295 枯れるまで絡める手 3
更新遅くなってしまい、申し訳ございません!
「最近、巷の噂では商館と両替商、それに奴隷商人たちが裏で結託して金儲けをやっているという話が実しやかにささやかれているのはご存知ですか?」
遊びの時間、探り合いの時間はは終わった。
当初は軽く身内に聞き取り調査からしようぐらいに思っていたけれど、カレキーおばさんは話に本腰を入れてきたからな、だから俺も遠慮はしない。
懐を借りるぐらいのつもりでぶつかる覚悟をした。
「その噂には語弊があるように感じますよ閣下。お金というものは一所に定まる事はなく、流れるのが当たり前って事ですかね。両替商という場所には、様々な場所からお金が流れてくるものです。金貨に銀貨、種類もそれぞれ、最近じゃ見たこともない銅貨もサルワタのお貴族さまの間で流通しているじゃないですか」
「話がズレてませんか?」
「いいえズレていませんよ。そうして集まったお金は、閣下の元に届くのです」
そう言ってテーブル脇に置かれていた手文庫を引き寄せたカレキーおばさんは、箱を開けると一枚の銅貨を持ち出してくる。
それは野牛の居留地で流通している、ミノタウロス銅貨だ。
「近頃ではお商売で一番使われているのが騎士修道会銀貨と、このミノタウロス銅貨なんですよ」
「知らなかったそんなの……」
「わたしもアレクサンドロシアさま治世下のご領地に来るまで知りませんでしたよ。けれどもミノ銅貨は普通の銅貨よりも貨幣価値が高いし、ご領内ではそれなりの流通がはじまっています。騎士修道会銀貨とあわせて数が揃っているので、ブルカ伯金貨を押しのけて取引で使われているのはこれなんです」
くそっ。
俺の名前を出されたり、いきなりこんな銅貨を持ち出されて話題をすり替えられた気分だ。
話を引きもさないと。
「ずばりお聞きしますけれども。だからカレキーさんは今、オルコス五世金貨を集めるために苦心されておいでだ」
「痛いところですけれども、本当にその通りですよ」
辺境の商人たちが今、貨幣相場の変動にひどく振り回されている事はよく理解しているつもりだ。
徴税の季節を迎えて各地から貢納された税収とひと口に言っても、それは麦や芋、トウモロコシなどの産品によるもである場合がほとんどで、一部の都市部や課税対象だけが現金による徴税となっている。
そうしてみると領主が現金を手にするためには、これら徴税によって得た産品を売買しなければならないのである。
御用商人のカレキーおばさんにとって、これは死活問題ともいえる。
「辺境ではオルコス五世金貨の流通はほとんどないですからね。これまで決済に使われてきたブルカ辺境伯金貨がこんなありさまで、本土との取引だけじゃなくて、辺境の商人同士でも嫌がられる始末」
「そこまでひどいのか」
「娼館や奴隷商会には毎夜毎朝とても大きなお金が集まってく場所ですから。当然わたしどもが結託して、稼いだお金が無価値になってしまわない様に、示し合わせるのは当然です」
「噂には語弊があるけれど、やっている事は本当だったんですね……」
「それに、」
すると「知らなかったのですかね閣下は?」とおばさんは不思議そうな顔をして、手文庫にミノタウロス銅貨をしまいながら見返してくるではないか。
「持ちかけたのはカラメルネーゼ夫人ですよ。奴隷は大きな資産価値がありますからね、決済は早いうちにオルコス金貨建てに切り替えておかないと大変なことになる。わたしは勘のいいお商売相手は大好きですよ」
カレキーおばさんは素直に洗いざらいを口にした。
俺はというとひどく喉をからした気分になって、高級なガラス酒杯を改めて持ち上げると上等なぶどう酒をひと口含む。
何のアテもなく呑んだオッペンハーゲン産のぶどう酒はとても苦かった。
うちの奥さんは、俺に黙って何をやっているんですかね……
「戦争になればこういう事は予想できたとは言っても、相場がこれだけ大きく変動するとはだれも予想しなかったですからねえ」
「原因は何でしょうかね、ここまで相場が安定しないのは」
「もちろんひとつは、閣下のご活躍が原因ですよ」
面白くもないという顔をしたままで、おばさんは応える。
「この戦争。最初はブルカ辺境伯とサルワタ貴族との間で行われるささやかな領土紛争に過ぎなかったはずなんです彼らにとって」
「…………」
「だってそうでしょう? アレクサンドロシア準女爵さまが近隣の領地を併呑して台頭し始めたところを、危惧した諸侯たちがブルカ伯さまに陳情する、これをブルカ伯さまが討伐軍を起こして攻める、秋が終わるまでに戦争は終わり、戦士たちは新年を迎える冬を温かい暖炉の前で家族とともに迎える」
そういう筋書きだったはずですよ、とカレキーおばさんは言うのである。
まるで戦争映画に出てくるフラグみたいな物言いで、事実これはフラグになてしまった様だね。
「ところがアレクサンドロシアさまはそれを良しとせず、シューターさまを辺境歴訪の外交使節へと送り出したわけです。それに辺境東部の有力諸侯たちはこぞって一致協力する事を決めてしまったし、リンドルの御台さまなんてのは、よせばいいのに弱兵の軍隊を起こして、惚れた男に戦士の貢ぎ物だ」
「予想以上にアレクサンドロシアちゃんが軍勢を用意してしまったために、あのオレンジハゲの目算が狂ったと?」
「その通りでしょうねえ。そうしてブルカさまがあえなく戦争捕虜になってしまったのが致命的です。特にそのことが知れ渡っているゴルゴライ界隈では、今や決済通貨は騎士修道会銀貨ですよ。お金の数がかさばって、困ったもんですよ」
けれども。
何となくカレキーおばさんの口ぶりから見えてきたものがあるぞ。
「この界隈で意図的にオレンジハゲが戦争捕虜になったという噂を流しているのはあなただ、カレキーウォールズさん。違いますか?」
そうすると今日一番の笑顔を浮かべたカレキーおばさんである。
さっきまでのやり取りがほんの前哨戦だった気がしてきた俺は、頭がクラクラしはじめてきた。
高級ぶどう酒に酔ったのかな……
「当然でしょうとも、わたしはサルワタ貴族の御用商人ですよ? シューターさまご夫妻方がボロ儲け出来るようにご融資するのがわたしの仕事です」
「ちょっと意味が分かりませんねえ……」
「どのご領主さま方も今はブルカ伯金貨を避けて、オルコス五世金貨と騎士修道会銀貨をかき集めるのに必死ですよ。それはアレクサンドロシアさまも同じ立場だけれども、アレクサンドロシアさまには他のご領主にはない武器があるんですよ」
「武器、ですか……」
「騎士修道会銀貨と、それにミノタウロス銅貨ですよ。貨幣鋳造権を握っているという事は、それだけで主導的立場になれるというものです」
貨幣価値の保証者たるブルカさまの信用が失われたブルカ伯金貨に代わって、これからはこの二つが辺境の基軸通貨になる。
「正確にはミノ銅貨の方は、保証者たるアレクサンドロシアさまの名で勝手に流通させている《銅製手形》なんですけどね。あれはコインの形をした証票だという事で、オッペンハーゲン公商館のクロードニャンコフ卿と話し合って決めました」
「それで国法に違反する事にならないのなら、お任せします……」
「でもねえ、閣下」
一拍を置いたカレキーおばさんは目減りした俺の酒杯に、手ずからオッペンハーゲン産のそれを注いでくれる。
「騎士修道会銀貨の貨幣鋳造権を手に入れてお金儲けをする。リンドルの本店で、その筋書きを最初にわたしに耳打ちしたのは閣下とカラメルネーゼ奥さまの方ですからねえ?」
悪びれなくそう言ってのけたカレキーおばさんが、俺には妖怪か何かに見えてしまった。
そう臭わせただけでそこまで言ってませんから!
「ご融資をするといったん決めた時は、大胆にならなければ足元をすくわれますからねえ。悲しい出来事でしたが、都合よく騎士修道会が分裂してしまったのもよかったですよ」
「いや、よくないですよカレキーさん、本部の置かれたブルカから切り離されて指導者のマリは財政難に直面していますから……」
「でもね? ガンギマリー奥さまが聖少女として、女神様の祝福はを受けた騎士修道会の正統はこちらにあると保証者の立場から宣言なされば、新しい銀貨も鋳造できますし」
カレキーおばさんにかかれば、どんな残念な結果もお金儲けのタネに見えているのかもしれない。
不幸な騎士修道会の内部対立も、一攫千金のチャンス到来なのか。
たくましすぎるだろ……
「そうそう、もうひとつ言い忘れたことがありましたけど、」
「まだあるんですか?!」
「ついでの噂に、ブルカ辺境伯金貨は改鋳されて、金含有量が低下していると流しておきましたよ。戦争捕虜のブルカさまが尋問でそういう証言したとね。敗戦続きで財政難になっているのは事実ですから、これには信憑性のある噂になりますよ。ほっほ」
そんな恐ろしいカレキーおばさんの言葉を耳にして。
ふたたび口に含んだぶどう酒の舌触りは最悪で、鼻に抜ける風味も妙に鼻腔を刺激した。
お高いワインは最適な食事に合わせてはじめて美味しさを感じられるというが、今日のメインディッシュは組み合わせが悪かったらしい。
「それもこれも、閣下がご活躍しすぎたせいでこんな事になったんですよ。商人たちはみんな心の中で閣下の事を恨んでおりますよ。でもご安心ください、わたしは違う」
「…………」
「ご融資をすると決めた時点で、覚悟はできてますよ。シューターさまが会戦でご活躍したのなら、それを利用してわたしもお商売で、戦争を勝って見せますからご安心を。アッハッハ!」
大切な娘婿が恨まれる環境なんてわたしが許さないし、孫に恨まれるのもたくさんだ。
突然、豪快に笑いだしたドワーフおばさんである。カレキーさんはそうしておいて、最後には真顔になるとこんな質問をした。
「返済は孫の顔という事でお願いしますよ。いつ頃に見られます?」
「わ、我が家の家訓によれば何事も順番が大事なんですよね。だいぶ先になるかもです……」
「かもじゃないんだよ、つくるんだよ!」
◆
軽い聞き取り調査どころではなく、終始カレキーおばさんに圧倒されながら面会が終了した。
結局、デルテ夫妻の部下が作った借金を軽くしてください、なんて言える空気じゃなかったしな……
言い出したらきっと「わたしの商売を舐めているんですか!」とでも問いただされたかもしれないね。
ふと入り口前のカウンターの側を見やると、けもみみおじさんの店番が立っていた。
けもみみおじさんと言うか豚面の猿人間だった。
金庫番でも任されているのだろうか騎士さまみたいな甲冑姿で腰には太い剣をさしている。
珍しいのでついジロジロ見ていると、あべこべにジロジロ見返されたではないか。
失礼なヤツだな! 俺が全裸じゃないのがそんなに珍しいとでも言うのかっ。
というより、そもそも俺が誰だか知らない感じだ。
「きみ、見ない顔だね。どちらさま?」
「わしはイブ=セイマス=ズィという者だ。カラメルネーゼ奴隷商会からここに派遣されている臨時の従業員だな」
「それにしてはゴツい格好ですねえ」
「今日はわしの当番だからな、警護も兼ねてこの格好だ。わしらオークは勇敢な戦士で知られているからな!」
「ふむ。豚面の猿人間という事は、ブルカ近郊のご出身ですかね?」
そんな雑談をしながら彼を改めて見やると、甲冑のサイズが合っていないのか下腹が飛び出している。
その汚らしい毛むくじゃらの下腹にへそピアスがあるではないか。
奴隷かよ。
さっそく蛸足麗人が手広く商売を始めたのか、屈強な派遣奴隷を手に入れたというわけかね。
「あいにくこの戦争でブルカ伯を寝返った立場なのでな。故郷にはこれでいられなくなったのでゴルゴライのご領主さまのご厄介になっているところだ」
「ははあ……、それでどういった経緯で奴隷堕ちをしたので?」
「誤解を与えてしまったかな。カラメルネーゼ卿とは旧知の間柄なので、卿の旦那が付けて開運をしたというピアスをしているだけで、わしはこれでもれっきとした騎士なのだ。奴隷のピアスとは違って、これは本物の金だぜ」
取り外しもこの通り可能だし、いざという時に換金すれば金になる。がっはっは!
開運へそピアスって何だよそれ、あれ付けてていい事なんて特になかったぞ。
垢がたまるし……
「金を借りたいなら支店長の承諾書をよこせ」
「い、いや借金の予定はないです。ところで、ブルカ辺境伯金貨とオルコス五世金貨の相場は今時点でどうなっていますかね?」
応接室から出てきたので借金の無心だと思われた様なので、適当に話題を変えておく。
何か力士みたいなのが愛想笑いを浮かべると怖いんだよ!
「ちょっと待て、いま台帳を確認するぞ。どれどれ、今朝の時点では一オルコス五世金貨に対して、八・四ブルカ金貨枚だな。この開きはまだまだ大きくなると思うぜ、換金するなら今はオルコス金貨に限る」
「そんなにも?!」
俺が想像していた以上に相互の金貨相場はひどい事になっている。
この市場操作の半分はカレキーさんの仕業だが、これはますますオルコス五世金貨の需要は大きくなるだろうね。
書籍版の修正作業をフィードバックさせて、第1~40話までの原稿差し替えいたしました!




