284 アレクサンドロシアの逆襲 3
「こ、これがいにしえの魔法使いの禁呪に手をお出しになった結果ですこと?!」
カラメルネーゼさんは幌馬車の外を気にしながらも、大人になったッヨイさまを覗き込む様にして大いに驚いて見せた。
彼女にとっては親友であり戦友であり、ついでに俺も共有する奥さん仲間という立場でもあるアレクサンドロシアちゃんに、姿かたちがそっくりな姿をしたッヨイさまがいたものだからそりゃ当然だ。
「では中身はッヨイ子ちゃんなのですか?」
「そうなのです」
「……・まったくドロシアさんとそっくりですわね。ただその、もう少しだけドロシアさんよりも若い感じがする事は、ご本人には言わないでおきましょう。おーっほっほっほ!」
「そ、そうなのです。時間制限付きなのですが、おとなのからだを手に入れる事で、古代魔法級の火力の高い攻撃を実施する事が出来るのです」
場違いに高笑いをしてみせたカラメルネーゼさんであるけれど、すぐにも触手をわきわきとさせながら大人になったようじょに身を寄せた。
ようじょもすぐさま、これは「ないしょのおはなし」があるのだと理解して声を潜める。
「ここはオークの軍隊の幕中なのです。同盟軍の諸侯が行った募兵に紛れたというのは、どういう事なのですかカラメルねえさま?」
「そうなのですわ。ブルカの市壁が思った以上に厳しく警備取り締まりをやっていたのと、すでにあらかたの募兵を完了させていたものだから、作戦を切り替えて情報収集のために周辺諸侯の募兵に手を上げましたのですけれども、」
ブルカ領はとにかく広大だ。
女領主の支配しているサルワタの広域領土と同じ様に、ブルカを中心にして複数の爵位の付帯した領地を治めている大領主であるから、これはもう本来的にはブルカ領邦と呼ぶのがふさわしい広域領土を誇っている。
してみるとブルカ近郊の一帯は、ツダの村がそうであった様にオークの部族が土着している土地というのもあった。
辺境開拓の歴史以前から豚面の猿人間たちはブルカ近郊で生活をしており、恐らくブルカ辺境伯が入封した際にオレンジハゲを助けて、現在はブルカ領内で位階を分爵されて地位を保っているのである。
けれどもかつて貢献したオーク族のブルカ領民たちが、あべこべに今日快く思われていない事も俺たちは聞いていた話だ。
「すでに開拓黎明期に赤髭おじさんへ協力したオークの支配者たちも世代交代が進んで、今は子の時代、孫の時代を迎えているのですわ」
「そういう事もあって、オークのみなさんは随分と不満が溜まっているという有様なんでさぁ」
蛸足麗人の言葉を受け取る様にして、モンサンダミーが補足説明をした。
後々に聞いた報告を照らし合わせると、たまたま同じ考えで情報収集を実施しようとしたこのサルワタ傭兵隊長は、ツダ村の募兵でばったりと顔を合わせたというのである。
「豚面の猿人間のみなさんに、不満が集まっているのですか」
「そうですぜ。今回も厳しい兵士の徴募と物資の調達を厳命された事で、冬にもし不作にでもなれば大変なことになると不満も爆発ですや」
ブルカ辺境伯の所有している爵位は、自らが名乗っている辺境伯位とともに、男爵位をひとつに準男爵位がひとつ、騎士爵位を四つというものだった。
そのうちの大半が、今にしてみれば領境を接する軽輩領主との権力闘争で奪い取ったものだとわかる。サルワタもまた抗わなければ餌食になっていたのだ。
だがオークたちの支配者に与えられたそれだけは、王国の貴族軍人時代に得たものだ。これを勲功あったオークの支配者たちの間で輪番に称号をまわしていたのだそうだ。
かつてそれだけ信頼関係にあったオレンジハゲとオークとの間にどういう理由で溝が出来たのかまで、それを聞いた俺には想像できなかったのだけれど、
「様々な不安はすでに内在していたのですわ。けれどもこのタイミングで騎士修道会のカーネルクリーフ猊下が首を斬り落とされる事件が起きたでしょう」
「そうなのです。その事を調べるためにカラメルねえさまが潜入工作を図っていたはずなのです」
「ええ、調べは付いておりますわ。その事件の黒幕をしていたのは赤髭おじさん、というよりもツジンさまと昵懇の間柄であったデスザビエル大司祭だそうですわね。現在の暫定枢機卿を名乗っている新しい総長猊下ですわ」
そのデスザビエル猊下がブルカ領内の教会堂に大号令をかけて、軍医としてブルカ同盟軍に戦争協力を実施しているのである。
「ツダの司祭さまは大反対だったそうですがね、領主間の争いに武装教団の組織がこれ以上加担する事を。もともとアレクサンドロシアさまに協力すると一旦決めた以上は、これをコロコロと変えるべきではないと。その辺り、熱心な女神様の信者であったツダの村長さまも同意するものでしてね」
「ですので、ツダの村長さんはわたくしたちに対する後方かく乱の協力を申し出てくれたのですわ。この機会にたまりにたまった不満をぶつけてやりますと」
口々に大人になったようじょへと説明をする蛸足麗人と傭兵隊長である。
モンサンダミーはそうしていながら幌馬車を絞めるカーテンの外を覗き込んで、チラリと背後のふたりに振り返ったのである。
「おお、カラメルネーゼ卿はそちらにおられるか」
「へい村長さま。それと頼もしい助っ人がこちらに顔を出しておられますぜ。きっと驚く」
「頼もしい助っ人? あんたんがたの友軍がこちらに到着でもしたんですかな」
そんなやり取りがしたところで傭兵隊長のまくったカーテンを潜って、ひとりのオークが幌馬車の中へと入って来たのである。
まごうことなき豚面をした、いや豚の容姿そのものの猿人間である。
刃広の長剣を腰にさして板金鎧を着こんだ姿は、地獄の使者の様に恐ろしい風体だった。体格も人間のそれよりは相撲取りの様にがっしりとしたもので、腕もとにかく太い。
「お、おはつにおめりかかります! 貴公はもしやゴルゴライ準女爵アレクサンドロシア=ジュメェ卿であらせられるか?!」
「はじめましてなのです。ッヨイはアレクサンドロシア=ジュメェ、」
「やはりアレクサンドロシア卿!」
「……の、妹という事になっているッヨイハディ=ジュメェなのです」
驚いたッヨイさまがあわてて自己紹介を切り出している途中で、豚面のツダ村長が急かしたものだから、自己紹介がおかしなことになった。
そうではなく、と本当は姪なのだが、妹という事になっているので紹介をそのように続けた。
「なるほど! アレクサンドロシア卿に瓜二つ。この様な若く美しい妹御がおられたとは知りませなんだ!」
「あら、ドロシアさんを存じておりますの?」
「もちろん存じ上げておりますぞ。わしもブルカの騎士ですからな、国境にブルカ軍の騎士として参勤しておりました折に、アレクサンドロシアさまのお姿は拝見した事がありますれば」
ただしその事はアレクサンドロシアちゃんは知らないだろうというのだ。
一方的に王国軍の一員として、貴族軍人をしていた女村長を見た事があるという程度の事だろう。
「いずれにせよジュメェの一族がわしらの味方になったのであれば、これほど心強い事はない。もうまもなく総攻撃が開始される頃合いと連絡を受けましたので、各々方もご準備のほどをと伝えに参ったのです」
「そういう事ですからッヨイ子ちゃん、このツダ村の村長さんがオークたちに呼び掛けて後方かく乱を担任してくださいますわよっ」
「わしの名は、イブ=セイマス=ズィと申します。ブルカ辺境伯の騎士号を有しておりますが、ブルカ領軍の間ではナイトオブサラマンダーなどと言われておりましてな。自慢の愛龍たるサラマンダーをお見せいたそう」
サラマンダーという言葉を聞いてギョっとしたッヨイさまである。
当たり前の事であるが、サラマンダーはワイバーンやドラゴンなどと同じ様にトカゲの親戚である。
「養女さま、ナイトオブサラマンダーを味方に付けた事は、千の戦士を引き入れたも同然です。恐らくこれで、わが軍の大勝利は間違いない無しですぜ」
「サラマンダーって、やっぱりあの赤い鱗をしたトカゲの親戚なのですか?」
「もちろんですぜ!」
幌馬車の外に出るところで傷だらけの強面傭兵隊長が大人になったッヨイさまに身を寄せて説明した。
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「と、とても固くて大きくて、黒光りしているのです。思ったよりぜんぜんかわいくないのです……」
何を想像していたのか、初見でのサラマンダーに対するようじょの感想はこれだった。
書物では燃える様な赤いと見ていたのだけれど、思いの外黒々としていて、鱗の一部が少しだけ赤い程度だった。
大きさこの世界の馬よりやや大きいサイズで、翼は退化しているのでほとんど飛翔には役に立たない。
これで成獣になったサラマンダーというから、バジリスクやワイバーンよりも、ガーゴイルに近いトカゲの親戚なのかもしれない。
「これでおとなのサラマンダーなのですか?」
「まだ若い個体ですな。こいつらいはエルフの様に長生きするという伝承もあって、これでもまだ若者だ」
「これで、おこさま……」
きっとッヨイさまはうちのバジルを想像していたのだろうけれど、肥えたエリマキトカゲだって大人になれば立派なダンプカーみたいになるに決まっているんだけどね!
「しかし若い個体のうちは、全力で疾走する時にはその勢いで翼を広げ、僅かであれば飛翔する事も可能ですぞ」
「オークのひとは、このサラマンダーをいっぱいもっているのですか?」
「はるか昔、言い伝えによればそうであったと聞いておりますな。部族の長たる者の家系で代々一頭を大事に育てるのです。しかし、」
言葉を区切ったイブおじさんは、自慢のサラマンダーの鱗を撫でながら、戦いに備えつつにこやかに説明を続けてくれる。
「何しろ仔の頃から世話をして育てるのは非常に大変なので、これを捕まえて使役するのは容易ではありません。わしの場合は親父の代に使役していたそれを譲り受けたのですが、オルヴィアンヌ王国の民となってからは野生のサラマンダーもほとんどこの界隈で見かける事も無くなり、近頃は他にあまり捕まえたという話も聞いておりませんから、使役する者も少なくなっているでしょう」
最近はブルカ近郊のオークたちの間でも、あまり交配を熱心に行わなくなったらしいね。
サラマンダーの獣人などというのは、いにしえの魔法使いたちも作らなかったのだろうか。
「ではすでにオークたちの中に、ナイトオブサラマンダーをしている者やサラマンダーを使役している者はほとんどいないという事ですの?」
「そうですな、いや待てよ」
カラメルネーゼさんの質問に、オークおじさんが首をかしげて思い起こす。
「少し前の事になりますが、最後のサラマンダーを使役していたオークの村長の話を聞いた事がありますぞ。ただし飼育小屋から逃げ出したという話で、それから先は行方知れずです。飼育に誤りがあったのか、どこかの野盗が鱗を目当てに盗み出したのか知れませんがな。これぞ百年を生きた長生きのサラマンダーで、図体もこいつに比べればかなり大きかったはずだ。さすがに騎乗には使えない大きさだ。あっはっは」
その言葉を聞いて大人のッヨイさまとカラメルネーゼさんは顔を見合わせたらしい。
ここ最近のどこかで、サラマンダーと野盗というフレーズに聞き覚えがあったからだ。もちろんそれは触滅隊とその隠し財宝を守っているサラマンダーの事だ。
もしも自分たちが仕えている君主が支配下のオークにその様な事をしていると知れば、豚面の猿人間たちはいったいどういう反応をするのだろうか。
決定的にその主従環境が険悪化する可能性は間違いないが、
「あとで、落ち着いたらどれぇのどれぇに確認しましょう」
「そうですわね。今は目の前の事に集中しませんと」
「それにしてもカラメルねえさま……」
「何ですのッヨイ子ちゃん」
身を寄せて、ヒソヒソ話をする大人のようじょと蛸足麗人である。
幌馬車の外では戦闘準備の号令がかかり、周辺でオークたちの戦士が整列を開始していた。それに加わっているモンサンダミーの同僚たる傭兵たちも、ぞろぞろと隊列を揃えながらはるか前方から聞こえる作戦の指示に耳を傾けているその姿を見回しながら、ようじょはこう口にする。
「オークさんたちが後方かく乱に参加してくれるという事ですが、この戦争に負けてしまえばその時は責任追及は免れないのです」
「そうですわね。イブ=セイマス=ズィ卿は間違いなく参加してくださいますけれど、すでに人質に取られるような家族はおられませんのよ」
「?」
ふと大人のレディが向けた視線の先に、じっと騎乗したブルカ騎士の作戦説明を憮然と傾注しているオーク騎士の姿がある。
大きな豚面の口からはみ出した下あごの牙が震えている姿を見て、何か思いつめたような表情を感じ取ったのだ。
「イブさんの奥さまは、ブルカ宮殿の女給として出仕して十年戻っておりませんわ。今も後宮のどこかに住まわっているという事まではイブさんも調べられたそうですけれども、赤髭おじさんの一族の者に手籠めにされたとも。その意味で、イブさんを信用する事はできますわよ」
「…………」
最悪は故地を捨ててでも、ブルカ伯に復讐を誓っている人間はここにもいたというわけだ。
ミゲルシャールはあれで浸透工作を熱心にやっていた人間であるから、よほどの事が無ければそう言う事をしないのではないか。
そういう意味では、きっと三〇人はいるという奥さんたちの子供かそれに連なる人間が、権力を盾にした横柄な行動をとったのかも知れないね。
いずれにせよ、崩壊したシャブリン修道院を遠く見定めているナイトオブサラマンダーのオークは真剣そのものの表情で、その瞳に決意を宿している様だった。




