閑話 ブルカ辺境伯の乱 三
夜を待って行動を開始する。
それまでにわずかでも睡眠と食事をむさぼり取って体を休めていたが、緊張する体が楽になる事は無かった。
夕刻過ぎになると邸宅の敷地内は煌々と松明で照らし出され、倉庫は開け放たれていた。
「各員、準備はいいな?」
「応、いつでも行ける」
俺が倉庫の中で大蛇の確認をしている背後で、その様な声が聞こえた。
これからいざ決起が行われるのだ。
木箱の中で大人しくしていた大蛇は、その木箱のクイを外して外気を吸い込むと、途端に厚い鱗をこすり合わせる様にして俺たちを威嚇していた。
「本当に支配の呪いとやらは大丈夫なんだろうな?」
「安心しろ、これまでもサラマンダーやガーゴイルだって言う事を聞かせてきた。俺が命令を与えている限りは大丈夫だ」
「お、お前が怪我をしたり死んでしまった場合はどうなるのだ……?」
ブルカの街中で暴れ出すんじゃないのだろうか。
俺としてはわかりきった結末を脳裏に連想して、松明に照らされた頬を吊り上げて見せた。
「そうならない様にせいぜい俺を守るんだ。コントロールが出来なくなると、支配魔法が解けてこいつは勝手に暴れ出すだろうからな」
木箱の内側には格子の檻があるが、こいつが暴れ出せば簡単に鉄格子などはひしゃげてしまうのではないか。
緊張した面持ちの兵士がチラチラと俺の顔を確認しながらその檻の扉を開いた。
大蛇は、長く太い先割れの下を出し入れしている。
そうしてゆっくりととぐろを巻いていた体を解いて倉庫の外に出てくるのだ。
よしいい子だ。そのまま暴れずに移動を開始するぞ。
本音を言えば俺だって気色のいいものではないのだが、ここで支配魔法を使っている俺が微妙な顔をしていると、その恐怖が伝播する事は理解していた。
さも当たり前の事の様に大蛇の隣に立ってこれに命令を与えた。
敷地の庭園を移動しながら、塀を乗り越えるんだ。
見守っていた修道騎士に偽装したツジンさまの部下たちも、無言でその動きに追従する。
「では予定通り、駐屯地の内部にこのままティタノボアを解き放つ。場所は練兵場の側にある兵舎でいいんだな?」
「貴様の働きにかかっている、おめおめ失敗無き様に」
「ははっ……」
監視のブルカ騎士に確認を取ったつもりだったが、俺に返事をくれたのはツジンさまだった。
ガラス球の装飾を鼻の上に引き上げながら俺にうなずいて見せると、最早後戻りすることなく塀の外へとティタノボアを移動させる。
木々をめきめきと押し倒しながら塀を乗り越えたところまで見送ると、俺も急いで同じ様に塀を乗り越えた。
戦争が近くなりあらゆる物資が高騰しはじめたおかげで、大都会の夜は思った以上に真っ暗だった。
繁華街であればまた違うのだろうが、市街地の屋敷から漏れる明かりも少なく、俺が隣家の庭に侵入したところでバレる心配など無い様子だった。
あるいはこの屋敷の人間たちも留守にしているのかも知れない。
いや、ツジンさまの事だ。そういう手配を事前にやっていた可能性すらある。
バキバキと植え込みを引き倒したティタノボアは、そうして障害にぶつかることなくオルヴィアンヌ王国のブルカ兵団駐屯地へと侵入したのだ。
ティタノボアが駐屯地の練兵場に姿を現すと、すぐにもブルカ兵団の兵士たちが騒ぎ始めた。
当たり前だ。王国の兵士とは夜中であっても松明を絶やさず営内に歩哨を立てている徹底した警戒態勢を維持していた。
ブルカ辺境伯さまの裏切りを警戒しての事ではなく、それが王国軍の規律であるからだ。
ここで若い貴族軍人の子弟たちが騎士見習いとして規律を学んでいく。
見習いの間は扱いは平民出の兵士と何も変わるものは無く、交代で歩哨に立たされたり厳しい制裁を喰らう事もある。
きっとこの時に歩哨に立っていたのも、どこかの貴族軍人の子弟だったのだろう。
成人したばかりの若すぎる女騎士の格好をした者が、混乱からか誰何を正す規則に従って大蛇に叫び続けていた。
当然モンスターが相手に意味のある行動ではなく、その誰何はやがて大蛇に絞め殺されて悲鳴へとかわり無言になった。
それをきっかけにして、他の立哨中だった兵士たちが集まりはじめ、そしてティタノボアの存在に気が付いたのだ。
蜂の巣をつつく騒ぎとはこの事だろう。
俺も親父殿の命令で養蜂の作業を指揮した時、支配魔法を受けていない、勝手に住み着いた女王バチの巣をいじった時にはこの様な感じだった。
ミツバチどもは熊人間を、潜在的に天敵とでも認識しているのだろうか。
同じ様に人間はモンスターどもを魂のレベルで天敵だと理解しているのだ。
「急げ、将軍をお呼びしろ!」
「ええい若輩どもは下がっていろ、槍隊横列体系を作れ!!」
十丈を超える体格のティタノボアを相手に、あまり意味があるとは思えない槍列を形成して、兵舎に近付こうとするモンスターの妨害をはじめていた。
大きく長い同体を左右に振りながら前進するティタノボアは、面白い様にその厚い鱗で槍の攻撃を弾きながら建物へと進む。
そろそろ俺の支配魔法が届かないところまでやってきただろう。
俺は駐屯地をぐるりと囲む塀の内側、植え込みの中でそれを監察して適当に見守る事にした。
槍列はあっさりと聞き倒されて騎士や騎士見習い、兵士たちが無駄な抵抗をしたり見守る中で、何人かの犠牲者が丸のみにされている様子だった。
知恵の足りない大蛇でよかったと俺は内心に思った。
ガーゴイルの時も大概に苦労をさせられたものだが、サラマンダーを魔法で支配する際には何日もかけて命令をヤツの頭に刻み込ませたものだ。
知恵の回らないモンスターは単純な命令しか指示する事が出来ない。
だがかえって知恵の回らないモンスターだけに、暴れろとただ念じるだけで、ティタノボアは大いに暴れてくれた。
当然、現場に駆け付けた当直待機中の騎士や兵士だけではどうにもならないことが発覚すると、王国兵団を率いている将軍が姿を現した様だった。
王家の紋章をあしらったマントに豪華な甲冑だ。
あれが噂の将軍タークスワッキンガーで間違いないだろう。トリキックワッキンガー卿のご子息だというが、混乱の中にあっても堂々としたものだ。
ひと目見るだけで王都中央のお貴族さまである事はわかる御曹司然とした青年が、たくさんの幹部騎士を引き連れながら飛び出してくるのがわかった。
「魔法で攻撃せよ。お前たちは不用意に近付くな!」
「各員遠争に変更して弓射用意! 魔法使い前へ!!」
やはり動じない将軍が姿を現して将兵たちは少し落ち着きを取り戻した様だった。
知恵の足りないモンスターを相手にいい動きだ。
人間はリーダーの指示に従って古来から組織的に戦ってきたのだからこれは正しい戦い方なのだろう。
「巨大とは言え所詮は蛇だ。マダラパイクと戦う時の様に頭を集中的に狙え!」
的確な指示を飛ばしながら将軍さまも自ら魔法を手先より発射させる。
ファイアボールの射撃を喰らったティタノボアは、それを嫌がる様にして鎌首を引っ込めて見せた。
その瞬間によく炎が燃え広がったのは、わざと硫黄の粉末を皮にまぶしてあったからだ。
派手に燃えれば派手な騒ぎになる事は間違いない。
「どういう事だ、ファイアボールの攻撃中止! ウィンドカッターに切り替えろ!!」
器用なもので魔法使いというわけでもないのに、将軍さまは修道騎士並にいくつもの魔法を使い分ける事が出来るらしい。
そしてその攻撃は適切だ。
炎はまぶしてあった硫黄の粉末のせいで紅蓮を際立たせるので、まるで女神様から炎の加護を受けたモンスターの様に見えてかえって攻撃を控えさせたが、風の魔法を使った攻撃には何か対処させるための仕込みがあったわけではない。
「効果があるぞ、風の魔法で集中的に頭を攻撃しろ!!」
ああこれは駄目だな、時間の問題だ。
確かに巨大なティタノボアであっても、火を吐くわけでなく毒があるわけでもない。
咆哮に魔力が宿っているというドラゴンの仲間とは違って大きさを武器に戦うモンスターだから、このままいけば将軍さまの指揮のもとに倒されてしまうはずだ。
しかしそのタイミングを邪魔する様に別の場所で押し問答がはじまったのを確認した。
植込みのすぐ近くでふたりの若い騎士と兵士が言い合っている。
「騎士修道会だと? この非常時だぞ!!」
「騒ぎを聞きつけて何事かと集まって来たようです。どうされます」
「ええい、将軍にお伺いを立てている場合ではないぞ。説明不要だ追い返せ!!」
さらにいいタイミングで横やりが入ったのはもうひとつあった。
駐屯地の別の入り口には同じ様に市域を夜間警ら中の衛兵たちが駆けつけて、そちらでも押し問答開始している様だ。
そろそろ頃合いではないかと観覧台のある駐屯地近くの邸宅を見やる。
しかし、ここからは駐屯地を囲む塀が邪魔をして確認する事が出来なかった。
クソックソッ、肝心な時にどうなっているのか確認できない!
俺が植え込みを出ればすぐにも捕縛されてしまう。しかし状況は知りたいというジレンマだ。
この計画そのものが失敗すれば俺は逃げるタイミングを見失ってしまった事になるのだ。
本来、失敗が許されない計画であるのはわかっているが、計画が失敗した時はしばらく繁華裏の汚い酒場に逃げ込んで、身を隠した後にどこかの田舎へ逃走するつもりだったのだ。
この間にもブルカ兵団に属する将兵たちが、次々に寝床から飛び出して練兵場へと集まってきている。
時間がたてばたつほど混乱は回復する。
いったいどうなっているんだ!
「ああっ将軍さま!」
そんな風に心の中で悪態をついていると、どうやらあのブルカさまのお身内と思われる狙撃手が、一撃を入れて見せたのだ。
もはや傷だらけになったティタノボアの顔を見上げて隙ができれば一撃を加えてやろうと、タークスワッキンガー卿は剣を引き抜いて身構えていたらしい。
そこをどこからともなく、いや観覧台から狙っていた剛弓の一撃が放たれて、剣を逆手に構えた若い将軍の肩が射抜かれた。
完全に致命傷を狙った一撃では無かったが、さすがに知恵の回らないモンスターであっても敵の隙を見逃すほどの間抜けではなく、ワッキンガーさまはあっさりと喰らいつかれた様だった。
作戦は成功だ。
俺はやるべき事をしっかりと成し遂げた。
王国兵団の将軍を暗殺するという計画の主要な役割をしっかりとこなしたのだ。
統制を失った王国兵団の兵士たちは、てんでバラバラに将軍さまを助け出そうとティタノボアめがけて次々と斬りかかっていった。
だが無駄な事だ。
もはや俺もこの場に伏せている必要がなくなったことを確認すると、修道騎士に扮した仲間たちを引き入れるためにティタノボアから逆の方向に走り出した。
「将軍さまがやられた! 将軍さまが化け物に喰い殺されたぞ!!」
俺はわざとらしく叫びまくった。
兵舎や詰所から飛び出してきた兵士に、とにかく練兵場の方向を指しながら混乱を誘ってやる。
「早く仲間を集めて化け物をどうにかしないと!」
「貴様はどうするんだ?!」
「表に修道騎士が来ているんだろう?! だったら援軍を呼んでもらう、騎士修道会の本部もすぐ隣じゃないか!!」
偽装修道騎士たちはまんまと兵団駐屯地へと入り込んだ。
後は王国軍の兵士どもを皆殺しにするだけだ。その隙に俺もここから脱出する。
もう、たくさんだ……
おかげさまをもちまして、異世界村八分は今日で1周年を迎える事が出来ました。
ありがとうございます、ありがとうございます!
ここまでお読み続けてくださった読者のみなさまの応援で、今日まで更新を続ける事が出来たのだと思います!
ただいま鋭意、書籍化作業を並行して頑張っております!
また、近日中に祝1周年記念SSの掲載を予定しておりますので、お楽しみに!
今回はッヨイさまパートだょ。




