323 村長はいいぞ! 5
冬支度をする村人たちの忙しさは、この時期を迎えると最高潮に達していた。
何しろ辺境東北部の一帯は雪に埋もれてしまうからだ。
冬の間、ひとびとは農民小屋に籠って内職のシーズンとなる。
それまでに薪を分配する作業や、この冬に何をどれだけの数を内職で生産するのか、そういった差配を村の幹部たちが指導して行う事になる。
「元々いたこの村の幹部たちは、ゴルゴライさまに逆らった罪で投獄されたか、討ち死にした者ばかりだす。してみると新しい幹部ばかりが揃い踏みで、思った様に差配がうまくいっていないのですだ」
そんな報告をしてきたのは、スルーヌの女幹部だったクレメンスのご両親だ。
「いえ、ゴルゴライさまのご征伐に不満を言っているわけではないだす。ご時世を読めず不利な側に付いたトカイさまは、やはりお貴族さまとして見る眼がなかったとは思いますだ。だども、現実の問題として旧派の人間を重宝するわけにもいかず、難儀しておるのだす……」
ゴルゴライさまというのは今のアレクサンドロシアちゃんに付けられた通称みたいなもんだ。
辺境の人間がオレンジハゲの事をブルカさまと言っているのと同様に、親愛の情を込めてそう呼んでいるのかも知れない。
もともとがサルワタの売女騎士などと呼ばれていたらしく、さすがに村長(つまり俺の事)の奥さんを売女などと呼ぶことは許されないので、便宜的にゴルゴライさまと呼んでいると言った方が正しいだろうか?
何にせよ俺には奥さんがたくさんいるので、呼び分けをするための工夫は必要だ。
「現状、村の領地経営を補佐していた人間は誰なのかな? 代官のアントン爺さんだけでまわしていたというわけでもないだろう」
「それなんだすが、おらの父ちゃんと母ちゃんが、幹部の代理を務めていたのだすシューターさま。村の若い連中のうち、リーダー格の者は戦争に従軍しているだすからな」
俺の質問にクレメンスが耳打ちをする。
クレメンスの実家での事だった。
大きな応接セットのある部屋の対面にはクレメンスのご両親が座っていて、俺の隣にはクレメンスが緊張した顔で座っている。
反対隣りにはすっかり奥さん然とした姿が様になって来たソープ嬢がとぐろをまいていたのだけれど、彼女は市井の生活に疎いので神妙な顔をで事の成り行きを見守っていたし、別のソファに座っていたけもみみはボケーっとした顔で眠たそうにしていた。
「今は幹部経験のある引退した連中を引っ張り出して、老骨に鞭を打って手伝いをさせていますだ。だども娘の言う様に若いリーダーたちが村から居なくなったのは痛い」
どうにかなりませんか村長さまと、クレメンスのご両親が陳情してきたのである。
「手だてがまるでないという事なのか」
「アントンさまのご命令で、今村では難民の中から使える人間を登用しようという流れになっております。村長屋敷の使用人の娘は、たいへん女好きの全裸さまのご趣向に合うだろうからと、年増の女を特別に徴用したのですが、夜のご奉仕はいかがでしたか?」
説明でとんでもない事を口にするクレメンスの父親だ。
そういう事を奥さんたちや自分の娘の前で言うなよ!
ジロリとまずソープ嬢に冷たい眼を向けられて、睨まれた蛙の様な気分になった。
クレメンスも何やら不満の表情でこちらを見ながら「順番を守らないあの女は私刑だすな」などと物騒な事を言ってくる。
けもみみは天井の染みでも数えているのか、ぼんやり口を開けていた。
俺は寒い季節にもかかわらず冷や汗を浮かべながら、こう返事をしようとしたところ、
「ぼくの家にはルールがあるよ。義姉さんの決めたこのルールは絶対だから、シューターさんも逆らっちゃいけないんだ」
「そうだご両親。愛しい家族では、何事も順番が大切という絶対不変のルールがある。従ってクレメンスを先にお手つきにするのが、家族のルール上で正しいことになる。そうだなクレメンス?」
「そうだすソープ奥さま。おらはこれでもシューターさんが浮気をしそうになったら、身を捧げて阻止しなければならないのだす。父ちゃんも母ちゃんも、それは余計な事をしただすな」
口々に奥さんたちが抗議の言葉を連ねるので俺はいたたまれなくなった。
浮気をしたわけでもないのに、酷い扱いだ!
しかも俺は年増の女性が好きな事になっているではないか。
「違うのシューターさん? アレクサンドロシアさまもマリアツンデレジアさまもカラメルネーゼさまも、みんなぼくよりずっと年上の女性だよ」
「そうだ、わたしなんか一二〇歳だからな愛しいひと」
ここで違うと言えば齟齬があるし、そうだと言えばクレメンスのご両親にいらぬ誤解を与えてしまう。
弱り切った俺の態度を察してくれたクレメンスの父親が、救いの手を差し伸べてくれた。
「そ、問題はそこではなかっただすな。とにかく新しい人材を集める方向で進んでいるのだすが、面接をやってもらうのがよろしいかと」
「面接」
「そうだす。一応はこれだという人間を難民の中から集めておるだす。このままスルーヌの開拓村に永住する者であるならば、登用する段取りでお願いしますだ」
話を打ち切る様に「ささこちらだすっ」と言った父親に、母親が叱責していた。
「あんたは余計な事をするんじゃないだす。娘の順番が狂ったら、おらたちばかりか娘まで大正義さまに制裁を受けるだべ」
うちの奥さんはそんな制裁はしません!
◆
村の幹部というのは、平常時ならば農作業や内職の指導を行ったり、土木作業の差配を行ったりするものらしい。
まあ村の青年団みたいなノリなのかも知れない。
騎士が警備責任者や徴税官をしたりするのに対して、青年団な幹部のみなさんは技術指導とか成人したばかりの若者たちを教育する役割だ。
「しかし村の外の人間ともなると、村のルールを知らないという事もあるんじゃないですか。その点は大丈夫なんですかね」
「トカイさまの頃はよその人間が開拓村に移住してくる事も久しくありませんでしただすが、ゴルゴライさまの支配方針は開拓移民の受け入れだと、アントンさまから聞いているだす」
「それなら何れは新しい血が入るから、気にするだけ無駄という事か」
「んだす。どうせ時間がたてば村のルールなんてものは、振るいにかけられて消えるだけだすからな」
そんな感じでクレメンスの実家を出たところで、難民たちのキャンプになっているという使っていない倉庫群のところへやってきた。
生活は寝起きが出来る最低限のみで、野戦病院みたいに寝台がズラリと並んでいるだけの場所だった。
「こんな調子で冬を越せるのか、難民のみなさんは」
「そこは問題ないだす。ここよりマシな農民小屋を今こさえているところだすからな。冬になるまでには振り分けが終わるだすから」
「ならOKだ」
というわけで、数十人いる難民の中から元いた村で幹部経験のある者を募ったりして面接開始だ。
実際に面接をするのは俺と言うよりも、幹部だったクレメンスの役割で、
「おめさんは内職を指導できるだすか。シューターさま採用でいいだすね?」
みたいな具合であっという間に終了だ。
暇を持て余していたソープ嬢は、難民キャンプとなった倉庫の隅っこで子供たちに編み物のやり方を披露しているところだったのだが、
「この村は羊をたくさん飼っているね」
「そうだすな。まあ羊毛は村の特産品だし、こいつはゴルゴライを経由してブルカの街に送り出していたんだすよ。でも戦争になったから売り先がなくなったので、在庫がダブついているのだす」
そのゴブリン人形と一緒だすな。
などと現状を嘆くクレメンスのである。その視線の先を見れば、幼い女の子が何故かゴブリン人形を握りしめていた。
どうしてブルカ街道沿いから戦災で流れ着いてきた子供が、木彫りの悪魔フィギュアを持っているのだろうか。
「あの子はこの村でゴブリン人形を与えたのかな?」
「そんな話は聞いてないだすな。父ちゃんは何か知っているだすか」
「いや知らなんだす」
そこで俺がしゃがみ込み、ソープ嬢の器用な編み物に夢中だったようじょに声をかけることにする。
おじさんは怖くないよ、いいおじさんだから安心しなさい。ニッコリ。
「これは誰にもらったんだい?」
「おうちにあったの。これを置いておくと、売女騎士さまの軍隊に殺されないんだって聞いたの」
だそうである。
ようじょっ子の母親にも訪ねてみたところ、
「ほんの戦争が始まる前に、顔の恐ろしい傭兵さんたちに協力した家には、これが配られたのです。この人形がある家の者は、戦争で被害にあっても保証を受けてもらえると」
「顔の怖い傭兵、サルワタ傭兵団のみなさんかな……?」
彼らはベローチュの配下で情報収集の任務にあたっていた事もあるから、情報提供者にはこういう融通をしたのかも知れない。
確かモンサンダミーは関所の方で当直にあたっていたはずだから、聞いてみればいいかもしれない。
しかしこんなところでゴブリン人形が役に立っているとはな。
「案外タマランチさんのやろうとしている事は正解なのかも知れない」
「はい。このゴブリン人形はわたしたちの家族をお守りしてくださいました」
「しかしあんたの故郷を奪ってしまう事になった。一刻も早く平和になる様に、領主として頑張ります」
バツの悪い気分になった俺は、ソープ嬢にその場の事を任せて退散した。
◆
スルーヌ村の滞在期間も終わりに近付いた頃。
徴税官として北に赴いていたカサンドラとタンヌダルクちゃんの一行が、帰還したのである。
行きがけは俺たちが外交使節団で利用した野牛の馬車を使っての移動だったが、馬車を返し終えた後はより交通の便がいい舟艇でのご帰還だ。
「ご主人さま、無事に確定申告を終えて戻ってまいりました」
「シューターさん」
「旦那さまぁ」
船着き場から不慣れな足つきで河岸に降り立つカサンドラの手をとって、俺は抱きしめる。
続いて上陸したタンヌダルクちゃんも抱擁しながら元気な姿を確認したところで、俺は男装の麗人に視線を送った。
「カサンドラ奥さまもタンヌダルク奥さまも、ご主人さまの代理人としてご立派にお役目をお勤めなさりました」
「オレの代理人? アレクサンドロシアちゃんの代理人じゃなくて?」
「アレクサンドロシア奥さまの代理人がご主人さまであり、ご主人さまの代理人が奥さま方です」
貴人に対する礼をとっていた男装の麗人も、手招きをすると気恥ずかしそうになりながら抱擁の輪に加わった。
後ろでその姿を見てたけもみみやソープ嬢たちはニコニコしながら「夫婦愛だな」「そうだね」などと笑っている。
そんな男装の麗人が俺の耳をくすぐる様に甘い吐息を吹きかけたかと思うと、小さく報告をするのだ。
「ジンターネンというサルワタ村の女幹部には交渉で手こずりましたが、そこはさすがアレクサンドロシア奥さまです。縁談の話をチラつかせておき、上手く上機嫌になったところを確定申告させました」
「マジかよ。相手はエクセルさんだろ?」
「ご安心ください、貴族の結婚とは貴族が決めるものです。もし仮に不満を口にしたところで、ジンターネンという者は村の幹部であって貴族ではないので、逆らう事は許されません」
逆らう事は許されませんとか言って。
義息子のギムルは、現に逆らう事が許されないはずの立場でありながら、ジンターネンさんに棒切れでひっぱたかれたことがあるんですけどねえ……
「後でなかったことにでもしたら、やっかいだぞ」
「むしろジンターネンという者の方から縁談をお断りする事になるやも知れません」
村長のギムルに対する風当たりが酷くなるかもしれないね。
家族みんなが上陸して村長屋敷に向かいながら俺がそんな心配をしていると、
「旦那さまあ、ベローチュの言う通りその心配は必要ないと思いますよう」
「ほう、心配ないというのはどういう事だいミノ奥さん?」
「そのう、ゴブリン人形を買い付けに来たという商人さんが、代官として村を預かっているジンターネンさんの屋敷に顔を見せたのですよ。何でもシューターさんのご許可も貰っていると聞いていましたので、そういう書類を発行したご記憶はありませんでしたか?」
タンヌダルクちゃんの言葉を引き継いで、カサンドラが思案気にそう口にした。
それはタマランチさんの事だとすぐにもピンと来た俺たち居残り組である。
徴税官をしていた奥さんたちの荷物を手分けして運んでいたクレメンスは、微妙な顔をしながら俺の方をチラチラと見てきた。
「な、何か不味い事をしたのかな?」
「そうではありませんが、村には泊まるお宿もありませんのでジンターネンさんのお屋敷にお泊りになられていたのですが」
「ふむ?」
奥さんたちふたりが村に滞在中に過ごしていたのは湖畔の城にある別館だった。
建設開始から半年が経過して、湖畔の城下には集落が出来始めていたし、そこからであれば野牛の居留地とサルワタの開拓村との中間地点に位置するので便利でもある。
「改めて引き上げる際に村に立ち寄ってみましたところ、朝一番にジンターネンさんと行商人さまが抱き合っている姿を見たと、そう報告したひとがいたので……」
何かの冗談ではないの?!
相手はあのジンターネンさんだぞ。女優かアイドルかで比較すれば、間違いなくジャイ〇ンの母ちゃんだ。
するとゴブリン人形の販売をするために熱心に口説いていたタマランチさんは、何かの間違いを犯してしまい、ジンターネンさんに犯されてしまったのだろうか。
「頭のおかしいひとのゴブリン人形の野望はついえたね、シューターさん」
「お、おう。だが何かの見間違いかも知れないので、確認する必要があるね……」
タマランチさん、無事でいてくれ!
明日の更新はお仕事の都合でお休みさせていただきます。




