閑話 徴税官ラメエお嬢さまの場合 前
オホオでラメエお嬢さま視点です。
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「少しよろしゅうございますか、ラメエお嬢さま」
旅装束をまとめて屋敷の使用人に運び出す指示を出していたところ、わたしの背中に声をかける者がいた。
振り返ると貴人に対する礼をとっている老齢の騎士ジイがいる。
母の時代からオホオの領地に仕えていた歴戦の男で、わたしにとっては早くに亡くした親代わりの存在だった。
「どうしたのよじい。お前の旅支度はちゃんと整っているのかしら?」
「その事でラメエお嬢さまにお伝えしておかなければならない事があります。旦那さまである全裸卿にご挨拶をする前に、どうぞお時間をくださいませ」
慇懃にそんな言葉を投げかけて来るじいに、わたしは胡乱な視線を向けた。
心配性なのはむかしからの事だと言ってしまえばそれまでだけれど、何かよろしくない事でもあるのだろうかと疑ってしまったのだ。
けれど、しわ深いじいの顔を観察してみれば、そう悪い話でもないのかも知れない。
神妙にはしているけれど、何かの心得をわたしに諭すつもりなのだろうか。
「言ってごらんなさいな。だ、旦那さまに喜ばれる事をするのが妻として当然の務めだわ」
「さればこの度の徴税官の任に旅立つにあたって、奥さまたちの扱いについて」
「それがどうしたの?」
「サルワタ貴族に重きをなしている全裸卿の奥さま方といえばどなたでしょうな?」
「そうね、正妻の大正義お義姉さまは当然として……」
わたしたち旦那さまの妻は、模範的な貴族令嬢そのものである大正義のカサンドラ義姉さまを中心に一致団結している。ただひとこと家族の中で義姉さまと言えば、全裸卿の妻たる義姉妹にとってそれはカサンドラ義姉さまを指すほどに絶対的な存在だ。
だから何をさておきサルワタ貴族の実力者と言えば義姉さまそのひとを頭に浮かべたけれど、それに双璧を成すと言えば全裸旦那さまが妹同然に可愛がっているゴルゴライ準女爵アレクサンドロシア=ジュメェさまだろうか。
盟主連合軍の主力を率いているのがアレクサンドロシアさまであり、ゴルゴライ戦線の差配は全てアレクサンドロシアさまが取り仕切っている。
つまるところ。
このおふたりは家族の中でも別格で、例え第二夫人であるタンヌダルク義姉さまや、旦那さまと常に帯同している第四夫人エルパコお義姉ちゃんであっても意見に口をはさむことが出来ない。
新参のわたしなどが意見する事などはおこがましいと言えるぐらいなのだ。
ところがひとりだけそれに当てはまらない人物がいる事をわたしは思い出した。
これからわたしがオホオに帰領する事と併せて考えた時に思い当たる人物、ニシカ義姉さまだ。
サルワタ時代から、全裸卿の相棒が誰かと言われれば間違いなくそうだとわたしは判断した。
「残りはアレクサンドロシアさまと、それからニシカ義姉さまね?」
「その通りでございますラメエお嬢さま。ニシカ奥さまがこの度の徴税官において、ご検分役としてご同道なさります」
「そ、そうね」
「ニシカ奥さまは全裸卿と数々の修羅場を潜られてきた歴戦の将軍でござりますれば、これを機会により義姉妹の結びつきを強くなさる事をご配慮くださりますとよろしいかと」
つまりどういう事なのよ。
使用人のゴブリンに荷物は馬車に括り付けておきなさいと命じた後、わたしは不機嫌にじいを見返した。
じいはよく気の利いた世話役の家宰ではあるけれど、時々もったいぶった言い方で何が言いたいのかわからない事があるのだ。
「言っておくけど、わたしたち義姉妹の間で派閥争いはご法度なのよ。もしもニシカ義姉さまを担ぎ上げて自分の地位を優位にしようだなんて考えたら、間違いなく義姉さまの制裁を受ける事になるわ」
「もちろんでございますお嬢さま」
何事も順番が大切だという義姉妹のルールを無視した場合どうなるか。
オホオの領地を拡大しようとか、あわよくば旦那さまのお世継ぎを一番に欲しがるとか、そんな事を考えるだけでもぞっとする。
わたしは年相応、序列相応にしていればいいのよ。
「じゃあ何よ?」
「簡単な事でございます。ニシカ奥さまは船酔いが大層酷いという話を、聖少女ガンギマリー猊下より聞いてきましたので……」
「何よそんな事なの?! それとガンギマリー義姉さまは聖少女ではなく聖女よ、もう全裸卿の妻になられたのだからっ」
じいが悪だくみでも考えていたのかと思えば、その程度の事だった。
あたしは馬鹿らしい気分になってじいめに背中を見せて、領主館から厩のある裏手へと歩き出す。
じいが後ろから付いてくるのを背後に感じながら声をかけると、
「それでニシカ義姉さまの事を気にかけるって言うのは、どうすればいいわけ?」
「お嬢さまが手ずから、船に乗り込む前にお薬をお渡しするのです。ニシカ将軍は武人肌の騎士でございますから、小さな恩義にも大変感謝をなさる人物だとじいめは聞いております」
どうやらじいは同じ酒好きのニシカ義姉さまとは仲がいいらしく、ニシカ義姉さまの懐金を使って夜な夜なゴルゴライの新市街に呑みに出かけているをのわたしは知っていた。
一度、その事を叱ってもらおうと思って旦那さまの耳に入れたのだけれど「ニシカさんも酒呑み仲間ができて嬉しいみたいだから、しばらく放っておきなさい」と言っていたのだ。
じいはもう齢だからあまり深酒をしてもらいたくないのだけれど、その点も陳情すると、どうやらニシカ義姉さまもその事は旦那さまから含まれていたらしく、宵越しの鐘が教会堂で鳴らされる前には、幕舎にじいを送り出しているらしかった。
最近はニシカ義姉さまとマドゥーシャという奴隷のふたりがかりで、旦那さまの息のかかったお店でだけ呑ませる様にしているのだ。
とても強面のニシカ義姉さまだけれど、配慮のできるひとなのは理解していた。
サルワタ家中では鱗裂きと恐れられているひとだけれども、旦那さまの前ではとても愛らしく振舞っておられるわ。
わたしも見習わなくっちゃ!
「かつてニシカ将軍は、全裸卿がまだ全裸だった頃、一杯の酒を奢ってくださった事を今も忘れていないそうですぞ。全裸卿は奴隷で、ニシカ将軍もその頃は街を放浪している冒険者だったそうです。わずかな金で酒を分け合って呑む。美談ですなぁ」
美談も何も、先ほどから気になっていたことがある。
「そのニシカ将軍という呼び方は何なのよじい」
「ニシカ将軍が自分の事は独眼龍殺しの将軍さまと呼べと仰ってましたので、つい……」
独眼龍殺し……いかにもニシカ義姉さまが好きそうな二つ名だけれど、わたしたち義姉妹はニシカ義姉さまがファッションでアイパッチを付けているのを知っているのに……
「とにもかくに、このお薬を船に乗り込む前に将軍にお渡しなさいませ。さすればお嬢さまに何かあった時には、必ずやニシカ将軍がお助けくださること間違いなしでござます」
本当かしら?
半信半疑な気分になりながら、ガラスのひょろ長い瓶に入った中身をわたしは見た。
一見すると琥珀色の液体かと思ったら、見ているうちに次々と変色する不気味な飲み薬だった。
良薬口に苦しという言葉があるけれども、わたしは呑みたいとは思わない。
「まあわかったわ。ニシカ義姉さまに恩を売っておく、他にもできる事があれば気を利かせるわ」
「それでこそオホオ村の正統なる領主ラメエお嬢さまです」
褒めたってらめよっ。全裸を貴ぶ部族の妻は安っぽい言葉で騙されないんだからっ!




