269 ゴルゴライ街道口の戦い 5
ゴルゴライ領へ越境したブルカ同盟軍の先鋒は、俺たちが局所的に包囲攻撃を仕掛ける事に成功したおかげで、いっきに領境の反対側まで押し返す事に成功した。
「見ろお兄ちゃん、騎士修道会の勇ましさを! あれがわらわたちの味方であった事を、今ほど心底安堵した事は無いぞ」
「凄まじい突撃力ですよね。やっぱりカーネルクリーフさんの仇を取るつもりで、必死なんだろう」
「左翼のマリアツンデレジア隊がまるでアテにならないという事を考えれば、これでも互角の戦いをしているといった程度だろうの。デルテ隊の活躍に期待したいところだ」
俺は女領主の後ろに抱き着いて、軍馬から戦線の趨勢を眺めていた。
全体の後詰めとして自軍の背後に座していたベストレ隊の前進がはじまるまで、俺たちは再集結を実施中だ。
何度となく味方先鋒として突撃を繰り返したおかげで、アレクサンドロシア隊にはかなりの被害が集中していたからな。落伍者を拾い上げて傷兵には応急手当てをして、今再び攻撃を開始するまでのわずかな休養期間だ。
「あのう、シューターさん。ダルクちゃんが次の突撃にも参加したいと言っているのですけれども。どうしましょう……」
すると不慣れな軍馬に跨ってゴブリン兵に手綱を引いてもらってカサンドラが近づいてくる。
今のところ俺の家族には幸いなことに負傷者が出ていないのだけれど、野牛の軍事訓練を受けていた血気盛んなタンヌダルクちゃんは、まだまだ暴れたりないらしい。怪我も恐れずまだまだ前線で頑張るつもりだというのだ。
「旦那さま、今こそ前線を突き崩すときですよう。見てください。ガンギマリー隊が相手をしているのは、たぶん蛮族の大領主が率いている軍勢です! 黄色のマントは大領主の兵士ですよね?!」
「確かにタンヌダルク奥さまが仰られる様に、あれはブルカ領軍の主力勢でしょう。両翼の軍勢はどうやら同盟軍の参加諸侯が率いている烏合の衆でしょうから問題はありませんが、時間経過とともに混乱を回復させた場合、不利になる可能性があります」
フンス、フンスとメイスを振り回してアピールする野牛奥さんの言葉に、男装の麗人も同意の言葉を示すではないか。
俺の眼の前でアレクサンドロシアちゃんは思考を巡らせている様で、今決定的に戦局を有利にするためにはどうすればいいのか、判断をしようとしていた。
さすがジュメエの血は知恵者揃いだね。
天才ようじょ軍師のッヨイさまはいつも冴えわたる軍略で俺たちに献策をもたらしてくれるけれども、その「姉」であるアレクサンドロシアちゃんもまた、大戦略を視野に持った女傑だ。
騎士修道会との同盟を画策して、盟主連合軍を作り上げた意志力は、アレクサンドロシアちゃんだから出来た事だろう。
「あのオレンジハゲめは、ここで出てくるかの……」
「わかりません。わかりませんが決定的局面で自軍が総崩れにならい様に督戦するためには、指揮官は先頭にいるもんじゃないですかね」
それがこのファンタジー世界のお貴族さまの矜持だと俺は女領主から聞いたはずだ。
だから鋭く戦場を見渡している女領主の耳に、そうささやきかけた。
「クレメンス、馬を引いてくれ。ガンギマリーのところへ援軍に向かう。カサンドラはアレクサンドロシアちゃんの側を絶対に離れるな。マリアちゃんは名目上の総指揮官だが、この戦場ではアレクサンドロシアちゃんが討ち取られれば戦線が瓦解する事を敵味方ともに知っているはずだ」
「了解だす。すぐに馬を!」
「わかりましたシューターさん。みなさんも旦那さまのご下知を聞きましたね?」
田舎言葉丸出しのクレメンスは、負傷兵が乗っていた馬に余りがないかを探しに走っていき、カサンドラはコクリとうなずいてみせ、家族に命令を飛ばした。
正妻の言葉は絶対的な意味があるらしく、タンヌダルクちゃんやけもみみ、そしてラメエお嬢さまはうやうやしく頭を下げるのだった。
たぶん内心では戦場に飛び出したい野牛奥さんだけれども、ここは我慢する様子だ。
「ありがとうタンヌダルクちゃん。奥さんというのは夫の代理人らしいからな、俺に代わってご領主さまの護衛をよろしく頼む」
「わ、わかりましたよう旦那さまっ!」
それこそ支配者は常に先頭にいなければならないからな、武威を見せるためにどうしても前線で突撃をする必要性が出てくる事もあるだろう。
そうやって全員の顔を見ながら、雁木マリのところに誰と一緒に向かうべきか考えていたところ、
「シューターさん、援軍にはわたしも連れて行ってほしい」
「ソープさん?」
「ミゲルが戦場に姿を現す可能性があるのならば、ぜひともこの眼でしかと確かめておきたいと思ったのだ」
「…………」
ここに来て、アレクサンドロシア隊の後列に参加していたクリスティーソープランジェリーナさんが甲冑姿で俺たちの前に現れたのだ。
彼女は蛇足の猿人間ラミア族であるから短距離ならば機動力もあるけれど、基本的には持久性に乏しい。
だから今回の奇襲の時は後方で待機している事が多かったのだけれども。
「シューターさん、アレクサンドロシアさん。わたしをぜひ戦場に出させてくれ。駄目だろうか?」
女領主の軍馬を降りた俺に、近付いてくるソープ嬢である。
戸惑いの顔を見せた女領主は、俺に意見を求める様にして無言で言葉を待っていた。
「それは何のためにブルカ伯の前に姿を見せるんですかねえ」
「もちろん決別のためだ。今更、逢ったところで恋慕の気持ちを懐古して彼になびく事は無いと、ここで誓おう。わたしは道具にされたのだという事は理解している」
「いや、あなたが裏切るなんて事を言いたいわけではないけれど、気持ちが揺らがないのであれば」
「戦場で存分に槍を振るった経験はないけれど、わたしはラミア族の正統なる後継者だ。自分の力が強力なものである事は理解しているつもりで、必ず役に立って見せる事を約束する。もちろんミゲルの配下である兵士たちにも容赦をするつもりはない」
そこまでひと息に言い切ったソープ嬢は、改めて俺と、そして女領主の顔を見定めた。
するとそれを制したのはアレクサンドロシアちゃんではなくカサンドラだった。
「なりません」
「「?!」」
これには俺とソープ嬢だけではなく、女領主も驚いた様だ。
何を言い出すのかと全員がその場で一瞬だけ固まった後に、大正義カサンドラが俺の顔を見やって「お任せください」と言った後、こう続ける。
「その言葉だけでは、シューターさんに対して誓いを立てた事にはなりませんよソープさん」
「ではどうすればよろしいか、カサンドラ義姉さん」
「生きて帰って来ると申すのですよ。あなたは旦那さまの立派な奥さんになる役目があるのですから」
これには二度、俺たちも驚いてしまった。
ニコニコした顔のタンヌダルクちゃんやけもみみはともかくとして、アレクサンドロシアちゃんはとても呆れた顔をしてたじゃないですか。
「……そうでしたね義姉さん。シューターさん、わたしは自暴自棄になるつもりで戦場に出るわけではない。この戦争が終わったあかつきには、身も心も捧げる覚悟でいる」
「お、おう。けどフラグは勘弁な!」
「?」
どうしてこのファンタジー世界のみなさんは、すぐにフラグを立てようとするんですかね!
「好きにせよ。ここまで来れば妻が五人も十人も、あまり変わりはしないだろうしの」
呆れた顔のアレクサンドロシアちゃんの許可が下りたので、俺たちは雁木マリの元へ援軍に向かう事になった。俺と男装の麗人、それに女魔法使いとラミア族のソープ嬢。後はハーナディンが率いている騎士隊の一部だ。
ガンギマリー隊は激しく黄色いマントの集団と攻防を繰り返していたけれど、騎士隊ごとに固まった集団で、入れ代わり立ち代わりに突撃を繰り返すという戦法を使って、徐々に歩兵たちの陣形を切り崩す様に前進している様子だった。
「あいつは何処にいるんだ、この混戦だと敵味方が入り乱れてマリの場所がわからない」
「ご主人さま、ガンギマリーさまはあそこで陣頭指揮を執っている様子です!」
「よし、ソープさんを守って君たちは側面から攻撃を仕掛けるんだ。騎兵突撃に意識が集中しているうちに切り崩すぞ!」
「了解しました!!」
俺たちはここで二手に分かれる。
ハーナディンが直卒している連中は、かつて彼が騎士隊長として育て上げてきた連中らしく、縦横無尽に戦場を駆け抜けている。
修道騎士中心の分隊はそのまま雁木マリの元へと向かわせ、従士のみなさんたちにはソープさんを守ってもらう事にする。
「ご主人さまはどうなさるのですか!」
「決まってるだろ、戦場で俺が出来る事は敵を倒すだけだ。雁木マリに頑張ってもらうために隣に行くまでだよっ」
俺の顔を見て元気百倍になるなんて己惚れるつもりはないけれど、マリには少しでもここで頑張ってもらいたいと思った。
俺だって顔を見たいからな。
「では後ほど! ソープさん頼みましたよっ」
「わかった、必ず生きて戻る!」




