371 デルテ騎士爵を有効活用するご提案
「ほう。その申し出はお兄ちゃんから切り出したものなのか、それともデルテ卿の口から出されたものなのか。どちらなのだ?」
その日。辺境仕置を取り決める諸侯会議がいったん終了すると、急ぎ足でアレクサンドロシアちゃんの元へと引き返した。
迎賓館の私室でゆったりくつろいでいた彼女は、ブリトニーちゃんを使用人の女奴隷たちに預けて俺とカサンドラを出迎えてくれたのだ。
「この提案を持ち出したのは俺だ。デルテ卿はミミソングという山肌の寒村を褒賞として受け取るのは、耐え難いと言い出しましてねえ。確かに地図で調べてみれば結構な僻地だ。おおよそ街道沿いからもかけ離れて、交通の不便だけでも相当なものだった」
「どれエレクトラよ、ただちに辺境周辺の地図を持ってまいれ。確か引っ越し準備中のリビングにあったはずだ」
ただちに側に控えていた護衛騎士のエレクトラに命じると、安楽椅子を立ち上がった彼女はソファの方へ移動する。
産休中のアレクサンドロシアちゃんとは言っても、もう間もなくサルワタの湖城に帰還するための準備があるので差配をしていたらしい。
進められるままに俺がソファに腰を落ち着けると、その右隣にアレクサンドロシアちゃんが座り、左隣にはカサンドラが腰を落とした。
話しやすい様に向かい合って座ればいいものの、わざわざこの配置で座るところが理解不能だぜ。
などと思っていると……
「こちらが辺境一円の作戦地図になります、アレクサンドロシアさま」
「おおすまぬ。どこだ、そのミミソングという村の場所は」
「ええと、ここですね確か。あたしも持ってくる最中にざっと探したんですけど、場所を確認したところビックリしましたよ……」
エレクトラが持ち込んだ大地図をテーブルに広げると、身を乗り出した女領主が件の村の場所を探して地図をさ迷う。
女領主にしてもエレクトラにしても、稲妻作戦が実施されていた当時はゴルゴライ戦線に従事していてリンドル川西岸流域の地形についてはまるで理解をしていない。
まさかミミソングという片田舎の山が、サルワタといい勝負の僻地に存在する事を認めて絶句している様だった。
「ッヨイさまの立案した稲妻作戦の当時、ここの領主はブルカ伯の権限で行った動員命令に従って同盟軍側で参戦しました」
「シューターが申す様に、ここは分水嶺を挟んでブルカ領との境界線地帯になるのか。現在における領地の状態はどうなっているのだお兄ちゃん」
「確か、街道に沿って機動作戦の行われた場所からミミソングの場所が離れているのもあって、参戦兵力を前方の友軍領地まで前進させて、ここで招集した兵士は全滅近く消費しちゃってますねえ。残った領主は戦争奴隷として拘束されている。若い領主だが、ブルカ伯と蜜月の間柄だったので今も収容施設にぶち込まれていますよ」
ミミソングの村と若い領主について補足を入れておくならば次の通りだ。
当時、稲妻作戦進行中の盟主連合軍本体は、降伏したラメエお嬢さまの領地オホオ村に滞在中だった。北進する一方で一夜の宿をここに求めた結果、五〇〇余りからなるブルカ軍側の奇襲部隊が村に夜襲を仕掛けたのは記憶に残っている通りである。
敵の奇襲そのものはッヨイさまの作戦で罠を張って待ち構えていたので撃退できたんだが、この時にラメエお嬢さまが本陣に迫る奇襲部隊を引き付けるために、総指揮官のマリアちゃんのふりをして捕まった。
撤退するブルカ同盟軍の奇襲部隊のうちオレンジハゲ配下の黄色マント騎士どもは、このミミソングの若い領主を案内人に分水嶺を越境して脱出しようと考えていたんだが、
「ラメエお嬢さまを取り戻す段階で、俺たちはミミソング領のはずれにある砦まで移動している。まあ何もないただの森ですか? と言いたくなるような場所な上、残党兵力を掃討するために盟主連合軍の一隊が後日投入された」
「つまり戦時下に戦士を動員しようにも若年人口は死に絶えており、しかも秋の大切な収穫期には戦禍に巻き込まれて放置された畑が残っているだけなのだな」
「俺が調べた限り、そんな感じの資料しか出てきていませんねえ」
しかも辺りの開拓村の歴史はサルワタなどよりもずっと古く、辺境のお貴族さま風の言い回しを口にするならばリンクスの額ほどの土地しかない狭い場所だ。
獲得する土地の広さとしてはマタンギ領よりも三割増し程度になるな。ほとんど新規開拓と同じ程度に予算投下をしなければいけない上、尚武の気風を生き様に纏っている様なデルテ騎士爵にとっては、兵士を動員したくてもそれすら不可能な土地柄というわけである。
「ここを開拓したくば、獲得した戦争奴隷を湯水の様に注ぎ込んで、畑の縄張りから全てやりなおさねばならんではないか。ただしブルカ領南域に越境して、ゲリラ作戦を展開する拠点としては悪くない」
「どのみちたいした旨味のない土地ならば、誰からも注目されていない。支配地の村人だけを食わせる最低限の出費にとどめて、俺たちの工作員にとっての活動拠点として使う方法もある。あるいは、」
「ほう、あるいは?」
「あるいは雁木マリがいい顔をするかわからないが、騎士修道会の直轄領にどうかと提案するのもアリかも知れない。俺たちよその貴族が乗り込んでいくよりも、女神様の代理人たちに任せた方が住民感情がいくらかマシという可能性も無くはないぜ?」
諸侯会議で預かって来たミミソングの村に関する領地情報をまとめた資料をめくりながら、俺はいくつかの思い付きを口にした。
すると呆れた顔をしたアレクサンドロシアちゃんは、カサンドラと顔を見合わせてこんな事を口にするではないか。
「……よくもまあ次から次に。お兄ちゃんは悪い思い付きを口にできるものだ」
「はい。シューターさんは夜中に悪戯を思いついた時の様な顔をしていますものねえ」
そう言う茶々はいらないんだよ!
「ではデルテ卿にミミソングの村の代わりに提案する領地について、何か意見はあるのかお兄ちゃん。それがあるかなしかによってはデルテ卿もそうだし、わらわも納得できるものではないぞ。ん?」
「それなんだがな、ひとつはマタンギの場所に注目してくれれればわかる」
俺は大きく咳払いをした後、家族の注目を改めて地図の一点に求めた。
「マタンギの村というのは、見ればわかる通り半分をデルテ騎士爵が領するマタンギの開拓村。それから残りは騎士修道会が領しているアヘリエ修道院の門前集落だ」
ブルカ街道沿いにあるシャブリン修道院の門前村と同じ様に、ここマタンギには騎士修道会のアヘリエ修道院が置かれている場所だ。
修道院という場所は文字通り女神様の信徒たる精神にのっとり、修道士たちが規律正しい共同生活を祈りとともに送る場所である。
「マリと交渉して修道院と門前集落を別の場所に移転させて、その上でマタンギの村全体をデルテ騎士爵に引き渡すというのが一つの方法だ。だが、俺は別の提案をしたい」
同時に、ここアヘリエ修道院には別の側面もあった。
俺たち家族の間でも一部の人間しか認識していないが、カラメルネーゼさんやカレキーおばさん、それからオッペンハーゲン公商会のクロードニャンコフ氏と語らって、秘密の金融工作を絶賛実施中だからな。
俺は懐を探って銀貨を一枚取り出すと、ヒントを見せる様にテーブルに広げられた地図のマタンギの位置にそれを置く。
「騎士修道会銀貨か。ガンギマリーどのの肖像が描かれているの。最近になって出回り出したものだな?」
「マリ本人は恥ずかしいからと死ぬほど嫌がっているけどね。この騎士修道会銀貨は、マタンギ修道院で試作のものが鋳造されたらしい」
「ほう、それは面白い話ではないか」
そうでしょうとも、と俺はニンマリとした顔をして領主奥さんの顔を見やった。
状況がつかめていないエレクトラは不思議そうな顔をして大正義カサンドラに救いを求めるが、カサンドラも深い事情を察する事ができなかったので首を振って「わからない」という表情をするじゃないか。
「貨幣鋳造権は国王より分限された、言わば有力諸侯だけに許された権利みたいなものだからな」
「そう、だから完全に俺たちサルワタ貴族がこのマタンギを抑える事で、安定的に騎士修道会銀貨を量産し続ける事ができるというわけだ。ちなみに鋳造するための鋳型は、しっかり騎士修道会の幹部(ハーナディンさんの事)が管理しているから安心だぜ」
「ならばデルテ卿には別の土地をわらわの獲得領地の中から引き渡すのがよいだろうの。立身出世を願う貴族にとっては、貨幣鋳造権の確保は一種悲願でもあるからな」
俺の事を悪巧みを次々に提案するとか言っておきながら、領主奥さんも酷く悪徳の表情をして納得してくれた様だ。
もともと自主独立の路線を目指すとは言っても今は王国の枠組みの中にいる以上、そのルールの中で大人しく正当性を積み上げていく事自体は悪い事じゃない。
「ではデルテ卿の転封先は何とする」
「順当に言って、シャブリン修道院とゴルゴライのどこかに配置するのがいいんじゃないですかねえ。ッヨイさまと俺の共通見解では、尚武気質のデルテ騎士爵を捨て石にして、将来戦場になる事が予想される場所に配置するのがいいという考えです」
例えばアナホールの村などはいかがですかねえ。
アナホール騎士爵デルテ卿。俺としては悪くない響きだと思うんですよ。
手元の資料によれば元のマタンギ領から穀物生産率は大よそ七割増し、ただし戦災で穀物収穫の大半を占めるトウモロコシ畑は壊滅的被害なので、それを差し引いてもマタンギ旧領とほぼ同等の税金収入が得られる目算だ。
何しろブルカ街道沿いの宿場村でもあるし、貴族軍人の彼の性格を考えれば要衝の拠点防衛を任せると領主奥さんが手を取ってお願いすれば、むしろ感謝されるかも知れない。
「どうだアレクサンドロシアちゃん、俺の提案は?」
「さすがシューターさんですね! あたしみたいな学の無い女にはちょっと思いつかないよ」
「そうですね。八方丸く収まるなんて言葉がありますが、これならみなさん幸せになれていいと思います。旦那さまの計らいにデルテさまの奥さまもご安心されるのではないですか、シューターさん?」
自信満々に俺が口にした事を、エレクトラとカサンドラが口々に絶賛してくれた。
領主奥さんの方へ向き直って笑顔を向けたところ。
しかし彼女は気難しい顔をして俺の腕を取るではないか……
「残念だが、それはならんお兄ちゃん」
「えっ……」
「ちとデルテ騎士爵に甘い蜜を吸わせすぎだ。アナホールはリンドル川とサルワタの湖から流れる川とがあって、そればかりかブルカ街道まで村の中に内包されておるので、戦略上これは非常にまずいぞ。交通起点になる場所は税収も見込める故、将来的に武闘派貴族が富みにより肥えて力を持つという事もありうる」
アレクサンドロシアちゃんは将来的なデルテ騎士爵の裏切りを警戒しているのか?
あるいはゴルゴライよりもさらに交通要衝としてアナホールが栄える事を警戒しているのかもしれない。
今のゴルゴライはブルカの街ほどではないが、リンドルやセレスタの街と引けを取らない程度には賑わっているし、将来的に俺たち家族が滅ぼされない限りは発展し続けるはずだ。
などと思っていると、
「この場所は将来的にお兄ちゃんの領地として考えておったのだが、デルテ卿にはその隣の村では駄目なのか?」
「アレクサンドロシアちゃん」
「むむっ……」
「きみの気持ちはよくわかるが、利益の独占は禍根を残す事になるからな。勝負事は腹八分が一番いいというのは、こういう時にも言えるはずだ。捨て石に使うつもりならば、それならそれでリスペクトは大事だぜ」
「お、お兄ちゃんはわらわに、デルテ騎士爵に対して気持ちよく死ねと命じろと言うのか!」
おかしな方向に勘違いをした領主奥さんは、素っ頓狂な声でそんな事を言った。
違う、そうじゃない!




