閑話 ニシカ夫人の恋人 後
街の中は思ったより閑散としていたね。
前に来たときゃ往来を馬車や人間が、それこそゴミの様にうごめいていたもんだ。
お前ぇはアリの巣をほじくり返した事があるか。ん?
アリ塚ってのはほじくり返しておくと、そいつを修復するためにアリどもが巣の外にわらわら出てくるのよ。
そうするとデカいオオアリクイがやって来てそいつを平らげる。
オレたち猟師はそいつを狙って簡単に仕留められる寸法なんだが、前に見た街の歓楽街はそんな人ごみの具合だったね。
それがどうだ、今じゃオオアリクイがアリ塚を食い荒らした後みてぇに、人間がまばらだぜ。
「ここがカラメルネーゼの実家がやっている奴隷商会の場所か。立派なもんだぜ、猟師小屋十戸ぶんぐらいの大きさだな!」
蛸足ネーゼに聞いていた住所に従って南門付近の大通りを歩いていると、すぐにも奴隷商会の場所はわかった。
石造りの立派な建物だが、扉は閉じられていて静かなもんだぜ。
遠慮なしに中に入って周囲を見回すと、入り口側にある帳場か番台の様なものがあってそこにゴブリンが座っているばかりだ。中はひとの姿は無かった。
だが周囲にいくつか人間の気配は感じる。
奴隷どもは上の部屋に待機しているのか、あるいは地下にある牢長屋にでも繋がれているのだろうと辺りをつける。
使用人も奥で作業をしている雰囲気があるぜ。
「……これはこれは、高貴な身の上のご婦人さま。本日は当商会どういったご用向きで」
「スルーヌ騎士爵夫人のニシカだ。話は通っているはずだぜ?」
「はい、それではお預かりします」
オレ様が胸元をまさぐって金属で出来た販売許可証をカウンターの上に乗せると、ゴブリンは静かにそれを受け取るじゃねえか。決められたやり取りは、きっとブルカ領の南の街から飛ばした伝書鳩で届いていたらしく、顔色ひとつ変えずに対応するのが気持ちいね。
このゴブリンはいいゴブリンだぜ。
サルワタの開拓村にいる様な出来の悪いゴブリンじゃこうはいかねぇ。
「なるほど、確かにニシカ奥さまは当商会の買い付け商人でございます」
「ご託はいい、しばらくまともな飯にありついていないので、何か食い物と飲み物を用意してくれ……おっと酒はナシだからな?」
「心得ております。おい、ニシカ夫人に温かい食べ物を用意しろ!」
すぐにもゴブリンの番台野郎が叫ぶと、使用人がふたりほど顔を出して、そのうちのひとりが「わかりました!」と返事をした。
もうひとりはそのままカウンターに向かって、番台野郎と入れ替わる。
「申し遅れました、わたしは主に代わり当館をお預かりしている大番頭のッスピーディーワンダーです」
「ゴブリンで番頭のテッペンまで上り詰めたんだ、ずいぶんと苦労したんじゃねえのか。え?」
「そういう事もありましたな。けれども、女手ひとつで森の切り盛りをしているニシカ奥さまほどではございません」
「カラメルネーゼからはそういう風にオレの事を聞かされていたのか」
お貴族さまにする様な礼節の態度をしてみせたスピード野郎をしげしげと見やると、
「ところでニシカ奥さまは、」
「?」
「主から送られた伝書によりますれば、片目に眼帯を付けておられるという事でしたけれども」
「そいつは旅中に悪目立ちするといけねえからな、外しているんだぜ」
背中に背負ったズタ袋をポンポンと叩いて、オレはそう返事をした。
村や外交使節をやっている時や戦場ではいつもアイパッチをしていたけれどな、ブルカに舞い戻った敗残兵や工作員の連中といつ顔を合わせるか知れねえ。
オレ様だって馬鹿じゃねえから外しておいたのさ。
「するとニシカ奥さまの眼帯はファッションアイパッチだったのですねえ」
「そうだぜ、オレはシューターがメロメロになるほどファッションにはうるせえんだ」
ここはひとつ相棒の夫人らしく、品位というものを落とさない様に心がけねばならねえ。
少々気取ってクルリとその場で回って見せたところで、ニッコリ笑ってオレ様を見返してくる。
「…………」
「何とか言えよッ!」
「ベストレ染めのチュニックがよくお似合いです、ニシカ奥さま」
間を置いてそんな世辞を言って見せた、スピード野郎。こいつは上等な仕立てのおべべを着てやがった。
絶対オレ様のファッションセンスを馬鹿にしているだろ手前ぇ!
返事がねぇ……
◆
「オレたちが今欲しがっているのは、この街で起きている政変とお偉いさんたちの動向だ。商人というのは情報が時には金に化けるというからな。その辺りの事はぬかりなく手前ぇらは調べを付けてるんだろう。ん?」
温かい飯とやらを待つ間に、オレ様は応接室へと通される。
相手をするのはスピーディー野郎だ。
「ニシカ奥さまのご見識通り、情報を誰よりも早く握る事は商機を誤らないためには必要な事です。わが商会の主よりその点のご命令も受けておりましたので、使用人たちに市中の動きと商人たちの噂を集めさせております」
「話が早いぜ。お、オレも自分の伝手で調べは続けるけどよ、こういうのは答え合わせをしておいた方が正確性が高いってもんだ。行商人に」
「当商会は高貴なお方や裕福なお方が利用される場所ですので、確かに領民と直に接する行商人を使って情報集めをするのは、賢い方法ですね」
「フフン」
「ニシカ奥さまはご家中で情報収集を担当する奥さまだと聞いておりましたが、なるほどさすが」
主に酒場でな! とは間違っても言えねえ。
オレが何もしないで蛸足ネーゼの商会に丸投げしていると思われると癪だぜ。
あわてて行商人のタマランチン野郎の顔を思い出して、対面だけは取り繕っておくことにした。お、オレが役立たずだと思われると、夫である相棒が役立たずと思われたらいけねえからな……
「これからそいつを、王都の偉いさんの元に届けてほしいと預かっているだがよ」
「わが商会からこれを、王都にお届けすればよろしいと言う事でしょうか。王都のお貴族さまか、あるいは本店でしょうか。その点はお言葉を賜っていませんか」
「いや何も聞いちゃいねえ」
蛸足ネーゼから預かった信書を差し出すと、スピード野郎は封を解いて中身を吟味していた。
「確かあの蛸足の親父というのも、王都で商いをやっているんだろ?」
「さようでございます。わが主は本家の辺境における商流拡大のために、少し前にこのブルカに店を構えられたのでございます。書類の上では別個の商会ですが、元をただせば人員も大半が本店からの応援です」
名前の長い奴隷商人とは違って、この店の応接室には高価な壺は特に並んでいなかった。
代わりにあるのは見た事もねえ様な道具があれこれと並べてある。
だがひとつだけ書類棚の上に鎮座しているものだけは、学の無いオレ様にだってわかるぜ。
あれは魔法の砂時計だ。
「ブルカ辺境伯さまの、あらゆる罪状を書き連ねたものでございますね。辺境他領における野盗行為の奨励、公認商を通さぬ奴隷の密売に娼婦の斡旋、他家のご家中に対する政治介入。相違ありませんか?」
「内容に何を書かれているのか知らねえが、だいたいオレ様が見て来た事と同じだな。それで間違いない」
「弾劾状という事であれば、やはり本店の会頭にお渡しするのがよいでしょう。会頭は国王陛下より子爵号を賜ったお貴族さまの一員ですので」
「そうしてくれ、任せる」
「それでは会頭に宛ててわたしの書付を添えたうえで、蝋印をいたしましょう。さてどうやってこれを王都に運んだものですかね……」
オレ様ならば簡単に市壁はこえらるだろうが、
「街の城門はどこも厳しい検問をやっていたぜ。特に街から出る人間は厳しいのなんのって、そりゃ往生したぜ……ありゃ普通の人間には無理だ」
「であれば、武装飛脚を頼むというのは無理でしょうね。他領に向かう予定の奴隷売買に紛れ込ませるか、あるいは秘密の工作員に書簡を預けると言う方法も考えられますが」
「ふん」
オレが腕組みをしていると、鷲鼻をいじっていたスピード野郎が俺の服をジロジロと見て来やがる。
そ、そんなにオレ様のこの格好が似合ってないのかよ!
文句のひとつでも言ってやろうとしたところ、応接室に入って来る気配を感じたんだよ。
コンコン、ギィ。
「失礼します。あのう、ニシカ夫人のお食事をご用意しました。高貴な身の上の方にお出しするのに、こんなものしかご用意できなかったんですが……」
「ああ、構わないぜ。無理を言ったのはオレだからな。やあふかし芋に、肉の野菜蒸しか。これに酒があれば最高なんだがねぇ……おっと、酒はいらねえ!」
「ニシカ奥さまに白湯をお出ししてくださいますか」
「あっ、はいどうぞ!」
中に入って来たのは、いかにも相棒の野郎が好きそうな匂いがする女だった。
上等なおべべを着てはいるが、間違いなくカサンドラみたいな片田舎の小作か猟師の家に生まれた様な、芋臭い顔をしているぜ。
肉付きもいいし尻がデカいので、シューターなら大喜びをしそうだぜ。
「あのう、やっぱりお貴族さまにはわたしの作ったお食事は、お口に召しませんでしたか?」
「ンにゃそんな事はねぇ。それでどうするよスピードさんよ」
芋は誰がふかしても芋の味だが、加減はなかなか難しいからな。
手に握って、あっさり割れる程度が一番うめぇんだ。これに塩を少々とチーズをかけて食べるれば尚うめぇんだな。
今日みたいに鴨肉と一緒にふかしても、溶けたチーズが絡まってうめぇぜ。お前も試してみろよ。料理が出来ないだって? この包茎野郎が!
スピード野郎の返事を待ちながら、オレ様は垂れたチーズを指ですくってそいつをしゃぶった。
とろけた白い液体が、口の中で広がるんだぜ。お前ぇさんも想像してみろよ。な?
「……うまい!」
「……わたしの名前はッスピーディーワンダーです。ひとつ確実に王都中央へ書簡を届ける方法があるのですが、ビビアンヌさん。例の方をお呼びして下さっても構いませんかな?」
「はい、わかりました!」
上等なおべべを着た田舎娘を見ていたスピード野郎は、ふと何かを思いついた様にそいつに何事かを命じやがった。
すぐにも居住まいをただした田舎娘は、へいこら頭を下げて退出する。
「ヤツは田舎の生まれだってハッキリわかんだね。何しろオレ様も辺ぴな最果てから出てきたからな!」
「あの方はさる高貴な身の上の方のご夫人でございます」
「じゃあオレ様と同じお貴族夫人かよ。旦那はシューターの野郎みたいに女好きに違いねぇな」
「どちらのご家中かまでは存じ上げませんが、没落後にご夫婦で助け合って悪所で生活をしていた様です。人生は何があるかわかりませんね」
しかしそんな高貴な身の上の嫁さんが、奴隷商会で使用人をしている。
もしかすると旦那に売り飛ばされて、ヘソピアス女にされてしまったのかもしれねえ……
ムシャムシャやりながらそんな事を考えていると、ふととんでもねぇ殺気めいたものを感じた。
尋常じゃねえ。何だよこれは?!
こいつは相棒が殺気立っている時に出す様なヤバい感じのそれだ。
臨戦態勢でいつでも服を脱ぐ野郎の気迫に似ている……
「手前ぇ、まさか蛸足ネーゼを捨ててオレ様を辺境伯に売り飛ばすつもりじゃねえだろうな……」
「はて、どういう事ですかねニシカ奥さま?」
たまらずオレ様は護身の剣に手を伸ばした。
普段は山刀を持ち歩いているが、まさか極秘任務中に正体がばれる様な道具を持つわけにはいかねえ。
してみると普段使い慣れたそれを持っていなかったことを失敗したと思ったぜ。
さすがに相棒より強い男が辺境にいるとは思わねえが、カムラの旦那みたいな厄介なヤツなら、オレではちょっと荷が重すぎる。
獲物相手とはわけがちがうぜ……
「ああなるほど、いらっしゃった様ですかね?」
「何モンだよオイ?!」
オレ様が身構える態度をしても気に留めず、平気な顔でスピード野郎は応接セットのソファを立ち上がって扉の方を向かいやがった。
「だ、誰が来たってんだ!!」
「剣技の腕は王都随一と言われました方ですから、その気迫は扉を通しても伝わったかも知れませんが、あの方なら間違いなく宮廷の確かな筋にお渡しする事が出来ます」
そんな風に言って全力で警戒していたオレを無視すると、スピード野郎は扉をギイと開いた。
さっきの田舎娘と一緒に、偉そうな顔をした金髪の兄ちゃんがそこに立っていた。あれは女村長や領主と同じタイプの騎士さまで間違いねえ。
「やあ、タークスワッキンガー卿。こちらはスルーヌ騎士爵第五夫人のニシカ奥さまです。この度の戦争では騎士のひとりとして、ご活躍なさっていたそうで」
「アレクサンドロシア卿のご家中の方が来られているとお聞きした。お初にお目にかかるニシカ卿、国王陛下より騎士号を拝受しているタークスワッキンガー将軍だ。その立ち居振る舞いは堂に入ったものだ、さぞ武功を上げたのだろうな」
「ちょうどあなたに託したいものがありましてね。こちらへどうぞ」
平民服を着ちゃいるが、腰を折って右手に胸を付けるその姿はお貴族さまそのものの綺麗な動きだった。
殺気めいたものは纏っていたが、こうして見れば野獣のそれとは違て警戒をしているという程度のものだ。
そうしておきながらオレからは視線を外さずに……何だコイツ、オレ様の服を見て視線を逸らしやがった。
似合ってねえとでも言いたいのかよ!
「失礼、ご夫人をあまりジロジロとみるものでは無かったと……」
顔を赤くしたワッキン騎士が、しどろもどろに謝罪を口にしやがる。
「だ、大体脅かしやがって。そんな殺気撒き散らして登場するんじゃねえよ……」
「何しろ市中では辺境伯さまの衛兵が、血眼になって将軍をお探しですので。ご容赦ください」
「フンっ」
してみると咳ばらいをひとつこぼして、ワッキン騎士が続ける。
「俺は常々、騎士たるは公正明大でなければならないと自負している、書簡を王都に届けるのであればぜひ俺に預けてもらおう」
「……お、おう。公正明大、そういう事なら安心して信書を任せる事が出来るぜ」
オレがそう言うと、相手もようやく白い歯を見せやがった。
だがひとつ確認しておかねえとな、王都中央にもきっと明るいこのワッキン騎士さまなら未だ見ぬオレ様の新たな恋人について詳しいかも知れない。
それに酒好きのヤツに悪い奴はいないからな!
「ところでワッキン騎士さまよ。コッチはいけるクチか、ん? よかったら紹介してくれねえか」
(申ω`)♪




