閑話 とあるおちんぎんのファンタジスタ 前
女魔法使い視点で閑話の前編になります!
魔法使いっていうのは何かとお金がかかるんですよ。
考えてもみてください。普通、魔法を勉強しようと思ったら師匠の元に弟子入りするしかないわけです。
入学金を払い、学費だって馬鹿になりませんからねえ。
それこそ領主さまから推薦状を書いてもらって魔法塾の門戸を叩くわけですよ。
魔法使いになるためには適正が必要だとか血筋も影響しているとか、そういう事を仰るひともおりますけれど。
わたしに言わせればあれは嘘っぱちですね!
だって、わたしみたいなブロッケンの田舎育ち、魔法と縁も所縁もなかった人間がこうしてまかりなりにも魔法使いとして閣下に雇われているわけですねえ。
聞いてますかマイサンドラさん?!
同じ閣下の奴隷同士、仲良くしましょうよ。うふふ。
本当は夫人じゃないって聞いたから、主筋じゃなくて仲間ですよ仲間!
ええ、じゃあニシカさんの場合はどうなんだって?
それはまあごく稀に存在している一種の天才なんだと思いますよ。あのひとは風の魔法を使わせたら、アレクサンドロシアさまや養女さまより凄いって言うんだから、一点豪華主義ですよ。
ただしひとつばかり魔法が使えたからって、魔法使いを名乗る事は出来ません。
わたしら魔法使いっていうのは複数の魔法を使い分けて、どれも余人より優れたパワーを出せなければ恥ずかしくって名乗れたものじゃないですからね。
実際、ちょっとした魔法が使える人間ってのはサルワタのご家中にもいるじゃないですか。
ガンギマリー奥さまをはじめとした騎士修道会のみなさんとか、後はラメエお嬢さまのお付きの爺さん。
爺さん騎士のジイさんは、わたしとよく呑みに行くんですけどね。
呑ませすぎるとニシカさんに大目玉を喰らわされるので、程々に呑ませて深夜の鐘が鳴る前にはお見送りしていますよ。
あのひと、若い女性とお酒を呑むと若返るらしいんですよ。これも一種の魔法かな?
帰りは光の魔法を使ってちゃんと足元が明るい様に、爺さん騎士のジイさんもやってますよ。
でもあれは独学です。
独学だから、ちょっとした魔法ぐらいしか使えなくて威力はそれほどでもないんです。
そういう意味ではニシカさんは化け物ですねえ。
野山で子供の頃を過ごしていたらある日突然、風の魔法のコツを掴んだって言いだしたんでしょ?
マイサンドラさんは同郷で幼馴染って言うんだから、その時の話を詳しく聞いた事があるんじゃないでしょうかね。
ええっ眉唾? そうなんですか……
「あの鼻たれが自分の事を何と美化していたのか知らないけれど。毎日弓の稽古をつけてやってもひとつも上達しないものだから、あいつのお爺さんに風の魔法を教わってズルをはじめたんだわ」
自分の技量で弓を引けないから、風の魔法で的に当てる様になったんですか。
まあそればっかり使っているうちに風の魔法が得意になったんでしょうね。魔法は使えば使うほど効率的な使い方を身に着けられると言いますし、コツを掴んだというのはあながち間違いじゃないと思いますよ。
それにしても魔法塾を脱走して冒険者になった時は、もっと薔薇色の将来が待っていると期待していたんですけどねえ。
触滅隊に雇われた時なんかは最高の気分でしたよ。
何しろおちんぎんがいいから、この分だとご領主さまへの借金もあっという間に返済できると思ったんですけど、なかなか人生は上手くいかないものです。
「けどあんた、あの男の愛人奴隷になる代わりに借金の肩代わりをしてもらったんでしょう?」
「その代わりが奴隷じゃ意味ないじゃないですか!」
「しかもその金は村長さ……アレクサンドロシアさまが反故にしていいって宣言されたとか。じゃあもうあんたは、晴れて借金に追われなくていい、解放奴隷も同然という事じゃないの。どうして逃げようとしないのさ。意味がわからないね……」
呆れた顔のマイサンドラさんがわたしを見返して、不味そうに芋のお酒をひと息にあおった。
そんなに不味そうにお酒を呑むのなら、もう少し高級なものにすればいいのに。
でもそんな事は言い出せない。
ゴルゴライの街にほど近い船着き場の汚らしい飲み屋での事。
わたしは気分晴らしに少し街で飲み食いをすると言いだしたマイサンドラさんが、わたしにも一杯奢ってくれるというものだから、ご同席させていただいたのである。
何しろわたしはシューター閣下の奴隷であるから、限られた僅かなおちんぎんだけで生活をやりくりしないといけない。
本来の魔法使いと言えば終生の相棒とばかり、後生大事に魔法発動体を肌身離さず持っているのが一般的だ。
けれど借金地獄だったわたしは、まともな魔法発動体を購入する事ができなかった。
金貨二〇〇〇枚という途方もない借金をブロッケン領主の子爵さまにしているのだから、完済できるその日までは節約節約のその日暮らしだったからなあ。
だからわたしにとっての魔法発動体は、小銭でも用意できる使い捨ての護符なのだ。
「護符の効果をわかりやすく説明するとッヨイさまの持っているアレと同じです」
「グリモワールとかいう、分厚い書物の事かい」
「ああそれです。あれの特定のページを何枚も羊皮紙や麻紙に書き連ねて、事前に量産しておくのですよ。魔導書は金貨が何十、何百枚もかかる高価なものですけれど、羊皮紙や麻紙の切れ端なら安いものです。まさに貧者のグリモワール!」
ちなみにこれを発明したのがわたしだと、ひとつ胡乱げな視線を向けて来るマイサンドラさんに向けて説明をしておいた。
わたしだって魔法使いのはしくれだから、この国の魔法史に名を残すような偉大な研究成果を発表しておきたいのですよ。乙女心というやつです!
内職で護符を量産しておけば、本来は高価な魔法発動体を使い捨てで遠慮なく駆使できますし?
どこかで落としたり汚したりしても、安いものだから諦めもつきます。
それから同じ魔法陣を描いた護符を重ねて使用すると、より効果が強力になるという発見を偶然したのもわたしなのだ。
貧乏だけど奴隷だけれど、わたしはデキる魔法使いなんだと自負している。
だからおちんぎんを弾んでください閣下!
「けどまあそんな生活ともオサラバですけどね。ふふふ」
「気色の悪い顔をして、オサラバって事はやっぱり脱走を考えているんじゃないか。言っておくけどわたしは協力しないからね。国法に照らし合わせれば脱走奴隷は追手を駆けられて、下手をすれば死罪は免れない。協力者も同罪に処せられるんだから、そういう事はわたしの見えないとろこでコッソリとやってもらいたい話だ」
「ヒッ、そんな大それたことは考えていませんよっ」
ちょっと閣下との秘密のお約束で、立派な魔法発動体をご褒美に下さる事になったんです!
触滅隊が閣下の軍隊にこてんぱんにやられて、戦争奴隷で捕まった時は、ままならないわが身を呪いたい気分になったものですがねえ。
それでもようやく運が向いてきたと思いますよわたしは。
何しろ閣下は戦争の勝ち馬に乗っているお貴族さまでしょう。閣下の庇護を受けている限りはブロッケンの領主さまに借金を返済しなくてもいいし、高級な魔法発動体を与えて下されば、自分の身代をさっさと買い戻す事も夢じゃないですよ近々。
「というか。アレクサンドロシアさまが借金は完済しなくていいと言った時点で、あんたは奴隷として閣下の側にいる必要なんて無いんじゃないのさ」
「そうでもないんですよ。途中まではブロッケンの領主さまへの積立返済を立て替えてもらってましたからね、それをお返しするまではご奉公があります」
「お前、妙なところで真面目なものね。旦那の愛人奴隷という時点で、いわば家族も同然だろう。それだったらその借金の建て替えだって、旦那が勝手にやった事だと方便も経つんじゃないのさ?」
言われてみればそんな気もするし、そうじゃない気もする。
またまた呆れた顔をしたマイサンドラさんが、鼻で笑いながら芋のお酒をわたしに注いでくれたので、わたしはペコペコと頭を下げておきましたとさ。
ありがとうございます。ありがとうございます。タダより美味しいお酒はありません!
いや不味いけど。
考えた事も無かったけれど、どのみちここから逃げようなんてしようものなら激高した先輩が間違いなく地の果てまで追手を駆けて、八つ裂きにされる気がするのでそんな事はしない。
奴隷とは言っているけれど、閣下の元で奴隷働きをしている人間の扱いはとても曖昧ですからねぇ。
「まあ戦争奴隷は普通の労働奴隷と違って、身代返済が重いのもありますし? 奴隷働きをしている間におちんぎんの積み立てをしておけば、退職金もたんまりですよ。むしろマイサンドラさんこそ、逃げようと思えばいつでも逃げられるんじゃないですか」
「わたしは無理だよ、居場所がここにしかない。今さらブルカの勢力圏に逃げたって右も左も裏切った人間さ。見つかって捕まれば殺されるよりひどい目にあわされるしね」
「それならここで大人しく、奴隷身分をしながら生活をしていた方が気楽なものだというわけですか」
「ま、今はまだ必要とされているからね」
そっぽを向いたマイサンドラさんは、そんな言葉を残しながらまた不味そうにお酒を口に運んだ。
ブスリとした物言いはいかにも不満ありという顔をしていますけどね、わたしは知っていますからね。
一度は閣下とご家族に大変な不幸をもたらしたひとですからね。
ここで逃げれば、それこそ地獄の底まで先輩が追手を差し向けるのは間違いないし、一方でそれでも手元で重宝してくれてるという事実も理解しているんでしょうね。
「な、何よ。ジロジロとこちらを見て」
「いやあ。ところでマイサンドラさんはおちんぎん、いくら頂いているのかなあって思いまして」
ちなみにわたしは月々のおちんぎんは金貨三枚です。
魔法使いですから当然ですねエッヘンと、ニコニコしながらマイサンドラさんに向き直ると、
「おちんぎん? そんなモノは旦那から支払われてはいないわよ」
「何ですかそれは! おちんぎん不要奴隷という事ですか?! じゃあここの支払いはどうなるんですか!!!」
仮にもサルワタ貴族のご家中が無銭飲食すれば、私刑にされますよ、ギャンと言わされますギャンと!
「必要がある時は言えばそれだけ旦那は出してくれるわよ。それに、ここはわたしがタダで食べてもいいと指定されている店なんだ。お前も外食をしたいときはここを使うといいよ、支払いは旦那が来た時に一括で済ませるらしいから」
「?!」
「お前と違って魔法が使える便利な人間じゃないからね、それに戦争奴隷と違って犯罪奴隷の扱いだ。だからわたしは死ぬまで旦那の奴隷が確定だからね。ちんぎんなんて貰っても貰わなくても一緒なんだ」
とても自虐的な顔を浮かべてこんな事を言っているけれど。
わたしもマイサンドラさんも、たぶん閣下の元で奴隷をやっているのが居心地いいんだと思いますよ。
閣下も奥さま方も、部下や奴隷を甘やかすところがありますからね。
どういう風に甘いかと言えばですよ。
それは翌日になって先輩に呼ばれて付いて行ってみれば、それはハーレム大家族の家族会議へのご招待だったんですよ。
知ってますか? この家では大切な決め事の一切は家族会議で決まるんです!
そこでわたしはカサンドラ奥さまと顔を見合わせた先輩から、こんな言葉を聞かされたんでした。
「喜びなさいマドゥーシャ、お前は家族の一員であるという事を正式に認められましたよ。ご主人さまに生涯の忠誠を誓うのであれば、法的な奴隷身分を解放する様にカサンドラ奥さまがご主人さまへ取り成してくださると言っています」




