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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第8章 ゴルゴライ戦線
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閑話 ブルカ辺境伯の乱 五


 目の前で激しい出血をしているタークスワッキンガー将軍を見て、俺は選択を迫られていた。


 このままこの男を置いて逃げる事は出来る。

 すでに俺はツジンさま配下の兵士をひとり斬り殺しているのだから、何としても逃走を図らなければならない立場だ。


 その点において逃げるという選択肢以外に俺は選ぶべき道がないわけだが、それとは別に本当にこの男がタークスワッキンガー将軍そのひとであった場合は、何かの切り札になるのではないかと一瞬そう脳裏によぎったのも事実だ。


「怪我の具合はどうなっている、こいつはひどい……」

「ああ、脚がもう動かないところを見ると、背中の筋を激しく痛めた様だ。血はどうにか自力で止血する事ができたが、神経はどうする事もできん」


 ワッキンガー将軍の側に近付いて助け起こしてみれば、やはりその顔は将軍そのひとであった。

 観覧台から昼間の内に練兵場で号令をかけている姿を目撃していたし、この任務に加わるにあたって、彼が市中を歩いている姿も仲間たちと紛れて観察し、顔はしっかりと覚え込まされていた。

 ただし今のワッキンガー将軍は血の気の失せた土色の表情をしていて、本人が言う様にあまりにも体の状態が悪いに違いない。

 むしろ生きていた事こそが驚きだが、助け起こしながら声をかけた。


「俺の正体についてあんたは何も聞かないが、俺を頼っても平気なのか?」

「この姿を見てもらえばわかるが、どのみちこの場に放り出されていれば、やがて死んでしまうか殺されるかのどちらかだ。それよりは君に賭ける事にしようと思う」


 苦しい顔をしながら将軍はそう言って言葉をいったん区切ると、改めて俺を見上げて続きの句を口にする。


「常々俺は物事を公正明大に取り計らう事が肝要だと考えている。君が俺を助けてくれるのであれば、必ずやその行いに応えよう。君がいったい何者であってもだ」

「そうか、ならば助けてやる……で、ご自分で聖なる癒しの魔法をお使いになられたのか?」

「まさか、その回復魔法は騎士修道会の独占するところで、俺などが教えてもらえるはずがない。軍医の処方した回復役を使ったのだ。ガハッゴホッ……すまない」

「いや構わない」


 助け起こしたところで、最早選択肢はなくなってしまったな。

 仲間を見捨てる選択をしてしまった時点でまあこれしかなかっただろう。

 この上は、この将軍を上手く利用して自分の保身を図るしかない。公正明大に処するというのであれば、その賭けに乗るのも一興だ。

 そうでなければあてもなく逃亡し続けるだけの生活が待っている。


「肩を貸せば歩けるか」

「わからん、片足は感覚がないからな……この先、近くに空井戸がある、蓋をされていると思うが、それを外せば街の下にある地下水道に潜る事が出来る」

「地下水道?」

「……ああ、この場所が戦地となった場合の事を考えて、ずいぶん以前から備えてあったものだ。俺も中に入ったのは一度だけだから詳しくは知らないが」


 そこが外の繁華のどこかに繋がっているのだという。

 ブルカ辺境伯もどうやら把握していない秘密の抜け道が存在しているらしく、果たして将軍の指示した場所まで彼を引きずりながら連れていくと、そこに空井戸が存在していた。

 将軍を座らせ、二重になった空井戸の蓋を外せば、確かに下の層には階段が存在している。


「街のど真ん中にある駐屯地の地下に、こんな迷路のような場所があったとはな……」

「もちろんミゲルシャール卿も似たようなものを市中に作っている事は間違いないだろう。彼も王都で騎士をやっていた人間だから、王都の宮殿を参考にしているはずだからな。待ってくれ、君は発光魔法は使えるか……出来れば俺は体力を温存させたい」

「ああ、力は弱いが発光魔法は使える」


 言われるままに照明の魔法を俺の前に打ち出して、深く底に続いている階段を降りた。

 将軍は体を動かすたびに浅い息を繰り返して顔をしかめていた。

 どこかで治療をしなければ一生不倶のまま過ごす身になる事は間違いない。


「この地下通路は何処に通じているのか」

「いくつかにわかれているが、このまま突き当りまで進めば左右に別れる。右は騎士修道会の裏手にある礼拝施設の近くに、もうひとつは悪所と呼ばれる繁華街の裏側に繋がっている。」

「騎士修道会の側はわかるが、どうしてもう一方は繁華街の裏側なんかに繋がっているのだ」

「ガハッ、あそこはずっと以前は土地の状態が悪く湿地だった場所だ。それ故に街の中でも空き地が残っていたのだが、結果的に街の発展とともに繁華街が出来上がったという寸法だ……」

「ふうん」


 湿気が多く土地の悪い場所に立ったために、ブルカの市中にいくつかある繁華街の場所ではあまり治安のよい場所ではなくなっているのが悪所と呼ばれているところだ。

 俺がいつも出入りしている裏路地の酒場と近く、逃げるのならば有利かも知れない。

 だがブルカの市中でも著しく治安の悪い場所でもあるので、その点は考えどころではある。


「騎士修道会に連れて行ってくれ。何やら裏切りがあったなどと屯営では騒ぎがあったが、あれは何かの間違いだ。カーネルクリーフどのがその様な事をするはずがない」

「駄目だ、悪所に向かう」

「……どうしてだ?」

「何でもだ。俺に身を預けるならば、俺の話に乗っておけ。もうすぐ騎士修道会の総長さまはミゲルシャール卿が殺してしまう予定だからな。それと悪所に住んでいる女のアテがある」

「何も聞かなかったことにしよう。これ以上聞けばその意味を正さなければならなくなる、また君の女性遍歴についてをあれこれと詮索するのは人間として誠実とは言えない……」

「そうだな。あんたもひとつ賢くなったという事だ」


 ミゲルシャール卿の騎士修道会殲滅が無ければ、確かにブルカ聖堂に逃げ込むのが常道だっただろう。

 いや逆かも知れない、しばらく身を隠すのならば悪所は最も最適なのかも知れんな。あそこは流民の坩堝であるし、多種多様な人間の屑みたいなヤツが大くいる。

 熊耳のついた俺や、出身不明な重篤の将軍が身を潜めていたところで、誰も気にしやしない。


 重たい鎧の将軍を引っ張りながら担いで移動している途中で、俺はそんな事を考えていた。

 途中で将軍を下ろす。


「どうした。俺を助けるには価値がないと判断したか」

「いいから黙っていろ。これを使う」


 俺は懐を探って硫黄の粉末の入った革袋を用意する。

 地下道はジメジメとしていて豚鼠の温床になっている様な汚らしい場所だったが、人間が並んで歩けるのが精一杯という幅で高さもさほどない。

 これぐらいであれば破壊して、天井を崩しておくのも難しくはない。

 少しでも逃走経路をごまかす事も出来る。


「それは何だ」

「硫黄の粉末だ、入り口付近を破壊しておくから待っていろ」


 将軍を待たせて置いていったん戻ると、通路の入り口付近に硫黄の粉末の入った袋を置いた。

 俺はまあり強力な魔法を使う事は出来ないが、ファイアボールの補助ぐらいには使えるはずだ。

 火球を念じて現出させ、それを天井に何度もぶつけてやる。

 威力があまりないにもかかわらず、経年劣化のお陰でバラバラと天井が崩れるのを確認したところで、硫黄の粉末の入った袋に、自分が出来る最大火力でファイアボールをぶつけてやった。


 ズドンと激しい爆発をして、地下通路の側面が大きくえぐれた。

 土煙をまき散らしてミシミシと音を立てはじめたので俺は急いで逃げたが、それでも通路が崩れる気配がないのを見て、俺は舌打ちした。

 火を燃え広がせる事は出来るが、やはり爆発力が足りないのか。


「そういう事なら、どいていろ。これで俺は体力が著しく損耗するかもしれないので、後の事は頼むぞ」

「ん?」


 見れば自力でどうにか立ち上がったタークスワッキンガー将軍が、目の前にかなり大きな火球を出現させているではないか。

 触滅隊の仲間にいた女魔法使いほどの強力なものではないが、それでも俺よりは遥かに威力があるだろう火炎弾である事は間違いない。


 ワッキンガー将軍はそれを俺が壁際に避けたところを見届けて、射出した。

 すでに俺の攻撃である程度弱っていたからだろう、最後のトドメとばかり叩き崩された。

 凄まじい爆炎に巻き込まれてせき込みながら将軍のところまでやって来ると、彼は最後の体力を使いきった様に倒れ込んでしまった。

 あわてて引き起こすと、その重たい鎧の将軍を引きずりながらふたたび移動し始めて、ようやく悪所へと繋がる外の場所に出たのである。


     ◆


「ナメルさん、いったいどうしたんだい?!」


 本来は近付くのも危険だと理解していたが、俺はワッキンガー将軍を悪所の裏道から表に出ない様にしつつ、その足でいつもの場末の酒場に向かった。

 ブルカで俺がいられる場所はここしかなかった。

 すがるべき人間は本名も知らないビビアンヌしかいなかったのだ。女がまだこの店で働いていて、本当によかった。


「時間が惜しい、説明している暇がない。お前の家に案内しろ、この男を治療したい」

「……わたしはいいのだけれど、マスターもいないから店を空けられないし」

「いないほうが都合がいい、急いでくれ。礼は何でもするからな」


 ワッキンガー将軍の血を服に染み込ませ、土埃まみれの俺が鎖帷子姿で場末の酒場に姿を現したものだから、ビビアンヌも相当に驚いていただろう。


「お礼だなんてそんな……」

「マスターはどこにいっているのだ?」

「街の向こう側が大騒ぎになっているので、今日はお客さんもこの通り坊主でしょう? だから様子を見に行くと言って出ていったきり」


 街の仲が大騒ぎというのは王国兵団の駐屯地か、あるいはそろそろ騎士修道会の聖堂でも騒ぎが大きくなっているという事だろう。


「ならば見物から帰ってこないうちに、行こう。お前にあれだけ金を遣ったのだから、しばらく遊んで暮らせるぐらいはあっただろう」

「そうだけれど、ナメルさんが帰ってくるまで預かっておこうと思って、わたしは使い込んでいないのよ」

「かわいいことを聞くのはうれしいが、今はこのひとをとにかく連れていきたい」


 はい、と小さく眼を伏せながら言った女に手伝ってもらいながら、とにかく場末の酒場の外に出た。

 こうして見れば普段は少なくない酔客の往来が見える時間帯にもかかわらず、ほとんどの人間は姿が無かった。

 恐らくは騒ぎに見物に出かけたのか、もしくは身の危険を感じて誰もが姿を隠しているのだ。

 時折重たくなってズレ落ちる将軍を担ぎ直しながら、悪所の方角へと引き返した。


 女の住まいは赤レンガ長屋だった。

 二階建ての古い建物だが、ここであるならばしばらくまともに身を隠しておく事が出来るかもしれない。

 少なくとも将軍の傷口をどうにかする事が出来れば、隙を突いて逃げ出す事も可能かもしれない。


「ナメルさん。このひとの傷、どうしよう」

「医者のアテがあるなら何とか最低限の治療をしておきたい。この男ならば街から脱出する何かしらの方法も知っている可能性がある。だからこそ回復させなければいかん」

「わかったよ。じゃあナメルさんのお金で、お医者さまにあたってみるね……」


 もうそれはお前にくれてやった金だ。

 だから俺はそれを貸してくれ、と改めて口にしてビビアンヌを抱き寄せた。


「迷惑事に巻き込んでしまったのは悪かった。この男は公正明大を旨としている男らしいので、この男が生きて後日に繋がる事があれば、お前は最大の勲功を得た事になるだろう」

「ナメルさんはどこにいくの……?」

「誰かが近づいてこないか表で見張りをする。ビビアンヌ、頭に手ぬぐいを巻いてくれ。この耳だと目立つ」


 熊獣人である事に俺は誇りを持っているが、頭の上にある両の丸耳が自己主張しているのがいただけない。

 今ばかりはその事が気になって、隠す様にビビアンヌに指示を飛ばした。


 外は深夜を迎える時刻にも関わらず、通りのあちことでは人間たちが激しく往来をしていた。

 どうやら騎士修道会にミゲルシャールさまが踏み込んだらしい。

 繁華の客たちがブルカの兵士たちに追い立てられて、見物を解散させられたのだろう。


「長い夜になった。人生の岐路だ……」


 生き残る事を考えて、何としてもこの将軍を使って今後の模索をしなければならない。

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