280 反撃のようじょ 後
このファンタジー世界の戦士たちは、フルプレート戦隊のブルカ重装騎士でも無い限りはヘルメットを着用しない。
してみると、勢いに乗って俺が坂を駆け降りながら剣を振りかぶった時、まず真っ先に狙うべきは頭部の周辺だった。
胴体は胸当てタイプの鎧を着こんでいるのが普通だし、手足は手甲脚絆の金属ガードを身に着けている。
駆け降りる勢いがある時は、自然とピンポイントを狙わずに、一撃激しく振り抜く様に首の付け根、あるいは頭部そのものを叩き斬るのがいい。
それに好都合な事に、このファンタジー世界の長剣は肉厚な刃広の形状をしていて、威力を持って振り抜くには非常に最適だったのだ。
「シューターさん!」
俺が最初のひとりを脳天かち割る様に叩き斬った直後、その背後から弓を捨ててお揃いの長剣を振りかぶったエルパコが駆けだしていた。
わずかに視線を後方に向けて確認しながら、俺は回転力を得つつ次の獲物を斬り伏せる。
遠心で威力を増した俺の長剣は、ふたり目のブルカ兵士の首を飛ばした。
「エルパコ奥さま、ご主人さまから離れない様に固まって行動しましょう!」
「わかっているよっ」
「ご主人さまの殺り損じた敵だけを、奥さまと自分が仕留めていけば、何とか持ちこたえられるはずです」
「シューターさんは辺境不敗だからねッ」
チラリと周囲を伺って味方の動きを確認すると、俺が防衛担当区画から飛び出したことで、釣られる様にして味方が次々に飛び出してきているらしかった。
俺の側にいるのはけもみみと男装の麗人。
特にベローチュは、飛び出しざまに担当区画周辺に配置されていた妖精剣士隊に号令をかけていたらしい。
複数のモッコリ褐色男たちが、すれ違いながら坂を登ろうとするブルカ同盟軍兵士たちを斬り伏せているのだ。
逆に修道騎士たちはどうやら持ち場から離れずに、地形効果を利用しながらファイアボールやウィンドボールなど、いったんは魔法による支援攻撃に徹しているらしいのがわかった。
いや違うな。
雁木マリは半数の修道騎士に支援魔法の集中砲火をさせている間に、残りの半数を率いて斬り込みを実施したらしい。
モッコリ頭の妖精剣士分隊に遅れること数秒、すぐにもマリが鬼の形相で坂を滑り降りる姿が見えた。
「賊軍の斬り込み隊が来たぞっ」
「臆するな、相手は全裸だ恐れる事はない!」
「どけ、俺が倒してやる」
そんなやり取りが敵側から聞こえる。
いくつもの修道騎士ビームがヒュンヒュンと俺たちの左右を追い抜いて射出されていく中で、敵の騎士マンが飛び出してくるのが見える。
逆落としに次々と斬り込んでくる盟主連合軍をここで推しとどめるつもりなのだろう。
「全裸で戦場を走り回るとは、貴様頭がおかしいのか。ええっ?!」
「残念ながら俺はこれが正常運転なんだ、よ! 何しろ全裸を貴ぶ部族の戦士だからなっ」
「貴様が全裸将軍か! 全裸の兵士を率いるとはやはり気が触れておるわ」
ブルカ騎士マンは俺の姿を見て、あざけりの言葉を吐き出しながら槍を突き込んでくる。
だが残念ながら赤マントの腰巻きは装備しているので、今のところ全裸ではないぜ。
見るからに戦慣れしているという風体のその男は、その突きをギリギリで交わした俺を見てすぐさま斬りつけの攻撃にシフトチェンジした。
俺も出来るだけ接近戦に持ち込んで、槍の長所を潰さなければいけない。
しかし数撃も斬り結んでいるうちに腰巻きがはらりと落ちてしまった。
何という事をしてしまったのだ。これでは本当に全裸将軍じゃねえか!!
怒り狂った俺は前蹴りで相手を蹴飛ばしてやる。
ブルカ騎士マンの姿勢が崩れたところに、雁木マリが飛び込んで斬り伏せてしまった。
「あたしの婚約者を馬鹿にするな! あたしまで全裸夫人と言われているみたいだわっ」
半裸の聖少女さまが怒り狂いながらそう言ったのである。
戦の女神がこの世界にいるのなら、きっとそれはガンギマリーという名前に違いないと思う吉宗であった。
◆
「オコネイル卿が騎馬突撃を敢行したわ! これで敵正面の前線が崩壊したわよっ。どうするのシューター?!」
「チャンスだな、このまま一気にアレクサンドロシアちゃんモドキと合流出来ればいいんだがっ」
右に左にと俺が剣を振るってブルカ兵を近づけない様に前進していると、その背中を守る様にしてマリが滑り込んでくる。
彼女は俺の様に元いた世界で武道や剣術をやっていたわけではないけれど、このファンタジー世界に来てから実地を交えながら剣術に励んで来た。
そういうこの世界風の操剣術に長けているだけあって、攻撃にやや傾倒した危うさはあるものの頼もしい限りだ。
「アレクサンドロシアさまモドキは今どちらにおられるでしょうか?!」
「たぶんあっちよ。エルパコ夫人、確認できるかしらっ」
「あの方角で間違っていないよ、ガンギマリーさま!」
男色男爵の騎馬突撃で穴の開いたそこに、俺たちは追従する。
その間にもハーレム大家族たちがアレクサンドロシアちゃんモドキを探して大声で会話をしていた。
ついでにその隙に、どこから調達してきたのかッジャジャマくんがゼエゼエやりながら、長い棒きれを差し出してくるではないか。
「し、シューターさん。これを……」
「天秤棒か。でかした!」
「焼け落ちた民家の軒先で見つけたんですよ。お役に立ててください」
戦闘中にわざわざこれを見つけて、俺に届けるべく戦場を走って追いかけてきてくれたらしい。
長剣を背中に納めて天秤棒を構えると、俺は「あちらに魔法の女騎士がいます!」と友軍たちが口々にする方角に向かって駆け出す。
天秤棒さえあれば、一対多数の戦いは圧倒的に有利だ。
一度にふたりの攻撃を受け止めて押し返し、そのまま大払いして敵を転がしてしまえば後はマリや男装の麗人が止めを刺してくれるのだ。
強引に血路を切り開きながら前進していると、そこにブルカ騎士の装束を身に纏ったアレクサンドロシアちゃんの様な女騎士が、フラフラになりながらも馬上から圧倒的な魔法の暴力を撒き散らしている姿が飛び込んで来た。
とても強い確信。
確かに手綱捌きに危うさがあって、馬が暴れるままに走らせているところがあるかもしれないけれど。
それでもそれぞれの手から射出されるファイアボールは強烈な威力があった。
普段ようじょが使っている、威力を節約していないそれと同じレベルのものを同時に両手でやって、しかも連続的に繰り返すのだ。
そしてトドメとばかり、例の範囲の拾い紅蓮の魔法だ。
「す、すげぇ」
「ご主人さま、これはいったい……」
俺たちが血路を切り開いてようやく魔法の女騎士と対面したその時も、彼女は印を結びながらそいつをドカンと放出するのだった。
目の前で放たれたそれは、マグマの様にドロドロの液体に見える様な火球だった。
地面に叩きつけられた瞬間に衝撃はがドンと発生して、大地を削る様にしてあらゆるものを吹き飛ばす。
えげつないその攻撃に巻き込まれたブルカ同盟軍の雑兵たちは、あわれ紅蓮に呑み込まれるか、あるいはギリギリでその紅蓮から逃れても装備を燃やされていた。
まさにフィジカル・マジカル・アルマゲドンである。
魔法の女騎士は、自分が放ったその紅蓮の魔法の衝撃で、軍馬から放り出されるところだった。
ふわりと宙を浮きながら俺たちの方に体を躍らせる。
そしてそれを俺は、あわてて抱き留めようと駆け出した。
「し、シューターさん」
「くそっ、間に合え!!」
甲冑の重みを両の腕に激しく感じながら、ブルカ騎士の装束を身に着けたアレクサンドロシアちゃんという、不思議な人物を受け止めたのである。
たまらず勢いに押されて俺は腰から倒れ込んでしまったけれど、アレクサンドロシアちゃんモドキだけは守る事が出来た。
やっててよかったスタントマン。
叩きつけられた衝撃で背骨は死ぬほど痛みを感じたが、それでも足の指は動くし、俺の腕はアレクサンドロシアちゃんモドキの温もりを感じている。
マリと男装の麗人、それにけもみみが倒れた俺の周囲に散って敵を寄せ付けない。
「大丈夫シューター?! お前たち、ここは絶対に守り抜きなさい!」
「今度こそ自分の命に代えても守り抜きます」
「わかっているよ。ぼくとシューターさんは異世界に行くまで一心同体なんだ」
何とか痛みに耐えて上体を起こしたところで、魔法の女騎士と視線が交差した。
どう見てもやはりアレクサンドロシアちゃんである。ここがかつて慣れ親しんだ戦場だからなのか、女領主そのものの顔は、ハツラツとしていて若々しさすらも感じた。
「えへへ、よかった……」
「あっアレクサンドロシアちゃん。君なのか?!」
「怖かったけどいっぱい頑張ったのです。い、いにしえの禁呪を使って、敵の戦線を攪乱したのです。もうすぐ森で再集結している味方の軍隊と、ブルカの軍隊に潜伏しているカラメルねえさまが呼応するのです」
「…………?!」
「ど、どれぇ。時間は稼げたのです、これで大勝利間違いないのです……」
そしてそのアレクサンドロシアちゃんモドキは確かにそう小さな声を俺の腕の中で口にしたのだ。
どれぇ、と。




