34 ダンジョン・アンド・スレイブ 9
バジリスクの咆哮による硬直に見舞われていた俺たちの中で、いち早く正気を取り戻したのは雁木マリだった。
彼女は複数のポーションをキめているので、それだけ耐性が強かったのだろう。
茫然としていた瞬間に腕から取り落としそうになったッヨイさまを抱きかかえ直しながら、マリは足で俺を蹴ってくれた。
たいへん女の子らしからぬやり方だが、両手がふさがってる現状では俺も不満はない。
あわてて硬直化から脱却できた俺は、荷物しょいなおして逃げる準備に入った。
その瞬間。
「あ、あかちゃん」
「ちょ、ッヨイ。ちょっと考えてるの!」
「でもこのままにできないし、ギルドに報告する必要があるのです!」
「とにかく逃げるぞ!」
ッヨイさまが雁木マリの腕から落ちそうになった時に、猫ほどのサイズしかないバジリスクの雛を拾い上げてしまったのだ。
対極にいるバジリスクは、当初出会ったライトバンほどのサイズのものよりもひとまわり大きいダンプカーだ。
足元には小さなバジリスクがいた。恐らくようじょが拾い上げた雛の兄か姉だろう。
「けん制するわ!」
「今のうちに逃げる」
雁木マリが叫んだかと思うと、ようじょを抱くのとは反対の右手にテニスボールサイズの火球を出現させた。
そのままバジリスクの顔面をめがけて放出する。
相互の距離は三〇メートルだろうか。
かなり近く感じるが、大きさに圧倒されてるからだろう。きっとそうだと信じる他無い。
マリの行動を見届けるまでも無く俺は走り出して、元来たダンジョンの細い道に走り出した。荷物はどうする、やはり捨てるべきか。迷っている暇はないと思って、俺は捨てる事にした。
「ッヨイさまをこちらへ!」
「あたしの方がドーピング決めてるわよ?」
「マリはさっきのファイアボールで、適度にけん制してくれ!」
「いいけどっ」
いつの間にか追いついた雁木マリと並走しながら、ッヨイさまと仔バジリスクを受け取る。
背後がどうなっているかは気になるのも確かだが、今は振り返って現状を確認する暇は無かった。
それでも、怒り狂ったバジリスクが再びバインドボイスをまき散らしている事は耳で、そして背中で体感できる。
今は体が咆哮に襲われる事を覚悟していたので、走りながら硬直して転げる事は無かった。
だとしても恐怖で体がすくみ上りそうになる事は間違いない。
「ッヨイさま、照光魔法を!」
「わかっているのですどれぇ。あかちゃんを落とさないように」
「キイキイィ」
「わかっていますよ!」
荷物を捨てざるを得なくなった俺たちだ。最悪はバジリスクのあかちゃんなんて捨ててしまいたい。
そもそも、怒り狂ってバジリスク(推定パパ)が追いかけてくる原因のひとつは、自分の子供を俺たちが誘拐したからに他ならないだろう。
ヤツが恐竜かそれに近い程度に頭が回るやつだったら、自分の子供を守るために戦うぐらいはするだろう。
子供の頃大好きだった恐竜図鑑か何かによれば、マイアサウラという草食恐竜は子育てをしたらしいしな。ティラノサウルス・レックスもまたそうだとかそうではないとか、モノの本で後日読んだ記憶もあったはず。
バジリスクも産みっぱなしジャーマンならこんな事にはならなかっただろうに、とても残念だ。
「くそ、思ったよりずっと脚が速いわ!」
ッヨイさまを抱きかかえているので直ぐ俺に追いついたドーピング雁木マリも、また振り返ってファイアボールを打ち込むので遅れだす。
バジリスクの唸り声がどんどん近づいて来るところを見ると、あまりけん制のファイアボールは意味が無いのかもしれない。
それに、一度通った道とは言っても、ダンジョンの通路は暗くて足元も確かではなかった。
俺たちはここでは部外者であり、猟師の鉄則に従えばこのフィールドにおいてはバジリスクが頂点捕食者だ。やはり自分のフィールドで戦ってはじめて猟師は頂点捕食者になれるというのに、俺たちは下準備が足りなかったという事だろうか。
油断したつもりはなかったんだがなぁ。
そんな焦りとも後悔ともとれる自虐を心内で渦巻かせながら、ッヨイさまの指示に従って深層から中層にかかるあたりのルートを走り続ける。
「どれぇ、ここを左です。反対側は行き止まりです!」
「わかりました。くそ、雁木マリは?!」
「大丈夫よ、あいつ通路が狭くなりだして全力出せないみたい!」
「キュイイイ!」
追いつかれる瞬間に、通路の幅が狭まったらしい。俺たちの倒していたバジリスクより大型のオスというのは、そういう意味でも不利なのだろう。
じゃあどうやってこのダンジョンに入ってこれたんだという話だが、きっと別に出入りできるルートがあるのかもしれなかった。
たぶん地底湖から流れ出る水道か、対岸の礼拝所のあたりに、地図には記されてないルートがあったのだろう。
とんだ失敗のダンジョン攻略だったが、命あっての物種だ。
「もうすぐ今朝倒したバジリスクがいる場所ですどれぇ!」
そうようじょが叫んだ瞬間に、強烈な地震がダンジョン全体で起きた。
違う。これはあのバジリスクが、細い通路を破壊しながら前進しようと通路にタックルをかけているのだ。
一度、二度、俺は足元がおぼつかない状態でふらつきながら、先ほど一頭目のバジリスクを倒した場所を通過した。
「マリ、急げ!」
「このあたりは崩落しやすくなっています! 早く!」
「わかっているけど。ここ突き崩すよ!」
俺とようじょの叫びを無視して、雁木マリが洞窟通路の天井に向けて一発、二発とファイアボールを打ち込む。
だが焼け石に水だ。雁木マリの火球の威力は、対人戦や自分とそう体格の変わらない相手には効果的な攻撃力があるだろうけど、洞窟の岩面にはその効果も薄い。
「ッヨイがやります。どれぇ降ろして!」
「わかりました。雁木マリ下がれ、ここをふさぐぞ!!」
土魔法が大得意だと言っていたッヨイさまなら適任だ。お任せしてもいいだろう。
「どれぐらいかかる?」
「息を止めている時間ぐらいだよ」
「それならもう少し下がっておきましょう」
雁木マリとようじょが短く会話する。
俺たちの顔を交互に見比べていたバジリスクのあかちゃんを俺は受け取りながら、雁木マリと後退した。
ようじょもグリモワールを開きながら、例によって指定の場所に栞を挟み込んでいる。
ズン、ズンと今もバジリスクのタックルは続いている。
きっとラッセル車の様に強引な全身ダックルを繰り返しているのだろう。
さすが大地の暴君だぜ。もしかしたらあの勢いで地上に繋がる洞窟の別ルートを切り開いている可能性がある。このバジリスクの勢いならできるんじゃないかと思う。
俺はメイスを握りしめて、いつでも無駄な抵抗ができる様に準備した。
腕の中では心配そうにバジリスクが震えている。
震えて、いるのだ。いっぱしの動物のあかちゃんの様に。
俺たちはとんでもないお荷物を拾ってきてしまったのではないのか。こいつ、親が助けに来ている状況を理解していないかもしれない。
「いきます。フィジカル、マジカル。どっかーん!!!」
通路の向こう側に、バジリスクの鼻づらが飛び出した瞬間の事である。
魔力の放出をはじめんとおかしな呪文を唱えたようじょから、暴君に負けず劣らずの大地を震わす様な共振とオーラを放たれた。
そして地面から無数の棘が飛び出して通路の頭上を突き刺していく。
五本、十本、もっと。
今回はぴるぴる触手の方は出番なしだ。より攻撃的に天井の岩盤を突き上げていく。
「もう十分ですッヨイさま」
「いくわよ!」
俺の言葉に頷いた雁木マリが、背後からようじょを抱き上げて走り出した。
走り出したその瞬間からパラパラと天井が岩盤破片を落とす。
魔法の棘は今も天井をごりごりやっているらしく、徐々に迫って来るバジリスクに土と岩盤を浴びせていた。
「おまけよ、紅蓮の炎よいっけー!」
逃げる途中に立ち止った雁木マリが、最後のファイアボールをようじょの魔法が作り上げた土の柱に飛んで行った。
この瞬間に勢いよくダンジョンの通路は崩落して、バジリスクと俺たちを繋いでいた唯一の通路は隔たれたのだった。
◆
荒い息をしながら、俺たちはダンジョンの外まで必死で駆け抜けてきた。
規模として小さなダンジョンとは言え、二日かけて慎重に走破して来た場所をたぶん一時間ちょっとで走破したはずだ。
先日の昼間パーティーで休憩した場所、集落の遺構までやって来る。それぞれはもうボロボロだったが、いったんは安心だった。
バジリスクが外まで出てくる気配は今のところない。
決していい事ではない。冒険者装備らしいものはほとんど全て放棄して、ここまで逃げてきたのだ。
まともに戦えばたぶん勝ち目のないサイズで、そもそも俺の持っていたメイスがいったいどういうダメージをあのダンプカーに与えられるか想像もできなかった。
ぶっちゃけ、今こそ村に現れた冒険者の持っていたスパイクという、龍種狩りに使う専用武器を使うべきだ。
ッヨイさまの魔法ですら、たぶんあのワイバーンには火傷を負わせる程度で終わるのではないか。
そうだ。雁木マリのドーピングを使ってスパイクを使おう。それがバジリスクを倒す方法じゃないかな。
あるいはニシカさんだ。彼女ならたぶん、最適な手段を提案できるのではないか。
「喉が渇いたな。シューター水は?」
「荷物は放棄して来た。水筒なら地底湖のドームがある場所で転がってるだろうよ」
「あかちゃんより水筒を死守すべきだったわね」
地面に降ろしてやった後はキイキイとこうるさいバジリスクのあかちゃんである。恐らく腹が減っているのであろう、最初のうちは俺にまとわりついていたが、今は雁木マリの脚にかじりついている。
「くすぐったいわね。何なのよコイツ」
「マリを食べようとしてるんじゃないのかね。若いピチピチの女の子だから」
「フン、冗談にしては笑えないわ。歯も無い様な子供に相手にされても嬉しくない」
「何か餌になるものでもあればいいんだが……」
「兎でも捕まえなさいよ、あんた猟師だったでしょ?」
自分の脚からあかちゃんを引きはがした雁木マリが、俺に押し付けてきた。
「ッヨイが相手をしているのです。しばらく休憩を挟んだら、少しでも早く街に戻ろう。いいですかどれぇ?」
「わかりました。何か食べれるものを探してきますね、あかちゃんの」
「いってらっしゃいなのですどれぇ!」
ようじょの頭を撫でた後、大人しくしていろよとバジリスクのあかちゃんもなでなでして、俺は立ち上がった。
生憎と、狩猟道具の類は今ない。
弓があっても扱い切れるとも限らないので罠がいいが、こちらもかかるのを待っている時間がない。
やはりこのファンタジー世界の住人は朝食を食べるべきだ。俺たちはまともに食事をしていないので腹が減っているのだ。
「ついでに水源が無いか探して来なさいよ。食べ物は期待していないから」
「おう」
周囲を見渡して、まばらに草と木と、岩や石ころが転がっている風景を確認した。
兎や狐を捕まえる余裕はないな。
雁木マリの言う通り、俺たちの飯は諦めたほうがいいかもしれない。
最悪はあかちゃんを潰して食べるという方法も無くはないが、そこまで俺たちは飢えていない。まだ我慢できる。
あかちゃんが生きている方が冒険者ギルドに説明しやすいしな。
いや、それは自分自身への言い訳か。どうも殺さずに連れて来た事を今もって後悔している。
俺は無意識にそこいらの大き目の石をひっくり返して、蛇はいないか探し回った。
むかしアパレルショップの店長とサバイバルキャンプ講習会をした時、蛇を捕まえて食べる訓練では大きな石の裏に潜む蛇を探して回ったものだ。アオダイショウはどうしてあんなに不味かったのだろうか。ヤツは悪食で、いいものを食っていないに違いない。
まさかマダラパイクみたいなのが出てきたら大変だが、大丈夫だ。
無数にひっくり返しているうちに、蛇を見つけた。
頭の形状は三角形をしていない。元いた世界のルールが通用するなら、こいつは毒がないタイプだ。
何を食っているやつかわからんが、ネズミ専門の蛇ならたぶん美味い。
ポンチョを脱いで腕に巻き付けると、まず蛇の首元を手早く押さえつけた。ブーツを履いていてよかったぜと思いながら、ポンチョを撒いた腕に巻き付いて来る蛇を強引に引き剥がすと、代わりにブーツで蛇の頭を押さえつける。
急いで短剣で首を切り落としてやった。これであかちゃんのえさは確保したわけだが、後はご主人さまとその相棒の水を探さねば。蛇も炙れば食えるから、まあ人間さまが食べてもいいな。
しばらく血抜きを兼ねて手にぶら下げながら俺は小川でもないかと周辺を探った。
俺って文明人を少し前まで気取っていたけど、案外ワイルドに異世界ライフできてるな。
なんて思うと、自然と俺の口元がニヤついてしまったのである。




