたら、今さらなんだよ。……そういうわけだから、大人しく僕に抱っこされてね?」
どうやらセリアの体調を気遣っているのはもちろんだが、彼自身セリアを抱き上げたいようである。
なおもセリアは抵抗したが、「一人での移動は危ない」ということに反論できず、結局デニスのお世話になってマザーの部屋に向かったのだった。
マザーはセリアが挨拶すると、ロッキングチェアに揺られながら微笑んだ。
「あなたが元気になったようで何よりですよ、セリア」
「その、ご迷惑をお掛けしました、いろんなことについて……」
セリアは横目でデニスを窺う。
彼は去年の夏にセリアを連れて帰ったとき、せめてマザーにだけは事情を言うべきだろうと思って話をしたのだそうだ。
セリアとしては、特に反論はない。
セリアもマザーには迷惑を掛けた負い目があるので、いつか言わなければならないだろうとは思っていたのだ。
「……これからも、グリンヒルの館で生活してもいいでしょうか」
「もちろんですよ。デニスも身軽な身の上になれたそうですし、働き手が多いのはわたくしにとっても喜ばしいことです」
マザーは微笑み、並んで座るセリアとデニスの方に顔を向けてちょこっと小首を傾げた。
「……やはりあなたたちは、二人揃っているのがしっくりきますね。これから先も館で過ごしていいのですが……もし二人の考える未来が別の場所にあるのならば、その時は遠慮なく申し出なさいね」
「え?」
「あの、マザー」
思わず二人同時に声を上げると、マザーはくすくすと上品に笑いだした。
「いつも申し上げているでしょう? わたくしは目が見えない分、他の方には見えないものを見ることができるのですよ。……あなたたちの間に繋がれた糸、わたくしの目には見えております」
「えっ!?」
互いの顔を見合わせて、その間に何か糸でも繋がっているのだろうかと同時に目線を落とす。
そんな仕草もマザーにはお見通しだったようで、彼女はロッキングチェアに揺られながら満足そうに笑った。
「まあ、それはまだ見えぬ未来の話。……そうそう、今日はセリアが目覚めた記念ということで、夜にパーティーを開いてはどうかと考えているのです」
「えっ……私の目覚め記念?」
「それは楽しそうですね」
「はい。……あなたの健康状態も気になるので無理は言えませんが、もしよかったら一曲だけでもいいので、一年前と同じ音色を聞かせてほしいのです。皆、あなたの演奏を心待ちにしていたものでして……いかがでしょうか?」
マザーに頼まれたセリアは、顔を輝かせて頷いた。
「もちろんです! 一年間、皆には迷惑ばかり掛けてきましたもの。お望みの曲を何でも演奏させてもらいます!」




