412 秘剣オレンジハゲ! 前編
投稿後、後半パートに一部加筆修正を加えました。
そこには、刃広の長剣を構えた二人の女性が対峙していた。
アップルスター卿はダラリと長剣をコンコースの床に垂らす様な、力を抜いた格好で。
対する男装の麗人の方は左脇を締めて長剣を右肩辺りに担ぎ上げる様な格好で。
一見するとアップルスター卿は、戦意喪失している様にも見受けられる。
けれど視線そのものは集中しているのがわかるし、ベローチュとの間合いを考えると十分にそれでも対応可能な距離を維持していると言える。
テールオン妃は貴族軍人の出身で剣馬の稽古は十分に受けていたと考えれば、その替え玉・身代わり役を演じていたアップルスター卿が剣術の腕にそれなりの自信があってもおかしくはない。
「あっ、ご主人さま。ここでゆるりとご歓談くださりお待ちいただければ。奴隷とはご主人さまの剣であり盾とならねばならぬのです。してみれば、ご主人さまに代わってテールオン妃の弱点を暴き出して見せましょう!」
男装の麗人はアップルスター卿に対して正攻法で攻める考えの様だ。
しかも途中でモエキーおねえさんを伴った俺の姿を見た事で、妙な功名心が芽生えたらしいのが分かった。
あ、こりゃ負けるかも知らんね。
そう感じたのはアップルスター卿の眼光が、男装の麗人の態度に反応して一層厳しいものになったからだった。
普段の彼女は大人しめというか、あまり自分を前面に押し出した態度を示す様な事は希だ。
お淑やかという言葉を使えばそれまでだけれども、オレンジハゲの一族の末に位置しながらも、薄幸な人生そのものを悲しんでいる様な態度なのだ。
けれども、剣を地面にダラリと落としていた彼女が、攻めかかって来る男装の麗人を見定めた次の瞬間、
「では、自分から参ります。いざ勝負!」
表情はあっという間に戦士のそれへと豹変したのだ。
明らかに貴族軍人らしい鋭い表情で、飛び込み様に斜め斬り込みを見舞った男装の麗人に対峙した。
大きく力いっぱいの斬り付けをわずか剣を添える様にしていなし、くるりと身を翻す様にして態勢を入れ替えてみせた。
「ちょ、なっ?!」
一撃をアッサリ受け流された男装の麗人も驚いただろうが、それ以上にニシカさんが反応をして見せた。
気が付けば腕組みして観察していた俺の側に近づいてきた彼女が、肩に腕を回しながらこんな事を口にした。
「黒いのとりんご、どっちが勝つと思う?」
「この調子ならたぶんアップルスターさんの勝ちで決まりだな」
「お前ぇのために嫁さんひとりが勝負に挑んでるのによ、ツレない対応じゃねえか。理由は何だってんだ?」
「こういうのは焦った方が負けなのと、秘密の剣術をアップルスターさんが使えるんだろ? だったら初見の場合、相手する側が不利だ」
そうしてさり気なく反対側にはけもみみがやって来て、対抗する様に俺の腕に手を回す。
「シューターさん、ぼくがやっても負けるかな」
「どうだろう。それはこれからアップルスターさんが見せる動きを理解できるかだな。彼女は思った以上にかなり剣術が出来ると思うぞ。エルパコには見えるか?」
「頑張って観察してみるよ」
稽古における剣術と、実戦の場における剣術はそれぞれ違う。
簡単に言えば、試合や稽古は同じ相手と再戦する可能性もあるので、実際に戦ったり見取り稽古をしたりすると対策を講じる事もできる。
一方の戦場での出会いは、まさに一期一会だ。
出会い頭に見た事の無い剣術の技を披露されてしまえば、翻弄されるまま相手に倒されてしまう可能性が極めて高い。
アップルスター卿が、というよりもテールオン妃が遣っている秘密の剣術というのは後者のものだろう。
してみると、この稽古には意味がある事になる。
「見てよ、ベローチュさんがやっぱり翻弄されているよ。あのひとは剣術も弓馬も得意なのに、どうしてなんだろうね?」
「正統派の剣術を学んでいるベローチュは、あらゆる戦いに満遍なく対応できる様に稽古を積んでいるタイプだからな。一方のアップルスターさんは別の方法論で剣術稽古をしていたという事だ」
「なるほどね、シューターさんはどっち?」
「俺はまあ、両方だな」
強がってちょっとけもみみにそんな回答をして見せたけれども。
実際のベローチュの動きを観察してみると、躍起になって剣を短く畳む様に取り回そうと心がけたのはいい判断だ。
アップルスター卿は完全に脱力した様な構えで相手を誘い込みながら、右に左にと最小限の力で相手を決して懐に寄せ付けない様にヒラヒラかわしている。
守りの剣術というやつだろうか、反撃する機会はいくらでもあるだろうに、今は男装の麗人にテールオン妃の動きをトレスさせるためか、わざと動きを披露させている様に見えた。
「この、自分の一撃が、今一歩で届かない。ご主人さまが観覧されている眼の前でというのに?!」
剣を畳む様に振り回すのは、重たい刃広の長剣を連撃で繋ぐための動きだろう。
実際に初手の大振りからすれば一撃の威力を絞りな、剣の切り返しで自分の隙を最小限にしようとする工夫の色が伺えた。
ベローチュも試合中でそれができるのは大したものだが、アップルスター卿にはまだまだ余裕がある。
などと思っていたところで、ふわりとアップルスター卿が反撃に転じたのである。
これまで彼女の守りの間合いを絶対に崩さない様に、添える様にして剣を払っていただけの彼女が。
突然斬り込んで来た男装の麗人の前にぐっと前進してみせたのだ。
「行きます」
「ぬ、反撃ですか?! 望むところです!」
これには驚いた表情を浮かべた男装の麗人である。
短いやり取りはたぶんそんな感じの掛け合いだったはずだ。互いの撃剣がぶつかり合う音でその声音はかき消されていたけれども、表情と口の動きを見ていればそんなところだ。
そうして不意に飛び出したアップルスター卿が鍔迫り合いに持ち込んだ次の瞬間、
「うわっ、えっ?」
男装の麗人の正面から対峙していた彼女の体が、ふわりと男装の麗人の側面を斬り抜ける様に移動して、その後方に立っていたのだ。
剣の動きは男装をしたベローチュの脇腹を確実に薙いでいた。
突然の守りから攻勢に転じたアップルスター卿に対して、確実に男装の麗人は対応が遅れたな。
しかもその攻勢に出たアップルスター卿がいきなり力を抜いたものだから、戸惑ったはずだ。
押し返そうとした勢いで男装の麗人はつんのめって飛び出してしまい、アップルスター卿はその横を難なくすり抜けながら横薙ぎ一閃をしたわけだ。
それも鍔迫り合いの反動を利用して。
力はそれほど入れていなかった様なので、実害が大きくあったわけではない。けれど、
「ごごごご主人さま見ないでください。自分は、自分は、はわわわわっ」
褐色の頬と耳をみるみる朱色に染め上げる男装の麗人である。
それもそのはず、側面を斬り抜けられた瞬間に防御がお留守の胸元を割かれて、そのたわわなお胸を衆目にさらけ出してしまったのだ。
暴れる胸を押さえつける様に長剣を放り出して嫌々をする。
普段は凛としていて胸を他人に見られたぐらいで騒ぐ事もないし、そういうご当地の習慣もないのに、
「啖呵を切って負けちゃったから、きっとベローチュは恥ずかしいんだね」
「ありゃあ、本物の長剣なら黒いのは今ので死んだな。刃引きのもので服がバッサリだから、運良く生きていても二の手、三の手で全裸にさせられたはずだぜ。クククッ」
「シューターさんならそこから最強モードが発動して全裸無双なんだけどね、ベローチュはまだまだだねっ」
意味が分からん。
ぺたんと座り込んだ男装の麗人へ一礼をしたアップルスター卿は、優雅に長剣を鞘に納めた後に俺に視線を向けた。
こちらには高貴な身の上に対する最上の敬意を表して、腰をくの字に折って見せる。
「いかがでしょうか全裸卿閣下。テールオンさまはこの様な剣術をお遣いになられます」
お見事、さしずめ秘剣オレンジハゲ流といったところだろうか!
「見ていると、屋内での対人戦に特化した戦い方の様だ。そのぶん馬術の方はあまり得意ではないんじゃないかな?」
「おみそれしました、その通りです。馬術の手綱さばき、槍さばきは貴族軍人の平均程度で、辺境不敗の全裸閣下には及ぶべくもありません。ですがきっと狭い城館での戦い、特に一対一で剣を使った戦いはわたしもテールオンさまも心得ています」
「アップルスターさんとテールオン妃、どちらが剣術の腕は確かなんだ?」
「その、わたしとテールオンさまはブルカ宮殿で同じ師に剣術の指導を受けましたので、ほとんど同じ動きをお見せできていると思います。腕は、少しだけわたしの方が勝っていると思います」
遠慮気味にその様に自己評価をしたものだが、たぶん普段控えめな彼女がそういうのだから事実なのだろう。
「きみも戦場で槍働きするのは、今の剣技ほど得意ではなかった様だね」
「はい、全裸卿閣下のご指摘される様に、まさしく。雇い入れた傭兵たちに、寝込みを襲われた程度に苦手ではありました」
途端に自信の色を引っ込めたアップルスター卿は、お尻の辺りを気にしながらモジモジとした。
彼女は戦場から落ちのびている最中に、家臣団に組み入れた傭兵によって裏切りを受けた人間だからね。
ちょっと嫌な思い出をさせた様で申し訳ない気持ちになった。
「どなたでも、秘密の剣術について学びたい方がいればお申し付けください。まだ体力には余裕がありますので引き続きお相手します!」
俺が目配せを送ると、すぐにも頷いて見せたアップルスター卿は高貴な身の上に対する礼を取った後にそう言った。
気が付けばここに集まっているギャラリーは俺たちの他にも増えていた。
コンコースを行き来していた全裸役人や全裸使用人の他にも、いつの間にか雁木マリやダイソンに、エレクトラの姿があった。
などと思っていると……
「情けない、情けないぞわらわの義姉妹たちよ。誰かハーレム大家族の敗北を良しとせぬ妻はおらぬのか。オレンジハゲめの娘が遣う剣術に負けたとあっては、お兄ちゃんの妻の名が廃るぞ!」
がやがやと人ゴミを分けながら姿を現したのはアレクサンドロシアちゃんである。
いいタイミングで顔を出したと言いたげな表情の領主奥さんは、チラチラと俺を見やりながら集まっているギャラリーに叱咤を飛ばしている。
何かと思えば敗北した男装の麗人の仇を取る様にと、そう言いたいらしいね。
「どうした、オレンジハゲの娘が遣う秘密の剣を暴いて見せなければ、そもオレンジハゲの娘暗殺などはできぬぞ!」
そうしていつの間にかカサンドラやタンヌダルクちゃん、マリアツンデレジアまで顔を出している。
それだけじゃない。よくよくギャラリーを観察すれば、何気に毛の生えた少女ラメェお嬢さまや、クレメンスが紛れ込んでいるのがわかった。
雁木マリなどは勝ち目がないと思っているのか、明後日の方向を向いて知らんプリをしている。彼女も今では騎士修道会の実質リーダーだから、負けるとバツが悪いんだろうかね。
ニシカさんは「風の魔法を使わせておくれよ」などと言っているけれど、こんな場所で使えば大惨事になるので駄目です。
こんな煽られ方をすれば、誰も申し出ないよね。
まるでオレンジハゲ流剣術VS全裸一門流の道場対決みたいな様になりかけて、意を決したけもみみが「ぼくがいこうか」と小声でささやきかけたところ、
「マイ・ヌード。どうやらわたしの出番が来た様です。ご命令を……」
雑踏の中から頭ひとつ飛び出しているひとりの巨人族の美人メイドが前に進み出ると、膝をついてそう言った。
ケイシータチバックさんだ。彼女は強い間違いない。
そのケイシーさんが俺の前に進み出て、戦う許可を求めてきたのである。
「誰もいなければ俺が出て技の研究をしようと思っていたけれど」
「それではわたしたち妻がオレンジハゲ流に勝ったとは言えません。これは女と女の勝負なのです」
いやきみは奥さんではないし、女と女の勝負はどこから出てきた?!
「負ければどの様な責めも受けます。それに、マイ・ヌードが仇を討ってくださると信じています」
「勝てば何かいい事があるんですかね……」
「きっとマイ・ヌードがご褒美をくださいます。ご褒美は何事も大切です。きっとカサンドラ奥さまもお喜び下さいます」
チラリと大正義奥さんのいる方を見やりながらケイシーさんが言った。
そこまで言われれば、許可するしかない。
堂々と海を分ける様にして近づいてくる領主奥さんは「許してやらぬかお兄ちゃん」と催促しているし。
ご褒美って何が欲しいんですかね、ケイシーさんは……
「お情けに決まっているじゃないかシューターさん」
「負けたら情け容赦なく責めをするんだろはどうせ、勝ったら大喜びで情けを与えるに違いねぇ」
まったく、相棒というやつは鬼畜全裸だぜ。クックック。
ニシカさんが失礼な事を言って馬鹿みたいに笑いだしたら、その場のハーレム大家族が笑い出した。
最悪だよ、俺はそんな事を考えてないぞ?!
「ではケイシータチバックさんがお相手でよろしいですね? いつでも稽古をいたしましょう」
フフっと笑って見せたアップルスターさんが、コンコースの中央に移動してお辞儀をした。
練習試合の第二戦のはじまりである。




