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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第9章 内政の季節が到来です
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286 進むべきか引くべきか、それが問題だ

 この道をだどり十日余りを進めば、その先にはオルヴィアンヌ王国の首都に到着する事が出来る。

 だがその道程の間には依然としてブルカの街が存在し、今も戦争継続中の俺たちの前に大きく立ちはだかっているのだ。

 あのオレンジハゲは捕縛する事が出来たけれども、ヤツには懐刀のツジンと、後継者とかいう嫡男のフレディマンソンとかいうのがいるから油断はできない。

 ブルカ辺境伯領が存在し、辺境の富と権力がそこに集中している限りは俺たちにとって平和と安寧は先延ばしにされているのが現状である。


「とは言え、冬の気配はもうすぐそこまで来ている。しばらく戦争はお預けになるのかな……」


 ある朝の事だ。

 要塞都市と化したゴルゴライの防柵からせり出した物見やぐらの上にいた。

 ここからは残敵掃討に出撃するどこかの領兵や、被災民たちを誘導する野牛の兵士たちの姿があった。それを見やりながら、大きくため息をついた。

 そうすると、吐く息に白いものが混じった。

 季節は十月の下旬へとさしかかり、早朝ともなれば日によってはひどく冷え込む時期が到来したのだと教えてくれる。気温は五度前後まで落ち込んでいるんじゃないだろうか。

 この先に待つのは、辺境を白くされた世界へと変貌させる冬が待っているのだ。


「あのう、シューターさん」


 ふと、そんな声が俺の背後から聞こえた。

 振り返れば上品な赤のケープを身にまとった俺の正妻カサンドラが、微笑を浮かべながら近づいてくるのが見えた。

 背後には文官として雇ったはずのモエキーおねえさんが、まるで側仕えの女官の様に従えていてその手には外套の様なものを差し出しているではないか。


「近頃は随分と朝も冷え込む季節になってきましたので、お召し物を」

「うん、ありがとうね」

「全裸を貴ぶ部族の戦士さまと言えど、冬はお風邪を引くかもしれません。不本意かも知れませんが、せめてこれを……」


 目礼して外套を差し出したモエキーおねえさんからそいつを受け取った大正義カサンドラは、妙な誤解と極上の微笑を浮かべて、俺の肩に外套を被せてくれるではないか。

 カサンドラとケープと同じ様に、俺の外套も紅に染め抜かれた外套だ。背中には大きく野牛の一族を示す象意化さらた牛頭が刺繍されていた。


「俺だって好きで全裸で転生して来たわけじゃないからね」

「女神様のおわす世界は、きっとこの辺境よりも気候がいいんですね。うふふ」


 かつては猟師の娘に過ぎなかった俺の正妻カサンドラは、少しばかり痩せて人生の苦労がその頬に見えている様な少女だったけれども、おかげさまで俺の人生が多少なり上向きになるにつれ、血色も良く健康的な美少女へと様変わりしたものだ。

 今ではサルワタ貴族と呼ばれる俺のハーレム大家族の一員として、いやサルワタ貴族の有力者であると盟主連合軍の誰もが認識している。


「わ、わたしも殿方に気配りの出来るカサンドラ奥さまみたいに立派な妻になるかも、です」

「モエキーさんも花嫁修業をすれば、旦那さまの立派な奥さんになる事が出来ますよ」

「それは確定路線なのかよ……」


 ついでに言えば、カサンドラはさる良家のご令嬢として育てられた、押しも押されぬ本物の貴婦人だと賞賛されている節すらある。

 そんな噂を本人が聞けば顔を赤面させて、きっと全力否定する事だろう。

 けれども以前からのカサンドラを知っている人間たちは、面白がっているのだろうかその噂とやらを助長する様な態度をとっているから面白いものだ。


「ちなみにその噂の出所が、ラメエお嬢さまというのが面白いね」

「ラメエちゃんがどうしたのですか?」

「いやほら、さ。先ほどラメエお嬢さまの率いるオホオの領兵たちが、隣の村へ接収に向けて出立したところだったよ」


 どうやら俺の脳内妄想がダダ漏れだった様だ!

 あわてて話題を逸らすために適当な事を口にした。


「まあ。難民のみなさんをゴルゴライまでお連れするためですか?」

「オレンジハゲは戦争捕虜にできたし、ツジンの率いる援軍も撃退することはできたけどね。戦争そのものが終わったわけじゃないからね」


 俺とカサンドラは並んで眼下のゴルゴライ郊外を見やった。

 幾重にもわたる防備の補強をしたために、天幕や掘っ立て小屋やら防柵に拒馬が不規則に展開されている。

 その一角にサルワタ貴族と近頃揶揄されている俺のハーレム大家族のための幕舎があるのだ。

 家族で定例になっている朝一番のおっぱい体操とやらを済ませたラメエお嬢さまが、俺に向かって元気いっぱいに手を振ってから出征していったのは、ほんの数分前の事だった。


「冬のうちにこの防御陣地の一部を解体して、永久要塞にするための堅固な城壁を築き上げるという話しだよ」

「村長さ……ご領主さまが、昨夜その様な事をおっしゃっていたのですか?」


 ニッコリ笑ったカサンドラが、振り返って俺を見上げて来た。だが眼が笑っていない。

 俺が昨晩にアレクサンドロシアちゃんと家族の寝所を抜け出して、ふたり執務室で過ごしていた事を指摘しているのだ。


「モンサンダミーによればブルカ領軍の戦力にはまだまだ余裕があるらしいからね。女領主さまはその事を苦慮されていたんだよ」

「むつかしい事はわたしにはわかりませんけれども、軍議をするとシューターさんは腰を悪くなさるのですね」

「…………」


 微笑を浮かべた大正義カサンドラは、無意識のうちに腰をさすっていた俺の手について、ピシャリと指摘をして来たではないか。

 表情が「昨夜はお楽しみだったのですね」と物語っている。わざわざモエキーおねえさんの前で言わなくてもと思いチラリとカサンドラの表情を見たら……

 怖い確信。


「ほ、ほら近頃馬に乗りっぱなしだったからさ、未だに乗馬は慣れないもんだね。ハハハ」

「わたしはその前の晩にかわいがっていただけたので構いませんけれども、何事も順番と言うものが大事です」

「う、うン……」


 俺の言い訳などお見通しとばかり無視されて、グサリと切り返されてしまい、俺はペコペコと謝罪する羽目になってしまった。


「ふふっ、何も謝罪する必要はありませんよ。ただ、アレクサンドロシアさまは領主さまですので、これは特例です。けれどそろそろ、ベローチュさんの事についても眼を配って頂いた方がよいかも知れません」


 俺に代わって夜の乗馬で痛めた腰をさすってくれるカサンドラがそんな事を言う。

 男装の麗人ベローチュは、俺の奴隷という立場で護衛任務から現場指揮官、見えない場所では情報収集の責任者として大変尽してくれているよく出来た女であることは間違いない。

 そしてきっと、俺の知らないところで行われている家族会議とやらで、次はベローチュの番だとでも決定が下されたのだろう。


「さ、さしでがましい様ですが、ベローチュさんのこれまでの功績にご褒美をお与えくださればと」

「ご褒美、ですか」

「彼女は奴隷としてわたしたちに一歩引いた態度で尽してくださいますので、ご自分では切り出しにくいと思うのです」


 いつでも自分はウェルカムです、などと普段は軽口をたたいているけれども、よくよく考えてみればそういう欲求を、ふたりになったとしても決してしてくる人間ではなかったからな褐色長耳は。

 してみるとどこか遠慮があるところのある男装の麗人に気を利かせて、カサンドラが家族会議の議題に持ちあげたのかも知れない。


「だっ旦那さまの方からリードするのがよいと思います」

「わ、わかった。タイミングを見て彼女とご褒美の件を話してみるとするよ」


 何だこれ。

 これがファンタジー世界の世間一般で行われる夫婦の会話なのだろうかと俺は疑問符を頭に浮かべながら、大正義カサンドラとそんなやり取りをしたわけである。

 何故かカサンドラも頬を朱色に染めており、俺もまた照れくさそうな顔をきっとしているのだ。

 これからも、ますますハーレム大家族で暴れん坊をしなければならない吉宗であった。


「そろそろ幕舎に戻りましょうか奥さん。朝の軍議はそろそろはじまる時間かな?」

「はい旦那さまっ」


 そんな俺たちの背後で「美しい夫婦愛、かもです!」などと意味不明に納得しているモエキーおねえさんがチラリと視界の端に映った。

 君も他人事みたいな顔をしているけど、そのうちカサンドラの内示が下るかもしれないんだからねっ。

 

     ◆


 物見やぐらを降りて仮設の商店や倉庫が立ち並ぶ新市街とも言うべき場所を通り過ぎると、俺たちは領主館に向かった。


 今のゴルゴライには妙な活気が備わっている。

 一応は辛くも戦場で勝利を得たというのも理由のひとつなのかもしれないが、同時に多くの人間がこのゴルゴライに屯流して生活をしているからだろう。

 一部では本来の村の外側で、仮設の建物ではなく恒久的な家屋や施設までもが建設されているのだ。

 たくさんの労働力が集まっている今のうちに、いざブルカとの戦争が継続した際に備えて、女領主が村の増築に踏み切ったわけである。


「こうなると、もはやゴルゴライは村ではなく街という区分になる、かもです」

「そうなのですか?」

「はいカサンドラ奥さま。街と村の違いというのは集落を守る城壁の有無かもです。そうすると今のゴルゴライはアレクサンドロシアさまがお命じになって、木の防柵と組み合わせる形で堅牢な城壁をゴルゴライの外縁で作らせています」


 俺の後ろについて歩いている女性ふたりが、そんなやり取りをしていた。

 ずっと以前に俺もその定義の違いについて女領主から教わった事があった。


「市壁を有する住宅密集地は、国王に対して特別な税を納める必要があるとかないとか、そういう話だったかな?」

「国法によって取り決められているかもです」

「なるほど。アレクサンドロシアちゃんは以前、サルワタの湖畔に築城をお命じになった時は、城下の集落をどうやって防護するのか悩んでいたからな。今ならば支配する地域が増えたから、税収にアテがついたのかもしれない」


 今も古くから村のあった密集地域には朝早くから往来がたくさんあって、朝の市場を開くために人々が商品を並べている姿があった。

 さすがに戦時下であるから商売相手は村の住人という事は無く、商魂たくましい行商人たちが仕事終わりの娼婦や非番の兵士を相手に妙な土産物を売っているみたいだ。


 すれ違う諸侯の領兵や騎士と挨拶を交わしながらふと足を止めてみれば、どこかで見た事がある木彫りの人形が並べられた露店があったのだ。


「はいサルワタ特産のゴブリン人形、ゴブリン人形だよ。こっちは職人が手間暇かけて彫ったヒノキのゴブリン、でこっちが希少価値の白磁のゴブリン。どっちも銅貨二〇とお買い得だ!」

「…………」


 商魂たくましい商人は、俺の事をカサンドラの護衛についている兵士とでも思ったのだろうか。

 ゴブリン人形を持ち上げて、しきりに売り込もうと声をかけてくるではないか。


「兵士さん、おひとつどうですか。これからはゴブリンの時代ですよ。何てったってこの土地の領主さまはゴブリンだからね。ゴブリン崇拝をしていますというアッピールになると思いますぜっ。アッピール!」

「アレクサンドロシアさまはヒトとゴブリンの愛の子、ゴブリンハーフだ。ついでに言うと、その領主さまは俺の奥さんだ」

「またまたぁ、兵隊さんの冗談はバチ当たりですぜ!」


 駄目だこりゃ。

 商魂たくましい行商人はゲラゲラと笑ってゴブリン人形を陳列に戻すと、ふたたび他の行きゆく人々に声をかけるではないか。


「そんなに俺って庶民派に見えるかな?」

「いいえ、そんな事は無いですよ。シューターさんはとっても立派な全裸を貴ぶ戦士さまです。ね、モエキーさん?」

「もちろんです! 服を着ていても心は全裸かもですっ」


 かもじゃないんだよ、服着てるんだよ!

 俺は振り返って奥さんたちに救いを求めたが、女神様は全裸を貴べとお告げを下した様だった。


     ◆


 さて問題なのは朝行われた作戦会議の行方だった。

 様変わりしつつある要塞都市ゴルゴライの中で、以前と変わらないものがひとつあるとすれば、それは領主館の姿だろう。

 かつてゴルゴライを治めていたハメルシュタイナーは村の経営手腕については間違いない人間だったらしく、サルワタの村長屋敷に比べればよほど立派な建物だった。

 それでも今アレクサンドロシアちゃんが執務室に使用している場所では、諸卿を集めた作戦会議では収容不可能なので、何かの話し合いが行われる際は食堂を利用する事になっていた。


 ここならば甲冑姿の諸侯のみなさんが集まっても、どうにかこうにか着席する事が出来るのだ。

 そうして贅沢な一枚板でつくられたテーブルに三々五々とお貴族さまたちが集まったところで、作戦会議が開始である。

 ただし、朝にめっぽう弱いのかアレクサンドロシアちゃんがいるべき上座に並べられたイスのひとつは空いており、その隣にマリアツンデレジアがしかめ面をして座っているだけだった。

 ちなみに俺とカサンドラの席はテーブル右側の一番手前、その向かい合わせにはオッペンハーゲン男爵のドラコフ卿が腕組みをして座っているという具合だ。


「あ~ら、ドロシアちゃんの姿が見えないんだけれども、どういう事かしらぁ」

「アレクサンドロシアさまにおかれましては、昨夜遅くまで軍議を行っておりましたので、少し朝のご支度が遅れております」


 ドラコフ卿の隣に着席した男色男爵の質問に、困った顔をした男装の麗人がそんな風に耳打ちしている姿があった。

 そうするとふたりして俺の方をチラチラと見てくるし「お盛んねぇ」「いえ軍議です」などという旧主従のやり取りも漏れ聞こえてくる。

 恥ずかしいったらありゃしない!


 そうして視線を外したところで、カツカツとブーツを響かせながら赤のマントを翻してアレクサンドロシアちゃんの登場である。


「あいすまぬ、諸卿らにおかれてはしばし待たせてしまったかの」


 余裕の表情で着席して見せた俺の第三夫人アレクサンドロシア卿であるけれど、見ればその顔に薄っすら化粧が載っているではないか。

 きっと夜中に長いこと軍議を重ねていたものだから、疲労の顔を隠すためにそうしたのだろうか。


「遅いですのよアレクサンドロシアさん。すでにラメエ卿の軍勢が斥候のために出立した後ですの!」

「なにぶんサルワタは部下の数が足らず、わらわもあれこれと指図せねばならんのだ」


 そんな軽い応酬をマリアツンデレジアとやり合ったところで、大きく頷いて見せる女領主である。

 会話の続きを受け取ったマリアツンデレジアは、諸侯一同を見回してこう言った。


「本日の議題は、秋を迎えるにいたって今後わたしたち盟主連合軍がどの様にブルカとの戦争を継続していくかですの。こちらにはブルカ辺境伯の身柄があり、先の会戦では勝利を得ることができました。けれども戦争継続をするためには決定的な戦力に乏しいとも聞いておりますの」


 チラリと俺に視線を送ったと彼女は、俺がコクリと頷いて見せたところを確認して言葉を続ける。


「このまま諸隊を再編成してブルカ領内に侵攻するのか。あるいは、ブルカとの領境線を策定して戦いを次の春に持ち越すのか。盟主連合軍のみなさんに広く意見具申をもとめるものですの!」

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