413 秘剣オレンジハゲ! 後編
たいへん更新をお待たせして申し訳ございません!
無念の表情を浮かべていた男装の麗人は、コンコース中央から退場する瞬間にケイシータチバックと何事か小声で会話を交わす。
どうやら稽古用の刃引きの長剣を受け渡した様で、ついでに何かのアドバイスも含ませているのが分かった。
普段の無表情にわずかな微笑を浮かべた巨人メイドである。
彼女が剣を持つと、敵を骨ごと断ち斬る事も可能な刃広の長剣であっても短剣に見えてしまうから不思議だ。
アップルスター卿とケイシーさんは互いに貴人に対する礼を交わすと、すいと距離を保った。
その間にしょげ返った男装の麗人が俺の側までやって来て、謝罪の言葉を口にします。
「ご主人さまの妻たる立場を代表しておりましたのに、自分はこの通り無残な敗北をしてしまいました」
「はじめて秘密の剣を眼にして、対応ができるのであればそれは天才か化け物のどっちかだろう」
「あるいは全裸を貴ぶ部族、ですね。ご主人さまなら当然ですが……」
「いや、俺もさすがに見取り稽古をした後じゃないと、対応策は浮かばないと思うぜ」
「見取り稽古、ですか?」
全裸最強だ辺境不敗だとチヤホヤされている俺だが、たまたま過去の戦場で運よく勝つ事ができたか最後に立っていたというだけである。
武道の練習の中には、実際に技や型などを反復練習して体で覚える方法、実際に技を使って覚える組手稽古の他に、見取り稽古というものが重要視される。
要は組手をしている人間を観察して、そこから技を盗み取る重要な訓練の一環だ。
「アップルスター卿の動きを観察して、きみに使われた技がどのタイミングで発動したのかをじっくりと観察するんだ」
「はい、ご主人さま。思い切り剣同士がぶつかり合ったと思った瞬間に、ふわりとすり抜けられたのですが」
「角度を変えて観察すれば見えてくるものもあるだろうな」
何を俺は偉そうな口調で言っているのだ……
むかし俺は沖縄古老の自宅に内弟子として住まわせてもらっていた時期があった。
その頃の思い出をほんのりと脳裏に浮かべながら、どうしても古老の使う技のタイミングが理解できなくて、何度も組手で一本を取られたことを思い出した。
自分で体験してもどうしてもその理屈がわからなくて、師匠には「客観視して覚えるものもある」とよく諭されたものだ。
端から見ていて気が付く事もあったのに、当時は躍起になって古老の使う内回し蹴りという技が理解不能で恐怖したものである。
ガードの間をすり抜ける様に内向きから蹴られる技は、どういう理屈か頭でわかっていても体では理解できないものだったからな。
気恥ずかしい俺のむかし話である。
さて、対峙したふたりの女性はぴくりとも動かずに睨み合っていた。
自然とその緊張感がコンコースの空気をピリピリとさせ、沈黙を保ちながらそれを見守る。
最初に動きを見せたのは巨人メイドのケイシーさんだった。
動いたといっても前に飛び出したのではなく、肩をほぐす様に体を揺すった後に剣を動かす。
円を描く様に緩やかに動かしているのは、何やらナイフ術の様に感じる。
打突の挙動を相手に悟らせないための一種のブラフなのかも知れない。
「それで相棒。今度はりんごとノッポのどっちが勝つと思う?」
「ケイシーさんは体術だけなら俺より間違いなく強いからな、ただ問題は互いに懐に入り込んでからを得意にしている感じがする。互角じゃないか」
「互角じゃ勝負の結果を予想した事にならないぜ。それともおあいこのまま終わるという事かよ」
ニシカさんはニヤニヤ顔と爆乳を近づけた。
近づきすぎなものだから、そのたわわなお胸の先端が俺の腕を掠めて集中力が欠けてしまうではないかっ。
などと思っていると、今度こそふたりの挙動が加速して互いにぶつかり合ったのだ。
「シューターさんっ」
「おっと、集中集中……」
けもみみが声をかけて、あわててぶつかり合う二人に視線を向けた時。
ガチンという激しくぶつかり合う金属音が響いたかと思うと、互いに背後へと飛び退った。
攻撃を仕掛けたのはケイシーさんの方だ。
それに呼応してアップルスター卿が剣で弾き上げたという感じだろう。
巨人メイドが男装の麗人との試合を見ていたかどうかは知れないが、アップルスター卿の対応を見るために連続した攻撃は控えているのが見て取れる。
「ケイシーさんと何か立ち話をしていた様だが、注意を与えたのか」
「はい。焦れて攻撃一辺倒になれば、あの不思議な柔らかな防御にこちらの剣を巻き取られてしまうと言づけておきました」
「柔らかな剣術ねえ」
ニシカさんが関心の言葉を漏らしている間にも、ケイシーさんは再び距離を詰める様に急速接近する。
今度もまたガキンと激しい刃のぶつかり合いで火花を飛び散らした後に引き下がる。
かと思えば、バックステップを踏んだ直後に猛然と剣を振り込んで、アップルスター卿に斬りかかるのだ。
ガン、ガン、ガチンと三度にわたって剣を畳みながら連撃を加えた後に。
くるりと体制を入れ替えながら今度はアップルスター卿が攻撃を差し込む番だ。
掬い上げる様に剣を走らせた薄幸の女貴族の一撃はコンパクトながら、確実に巨躯のケイシーさんの脇を狙った一撃だった。
あれは動脈だけを素早く断ち切る目的の、まるで無駄のない動き。
ただしそれはケイシーさんにも理解できた様で、引き下がるのではなくて剣を押し付ける様に前進して距離を詰める。
攻撃の威力を打ち消しながらまた体を入れ返ったところで、ふたりは大きく距離を取ったのだ。
「あれにベローチュはやられたな。連続攻撃が終了したところを狙いすましての反撃だ」
「まともに受け立ちをしたところで、粘り付く様な具合で威力を吸収されてしまいました」
「その瞬間にアップルスターさんが体を沈めながら側面を斬り抜けた。今もケイシーさんが上手く距離を詰めなければ、あれをやられていただろう」
ケイシーさんは小首を傾げる様な動きをする。
実際に今の攻撃がどういうものだったのか反芻しているんじゃないだろうか。
彼女は余り表情を面に出さない人間で、俺に対しても真顔か、あるいはニッコリと満面の笑みを浮かべるぐらいしかしない。
それでも付き合いがしばらく続いて来ればわかる事もある。
「ノッポは何かを掴んだ様だな。しかしりんごのヤツがかなり冴える剣術を遣うもんだから、かなりやりにくそうにしているぜ」
「ぼく思ったんだ。ケイシーさんは武器を使わない方が上手いんじゃないかって」
「戦場で目撃した限りはオレ様もそれに同意だぜ。突っ込んで来た敵の槍をひっ捕まえて奪い、右に左に千切っては投げ捨てていたのを見ればなぁ」
けもみみとニシカさんには、巨人メイドが何か規格外の殺戮マシンの様に見えているのかも知れないね。
実際、ケイシーさんを見ていると表情が少しずつ柔らかくなってきて、気が付けば沈黙の微笑を浮かべているではないかと俺は驚いた。
みたび攻撃に移った彼女は、その巨躯をまるでブレさせる事も無くすいと前進しながら真っ向斬りかかったのだ。
あまりに無駄がないものだから、一瞬だけアップルスター卿も戸惑いを見せたのがわかる。
そうしてその攻撃をこちらもまるで無駄のない動きをしながらギリギリで避けてみせるアップルスター卿。
互いに次の挙動が攻撃の決め手になると踏んだのか、切り返しはさらに加速して激しい剣の根本をぶつけ合う様な体当たりをしてみせたのだ。
ズガン! と強烈な音響が響いたかと思うと。
薄幸な人生をその身で体現する様に華奢なアップルスター卿が弾き飛ばされた。
いや違う。最初から体当たり気味の鍔迫り合いでは勝負にならないと踏んでいた彼女が、自分から飛んだのが正しい。
それが証拠に後ろに向かって飛ばされるのではなく、彼女は横向きに吹っ飛ばされつつ、そうしてその瞬間に体いっぱいに剣を伸ばしてケイシーさんの首筋を削ぐ様に横一線に走らせたのだ。
同時にケイシーさんの方は鍔迫り合いの直後に剣を巻き上げられたと見えて、両手で飛び掛かる様にアップルスター卿の腕を掴み取っていたのである。
「おおおっ!」
「すごい攻防だッ」
そんな声が周囲から漏れた瞬間に、ふたりは絡み合って地面を転がった。
巨人族のメイドはその長身と長い腕を生かして、ギリギリのところで海老反りしながら回避した様にも見える。
そうして腕を掴まれたアップルスター卿は、その腕を捻られながら地面に転がされた。
「……りんごのヤツ、地面に叩きつけられたのか?」
「いや今のは自分から飛んで転がったはずだ。それが証拠に平気な顔をしている」
「本当だね、シューターさんの言う通りだ」
当然この息を呑む攻防にコンコースを取り巻く観衆たちも興奮した。
あちこちから凄い見事だ、どっちが勝ったんだと声が漏れて、俺も気が付けば手に汗握っていたのである。
そして立ち上がったケイシーさんが居住まいをただすと、体を起こしつつあったアップルスター卿に手を差し伸べたのだ。
「もしもこれが真剣勝負であったなら、わたしの負けでした。あなたは最後の一手でわたしに攻撃を躊躇なさりましたので。それがなければ頸根の血脈を断たれていたかも知れません」
よくよく観察してみれば。
巨人メイドの首筋には、確かに一閃が走り抜けた事を物語る様に、一筋の斬り傷と滴る血があった。
その部分に手を触れて聖なる癒しの魔法を自分にかけながら、ケイシーさんが敗北を宣伝したのだった。
いや十分に凄い攻防だったのは間違いない。
「ご主人さま、アップルスターの手の動きを解説して下さらないでしょうか?」
ハハハハ、ちょっと待ちたまえベローチュくん。
見取り稽古とか偉そうな事を言ったけれど、これは俺も実際に相手をしてもらってこの秘剣の術を分解した方がいいかも知れない……
正直、さっぱりその理屈がわからん!




