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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第9章 内政の季節が到来です
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294 枯れるまで絡める手 2

 大きく刃広の長剣を振りかぶって、それを勢いよく巻き藁に叩き付けられた。

 雁木マリは素早く剣を鞘に納めながら振り返ると、苛立ちの表情を浮かべたまま俺に向き直ってこう口にしたのだ。


「お前、あたしにそれを本気で言ってるのかしら?」


 ここはゴルゴライの裏山がある場所のすぐ側に指定された、騎士修道会の駐屯地(キャンプ)である。

 マリたち修道騎士の面々は、そこで熱心に日々の基礎訓練を欠かさず行っていたのだが……


「いやそんな大袈裟な事ではないんだ。娼館と両替商、それに奴隷商人が裏で結託して金儲けをしているという噂を耳にしたもんだから、ちょっと気になって話を聞きに……」

「それあたしが、裏で糸を引いて収益を上げているとでも言いたいのかしら?」

「そんなまさかめっそうもない!」


 怒気を含んだ視線がグサリと俺に刺さるった。

 マリは相当ご立腹の様で、自分が悪事を働いて私腹を肥やしている様にみられているとでも感じたのだろうか。

 あるいはひとりの女性として、娼婦を食い物にしていると俺に見られたとでも思ったのかもしれない。


「仮にも心を許した婚約者にそんな風に思われるなんて、しっ心外だわっ」


 心を許した婚約者……

 何だか聞き取り調査をするのも、そういう言葉を口にされてしまうと申し訳ない気分になってしまう。


「もちろん俺は理解しているつもりだ。マリは俺の大切な婚約者であるし、ひとりの人間としても聖少女としても俺はきみを尊敬している。そんな裏で糸を引く様な存在だなんて、これっぽっちも思ったことはないよ。ハハハ……」

「じゃあ何だって言うのよ?」


 俺の並べたおべっかはまるで通用しませんでした!


「じ、実際問題として、娼婦に入れあげて身持ちを崩した人間が多数出てきていると聞いて、今は聞き取り調査中なんだ。不快に思わせたのなら申し訳ない」

「娼館を利用して娼婦を抱いたのなら、その料金を支払うのは道理というものだわ。娼館は国法及び領主によって認可された立派な商売行為なのよ?」


 それをお前は否定するのかしら。とばかり、不機嫌に鼻を鳴らしながら俺に近づいてきた雁木マリである。

 すかさず手に持っていた手拭いを差し出すと、マリはそれを奪う様にして手に取り、額に噴きだした汗を丁寧に拭き取っていく。

 肌寒い季節だというのにノースリーブのワンピース姿にタイツというラフな姿で、マリ自身も訓練に励んでいたのだ。


「確かにそれはそうなんだけどね。このままじゃ借金地獄で生活苦になった戦士を量産する事になってしまう。そうなれば戦争どころじゃないだろ? 例えばせめてひとり当たりの利用制限を設けるとか、借金のある人間は娼館への出入り禁止にするとか。そういう事は出来ないかな」

「やっぱりあたしの事を疑っているのねこの男は! それと……戦士。商人や労働者ではなく、戦士なのね」

「いやこれは単なる例え話と言いますか。戦士であったり、商人であったり」


 俺はしどろもどろになりながら、汗を拭き終わった手ぬぐいをマリから受け取りながらその後に続いた。

 しっとりとしたマリの手ぬぐいで俺も冷や汗を拭いておく。

 するととても嫌そうな顔をしたマリが頬を膨らませて、どんぐり眼で睨み返してくるではないか。


「あたしたち騎士修道会は本部のあるブルカを追放された立場なの。あたしたちの運営資金がどの様にして集められているか、お前はわかっているのかしら?」

「信者からの寄付金だったかな」

「そうよ。その信者からの寄付金には、娼館からの奴隷娼婦斡旋料や性病予防のための定期健診などの謝礼が含まれているの。ただでさえ大都会のブルカから切り離されて資金繰りに苦しんでいるあたしたちが、修道騎士や従士たちの生活を保障するためにはね、」


 言葉を区切った雁木マリは、ムスリとした顔でベンチに腰掛ける。

 その隣をポンポンと叩きながら「座りなさい」と存外に示しつつ言葉を続けるのだった。

 

「あなたの言っている様な、利用客の制限を設けるなんてもっての他よ。別にこれは資金調達のためだけに言っているのではなく、あなたを守るための事なのよ?」

「というと……?」

「そんな事を実施すれば、娼婦たちの取締りが行き届かなくなって、勝手に路地裏に立つ娘(こ)たちが後を絶たなくなるわ。そうなれば性病が蔓延しても打つ手がなくなるし、欲求を満たせきれなくて駆け落ちする人間や、場合によっては性犯罪が起きる可能性もあるの」


 ようやく「お前」という口調を改めて「あなた」と言い直したところを見ると、少し落ち着きを取り戻したのだろうか。

 周囲でえいこらと撃剣訓練に励んでいた修道騎士の目を気にしながらも、こつりと俺の肩に頭を預けて来るのである。


「なるほどなあ。確かにその通りだ」

「治安維持の観点からも、彼女たち娼婦の健康や生活を守るためにもこれは必要なの。領民が安心して生活できることは、アレクサンドロシアさんの夫であるあなたにとっても、大事なことでしょう?」

「行き届いた配慮、ありがとうございます。無理を言ってわるかったよ……」


 雁木マリの立場からすれば、騎士修道会はその組織の権利を当然の様に行使しつつも、ちゃんとやるべき事をやっているのだという。


 確かに娼婦たちの売春活動を統制下に置く事は治安上・健康管理上も重要ではあるしな。

 誰かが怪しげな性病にかかって、これが蔓延する様な事があっては軍隊の規律も健康もあったもんじゃない。それは戦争以前の問題だ。

 娼館で得た収益の一部が騎士修道会にお布施されるという事実は、娼婦たちを統制するための結果のひとつだというスタンスなのだろう。


 俺は改めてマリの顔を見返し、誰も注目していない事を確認して頭を撫でた。

 今までだったら絶対にいい顔をしなかっただろうに、マリは撫でられるがままに任せつつ、途中で修道騎士たちの接近を察知して真顔になる。


「わっわかればいいのよ。それで戦士と言ったけれど、どこかの領主が部下の借金地獄に困ってあなたに泣きついてきたのでしょう? どこの領主なのかしら?」


 きっと同僚たちの視線を意識しての発言だろう。

 俺がこの件で相談を持ちかけてきた事を知られているので、聖少女の仮面を取り繕ったのだ。


「それは色々な場所からですよ。あちらにもあり、こちらにもあり」

「例えば?」

「だから言えないって言ってるだろう! この話はおしまい、チャンチャン。そうだ、せっかくだから剣の稽古を付けてやろうか。さっきの太刀筋を見ていて気になったことがあったんだ!」


 俺はあわてて話題をそらすことにした。

 露骨すぎる俺の反応に、マリも陳情をしてきた相手が誰なのか探るのは諦めてくれたらしい。

 苦笑を浮かべて近くに置かれていた木剣を二本手に取ると、そのうちのひとつを投げて俺に寄越す。


「いいわよ。容赦なく打ち込んでやるから覚悟なさい。全裸最強とか言っているけれど、今のあなたは全裸じゃないわっ」

「当たり前だよ、全裸で戦場に出かける頭のおかしいヤツがいるものか!」

「それは負けた時の言い訳かしら?」


 いつだって結果的に最後には全裸になるまでボロボロになって戦っているだけだ。

 俺は全裸だから最強なんじゃなくて、全裸になるまで戦って最後まで立っている事が出来た運がいいヤツだ。


「婚約者としてそういう態度は恥ずかしいばかりよ! 全裸にならなかった事を後悔させてやるんだからっ」

「うわ待ってやめろいきなり反則だろ、手加減なしかよ?!」

「キャン、あなたこそ手加減しなさいよねっ」


     ◆



 お堀と防風林の外に広がっているゴルゴライ新市街の一角に、カレキーウォールズ商会はあった。

 丁度いくつか並んだ娼館の間に挟まれる形で商会があるものだから、こりゃ確かに金策に困れば駆け込みやすい並びになっているのがよくわかる。

 その隣は奴隷商会になっていて、こちらは蛸足麗人の経営しているそれだ。


 ついでに周囲をざっと見まわしてみると、向かいには同じ様に娼館があったり、娼館の経営している酒場や騎士修道会の詰め所まで立っているのを発見して、俺は絶句した。

 何という計算された配置なのだろう。

 酒場で気を大きくした逗留者たちが、流れるように娼館にやってきて金を落とす。馴染みの娼婦でもいるものなら、酒場で待ち合わせをすることもあるのかもしれない。

 あるいは懐事情が厳しい場合は、すぐ目と鼻の先にある両替商にやってきて融資の相談を受ける事も可能なのである。


「閣下。この度のシャブリン修道院における会戦の大勝利、本当におめでとうございますよ」


 真新しい造りの木造のお店を訪ねてみると、満面の笑みを浮かべたカレキーおばさんが俺を迎え入れてくれた。

 本当に、どこで俺が訪ねてきたのを見ていたのかというぐらい、従業員そっちのけでいの一番に顔を出したのである。


「い、いやあそれほどでもありませんよ。これもみなさんのご支援ご協力があっての事、カレキーさんも変わらずお元気そうで」

「わたしも今じゃ隠居の身。このゴルゴライの支店だって長女夫婦に任せているし、あれだけ心配だった末の娘(モエキー)も、閣下に嫁いだのでもう安心だ」

「と、嫁いだ……」


 いつの間にそういう話になっているんですかねえ?!

 もしかすると大正義カサンドラとモエキーおばさんとの間で、密約でもすでに交わされているのかもしれない。ハーレム大家族は今後もカサンドラのさじ加減でますます大家族になるのでは、と俺は疑念を抱いた。


「どうしたんだい。さあさあ、そんなところで突っ立ってないで、奥の応接室においでください。ここは閣下の義実家でもあるのだから、ゆっくりくつろいでくださいな」


 ハハハ、義実家だってよ……

 まるで俺が会話を挟む余地も与えられず、あれよあれよいう間に店の奥にある応接室へと案内されたのである。


「さて、ご融資させていただいたウチの末娘(カレキー)は閣下のお役に立っておりますでしょうか?」

「もちろんモエキーおねえさんはよくやってくれていますよ」

「そうでしょう。最近も税の貢納時期が迫ってきたというので、さっそく閣下のお役に立つのだという話を娘から聞いたところでしたからねえ」


 うっ。さっそくにも、モエキーさんの報告書に書いてあった訴えに切り込んでこられてしまった。

 俺としては、出来れば先にデルテ騎士爵から訴えのあった借金地獄の騎士の件を斬り抱いておきたかったのだけれど、さすがに交渉術では年の功のぶんだけ経験豊富なおばさんには叶わない。


「近頃は貨幣の相場変動も落ち着かないでしょう。長女夫婦に任せきりというわけにもいかなくて、わたしも色々と気を揉んでいるのですよ?」

「例の件については、一元管理の税収調査を実施せよと、うちの領主奥さんから命令がありました。経験のある俺の部下に詳しい段取りを決めさせることになっているので、少しお待ちください。近日中には折り返し使いの者を走らせると思います」

「それはそれは、素早く動いてくださってわたしもありがたい限りですよ」


 ニッコリ満面の笑みをカレキーおばさんが浮かべたところで、応接室にこの商会の支店長を務める長女がやって来る。

 名前はシルキーウォールズさんだったかな?

 お盆にはいかにも豪華そうなガラスの酒杯とぶどう酒だ。酒にしてもサルワタ界隈で作られている皮かす入りのそれじゃなく、オッペンハーゲンあたりの高価なもので間違いない確信。


「わざわざ閣下にお越しいただいたのに、こんなものしかご用意できなくて申し訳ありませんねえ」

「い、いえいえ。これ高級品でしょう?」

「クロードニャンコフ卿から小耳にはさんだのですが、閣下はぶどう酒が大の好物だという事で。せめてこちらで喉を潤してくださいな」


 いったいどういう誤解があっての事かは知らないが、俺は確かにこのファンタジー世界に来てから出来るだけぶどう酒を選んで飲むようにはしている。

 ついでに聞き逃せない言葉があったとすれば、オッペンハーゲンの公商会で商いをしていたドラコフ卿の弟さんの名前が出た事だった。

 なるほどクロードニャンコフ卿の前で、俺がオッペンハーゲン産の酒を美味いと褒めた事があったのは確かだぜ。


「商売仲間同士の情報共有というのは侮れませんね。確かにオッペンハーゲン産の高級ワインは舌触りもよ

く、それでいて後口にガツンとくるものがあった」

「ゴルゴライに支店を出している商会はこの土地じゃ新参者ばかりだからねえ。今はこんなご時世だし、相場も定まらないありさまじゃ、お互いに情報を融通しあうのは当然ですよ。わたしだって何十年とお商売をやらせてもらってきた手前、閣下からお預かりした領地経営の資金を、有効活用しなくちゃならない」

「その点は信頼していますよ」


 精一杯の笑顔を浮かべてカレキーおばさんを見返したところ、


「そう言っていただけるのはありがたいねえ。そのためにも、閣下にはこの戦争をぜひとも勝ち抜いていただかなくっちゃね」

「もちろんそのつもりですっ」

「サルワタお貴族のみなさまにはご融資させていただいたぶん、利息を付けてしっかりと儲けさせていただかなくちゃいけませんよ。わたしは孫に資産のひとつでも残してやるのがたのしみなんだ」


 とんだ藪蛇である。

 我が家の家訓は「何事も順番が大切」というものなので、お孫さんの顔を見るまではだいぶ時間がかかります。おばさんには長生きしていただかなくてはい困るね!

 そういう問題ではない。


「どうぞごゆっくり」


 シルキーさんは終始俺たちの会話を静かに聞きながら、俺に上等なぶどう酒を注いでくれるとそのまま退出していった。

 けれども入ってきたときの入り口方面ではなく、抜け出たのは奥の方である。


 してみるとこの応接室、奥の部屋に控えの間が用意されている事になるわけだな。

 俺も近頃は五感が鋭くなったのだろうか、黄色い花嫁やけもみみ奥さんほどではないにしても以前よりずっと周囲の音や空気を敏感に察知する事が出来るのかと驚いたぐらいだ。

 奥にある控えのまで、くぐもったヒソヒソ声が聞こえてくるのが分かった。


 その当たりの事を酒杯を持ち上げながら眉をひそめて観察していると、おやという表情で俺の行動を観察してるではないか。


「どうされましたか閣下?」

「カレキーさんは、いつもこうして来客の対応をされているのですか?」

「なんてったって今のわたしはご隠居身分でしょう? 長女夫婦はゴルゴライにお店(たな)を出したばかりで慣れてもらうために、お客さまのご相談は任せきりですよ」


 けれども、と前置きをしたカレキーおばさんは、俺の態度を確認するように言葉を続ける。


「今日のご来客はシューターさまですからね。お貴族さまで、娘の婿である閣下を長女夫婦に任せておくのでは失礼にあたりますから、わたしがお相手をと思ったんです」

「カレキーさん。あなたは入口カウンターの奥にある路上に面した窓から、いつも来客を眺めておいでですね? だから俺がこの商会に訪ねてきた時も、あわてて顔を見せてくださったわけだ。仮にも俺はこの土地の領主奥さんの夫で、シルキーさんご夫妻には荷が重いとでも思ったわけだ」


 俺が微笑を浮かべてそう質問をしたところ、真顔のままのカレキーおばさんは俺をまじまじと見返してきた。

 それを無視するように高級なガラス酒杯を口に運んで、オッペンハーゲン産のガツンとくるぶどう酒で舌を濡らしておく。

 このファンタジー世界では何かにつけて昼間からも酒を呑む習慣があるけれど、それは飲料水のかわりでしかない。

 まさかニシカさんでもあるまいに、酔って交渉事を無駄にするわけにはいかないのだ。


「普段ならばこれを相手にするのはシルキーさん夫妻だ。見るからに人当たりもいいし、ニコニコ接客顔で応接室に迎え入れる」

「……」

「上等なお酒なんかを出された日には、もったいないからそりゃあ飲み干してしまうでしょう。いくら貴族軍人だろうが戦士だろうが、油断が生まれるかもしれない」

「…………」

「そうして融資の相談を受けるフリをしながら時間稼ぎをしつつ、奥の部屋に控えている従業員を使って、あなたが来客に融資可能かどうかを判断してたんじゃないですかねえ」


 もしかすると奥の部屋は裏口つながっている可能性すらある。

 時間を稼いでいる間に、そこからおばさんの指示を受けた従業員がコッソリ近所の娼館に走って徴募で身元確認をしている可能性もある。


「違いますかね?」

「あっはっは、あっはっはっは! こりゃ愉快だねえ。確かにわたしは路面の窓から、閣下がやってくる姿を見ていましたよ。今日はタンヌダルク夫人と一緒に繁華を歩いておいでだった。奥さまは今、向かいの酒場で待たせておいでですね?」


 キリっとした表情で俺がカレキーおばさんを見返したところ、とたんにカレキーおばさんが大笑いをして手を叩いたではないか。


「やっぱりそうでしたか……」

「閣下もおひとが悪いですよ。そのカラクリは誰に聞いたんですかね?」

「企業秘密ですよカレキーさん。交渉相手にはすぐに手の内を見せないものじゃないですかねえ」


 これは、むかし俺が金融機関でバイトをしていた時に聞いた、ネットも自動審査機会もない時代に実際やっていた即日審査のカラクリだった。

 どうでもいい融資確認のためのチェックリストで時間稼ぎをし、その間に業界のリストで過去に問題点があるかないかという情報を照会するわけである。電話でね。

 俺は金融業界に詳しいんだ! ちょっとだけ……


「それで、今日はどういったご融資をわたしはさせていただけばいいんですかねえ?」


 ギロリとドワーフ特有の大きな眼を俺に定めたカレキーおばさんは、さっきまでの笑い顔を取っ払ってずいとソファから前に身を乗り出したのである。



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