閑話 ニシカ夫人の恋人 前
投降ミスがありましたので、内容差し替えさせていただきました><
旅の道中で検問に引っかかってしまったオレは、乗合馬車を下ろされるハメになってしまった。
「名前はニシカ夫人と仰られるのですか。てっきりお貴族さまかと思いましたら、奴隷商人さんだったのですなあ」
オレ様の体を足先から頭の天辺まで観察したブルカ兵のひとりが、手渡した書類を確認するのもそこそこにそんな発言をした。
まあその感想は間違っちゃいないぜ。何しろ今のオレ様はスルーヌ騎士爵夫人にして、シューターの野郎に仕える騎士さまだからな。
だがそれじゃあ段取りが狂ってしまうので、オレは事前に用意しておいた言い訳を並べる事にする。
「夫人は夫人だが、どこからどう見てもオレは商人さまにしか見えねえだろうがよ。ん?」
「いえいえ、とんでもない! 非常に引き締まった体をされておられますし、何よりとてもお美しく高貴な身の上の者だけに許されるお召し物を着ておいでですから、ついてっきりですね。グヘヘ」
「そうかい、オレが美しいだって? 手前ぇわかっているじゃねえか!」
「痛いですよ、背中をバシバシ叩かないでくださいっ」
まるで警戒心のない態度の番兵で、シューターの部下であれば間違いなくガンギマリー辺りに折檻をされているんじゃねえかと思ったほどだぜ。
何しろオレの胸ばかりを熱心に観察している辺りが頂けねえ。
「そんな事よりもさっさと内容を確認しておくれよ。商売の委任状と販売許可証、それからブルカさまの発行した通行手形だ」
「それでは必要書類を拝見いたしますね。ええと、旅の目的は奴隷買い付けのために辺境歴訪と。戦争がはじまっているこの時期に、奴隷商人というのは大変なんですなあ」
「戦災難民が出た方が、奴隷商人にとっちゃ都合がいいだろうよ」
「ははあ、という事はいったんブルカのお店に戻られた後に、これから辺境東部に向かわれるわけですね? ブルカさまが大勝利した暁には、戦争奴隷も戦災難民もたくさん出る事は間違いないですし。ニシカ夫人、あなたはとても利に敏い方だ」
余計なことは口にしない様にしていたのだけれど、するとこの検問のブルカ兵は勝手に想像を働かせてアレコレとベラベラ喋り出すじゃねえか。
まったく、わけがわかんねえぜ。
「そういうこった、もういいだろうぜ」
「はい。書類に不備はございませんし、販売許可証も確認させていただきました。辺境に平和が取り戻される事と、ニシカ夫人の商売成功をお祈りしております」
「ありがとよ、お前ぇもせいぜい反乱軍に襲われねぇ事を祈るぜ」
検問の気安いブルカ兵にそう声をかけたオレ様は、並ばされて立ち合い検査を受けていた商人連中と一緒に寄合の駅馬車内に戻った。
まったく、極秘の任務というのは面倒くさい事ばかりじゃねえか。
普通に森の中、草原の中を移動してブルカの街に忍び込めば話が早いと思ったのだが、どうやらそういう事をしていると不味いらしい。
シューターの野郎から密命を言い渡された蛸足ネーゼとオレ様は、フクランダー寺院の本陣から険しい山脈を抜けて、分水嶺の反対側にあるブルカ領の南部へとやって来た。
すると、そこではあちこちでブルカ辺境伯の代官とかいうヤツが、兵士を摘発するために村や集落を走り回っているという現場に遭遇したんだよ。
徴兵逃れに逃走する農民どもを逃がさない様にって、検問だってあちこちで実施されてるしな。
面倒くさい事この上ないので、蛸足ネーゼの言われるままにヤツの実家の奴隷商という事にして、これまで北にあるブルカの街を目指して来たって寸法だぜ。
けどよ、蛸足ネーゼはどこからどう見てもお貴族さまだ。
道中は奴隷商人の格好をしてやり過ごしても、最後の最後で市壁をくぐり抜けてブルカの街に帰還する時はどうしても悪目立ちする。
してみるとオレも蛸足ネーゼも市壁を乗り越えて侵入するしかないわけだが、ヤツはあの通り体重がかさばる女だから、これは出来ねえ。
だからどうしたかというと、ひとつ前の街道の分岐で蛸足ネーゼとは別行動よ。
ヤツはヤツで情報収集をするのに、近くの村でまだやっているらしい傭兵集めに参加すると言っていたぜ。
街での募兵や傭兵集めは終わっちまったらしいから、そいつは正しい判断だね。
◆
狭苦しい寄合馬車のシートに腰を落ち着けると、駅馬車は走り出して検問を抜けた。
すると、そこで乗り合わせていた若い商人がオレ様に声をかけてきやがった。
名前は何と言ったかな。
そうだ、タマランチン野郎だぜ。おかしな名前だったから忘れもしねえ。
奴さん道中よほど暇だったのか、寄合旅の始まりは無言だったくせにしびれを切らして話し相手を探していたというわけだ。
「いやあ、戦争がはじまると物流に支障をきたすので往生いたしますねぇ。いや、ニシカ夫人は奴隷商人でしたから、戦争がある方が儲かるのでしたかな?」
「何だ手前ぇ、オレたちの話を聞いていたのか」
「たまたま兵士さまとの会話が聞こえただけで、聞き耳を立てていたわけではありませんよ。ははっ」
こんな調子で若い男はオレに高貴な身の上の人間にやる様な礼を取って見せたわけだ。
正直悪い気はしなかったね、何しろオレ様は本物お貴族さまのご夫人だからな。もっとオレ様を敬ってくれたっていいんだぜ? な?
「タマランチです。主に辺境の南で行商をやっていて、オッペンハーゲンからブルカに至る集落で日用品を卸しておりました」
「行商人という割に、あんま荷物を持っていないんだな」
「それがブルカの領内に入ったとたんに、戦争準備とかで摘発を受けてしまったんですよ。一応は買い上げですがね、あらかたの荷物はそれでなくなってしまいました」
残りは上ですと言って、若い行商人は天井を指さした。
駅馬車の屋根の上に積まれている旅荷の中に、残りの荷物はぶち込んであるんだろうな。
「戦争が終わるまでは領内も通行制限がかかっておりますし、仕入れ先のひとつだったオッペンハーゲンも敵側になってしまいましたからね。しばらくはブルカで大人しくする事になりますねえ。新しい商品の仕入れを考えるいいチャンスだと思っていますよ」
聞きもしないのに、またツラツラと身の上話をはじめるタマランチン野郎だ。
なあお前ぇ。シューターの野郎もそうだが、どうして男ってのは口が達者なヤツばかりなんだろうね。
だがおかげでオレはふと思いついたんだ。
服装は奴隷商人に偽装するってんで、いつもの革チョッキではなく今はチュニック姿だ。胸元に手を突っ込んで例のモノをオレ様は探り出したわけだ。
「ンじゃお前ぇ行商人だったら、こいつをどう思う?」
「木彫りの人形に見えますけれど」
するとタマランチンの野郎は目を丸くして「何ですかこれは」と言いやがった。
見りゃわかるだろう、ゴブリン人形というヤツだ。サルワタの森の開拓村で作られている特産品だぜ。
オレ様は「出所は明かせねえがよ」と言って、横に座っているタマランチン野郎の肩に肘をかけた。
「リンドル宮殿の豪華な応接室に、コレと同じものが飾ってあったんだ。オレ様はわけあってリンドルの御台さまに招かれたことがあったんだがね、それで同じものを何とかして手に入れようと思ったのよ。素晴らしい仕上がりのゴブリン人形だろう。ん?」
「そ、そうですね」
素晴らしいと思います、とかなんとかタマランチン野郎が曖昧な返事をしやがったので、遠慮するなと押し付けてやった。
するとヤツはベタベタとゴブリン人形を握っている。まだ温もりを感じます! とか言って大喜びをしていたから、よほど嬉しかったに違いないね。
「何でも辺境の最果てで作られているモノらしいぜ、ぜひ仕入れて金儲けをするんだな」
「こ、この人肌に暖められたゴブリン人形はいくらで購入させていただけますか!」
「こいつか? そうだな銅貨一〇枚ぐらいじゃねえか」
タマランチン野郎は「安い!」と言いやがったが、確か村長ンところにやって来た行商人はそんくらいでゴブリン人形を買いとっていったはずだ。
お近づきの印にくれてやろうと思っていたのだが、
「ぜひ購入します!」
「そ、そうか。じゃあ買ってくれ」
街に到着したらこのタマランチン野郎に感謝して酒でも飲むとするか。
オレ様はブルカの街で呑んだビールの味が忘れられないのよ。お前ぇもそう思うだろ。ん?




