425 隠し剣、俺の嫁 4
噂の担い手は、街道を往来する行商人たちと常に相場は決まっている。
彼らは旅の安全を確保するため、常に情報を求めているのだ。
してみると最新情報を入手するためにも、自分たちが行く先々で入手した噂を交換条件に差し出すのだ。
行商人たちによってもたらされたその最新情報は、取引関係にある店を構えた商会を経由して、街や村のひとびとに伝播していく。
しかもその情報が戦争の今後に大きく影響が出る内容であれば、人々が過剰反応するのも当然だった。
「わらわが王国に反旗を翻して独立戦争を仕掛けるだと? 誰が噂を流したのか知らぬが、その者はわらわの心内をよく見透かしておる様だ。のうお兄ちゃん? アッハッハ」
「笑いごとじゃないぞアレクサンドロシアちゃん! リンドル往還ではこの話題で持ち切りだそうだぞ。放っておけばベストレやオッペンハーゲンまで遠からずこの噂が席巻するんだぜ」
「いや逆の可能性もあるぞ。オッペンハーゲンの方からこの噂が流れてきたという可能性もある」
その噂の出所がようとして知れないため、俺たちは大混乱に陥っているのだ。
女領主の執務室での事だった。
はじめは笑みを零しながら安楽椅子に揺られていた彼女も、報告を聞いた途中から真剣な表情になって首を捻りだすではないか。
ラメエお嬢さまの緊急呼び出しで集まった奥さんたちも、静かにその話を聞きながら吟味していた。
「ご主人さま、デルテ卿の反応はどういったものだったのでしょうか?」
「アレクサンドロシアちゃんが、いよいよ独立戦争を決断したのかと息巻いていたよ。ここに呼んでもよかったんだが、そうすると話がややこしくなると思ってね。今は応接室でお待ちいただきながら、タンヌダルクちゃんが相手にしているだろう」
「なるほど。では、少なくともデルテ卿はこの噂を聞いたところで反感をお持ちにならなかったのですね」
「そういう事だね」
男装の麗人が危惧した事はもっともだ。
俺自身も、噂話の真意を問い質してきたデルテ騎士爵が、何の意図で話を振ったのか疑ったからね。
だがそれは杞憂だった。
「デルテ卿は主人の片腕を自負しているところがありますの。マタンギ領から移封する件も、シューターさまが手配した結果ですもの。当然といえば当然ではないですの」
その事をソファで足を組み替えながらマリアツンデレジアが指摘したけれども、そんな姿を俺の膝の上で見ていたッヨイさまがご意見を口にする。
「けれど、問題はそれだけでは終わらないのです。この噂を聞いた盟主連合軍のみなさんが、全員デルテさんと同じ反応をするとは限らないのです!」
「確かにッヨイハディの申す通りだ。わらわは以前より、まったく辺境の現状を顧みない国王と患側たる凡愚の臣に辟易としておった。だが同じ考えを持っている者が、盟主連合運にどれだけいるだろうか。少なくともオッペンハーゲンのドラコフ卿は違うだろうの」
「そうなのです。オッペンハーゲン男爵のドラコフさんは、王様から辺境伯を拝爵する事が夢のおじさんです」
ああ、オッペンハーゲンのドラコフさんは確かにそうだ。
彼はあくまでもオルヴィアンヌ王国という枠組みの中で、辺境における地位向上を目指しているひとだったからな。
「だがお兄ちゃんがガーターを嫁のひとりに迎え入れた時点で、わらわの自主独立は確定路線になったのだ。今さら騒いでも仕方がなかろう。のうお兄ちゃん?」
「お、お姉さま。嫌な言い方をしますね……」
「事実だガーターベルトよ。そなたもわたしの正式な義妹となったのだから、覚悟を決めよ」
「……はい」
鋭い眼つきで王族奥さんを黙らせたアレクサンドロシアちゃんだ。
けれどもやはり、予定よりも大幅に早い段階で俺たちの反王国の意思を知られてしまった様な気分だ。
本来の予定ならばこの冬の間に、しっかりと盟主連合軍に根回しをしておく予定だったのだ。
「とは言いましても、あくまでも自主独立とは言っても王国から大幅な自治権を勝ち取った領邦としての実態を目指していたはずです。自分たちで王を奉り建国する事と、王国の枠内にあって大きな自治権を持った領邦として存在するのとでは、王都中央の反応も変わって来るでしょう」
「まったく、ブルカの鼠と言い、先日からの宮廷貴族どもの鼠と言い、工作員どものやる事は始末に負えないですの!」
口々に男装の麗人やマリアツンデレジアが意見を口にしたけれども。
先ほどからずっと黙り込んで、明後日の方向に視線を向けている俺の奥さんがひとりいるではないか。
蛸足麗人たるカラメルネーゼさんは、我関せずという風に天井の染みを数えているのだ。
「どうしたネーゼよ。そなた、先ほどから何も意見を口にしていないではないか。ん?」
「おほほ、気のせいではありません事?」
「気のせいであるものか。申してみよ、貴様はお兄ちゃんの命令で王都中央の情勢を探っておったのだ。王都では巷で、その様なわらわたちが国王へ反旗を翻すという様な噂が流れておったのか?」
「流れておりませんでしたわねえ……」
「ふむ。ではブルカなのか宮廷貴族どもなのか、連中の現地工作員たちが独自の判断でこの噂を流しているのだろうかの」
「…………」
進退窮まったという表情を蛸足麗人が浮かべた。
そうしておいて俺の方に向き直ると、まるで助けを求める様に触手を伸ばしてくるではないか。
密かに蛸足を俺の脚に触れさせたりしているところを見ると、何かこの噂の出所に付いて知っているという感じがする。
「カラメルネーゼさん。俺は怒らないから正直に話しなさい」
「そ、そんな恐ろしい顔をしないでくださいましな。わ、わたくしは夫のために良かれと思って」
「良かれと思って?」
「べ、ベルベボロンさんを使ってリンドル往還で、辺境の独立機運を高めるための噂を流す様に差配したのですわ……」
あんたが噂の出所だったんかい?!
俺はたまらずその場で仰け反った。
「何という早まった事をしてくれたんだ、カラメルネーゼさん?!」
「で、でもこれは、わたくが勝手にやった事ではありませんわ。オレンジおハゲさんの弾劾のために連判状を持参していた盟主連合軍の使者の方たちとも、話し合ってやった事ですの!」
言い訳を並べるカラメルネーゼさんに、俺の膝の上で身を乗り出したッヨイさまが質問をする。
「質問なのです! 弾劾の連判状を届けた使節はオッペンハーゲンのひとだったはずです。オッペンハーゲンのドラコフさんも、この事は知っているのですか?」
「と、遠からず使節の伝令がドラコフさんのところにも届いているはずですわ。だからその点は問題ないと思いますけれども……」
「どうしてその様な事をしたんですか?」
「今の国王陛下の治世では、もはや臣民は付いてこれないという情勢を演出する必要があったからですわ。わたくしたち辺境の諸侯だけでなく、大身の本土貴族たちにも協力を求めるためには、これがもっとも有効だと上申がありましたので……」
いったい誰がそんな早まった意見具申をしたんだ。
蛸足麗人に家族のみんながジト眼を送ったところ、観念したという風に白状したのである。
「タークスワッキンガー将軍のご友人、アンナルビーズ卿ですわ……」
アレクサンドロシアちゃんもマリアツンデレジアも首を捻っているところを見ると、将軍のお友達はあまり有名な貴族ではないらしい。
そんな俺たちの疑問を代表してカサンドラが口を開く。
「そのう、アンナルビーズというお貴族さまはどなたなのでしょう?」
「お、怒らないで聞いてくださいねカサンドラさん。シューターさんの奥さんになる予定のひとですわ」
「「「?!」」」
何で勝手にそんな事になっているの?!
俺は再びその場で仰け反るハメになった。気が遠くなるのを必死で堪えていると、隣に座っていたマリアちゃんが支えてくれる。
一方。俺の正妻奥さんは、これまでに見たことがない様なそれはそれは恐ろしい顔をしていた。
その視線は、蛸足麗人と俺を交互に見やるではないか。
「そのう。シューターさん、カラメルネーゼさま。わたしは政治向きのむつかしい話はわかりません。後でお時間を頂いて、わたしにもわかる様にじっくりご説明いただく事は出来ないでしょうか。よろしいですね?」
待て、待ってくれ。
俺は何も聞かされていないから濡れ衣です!
おまわりさん、悪いのはあいつです!!!




