閑話 王都への帰還 1
予告していましたナメル視点です。
王都情勢につなげるために、閑話補完をしばらくお送りします!
「ナメルさん、色々と不味いことになった」
近頃は酒を飲むときも警戒心が必要なご時世だ。
ブルカ市壁の南門前にある冒険者ギルドの酒場で、仲間たちと内偵をやっている時の事だった。
周辺でさりげなく聞き込みをやっていた内のひとりが、血相を変えて酒場に飛び込んできたのである。
見た目は冷静を装っているが俺たちは専門の密偵というわけではないので、隠し切れない焦りがその顔にある。
「落ち着け、何があったか詳しく説明してくれ」
「西の冒険者ギルド側にある食堂で、黄色マントどもが摘発騒ぎをはじめたらしい。相手は王都から来た密偵だったというから、ちょっとした刃傷沙汰に発展したらしいぞ」
身を寄せながらそう説明をしてくれたのは、ホルゴというサルワタ冒険者の男だ。
声を潜ませながら革鎧ごと密着させてきたので、互いの肌が触れてあまり心地よい気分ではなくなった。
普段はビビアンヌにだって閨の他は体を触れさせる事はないというのに、とんだ不快感である。
「王都から来た密偵という事は、宮廷貴族たちの放った工作員という事か」
「たぶん宮廷伯さまか、あるいは後宮を守護するお貴族さまの手のものだろうぜ。何でもふたりひと組で行動していた連中を張って、黄色マントが尾行を続けていたらしい」
「素人どもめが。もう少しうまくやりようがあったんじゃないのかよ。ええっ」
押し殺した声で俺が問いかけると、聞き込みに出ていたボルゴが詳しく説明をする。
そうしてクナイという名前の女冒険者が、激しく憤る姿を見せた。
落ち着け、と俺はあわてて周囲を見回しながら女冒険者の背中に手を回したところで、妙に気恥ずかしい気分になってその手を引っ込める。
「すまないね。あたしはついカッとなってしまう性格なんだ」
クナイという女冒険者は、酒の所為か赤面させた顔を振って謝罪の言葉を述べた。
俺も女に対して無遠慮な態度を取ってしまったことを詫びながら「いいさ」と返事をするにとどめる。
没落したとは言え、貴族たる俺の体を気安く触る事は何者にも許されないのだ。
当然俺から誰かに気安く触る事はあってはならない。
ビビアンヌだけは特別だ。あれはそういう事をするための商売をやっていた女だ。
と、特別だが、特別な関係だなどとは思わない事だ。
「それで西門でああいう事が起きたという事は、しばらく近づかない方がいいという事だな?」
「南門はあの通りの厳重な警備だが、どうやら理由はオッペンハーゲンの工作員が捜査網に引っかかったからというぜ。西と南が駄目となると、後は北しかない……」
「考え様によっては北門が一番ヌッギの領地に近い。ここから堂々と向かう事が出来れば時間短縮にはなるな。ふむ……」
ボルゴの言葉に俺は思考を巡らせる。
東西南北の他にブルカ宮殿へとつながる南西の門がひとつあるが、あれは領軍用かブルカ伯の関係者だけが使っている特別な門だから除外する。
「しかし考えてみれば問題点もあるぞ。北門は確かにリンドル川に近く、ここからいっきに川に出て下る事が出来ればヌッギ領内には入る事が出来るだろうぜ。けど、それは連中だって考えてる」
「というと、どういう事だい?」
「今月に入って密偵どもの摘発が起きたのは、これで四度目だ。南門は先月と今月頭だから少しは落ち着いたが、工作員の出入りがこれまで無かった北門は、かえって次に工作員たちが狙うと踏んでいる可能性があるんじゃないか」
そんな風に俺は結論付けたのだ。
黄色マントとは、ブルカ辺境伯の領軍に属する将兵たちの目印となっている姿を揶揄したものだ。
連中は遠目からでもブルカ兵だとわかりやすい様に騎士から一兵卒までその格好をしている。
目立つという意味では、その黄色マントを市中の内偵中に気にしてさえいればいいはずなのに、ブルカの街中で工作活動をしている連中は、密行を暴かれすぎているぐらいだった。
ツジンさまの下で工作員をかじった俺のほうがまだ上手くやっているんじゃないかと思う。
「街の中はこの通りの戒厳令だ。五度の摘発のうち、四度は王都からの密行という事がわかっているとなれば、恐らく市中でブルカ王国兵団の逃げた残党と連絡を取り合って、王都に連絡を何とか繋ごうとしていたと見た方がいい」
「じゃあそいつらは、ある意味で俺たちの預かり荷と同じ要件の同志って事になりはしないか」
「そうだよ、他の密行している連中と連絡を取ってさ、それで共同歩調で逃げ出せばいいんじゃないのかい? あたしは頭がいいなっ」
「ならないだろうな恐らくは……」
「どうしてだい?! 理由をおしえてくださいよ」
女冒険者クナイの質問に、俺は次の通り説明をする。
「考えてもみろ、王国兵団の構成員は辺境貴族の子弟から集めた騎士見習いたちだ。中にはブルカ伯と繋がっている家中の者もいるだろう。そいつが潜伏している可能性のある兵団の騎士や騎士見習いの情報を売り渡している可能性を考えればな」
そいつは俺たちの身を危険に晒す、自殺行為もの同然だとこの女にはわからなかったのだろうか。
いや、こいつらは冒険者であって工作員ではないのだから、そんなところに知恵を回す事などありえない。
「そうかあ。ナメルさんはサルワタ貴族のご出身だから学があるのか」
「俺はサルワタ貴族ではない! サルワタにゴルゴライを奪われた元貴族だっ」
今度はたまらず俺が声を荒げそうになって、あわてて口をふさいでしまう。
すでに俺がゴルゴライの跡取り息子であった事は、冒険者どもには筒抜けになっていた。
何しろこいつらの雇い主であるサルワタの売女騎士は俺と敵対した人間で、ナメルという名前を聞いた時にピンと来た人間もいたからである。
ビビアンヌの源氏名の様に、変名を使っておけばよかったものだと今更ながらに思い知らされた。
俺も工作員ではないからそういうところに頭が回らないのかもしれない。
「とにかく、ここで油を売っているのは危険かもしれない。いったん商館に戻って積荷の扱いについては善後策を練ったほうがいいかもしれないな……」
「わかったよ。ナメルさんがそういうなら俺は従う」
「あたしもそれでいいよ。酒、呑みそびれてしまったな……」
そんな事を口にしたサルワタ冒険者たちは、酒をひと息に呷って立ち上がると、そのままギルド内部のエントランスを見回す。
相変わらず仕事を求めて活動をしている労働者たちが、パーテーションに張られた掲示板の張り紙を見上げて大声で不満を口にしていた。
仕事はある。だがその仕事は危険な任務かあるいは何かしらの制限があるものだ。
武装飛脚はその最たる例で、治安がいちじるしく悪化しているという噂のブルカ領南部に出かける連中は、それこそ命がけの仕事になるだろう。
「これが普通の荷物なら、わりと簡単に外に運び出す事が出来るんだけどねえ……」
「預かり荷は高価なものだ。失敗して傷物にすれば大変だからな」
クナイとボルゴの言葉に耳を傾けながら、ふと気になる存在に視線を送る。
掲示板のひとつを見上げているひとりの傭兵が俺は気になったのだ。
傭兵者の肩には猛禽が大人しく停まっており、時折油断なく首をかしげながら周囲を睥睨しているのだ。
「鷹匠をやっている冒険者たあ、珍しいですなナメルさん」
「……あいつは魔法の伝書鳩を専門に落とす鷹匠の傭兵だぞ。俺も以前に任務で、ああいう連中と組んだことがある」
「へえ、悪いことを考えるヤツもいるものだ。何の目的でそんな事をするんだ?」
「情報は金になると、あのニシカ夫人も言っていただろう。ちょっと待ってろ……」
俺は話しかけてきたボルゴにそう言い残したところで、即座に行動に移った。
あれは武装飛脚などと同じで、単独で仕事を請け負っている鷹匠傭兵で間違いない。
戦争の季節がやって来たのを見て、恐らくは仕事を見込んでこの街にやって来たのだろう。
「先に黄色マントに唾を付けられる前に、俺たちの味方に引き込んでおくのも悪くない」
ツジンさまが周辺諸侯とのやり取りのために、どこの鳩舎から魔法の伝書鳩を飛ばしているのか、俺は知っていた。
だったら逆を突いてツジンさまからの指示、あるいは黄色マント連中が市中で連絡を取り合っている情報を、鷹匠傭兵を使って盗み出す事が出来ると考えたのだ。
摘発情報の先取りをしたり、警備状況を理解しているのならば、門を抜け出す以外にも市壁を飛び越える方法があるかもしれない。
そう思いながらフラリと男の側に近づく直前に、黄色マントたちがこの冒険者ギルドの中に飛び込んでくる姿が視界の端に映り込む。
「チッ……」
くそっ俺たちを追っての出入りか。
それとも新たな兵の招集のためにでも募集張り出しをしに来たのか。
考えるよりも先に背中を向けようとしたところで、黄色長耳のニシカもまたこのギルド内にいるのを目撃した。
どっちだ、俺か、それともニシカか、あるいはサルワタ冒険者たちか……
鼓動が高まるのを感じながら歯噛みしつつ鷹匠傭兵から離れるハメになる。するとそこへ、
「シューター卿、あなたは確かマリリンマーキュリーさま配下の、シューター卿ではありませんか?」
黄色マントのひとりが俺の姿に気が付いたのか、ふと冒険者ギルドの中で通る声を発したのである。
こんなところで見知った顔のブルカ兵士と出くわしてしまうとは。
しかも、あれは襲撃の晩に顔を合わせた市中見回りの衛兵だ!
「いやあこんなところで偶然ですね!」




