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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第11章 明るい宮廷工作
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424 隠し剣、俺の嫁 3

 武芸の心得がある人間と言うのは、構えた時に相手の動きに合わせて自分がどう対応するのか思慮する瞬間がある。

 空手の場合はさほど構えのバリエーションがあるわけではないが、剣術なら相対する距離で正面構えや上段構え、あるいは片担ぎにするなど相手に合わせる必要があるのだが。


「そ、それではよろしくお願いします……!」


 相対する眼の前の少女は違った。

 本人が告白した通りに武芸をかじり始めたのはごく最近で、だからだろうかひとつ覚えの正面構えで俺に対峙したのだ。

 この子は剣術をほとんど理解していない。

 そればかりか、徹底して正面構えだけを何度も練習していたのかも知れない。

 真剣な眼差しと同様に、その正面構えだけはそれなりに様になっていたのである。


 そうして俺の方でも、これまでは対峙する相手から最初の一撃を誘う様にしていたけれど、彼女はそれも難しいのだという事を理解した。

 何をしていいのかわからないので、とにかく構えて待ちの姿勢をしているのである。


「では行くぜ」

「えっ?」


 だから今回は俺から撃剣を送り出して、少しでもこの子に経験を積んでもらう事にした。

 驚きの表情を浮かべている彼女に片手で振り上げた剣を斬りつけると、彼女はその表情とはあべこべに果敢にも距離を詰めてきたのである。

 いい反応だ!


「ひいいン」


 ガキンと剣を合わせてみせたところはよかった。

 こちらもある程度は手加減をしながら片手攻撃を仕掛けたので、その一撃で圧し負けてしまう事はない。

 ぐるりと体を回転させて勢いを逃し、互いの位置が入れ替わった。


 すると彼女は、ようやく自分のやるべき事を思い出した様に剣の構えを改める。

 誰に教わったのか知らないが、無理に剣術っぽい動きをするのではなくて、木剣を脇に引き付けながら突きの態勢を取ったのである。

 俺もこれには舌を巻いたね。何しろ剣というのは斬るという動作が一番難しいからだ。


「へえ、あの娘やるじゃない!」

「そうですな。無理に剣を振り回すよりも、確実に相手を仕留める事ができますぞラメエお嬢さま」

「フフン。けれども相手が旦那さまだと……」

「いやいや。基本に忠実なのはよい事ですぞ、お嬢さま」


 そんなやり取りが俺の耳に流れ込んでくる。

 毛の生えたおませ少女と老騎士じいさんの言葉はその通りで、あれは時代劇で言うところのヤクザが多用する戦法である。

 このファンタジー世界でも、繁華街の裏路地で遭遇した悪党どもが愛用していた必殺のアタックだ!


「いけえええっ!」


 その必殺のアタックを俺にめがけて仕掛けてくる、眼の前の少女だ。

 初心者とは言ってもここしばらくは鍛錬を繰り返していたらしく、これしかないと決めてからの彼女の行動は迷いが無かった。

 そのまま俺の懐に飛び込んで来たところ、俺は木剣を添える様にして受け流しすぐにも肩で押し返す。


「動作に迷いがないのはいい事だ。咄嗟によく判断した」

「はいっ!」


 足元をふらつかせた彼女はニコリとしながら大きく返事をし、感謝のしるしにまた斬りかかって来る。

 今度は一撃で俺に圧し負けない様に、何度も剣を叩き付ける様に撃剣を繰り出してくる。

 いいね!


「よしいいぞ、力は弱いが手数で補うのはいい判断だ!」

「ありがとうございます!」


 右に左にと袈裟斬りを仕掛けてくるのだけれど、これは剣がまだ正しい軌道を描いていないので、やや刃が寝た状態で斬り伏せている様だ。

 問題はそこではなく、何度もくじけずに攻撃してどこかに隙は無いかと探っている様子だった。

 たぶん、本命は先ほど俺にアタックしてきた、腰溜めの突きだろう。


「いいですねあの娘。どうせ旦那は敵う相手じゃないからか、下手な事を考えずに攻撃しようって態度ですよ」

「あれは全裸卿閣下も楽しんでおいでですよ。わざと攻撃させる隙を作っている様に、わたしにはお見受けできます」

「アップルスターさんが言うんだからそうなんだろうぜ。俺やエレクトラと違って、あんたは旦那に唯一勝利したご家中のひとだからなあ」

「とんでもありません。手加減していただいたからこそですし、きっちりあの日の晩は完敗しましたから」


 何やらエレクトラとダイソンが、アップルスター卿を相手にヒソヒソとやっているのも聞こえる。

 彼女たちの眼にも、このひたむきな少女の攻撃が好印象に映っている様だ。


「旦那と再戦していたんですかい? そりゃ見物したかったぜ」

「いったいどんな手でアップルスターさんが負けたのか、あたしも興味あるよっ」

「ふふっ、内緒です」


 ちょ、何を話しているかと思えば、いつの間にか俺とアップルスター卿の夜のお話になっているじゃないか?!

 その先を言うんじゃありませんとばかりチラリと彼女の方に視線を送ると「わかっております」とばかりアップルスター卿がウィンクをひとつ飛ばしてくるではないか。


 こうして俺が明後日の方向に気を削がれている瞬間を狙って、相対する生真面目な少女は必死の形相で突貫アタックをぶつけてきたのである。


「ええええぇい!」

「おっと。体に剣を固定して突きをする時は、できるだけ無駄のない動きでね」

「は、はい?!」


 その後、何度か攻守を入れ替えながら立会稽古を繰り返した後に、彼女が頼みの必殺にしている突貫アタックの構えを指導したり、剣を振るう際の脚運びを矯正したりした後に、稽古は終了した。

 なかなかどうして素人ながらに思い切りがよい判断で、突きを切り札に選択しているものだと不思議がっていると、


「それはいくつもの戦い方のパターンを習得するのには時間がかかるので、まずは突きを自分のものにしなさいとご指導いただいたからです。ご主人さま」


 キッパリとした口調で使用人の少女は応えてくれたのである。


「なるほど、きみにそれを指導したひとの言葉は正しい。どの様な基本動作でも、何度も繰り返して正確に素早く鋭く扱えるのであれば、必殺の一撃になるからね」


 空手の突きや蹴りも、正しい動作を習得して何度も繰り返していれば、その威力はまったく違うものになるからな。

 それに彼女はどうやら湖城の別館で勤務している使用人らしいから、求められているのは最後の最後いざという時に武器を取って戦う事だ。


「きみやきみの同僚が剣を取って戦う事がない様に、俺たち家族がしっかりと警備体制を維持していれば問題ないというわけだ」

「はい。でももしもの事があれば、迷わず剣を手に取り戦う覚悟です!」

「う、うん。その心がけだ」


 何とも穢れ無き、天真爛漫な眼でしょう。

 ハキハキとした口調でそう応えた彼女は、貴人に対する礼をしっかりとした所作で行った後に引き下がった。彼女はこの後、お勤めがあるので稽古を途中退出するらしい。

 その後。アップルスター卿がラメエお嬢さまやエレクトラたちを相手に剣術指導をやっているところを見ると、護身の剣術というのを家中の人間に覚えてもらうために、ここに参加していたのだと俺は理解した。

 雁木マリとアップルスター卿が、これからしばらくは交互に指導をする事になっていたらしい。


 ところで先程の穢れ無き使用人少女の事だ。

 名前を聞いていなかったと、稽古の終わりにコッソリ彼女の事を知っているらしいエレクトラとアップルスター卿に話を振ってみたのだが。


「あの娘ですか? 確かアップルスターさんの世話係をしているんですよね」

「はい。彼女はネトリャーノフさんと申しまして、一応最上階の担当ですので、正確にはわたしとガーターベルトフォンギースラーさまの側付きという事になっています」

「あまり最上階へ頻繁に出入りする事が無いので知らなかった。ここだけの話、実は顔を覚えていなかったんだ……」

「旦那、そりゃあんまりだ」


 面目無い……

 エレクトラに呆れた顔をされたので、俺は心の中で謝罪した。


「それは仕方がない事です。最上階は基本的にガーターベルトさまの供回りがお世話を担当していますので、基本的にご家中の使用人のみなさんは、あまりお手出しができないのです。普段はもっぱら閣下のお子さまたちのお世話をされているので」


 普段はあまり最上階にはおられないのです。

 アップルスター卿によれば俺の子供たちの臨時の世話係をしているとか。

 してみると、ブリトニーの育児係にまわっているのかと思えばそうでもないらしい。


「専ら、養女の君とバジルさまのお世話みたいですね。昼夕の食事時だけは、わたしの身の回りのお手伝いをしてくださっていますけれど。わたしの私室を訪ねて下さる方は、大正義さまとタンヌダルクさまの他にあまりおりませんので……」


 城内にあってアップルスター卿が親しくしている数少ないお友達、なのだそうだ。

 何だかその話を聞いてしまった以上、これからはもっとアップルスター卿のプライベートルームに通う様にした方がいいだろうか。


「あっらあ、アップルスターさん。旦那を誘うだなんてあんたも見かけによらず大胆だねぇ」

「何と言っても今や旦那の奥さまの一員だぜ。そりゃあ毎日だって来てもらいたいだろうぜグヘヘ」


 それを聞いてエレクトラとダイソンが嬉しそうに下品な顔を浮かべたけれど、真っ赤な顔でオレンジ髪を揺らしながら否定してみせる。


「べ、別に催促をするために言った事ではないですよ。何事も順番が大切なのは、ハーレム大家族の絶対的ルールですのでっ。そうですよね、ラメエ卿?」

「そうね、順番は守らなくちゃらめよっ!」


 突然に話題を振られた毛の生えた少女は、あわてて同意するのである。


     ◆


 立会稽古を含む武術鍛錬は半刻ばかりした後に終了だ。

 非番のみなさんも、これからたまの自由時間を楽しむために過ごすそうだ。

 ただし外は相変わらずの寒い状態なので、野駆けに出かけるという人間はほとんどいなくて、せいぜいが城下の飲食店に金を落とすぐらいの事だろう。


「ところで、ネトリャーノフという名前。どこかで耳にした事がある気がするのだが気のせいか?」

「さあ、わたしは知らないわよ! ちなみにわたしの部屋を担当している使用人は、オホオの村から連れてきた奴隷ねっ」

「そうなんだ、名前は何と言うんだい?」

「ジョントラブルという寡婦よ!」


 それはトラブルに巻き込まれそうなお名前ですね……

 異世界の命名基準は相変わらず理解不能だ。ついでに男も女も名前だけでは判断がつきかねるね。

 後もうひとつ気になるところがある。

 修練場を出て本館の広い廊下を歩きながら、何故か俺に付き従っているアップルスター卿に質問した。


「彼女とはお友達という事だったけれど、あの子に剣術を指導したのはきみかな? 実に基本に忠実で、初心者にまず剣を覚えさせるのに妥当な指導をしていたなんて、俺は舌を巻いていたところだったんだ」

「いえ、わたしは彼女と親しくさせていただいていますけれども、特に剣術について質問を受けたことはありません」

「とすると、誰が彼女に剣術の指南を? 指導したひとがいると確かに言っていたはずなんだけど」


 俺は振り返って毛の生えた少女とアップルスター卿を交互に見比べた。

 ラメエお嬢さまは無い胸の前で腕を組んで首を捻っているし、アップルスター卿もお尻の辺りをさすりながら不思議そうな顔をしている。


「剣の構えを一見した限りは、騎士の訓練を受けた者が指導したに違いないわね! わたしもじいに剣術を教わった時、最初は正面構えを何度もやらされたから」

「そうですね。騎士見習いとなる場合、最初に覚えるのは剣と槍ですが、使用人という事で剣を選択されたのだと思います。本来はそこから短剣や弓、鈍器といった武器を様々に扱うのですが、全ての基本は長剣の扱いです」

「すると指導した人物は騎士なのか」


 俺も師範代の真似事みたいな事はやった事があるけれど、本格的に誰か弟子を育てた様な経験はない。

 もしもその指導者がハーレム大家族の誰かの中にいるのならば、それをレクチャーを受けたいものである。

 エルパコやベローチュ相手に剣術指導の真似事をしているし、応用できるかもしれないからね。


「閣下ほどの全裸最強でも、やはり教えを請いたいとお思いなのですか?」

「いや、自分が上手い事と指導するのが上手いのは別問題だしな。それに俺別に最強じゃないし?」


 いつも言っているが、ハーレム大家族で最強クラスなのはたぶん女魔法使いかニシカさんだろう。


 そんな話を廊下を歩きながらしていると。

 コソコソと姿勢を低くしながら移動している集団を目撃したのだ。

 女魔法使いを先頭にして、巨人メイドと主計官奴隷だ。

 何やら本館の中を使って隠密行動の練習をしている所らしく、廊下や部屋の往来をする使用人や役人たちの眼を避ける様にして、スリーマンセルで行動中らしい。


「ケイシーさん、もっと姿勢を低くっ」

「物理的にこれ以上身を低くするのは無理です、マイ・フレンド」

「後方確認、問題なしかもですッ」


 なかなか熱心にやっているらしい。

 抜き足差し足忍び足。廊下の角から数珠つなぎに出てきたかと思うと、部屋のひとつの内部を探って突入していった。

 途中でチラリと巨人メイドが俺にアイコンタクトで挨拶をして来た。

 さすがに城内で白刃きらめかせながら訓練をするわけにもいかないので、彼女たちが装備していた武器はバールの様なものだ。


「蹄鉄道具を武器にして練習かしら?」

「あれは蹄鉄の道具だったのか。バールの様でバールではなかった」

「ご覧ください全裸卿。あの中にでマイサンドラ卿が待ち構えておられるはずですので」


 ビシ、バシ、バキッ。

 激しい乱闘の音が突如として三人娘の飛び込んだ先で聞こえてきた。

 争う様なやり取りの後に、激高したマイサンドラのくぐもった声が漏れ聞こえてくるではないか。


「姿勢が高い、足跡がする! もっと周囲に意識を張り巡らせなさいな!」

「ヒイイ、おちんぎんに合わない仕打ちィ」

「かもですっ!」


 どうやら女魔法使いとモエキーおねえさんが叱責されたらしい。

 身を縮めて折檻されるふたりの様子を想像していると、部屋の入口にヒョコリと巨人メイドが顔を出して俺に一礼した。

 そうして扉が閉じられると、ふたたびビシバシと激しい折檻の音が聞こえてくるではないか。


「目標を発見したら、迷わず相手に襲いかかるのよ! 考えるよりも先に体が行動できる様に覚えこみなさい! あべこべに返り討ちに合って死ぬのはあんたたちよ?!」

「「はい!(かもです!)」」


 体で教える暗殺術である。

 普段からあんな厳しい調子でやっているのだろうかね。


「基本的にマイサンドラ夫人のご指導はそういった感じですね。今はまだ閣下のお命を狙う段階ではなく、行動を体に覚え込ませる段階だとか。午後からはわたしを相手にして、体術訓練もありますが」

「大変だな、命を付け狙う訓練も……」

「何を他人事みたいに言っているのかしら! ぜぜぜ全裸卿の貞操をお守りした暁には、わたしがご褒美をいただくのだからシャンとしてくださいらない?!」


 ピシャリと毛の生えた少女に俺は背中を叩かれる。

 こうして三人娘の練習風景を見かけている間も、この毛の生えた小さなレディは常に剣の柄に手をかけて警戒態勢を取っていた。

 などと思っていたら、こちらもバールの様なものを腰に装着している様で、いざ身内と襲撃訓練で斬り合いをする時はそれを使うらしいね。


 何というか、ウンザリする様な気持ちになって溜息を零した俺である。

 午前中に行う面会業務のために自室に到着すると、何とも気疲れするのであった。


     ◆


「シューターさん。お疲れのところ申し訳ありませんが、マタンギの村からデルテ卿のご夫妻がお見えになっておりますよ」

「そ、そんなに疲れてはいないかな。カサンドラの淹れてくれたお茶を飲んだら元気モリモリになったからね」

「はい、ありがとうございます。ありがとうございます。応接室の方でお待ちしてもらっていますので、このお茶を飲み終わったら移動してくださいね?」

「わかった……」


 執務室で待機していたのは、大正義カサンドラだ。

 俺たちが朝稽古をしている間に起床して身支度を整えたと見えて、近頃奥さんたちと練習している薄化粧で俺にお茶を淹れてくれたのだ。


「デルテ卿も大変だな。この雪の中、わざわざマタンギからお引越しの挨拶か……」


 今日、最初の面会相手はマタンギ騎士爵のデルテ夫妻だ。

 カサンドラが書きつけてくれた予定表によれば、マタンギを退去して新たな移封地のアナホールへ着任する旨のご挨拶に参上したとある。

 正式なアナホール領への着任は年をまたいでの翌月からという事になるが、そのためには国法に乗っ取った手続きも必要なのだとか。


「そのう、ご夫妻だけでなく、ご家族揃ってグラードの城下までお越しになっている様ですね」

「アナホールに移封するって言っても、実質的にはあそこは焼け野原の占領下だからなあ。一族揃ってお引越しとなると、分限者だという奥さんのご実家も当然ついてくるか」

「何でもご領地の立て直しに必要な資金は、アレクサンドロシアさまがご出資なさる様にという事で、ッヨイちゃんとモエキーさんがお話合いを持っておられました。これがッヨイちゃんから出された意見書です」

「ふうん。確かに何もない焼け野原を再建するのには資金が必要だ」


 俺に麻紙を差し出したカサンドラは、内容を指し示しながら説明してくれた。

 すでにッヨイさまとモエキーおねえさんのサインが入っていて、後は俺とカサンドラ、が署名するだけになっている。


「政治向きのむつかしい事はわたしにもわかりませんが、デルテ卿の奥さまは大変お困りになっておりましたので。何とかいい形になればいいなと思います」

「そうだね。話を聞いて、デルテ卿夫妻が領地経営に支障をきたさない様にしなくちゃいけない」


 内容を確認したところでティーカップの中身を飲み干して立ち上がる。

 警護役然と背後に控えていたラメエお嬢さまとアップルスター卿が、直ちに俺とカサンドラを前後から挟む様に立った。

 そのまま俺と応接室に待たせているデルテ卿のところまで、護衛を担当するという事だろうか。


「何だろう、ここは我が家でリラックスできる空間であるはずなのに。何故か知らない土地の街中を歩いている様な違和感と言うか気疲れと言うか。そういうものがあるんだけどね」

「それは仕方がない事だと、しばしご辛抱なさりなさいな! 何しろテールオン妃を暗殺するために必要な訓練なんですものっ」

「そ、そうかな。そのわりにはきみもかなり気合が入っているね」

「当然じゃない! ご褒美がかかっているのよ」


 応接室に向かう道すがら、元気に毛の生えた少女が返事をした。

 何でも、今回の暗殺訓練の予行演習をキッカケにして、サルワタ領邦にも工作員部隊を本格的に作ってはどうかと言うプランまで提案されていると言うじゃないか。

 同時にハーレム大家族を守るための警護訓練も日常的にやろうという話まであるそうだ。


「必要性は理解するけれど、あまり大風呂敷を広げると収拾がつかない事になるぞ」

「全裸卿の仰る事はごもっともです。まずは暗殺訓練をしっかりとしておかなければ、ハーレム大家族の未来はありません」

「そうね!」


 アップルスター卿は小さく同意してくれたけれど、ラメエ卿はどこまで理解しているのだろうか。

 事態がどんどん明後日の方向に膨らんでいく様な気がして、俺はますますゲンナリした気分になった。


「いかんいかん。これからデルテ騎士爵に面会するのに、こんな顔をしていちゃ」


 はじめて顔を合わせた時にはすこぶる険悪な関係だったデルテ卿だけれども。

 今では旧知の間柄の様に俺たちに親しく接してくる彼である。

 お待ちいただいている応接室の前で咳ばらいをひとつして居住まいをただした俺は、カサンドラにチョッキの皺がないか確認してもらってから室内へと入った。


「いやあお待たせしてしまいましたかねえ」

「デルテ卿ご夫妻、ご無沙汰しております」

「こちらから急に押し掛けたのだ、その様な気遣いは俺たち夫婦に無用ですぞ。女神様の守護聖人にいて全裸卿たる閣下におかれましては、ますますご栄達のほどお喜び申し上げる」

「ペコリ」


 真冬にもかかわらず若干暑苦しいデルテ卿のご挨拶と、薄幸そうなご夫人の控えめなご挨拶だ。

 俺とカサンドラはソファで向き合って、高貴な身の上に対する礼をした。


「さて、本日はご相談があってまいったのですがな。少しばかりお時間を頂ければと……」

「アナホール領に対するご融資の相談と言ったところでしょうかね。それとも人材派遣中という事になっている部下の奴隷騎士さんたちの件でしょうかね」」

「それもあるにはあるが、もっと今後を見据えるべき重要な要件でござる」

「?」

「近頃、全裸卿閣下は王都より都落ちをされたガータベルトフォンギースラー元王妃陛下とご結婚なされたと聞き及んだ。それについて貴公どういう了見であるのか、俺たち盟主連合軍に連なる諸侯は説明を頂ける権利があるはずだと思うわけだ」

「…………」


 見ようにようっては憮然とした態度をもって、眼前のデルテ騎士爵がまくし立てたのだ。

 さすがにガーターさまの事でこの場で説明を求められると思っていなかったので、俺とカサンドラは眼を丸くして互いの顔を見合わせてしまうじゃないか。


「国王陛下の正妃さまを受け入れ、結婚したという事実は王都中央でどう受け止められようか。貴公らはそこまで考えて結婚なさったのか。本土と辺境でも反対するだろう人間について武力でねじ伏せるおつもりか」

「……」

「あなた、その質問の仕方では全裸卿閣下がお困りになってしまうではありませんか」

「おう、そうであろうか。では聞き方を変える。ズバリ、王族寝取りの真意をぜひお聞かせ願いたい!」

「…………」

「あなた、それでは質問を変えた事にはなりませんよ……」

「ええいうるさい! 俺は全裸卿の説得で、アレクサンドロシア卿が主導で辺境独立の決意なされたのか、その事を確認したいのだ!」


 何を言っているんだこのひとは?!

 辺境独立の決意とは聞き捨てならない発言に、俺は眼をむいて身を乗り出した。

 遠からず俺がガーターさまと結婚した事実が辺境の盟主連合軍サイドに広がるのは理解していたが、それによって盟主連合軍の結束が崩壊するのは非常にまずい。

 デルテ卿は当初こそ剣呑な関係だったが、今は盟主連合軍内でも親アレクサンドロシア派に属する最有力の諸侯だ。


「だとしたら、あんたはどちらの側に付くつもりなんだ……」

 

 そんな近親の派閥内から離反者を出すのは、結束の崩壊を最悪の形で内外に印象付ける事になる。

 たまらず語気を強めた俺は、自然と立てかけていた長剣に手を伸ばしながらこんな質問をしていたのだ。


「ご、ご安心なされよ。俺はあくまでもアレクサンドロシア卿のご決断を支持すると、意思表示するために来たのだ。麻の如く乱れた辺境を立て直すためには、もはや自力救済の道しかないと俺は考えるっ」


 だからその剣はお納め願えないか。

 あわてたデルテ卿に諭されてはじめて、俺は急いで伸ばした手を引っ込めた。


「……申し訳ない。何を言っているのか俺の頭が理解できていないらしい、もう一度最初から、ゆっくりと順を追って話をしませんかねえ」


 厳しい表情に冷や汗を浮かべていたデルテ卿は、しかし武断派らしい不敵な笑みだけは絶やさずにいた。

 予想外過ぎる展開に俺は付いていけず、まだ高鳴っている鼓動を納めるためにゆっくりと深呼吸をするばかりだった。

 咳ばらいをひとつ零したデルテ騎士爵はご夫人と顔を見合わせた後に、近頃の事だがと語りはじめる。


「リンドル往還を行き来する行商人の間で、サルワタのアレクサンドロシア卿はいよいよ王国を相手取って独立戦争を仕かけるつもりだと噂が流れているのだ。時期がちょうど貴公とガーター卿が結婚をなされたタイミングと合致しているので、諸侯らは色めきだっているという次第でな……」


 行商人の間で噂、だと?

 離間の計とでもいうのか、盟主連合軍の結束に亀裂を作らせるための工作であるに違いない。

 その話、もはや俺とカサンドラだけで判断できるものじゃない。

 アレクサンドロシアちゃんやようじょ、ハーレム大家族のみんなも交えて詳しく聴かせてもらいましょうかねえ……

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