302 オレンジハゲの尋問
本話中に残酷表現が含まれます。
「ほう、辺境の悪党どもがそろい踏みして、俺の顔を拝みに来るとはな。どういう風の吹き回しだええ?」
全裸の上、イスの背もたれごと腕を拘束された全裸のオレンジハゲがそこにいた。
ブルカ辺境伯ミゲルシャールはその様な姿であってもな尚ふてぶてしく、居並んだ俺たちを見上げて来るのである。
「そんな軽口が利いていられるのも今のうちよ。お前の命もここでは安いものと覚悟すべきね」
「国王より辺境の旗頭たるブルカ辺境伯の命が安いものとは、面白れぇ事を言うじゃねえか聖少女。女神の信徒は特別にお高いとでもいうのか?」
「ふん、いつまでそんな態度がとれるのかみものね。スウィンドウ、ポーションを持ってきてちょうだい!」
狭い教化部屋の中央でこれから拷問にかけようとしていたのは雁木マリだ。
彼女の指示が飛ぶと、すぐにもこの場に集まっていた有力諸侯たちの合間をすり抜ける様にして、修道騎士スウィンドウがポーションの注入器具を差し出す。
「いい顔をしているな。若いころの俺にそっくりだ」
あんたと同じところがひとつあるとすれば、そいつは包茎という事だけだね。
見上げてニヤリとしてくるブルカ辺境伯と視線を交えて、俺はとても不愉快な気分になった。
「手前ぇが辺境を股にかけて女の股を開かせた全裸を貴ぶ色男か?」
「スルーヌ騎士爵のシューターです。あんたは三〇人の奥さんを持つ助兵衛親爺だと聞いているが、俺はそれほどでもないんでね」
「今のところ何人だ。んん? 」
「十人とちょっとですねえ、まだ精進が足らないらしい」
「俺の身内から女を差し出してもいいぜ。どうだ、俺のと組まねえか?」
やだよこんな悪党丸出しのオレンジハゲと家族になるのは。
どこまで本気か知らないが、ポーションが用意されるまでこの男の言葉を聞かされるハメになる。
早く注入器用意してくれないかな。
「生憎とわらわの夫は、次の次まで婚約者の予定が組まれているのでな。妻のひとりとして貴様の様な悪党におめおめ差し出すわけにはいかんのだ」
「すまんなあサルワタの売女騎士さんよ。かわりにお前ぇが相手してくれてもいいんだぜ」
「フン、粗末な包茎男に興味はない……」
「そいつは残念だ。がっはっは!」
この朝の事。
起き抜けの寝ぼけ眼に、女領主が緊急の知らせをしたためた文を受け取ったのは周知の事だ。
女領主のもとに文を届けたのは、夜勤明けだったエレクトラだった。
体内に血流と魔力が満たされるまでのしばらくの間、ぼんやりと紙片を天井に掲げながら機能停止していたらしい。
してみると、ようやく体の自由が利くようになって紙片に眼を通すと血相を変えて、あわてて簡易寝台から飛び起きたところで家具に足の小指をぶつけたのは、知っての通りだ。
「王家にハゲの子が出来たとは、いったいこれはどういう事なのだアレクサンドロシア卿」
「わらわにも詳しいことはわからぬが、ドラコフ卿の使いの者が、わらわの家中に火急の知らせを持ってまいったのだ。情報はあの文に書かれてある限りしかわからぬ」
「なればここにいる全員が、似たような状況なのか……」
「俺も緊急の知らせを部下からの文で知らされたばかりで、詳細は使節が戻ってからでなければわからぬ」
「あらア、これはいよいよオレンジハゲの体に聞なきゃいけないわねェ……?」
ポーション注入器具に自白用のカプセルをセットする雁木マリを見守りながら、そんな俺の背後で有力諸侯たちがヒソヒソ話を繰り返していた。
この情報をもたらしたのは、王都へと盟主連合軍の血判による弾劾状を送り出したオッペンハーゲンの使節だった様だ。
秋分の頃に出立して、ひと月以上が経過してようやく復路の使者が俺たちのところに帰還した事を考えると、その行程にもどかしさを覚えざるを得ない。
「これまでのお前は、貴重な戦争捕虜という資産の扱いを受けてきたから尋問も体に訴えかけなかったのよ。けれども今は違う」
「何が違うというんだ? 俺は娘に子が産まれれば国王の外戚となるべき王国の重鎮だぜ。そんな男にお嬢ちゃんが手を挙げる……ック。ふう、悪くないなポーションとやらも」
「言ってろ!」
会話の途中にもかかわらず、俺に目配せをしたマリはポーション器具を押し構える。
そうして俺が横柄な口を利くオレンジハゲを取り押さえたところで、首根にブスリと器具を注入しやがった。
まだ外戚だ重鎮だとニヤついた事を言って、最後にはポーションが気持ちいいなどとぬかしやがったところで、マリが拳を鼻頭に見舞った。
うわ容赦ねぇ。
オレンジハゲはそれでも口の中に含まれた血をペっと吐きつけると、盟主連合軍の諸卿たちを見回すのだ。
「そこにいるのは宮廷伯の娘か? いや今はリンドル御台さまだったかな。俺の孫は元気にしているか、娘が会いたがってかなわんので、そろそろ息子を実母の元に返してやってはくれないか。ん?」
「シェーンさまは亡き夫ジョーンの忘れ形見ですのよ。リンドル子爵家の当主にして、ミゲルシャール卿の謀反を正すために立ち上がった、勇敢なリーダーでありますの」
「そうか? お前さんは俺の孫に、どうあっても親不孝をさせたいらしいな。そんな娘と孫の悲しい未来を俺は見たくねえ。ついでにリンドルも手放してくれるとありがたいんだがなあ。がっはっは!」
そんな応酬がオレンジハゲとマリアツンデレジアとの間に合って、マリアちゃんは怒りからワナワナをその身を震わせていた。
義母と義子の間で「実の親子」なんていう単語は禁句も同然だ。この場に他の諸侯のみなさんがいなければ、不慣れな手つきでマリアちゃんは長剣を抜いていたかもしれない。
本当にポーションが効いてるのか? と、たまらずマリを見やったけれど、厳しい表情をした聖少女は我慢しなさいとばかり首を横に振った。
「おうおう? そこにいるのは俺に辺境伯の爵位を奪われた、オッペンハーゲンのドラコフ男爵じゃねえか。相変わらず景気の悪い顔をしているが、爵位も経済的優位も奪われて逆恨みをしているという表情だぜ。手前ぇの弟は俺の従妹と駆け落ちしたんだぜ。ジェイコフは元気にしているから安心しろよな」
「おのれぬけぬけとその様な事を今更持ち出すとは、どういう了見だ! 愚弟はすでにオッペンハーゲンの家中から破門した故に何とでも致すがよいわ」
「そういうわけにはいかねえぜ? 俺が外戚となった暁には、オッペンハーゲンの新男爵はジェイコフになるって寸法だぜ。残念だったな!」
苦々しい顔をしていた武人肌のドラコフ卿までが、オレンジハゲの言葉に激高して唾を飛ばした。
あわてて隣で男色男爵が仲裁に入らなければ、それこそ殴りにかかっていたかもしれない。男色男爵の腕を振り払って、ドラコフ卿はそっぽを向いてしまった。
少し表情が朦朧としているみたいだが、まだオレンジハゲは脂ぎった中年そのものの態度だった。
アレクサンドロシアちゃんが俺に目配せをして「いつもの事だ」とばかり表情で語ってくるところを見ると、しばらく自白ポーションが効果を表すまでは放置するしかないのかもしれない。
「アレクサンドロシア卿、もう一本次の自白ポーションを打ち込むわ。これでしばらくすれば完全に意識を手放して、地獄の苦しみを味わう事になるから」
「諸卿らも今しばらくの辛抱を……」
雁木マリとスウィンドウは、これ以上は待っていられないとばかり自白カプセルの追加を決定したらしい。
こいつは不信神者なのか案外平気な顔をしているので、マリの怒りの琴線に触れたのかもしれないね。
いつぞやの様に俺が腰についっていた護身の短剣を勝手に抜き放ったところを見ると、全裸ハゲの太ももにでもブスリとやるのかも知れない。
「待て待て、最後にひとこと言わせてくれよ」
オレンジハゲは見苦しく暴れるでもなく、最後までおどけた口調で雁木マリに言った。
何よ何なのよと、逆手に構えた短剣の動きを止めてマリはギロリとハゲを睨む。
すると真顔になったミゲルシャールは、救いを求める様な表情を浮かべて口上を並べるのだ。
「俺の子を孕まねぇか?」
「…………」
「そうすれば神の使徒と、新たな辺境支配者との血を分けたこの世の救世主さまの誕生だぜ」
「……そうね、お前はこの際その粗末なソレを切り落とされるといいわ」
それが女神様の御心よ!
慈愛の微笑めいたものを浮かべたマリは、逆手に構えた短剣をブルカ辺境伯ミゲルシャールの股ぐらに突き落とされたのだ。
その場にいた諸侯たち全員が眉をひそめて視線を外し、言葉にならない悲鳴をオレンジハゲは口から吐き出した。
ぐおおおお女神狂いの偏狭信徒め!
とかなんとか、わずかに言葉らしいことを口走るがマリには聞こえない。
「どうかしら、これで戯言はもう言えないはずよ。さて、お話を聞かせてもらいましょうかね、色々と積もる話もある事だから、付き合ってもらえるかしら。ねえ?」
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