324 ゴルゴライへの帰路
徴税官の役目を無事に完了させた俺たちは、ブルカ街道をゴルゴライに向けて一路南下した。
行きがけは家族の乗った馬車と、空の荷馬車を引き連れての道中だったけれど、その帰路は大量の資産を守っての道のりだ。
「ご主人さま。隊列の出発準備、完了いたしました」
「よし、問題がなければ出発する。エルパコもいいな?」
「問題ないよ。ベローチュ、号令を」
「ははっ。お前たち聞いたな、ゴルゴライに向けて出発だ! 護衛チームは散開して先導役はひと足先に安全を確保しろッ」
モエキーおねえさんが手配した荷駄隊には貢納された大量の収穫物が揺られ、これらは何れ南方のリンドル領へと輸出される事になる。
あるいはただいま占領作戦中のゴルゴライ以西の村々に送り込まれる事になるだろうか。
別の車列には極めて資産価値の高い材木が満載されていた。どうにかして切り分けずに輸送できないかと補給部隊のみなさんは頭を悩ませていた様だけど、どうにか決着も付いた様である。
「荷馬車二台にまたいで載せて、八頭引きで運ぶとは尋常の沙汰ではありませんね」
「しかし、そうしなければ運べないほど大きな材木は、それだけ利用価値があるというものだぞベローチュ。むかし俺がいた土地では、嵐やなんかで木が折れた時には購入するという約束を、何十年も前からしているという話を聞いたことがある」
「聖堂やお城を作るためには、確かに大樹の柱が必要になります。なるほど先約をしておくというわけですね」
大量の納税物を運ぶために、帰りには警備もそれなりに必要だ。
女領主の勢力圏内であるから野盗が出るという事もたぶん無いだろうけれど、長蛇の列を守るためと、後はゴルゴライに駐留している盟主連合軍のみなさんに対する手前もあって、見栄えも大事なのである。
そこで行きは馬車の御者台に収まっていた俺も、ミノタロスの居留地から納税された軍馬に跨って帰還することになった。
野牛のみなさんは立派な軍馬を育てていたけれど、これを貢納の品にと指定したタンヌダルクちゃんとベローチュは優れた奥さんだ。
「この馬はいい馬だ。俺の言う事を聞くからな、乗り心地もいい」
「自分も常にご主人さまの言う事は聞いていると自負していますが、残念ながら夜は奥さまがたも自分も、跨る側になりますからね。もちろん乗り心地も快適です」
「そうだね。シューターさんはエッチだから、夜は甘えん坊さんなんだ」
ば、馬鹿な事を部下たちの前で言うんじゃありません!
軍馬に跨ったベローチュとけもみみが、俺の左右で馬首を揃えながらそんな事を言ったものだから、途端に周囲を見回して聞いている者がいないか確認をしてしまった。
残念ながらしっかり聞いていた悪魔面の猿人間がいた様で、顔をしわくちゃにしながら荷馬車の御者台で顔を背けているじゃないか。
「ソープさんはどうしているんですか、俺気になります」
次々と動き出す荷馬車を待っている間、悪魔面の猿人間であるッジャジャマくんはソープ嬢に失礼な発言をし始めた。
「そんなものは簡単だ、愛しいひとと肌を重ねるという点では、人間なのだから当然だろう。ただ、」
「ただ……?」
「ラミアの女は二足の脚がないのでな。上に跨るのではなく巻き付くと言った方が正しいかもしれない」
「そりゃシューターさんも大変ですね」
「喜んでいる様だから問題はないとわたしは思うぞ。ところで、その様な質問を貴族に対してする事が、アレクサンドロシア義姉さんの領内ルールでは許されているのか」
ホントだよ! 疑問に思ったソープ嬢の良識は間違っちゃいない。
男同士、俺にそういう質問をするならともかくとして、俺の元いた世界でそんな事を口にすればセクハラだ何だと訴えられかねない。少なくとも雁木マリにその様な質問をすれば私刑に処されるぜ。
あと喜んでいる様だからとか、サラっとソープさんも言うんじゃないよ!
「アレクサンドロシアさまにそんな質問をしたら、折檻じゃ済みませんや。けどま、兄貴や義姉さんに同じ質問をしても平気で答えてくれるし、カサンドラさんも俺たちとは幼馴染だから話してくれますよ」
「そうか、義姉さんが言うのなら問題はないな」
マジかよカサンドラ。
俺たち夫婦の秘密なんて存在しなかったのか……
たまらず豪華な野牛馬車の中で移動開始を待っているはずのカサンドラの方へ視線を飛ばしてしまった。
「なかなか女の子と結婚できないもんだから、最近相談に乗ってもらってるンす」
「それがいい。お前も立派なシューターさんの配下として、家族を持つことも務めだぞ」
「ありがとうございますね。ああ、女の子とイチャイチャしたいよ!」
どうやら後で聞いた事だけれど、カサンドラは夜の夫婦生活の実態まで詳しく教えたわけではないらしい。
よかった。カサンドラがッジャジャマくんにレクチャーしていたのは、どうやったら女の子の気を引けるかとか、俺が街でお土産を買ってきた話とか、そういう内容みたいだね。
本当に良かった!
「シューターさん、行かないの?」
「い、いくいく。行きます!」
けもみみ奥さんに促され、俺はあわてて馬に鞭を入れた。
さても長蛇の納税の車列を指揮しながら、俺は思うわけである。
何れにせよ大領主となったアレクサンドロシアちゃんにとっては、これらの金品を領内一円に再分配をするという大切な役目があった。
支配地域の北は概ね豊作のおかげで、安心して冬を過ごす事ができる。
一方の南やゴルゴライ周辺は、戦禍の爪痕も激しく食糧難になることが見込まれているし、リンドルは慢性的に食料生産に問題を抱えているからね。
逆にサルワタの湖畔ではお城や城下の建築も行われているから、労働力やお金はいくらあっても足りないというところだ。
たまたまッジャジャマくんの運転するソープ嬢専用の荷馬車の脇を走っている時に、彼女と視線を合わせる事があったので思い出したのだが。
「ラミア族の財宝、本当に手放す気でいるのか」
「妻が夫の元に嫁ぐのだから、嫁入り道具を持参するのが人間として当たり前の事だろう。あんなものは使ってこそ価値があるのだから、地下ダンジョンに眠らせていればただの粗大ゴミと変わりはないんじゃないのか、愛しいひと」
「そうだけど、オルコス五世金貨で一〇〇〇〇枚相当の大金だからね。そんな金は粗大ゴミと切り捨てるには横暴に過ぎる」
「自分のための投資でもあるのだ、シューターさん。未だ見ぬサルワタの城に自分の部屋を作り、将来の子供達の安全のために城壁を築く。おかしなことは何もないのではないか?」
「残った金はどうするんだ」
「資産とは家族共有のものなのだろう? ならば有効活用できる義姉妹にこれを預けるのも、おかしなことではない。アレクサンドロシア義姉さんが繁栄の礎を築けば、それは将来、わたしとシューターさんとの間に産まれた愛しい子供にとっても繁栄という事になる」
あまりお金に執着する生活をしてこなかったからか、ソープ嬢はあっけらかんとそんな事を言って笑ってくれた。
ゴルゴライと女領主より俺に与えられたスルーヌとは領境を接して隣りあわせだ。
緩やかな行列ではあるけれど、午前に出発すれば到着するのは昼過ぎの事だろうから、今のところ問題も無く隊列は行進している。
そんな平和な帰路を堪能していたところで、ふと服の袖に白いものが付着したのを俺は目撃した。
初雪だ。
ついにこのシーズンになって最初の雪が辺境の大地にチラつき始めたのである。
護衛のために駆り出された修道騎士たちの一部が、妙に黄色い声を上げてはしゃいでいたり、生まれて初めてそれを目撃したらしいラミア族のソープ嬢も、天を仰ぎながら女神様の奇跡がどうのと口にしたりしている。
「シューターさん、これが外の世界か。雪は絵巻物の中でしか知らないものだった。とても冷たく、けれどそれほど悪い気がしないのも不思議だ」
「これから辺境の東北部は、チラつく雪が積もって一面の銀世界になるそうですよ」
「それはとても幻想的だな愛しいひと。わたしがフクランダー寺院の外に出ようと決断した事は、正解だった様に思う。何の変化もない百年よりも、一瞬の驚きに満ちた外の世界は、とても素晴らしい」
そんな風に言って朗らかに笑った彼女に釣られ、俺やけもみみ奥さん、ベローチュも顔を見合わせて口元を綻ばせる。
「銀世界になるには、ほんのひと月ほど早いかもしれませんやソープさん。でも、冬には冬の楽しみがあって、俺は好きですぜ」
「ほう、冬にはどんな楽しみがあるのだ?」
「俺の家は猟師だからなぁ。今じゃ立派なシューターさんの部下ですけれど、兄貴がまだバリバリの猟師だった去年の冬には、鹿の群れを追って山に入ったんですよ。秋にたらふく食べた鹿の肉は美味いんです、こいつを燻製にしたり鍋にしたりして、そりゃ酒がたまらんの何の――」
領境をまたいだあたりだろうか、ッジャジャマくんの解説に心底楽しそうにしたソープさんの相槌を見て、このファンタジー世界に来て初めての冬はどんなものになるだろう。そんな風に想像を働かせた。
内職をしながらハーレム大家族で過ごす冬なんてのも、悪くないね!




