33 ダンジョン・アンド・スレイブ 8
戦闘の直後というのは、もっとも油断する瞬間である。
残念ながら俺はそれをリアルで体験した事はなかったが、モンスターをハントするゲームの中でならある。
沖縄の古老の家に居候をしていた頃、古老の孫娘とそのゲームに興じている時に何度か経験したものだ。
ターゲットのモンスターを時間内に仕留めてぬか喜びし、ふたりでテレビモニタを前にあそこがよかった、ハンマーが綺麗にヒットした、部位破壊もバッチリだと言い合っていたところ、画面の中に今回のターゲットモンスターではない、あちこちのマップをうろついている凶悪なモンスターが登場したのである。
当然、負けた。
だから油断をしてはいけない。
ましてやここはリアルの世界である。
リアルは命を落とす。そしてここは優しい世界じゃない。
「どうしたのですかどれぇ?」
手を繋いでいたようじょが俺を見上げた。
「いいえ何でもありません。バジリスクを仕留める事ができましたが、俺は元猟師であり元戦士ですからね。常に油断はしないわけです」
「さすがどれぇ! お買い得などれぇでしたね!」
「ありがとうございます。ありがとうございます!」
お褒めの言葉に誠心誠意、俺は心から感謝した。
「でもでも、どれぇが大活躍しちゃったら、予定より早くどれぇとバイバイしないといけません。どれぇ! どれぇはどこにもいかないで!」
「はい。奴隷めは、ッヨイさまがこれからもすくすく成長する姿を、しっかり見届けますよ」
バツの悪い顔をして俺はフォローした。
村に帰りたいのは本心だが、大人としてはこんなようじょの顔を見てしまって拒否反応を示すのも難しい。
俺が浮かべた大人の微笑に、雁木マリだけは振り返って不信の顔を見せていた。
おい、雁木マリよ。今は何も言うな。
俺たちは今、バジリスクを仕留めた場所からさらに続くダンジョンの深層、地底湖のある場所を目指していた。
先人のマップと実際の地形を見比べながら、ッヨイさまはマッピングを再開している。
が、今回は主要なルートだけを描き込んで、細かい枝道については無視をする事を話し合っていた。
そもそも今の段階では、バジリスクの解体すらやっていない。
これが猟師としてならば大失格なのだが、今の俺たちがいるのは冒険者パーティーである。
従って、一部の部位を持ち替えるだけにして、モンスターの大部分は放置する事にした。
「あのバジリスクの遺骸、放置してたら他のモンスターのえさになって綺麗に解体されるんですかねえ」
「そうね。他のモンスターの腹におさまって、そいつが新たなこのダンジョンの主になるという可能性はあるけれども。マダラパイクという大蛇は、放っておいて成長するとかなりの大型になるという話だから」
「マジかよ」
「かなりの大型と言っても、さすがにバジリスクよりはマシだろうけれども」
そんなやり取りをしながら、いよいよ地底湖の場所にやって来た。
地面は、地底湖の側という事もあるのだろうか、かなり足場がぬかるんでいたので、油断していると足を滑らせる可能性がある。
ブーツを履いていなかったらやばかった。恐らく粘土質で、直に歩いてあまり気持ちの良い感触ではなかろう。
「思ったより広いですねどれぇ」
「本当ですねッヨイさま」
俺たちは茫然と、学校の体育館ほどはあるだろうスペースをぐるりと見渡す。
ダンジョンと言ってもここは元が天然の自然洞窟だ。
そこを利用して古代人たちがつくった神殿だった様で、ほんのいくつかの場所に人間の痕跡を見る事ができた。
壁面の削り出された柱の様なもの、それから精巧な天使か使徒か何かの彫刻、歴史物語の様に作り込まれている場所もあるが、風化著しくただの岩にもどってしまった場所もある。それがたぶん、洞窟の上を貫いて太陽光が降り注いでいる、地底湖の対岸側にある女神像だろう。
騎士修道会に所属する修道騎士の雁木マリが、片膝をついて祈りを捧げていた。彼女の出身は日本であるけれど、今の信仰対象はあの女神なのだろう。
「大地を産みし母なる女神様。日々の糧を感謝します……」
村の葬儀でも司祭さまが口にしていた言葉に、今眼の前で雁木マリが口にしたものがあった気がする。
そうだ。死者は異世界へと転生していく話。ダンジョンから無事にブルカへ戻ったら聞いてみるのもいいかもしれない。
ッヨイさまと雁木マリ、それぞれの反応をしばらく見やった後に、このだだっ広い地底湖のドームを捜査しなければならない。
俺たちは戦闘を終えた後でそれなりに消耗しているので、多少の焦りがあった。
もうバジリスク並のモンスターは存在しないだろうが、マダラパイクは油断すればッヨイさまぐらいは絞め殺して飲み込めるぐらいの大きさがあるのだ。
油断していい相手ではない。
「よし、ざっと周辺の事情だけは探索しておきましょうねぇ。どこかにバジリスクのねぐらになっている場所があるのです」
「わかったわ。手分けしてさっさと終わらせましょ。シューターはあっちをッヨイと見てきなさい。あたしは反対を見るわ」
ッヨイさまと雁木マリがうなづきあって動き出す。
お、俺の事ちゃんとシューターって呼んでくれたじゃん。嬉しいじゃねぇの。
「地底湖の対岸はどうする」
「泳いで誰かが見に行くしかないわね。お前、全裸なんだし行きなさいよ」
またすぐお前呼ばわりに戻ったので、俺は悲しくなってッヨイさまの手を引いてガンギマリ女から離れた。すぐこれだよ。俺はちゃんとマリって呼んでるのに。今度からマリちゃんにした方がいいか?
◆
「これはあかんやつですわ」
俺は見てはいけないものを発見した。
大きな玉である。大きさは潰れたバスケットボールぐらいの玉で、長い楕円。いや卵型をしている。
というか卵そのものだ。
ニワトリの卵を連想するとそれは違う。もう少しノッポな感じだと思えばいい。
モノの本で小学生頃に見た事があるものに酷似していた。恐竜の卵の化石に。
「ど、どれぇ!」
「バジリスクの卵でしょうかね。あるいはマダラパイクか……」
「ッヨイもバジリスクそのものを見るのがはじめてなので、わからないのです……」
そのバジリスクのものと思われる卵がひとつふたつ、そしてみっつめが殻だけだった。
孵化した後なんだろうか。なんだろうな。
するとそいつはどこにいる?
しゃがんだようじょが卵の殻を調べている。それで何か状況がわかるのか、俺はようじょの反応に期待した。
だが素人の俺でもわかることがある。卵があるという事は親がいるという事だ。夫婦ペアだったという事なら、もう一頭バジリスクがいるんじゃないかと。
「どうしたの?」
「とても不味い状況の様な気が、俺はする」
背後から声をかけてきた雁木マリに、俺は言った。
なによと不機嫌に鼻を鳴らしたマリだったが、それはわずかの事。すぐにバジリスクの卵の顔を見て彼女の顔は硬直した。
「ひとつが割れている。孵化した直後なら、もうすぐこれも孵化する可能性があるわよ」
「無精卵じゃなきゃね」
「しかも、孵化した後だって言うなら、そいつはどこにいるのかしらね」
疑問形ではあるが、それ以上に恐怖が言葉に張り付いている。
「親が、もう一頭いる可能性があるのです」
「バジリスクの親ですね、それは俺も考えました。さっき倒したのはパパかな? ママかな?」
これは重要な問題だ。
もしもバジリスクがワイバーンと同じ様にオス個体とメス個体で著しい大きさの違いがあるとする。オスの方がメスよりひとまわり大きかった場合。しかも先ほど倒したのがメスだった場合。先ほどのバジリスクより大きいと考えるのが、妥当だろう。
「いずれにしてもこのまま卵は放置できないわね」
「当然だ」
放置すれば新しいバジリスクをダンジョンから放つ事になるわけで、それによって被害がどこかで発生するかもしれない。
ブルカ周辺の村に出現した場合は、それこそ大混乱だろう。
俺は雁木マリとうなづきあうと、メイスを構えた。
孵化させるわけにはいかない。
「ッヨイさま下がってください。俺が卵を潰しますので」
「はいどれぇ!」
そう言って俺が思い切り振りかぶった瞬間。
「あ、」
ペキリ。と、卵が割れはじめた。
ペキベキバキベリっ。
殻が硬いからか、何度も嘴の先端でよいしょよいしょとやっている。
やがて手でいやいやをする様に暴れだしたそいつは、尻尾をふりふりしながら殻から外に飛び出してきた。
こんにちは、あかちゃん!
とても元気なバジリスクですよ!!
「キュイ?」
俺とバジリスクの雛が熱い視線を交わしてしまった。
◆
振り上げたメイスの降ろしどころを見失ってしまった俺は絶句した。
しまった、こんな事になる前に振り下ろせば、良心の呵責的なものはなかっただろう。
赤ん坊というのはどんな存在でも可愛く見えると言うが、視線を下手にあわせてしまった俺は、この状態でメイスを叩き付ける事に後ろめたさを感じてしまった。
「ど、どうするのよこれ」
「どうするって、言ってもなぁ」
「早くしないと、お父さんかお母さんバジリスクが帰ってきてしまうのです。ひとまずここから離れたほうが」
俺と雁木マリが顔を見合わせていると、ようじょが俺の手を引っ張った。
「逃げるってどこにですかね。マップを」
「この近くだと、地底湖の対岸の礼拝所のあたりに、隠れられる石室があるのですどれぇ」
「泳ぐのか。俺は大丈夫だがふたりは」
「わ、わたしは鎧を捨てれば何とか」
「ッヨイは泳げません。どうしよう……」
「キュイー」
ダンジョン地図を広げながら三人で顔を突き合わせて思案する。
時折、雁木マリが周囲を警戒した。
俺は別の手段もいちおう聞いておく。ようじょだけなら連れて泳ぐことは、やってできなくはない。
けれども雁木マリが防具を放棄するというのは、いざという時の事を考えると避けたい。荷物もここで放棄しなければとても泳いで対岸には逃げられないだろう。
こんなところで雁木マリの水にはりついたノースリーブワンピースを見たいとは俺は思わないぜ。
「他の候補は?」
「元来た道を急いで引き返す手もあるかな。ガンギマリー、ポーションで筋力強化のおくすりを摂取したら、移動速度はどれぐらい早くなりますか」
「キュイキュイ」
「あまり意味はないわ。ポーションの効力が定着するのに少し時間がかかるから……」
ベルトにあるポーションカプセルの数を確認しながら雁木マリが言った。
それでも地底湖を泳ぐよりはまだマシだ。
「そっちでいこう、やらないよりはマシだろうし。ポーションでアヘったらしばらく動けなくなるとかあるか?」
「大丈夫よ。ほんの数十秒、気持ちよくなるだけだから」
「やっぱりやばい薬じゃないだろうな」
「大丈夫ですどれぇ、騎士修道会のみんなはよくつかっています」
くそ、教団ぐるみでガンギマリーかよ!
俺が悪態をつきそうになっていると、雁木マリは手早くポーションをセットしだした。そして自分の注入器具を肌に押し当てる。
次はそして俺だ。
ふたりそろって顔面神経を緩めた俺たちだったが、いち早く回復した彼女がッヨイさまを抱き上げた。
「あれぇ、ッヨイは?」
「ほら、ッヨイはまだお子さまだから無しね」
「ガンギマリー?」
「お前は荷物があるから、ッヨイはわたしが連れていくわ。それでもヤバくなったら荷物は放棄して逃げる」
「了解だ。いざという時は俺が足止めをするから、あんたらはダンジョンの外に出ろ。まぁ俺は奴隷だから、ご主人さまを守る義務ってやつがあるしな」
「キュイ!」
俺たちがやり取りをしながら逃げる準備をしていると、さっきからバジリスクのお子さまが俺の脚にまとわりついてくる。
懐いてるのか?
「とにかく。いったんここを脱出して、応援を入れてアタックし直す。死んだら終わりよ……」
「わかっているさ!」
「はいなのです!」
俺たちは駆けだした。
だが、逃げる事は許されなかった様だ。
目の前に何と、ダンプカーがいた。ダンプカーサイズの、バジリスクだ。
「あ、これはもうだめかもしれんね……」
ドオオオオオオオオオン!
その咆哮で、俺たちは硬直した。




