227 フクランダー寺院の遺構はダンジョン化していました 9
「来るぞ! 散開しろッ」
「ゴブリンが来ましたわ! 先に出てきたところを背後から引きずりよせますわよ!」
「ダビデくんと眼が合った。ダビデくんが見ている!」
予想外の展開だ。
まさかゴブリンのガーディアンと一緒にダビデくんまで釣れてしまうとはな。
俺は叫びながら周囲の仲間たちに警戒を呼び掛けながら、咄嗟に下がり気味に剣を抜き放った。
「あなたのお相手はわたくしですわよ!」
カラメルネーゼさんは飛び出して来たゴブリンガーディアンの足に向かって蛸足を伸ばすではないか。
ゴブリンは手にこん棒の様なものを持っていたが、眼の前にいたニシカさんに襲いかかる前に、脚を取られて見事にすってんころりんと倒れるではないか。
「ちょっと、あなたどういう体重をしているのかしら! ダイエットをお勧めしますわよっ」
蛸足麗人が見当違いな事を叫びながらずるずるとゴブリンを引き寄せようとしているとこりに、ダビデくんが飛び出して来て、ゴブリンをまたぎ飛ぶ。
どうやら石像で出来たゴーレムの癖に、このガーディアンは予想以上にヌルヌルと動くではないか。
ダビデくんと俺は視線を交差させている。
眼と眼が合った瞬間に魅かれあうものでもあった様に、彼は俺をめがけて一心不乱に飛び出してくるのだった。
「よしダビデくん、君の相手はこの俺だ!」
「ダイアナザーデイですか?」
「へっ?」
一瞬、ヒト型石像のダビデくんが謎の言葉を発したかと思うと、次の瞬間に腰につった短剣を引き抜くではないか。
呆けている間に抜き放たれたその白刃、いや錆び付いた切れ味のいかにも悪そうな短剣の刃が、ぬんとばかり俺に襲いかかってくるではないか。
俺はそのまま引き付ける様にしてその錆びた短剣を叩き落してやった。
しかし、カラメルネーゼさんが不満を叫んだように、このガーディアンの一撃は妙に重苦しかった。
人間とは構造がそもそも違うので、何というか一撃が重い感じがする。
「ご主人さま、後ろから!」
アタックをしかけますと男装の麗人が叫びたかったのだろう。
視野の端に彼女が駆け抜ける姿が見えて、そのまま剣の腹をつかってしたたかに背中を叩きつける様に一撃を加えてやった。
どうもこのガーディアン、背後にも眼が付いている様に機敏に反応するではないか。
俺に叩きつけた短剣をぐるんとありえない確度で腕を回して見せ、そのまま男装の麗人の一撃を受けて見せる。
しかしさすがにこの瞬間ばかりは隙が出来ている事は間違いない。
けもみみがその隙を逃さずに駆け出すと、勢いを載せて長剣を斬りつけたのである。
今度は腹を使って斬るというよりは、刃こぼれ覚悟で強引に叩きつけると言う様な、加速の勢いに乗せた一撃だ。
ダビデくんの首に向かってその剣は走り抜けて、と思ったら腕を持ち上げやがった。
ガキンッ!
激しい音を立てながら短剣を持つ手とは反対側でそれを受け止める。
「シューターさん、攻撃が効かない!」
「エルパコ下がれっ!」
最悪だ。ダビデは不死身か!
よくよく考えるとこいつは別に生命体ではないし無駄に硬いので、わざわざ錆びた短剣で受ける必要がないのである。
そもそも生命体ではないのだから不死身というのもあながち間違いではないな。
などと舌を巻いている場合では無かった。
「閣下、みなさん。どこかに必ず弱点があるはずですよ! 魔法で駆動しているという事は、必ず魔力が尽きれば停止しますし!」
「じゃあこのまま戦いながらいなして、上手い具合に逃げ回ると言うのはどうですかなみなさん!!」
女魔法使いがいざという時のために護符を構えながらも叫びをあげると、それに呼応する様にゴブリンのガーディアンと戦っていたデルテ卿が叫び返していた。
まるでタコが獲物に食らいつく様にしてカラメルネーゼさんはゴブリンのガーディアンを羽交い絞めにしていた。
そうしておきながら、ニシカさんとデルテ卿がタコ殴りよろしくボコボコに武器の柄で叩きつけていたのだが。
「一体、二体ならそれもいいでしょうが、この後何体もいますわ! そんな事をやっていたら……体力が持ちませんわよ!」
「急所がどこかにあるのなら、手あたり次第攻撃すればいいだけじゃねえか!」
どうやら女魔法使いの言う弱点を探して、弱そうな場所を攻撃しているらしい。
けもみみと男装の麗人が、ふたたびほぼ同時にダビデくんめがけて前後から斬りかかる姿を目撃した。
斬りかかると言うよりはもはや刃を振り抜く様にして攻撃を仕掛けているという有様だ。
ほとんど同時に攻撃のタイミングを合わせたまではよかったが、やはり武器を持つ腕とそうでない腕の両方でガードされてしまった。
「おい、首だ首を狙え! こいつにも眼玉が付いているなら、見えなくなりゃただの石ころと変わりゃしねえ!」
ニシカさんが閃いたとばかり喚き散らしたところで、蛸足麗人が暴れる犯人を地面に押さえつけるお巡りさんの要領で、ゴブリンガーディアンを体重をかけて押し倒した。
そこをデルテ卿が思い切り、剣を振り上げて斬首する。
ガツンと激しい音がしたところで、意外にもあっさり首がもげたのだが、
「キャア!」
「爆散しましたわ!」
首がもげた瞬間にゴブリンガーディアンが思いの外派手に爆発四散したではないか。
ニシカさんはその豪快な性格に似合わない悲鳴を上げて、ゴブリンガーディアンを自重で押し倒していた蛸足麗人は爆散する破片をもろに被る結果になってしまった。
一瞬それを見ていた俺たちも、今度はけもみみと男装の麗人と連携を取って同じ攻撃を仕掛ける目配せをする。
俺めがけて飛び出して来たダビデくんの剣を、先ほどと同じ様に弾き上げる。
どうも魔法の駆動兵器といってもそこまで知恵が回らない様子のダビデくんは、単調な動きでまた剣を空中に泳がせてくれた。
そこにけもみみと男装の麗人が、ふたたみ息を合わせて斬りつける。
ここも先ほどと似たような流れになってダビデくんが短剣と腕でガードしてみせるのだが、最後が違う。
俺はその瞬間を待って剣を頭上に引き上げると、力いっぱいダビデくんの顔に振り下ろしてやった。
ガツンという撃音は響いたけれど、手に響く感触は乾いた粘土を斬りつける様な意外なものだった。
そのまま力任せに斬り伏せると、まっこう斬りよろしくダビデくんの顔面が真っぷたつに割れ、固い感触のある首根でその勢いは止まった。
そして当然の様にダビデくんが爆散する。
「ほげぇ!」
爆散した大小の石礫のひとつが俺の股間に直撃しなければ、たぶん上手く処理できたと俺は口にしたかもしれない。
しかし無慈悲にひもぱんの上からめり込んだ石礫は、だいぶ爆発のダメージで勢いがついてたのか、その場で俺は悶絶したのである。
◆
まさかもういち度、ソープ嬢にディープキスをしていただく日がこようとは思いもしなかったぜ。
しかも衆目の面前で、奥さんたちの眼の前でである。
「ちゅぷん、ぷはぁ……すまない。わたしのためにこの様な危険な戦いをしていただく事になって」
ラミアの唾液には癒しの効果があるそうだ。
この唾液によって絞め落とされた俺も体調を回復できたし、息子に致命的なダメージを負った俺も、何事も無かったように復活する事が出来たのだが……
息子を抑えながら気絶した姿をみんなにみられる事ほど嫌な事は無い。
「わたしたちラミアの回復魔法は、この方法でしか行う事が出来ない。シューターさんのご夫人さんたちには申し訳ないが、ゆるしてもらいたい……」
「いいえ、シューターさんが回復するのであれば何の問題もありません。シューターさんが全裸を貴ぶ部族でなければ危ないところでした」
ようやく股間の痛みから解放されてみると、俺はカサンドラに膝枕をされながら、その横から顔を突き出したソープ嬢にディープインパクトされているというとんでもない構図である。
俺はいそいそとみなさんに「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げながら飛び起きると、平伏して感謝の言葉を口にした。
ありがとうございます、ありがとうございます。
「わ、わたくしも、まさか女性の方にはじめての唇を奪われる事になるなんて思いもしませんでしたわ」
「するとカラメルネーゼさんも聖なる癒しの口付けを受けたのですか?」
「本当は婿殿とのために大切に取っておいた唇でしたのに……悔しいですわ!」
どうやら蛸足の麗人も聖なる癒しの口付けをソープ嬢にしてもらったらしい。
ひとりだけ完全武装の甲冑姿をしていたカラメルネーゼさんだったけれど、顔や触手まわりに多少の傷を負ってしまったらしいね。
悔しいですわと口にする割りには妙に上気した頬をしているので、気恥ずかしさもそこにはあるのかもしれない。
「まあ、俺もあんたも命があってよかったね」
「まったくですわ。もう少し上手い具合に対処しなければ、命がいくらあっても足りませんもの」
やっぱり全裸は危険だ。
今後は急所を守るための最低限のガードを身に着けるべきかもしれない。
などと俺が馬鹿な事を考えている間も、ちゃんと調査隊のみなさんたちは俺が苦しんでいる間に対策会議に余念がなかったらしい。
「一体ずつ釣りだす事が可能な事はわかりましたが、あの爆発はかなり危険ですね。爆発する場所を考えないと、財宝の広間に座しているガーディアンに当たって、次々に飛び出してくることになりますからね」
「たぶんわざとそういう風に爆発するギミックを仕込んであったんだろうぜ。これを考えたいにしえの魔法陣だか古代のラミア族だかは、趣味が悪いぜ」
男装の麗人とニシカさんは、爆散した破片を拾いながらそんな事を言い合っていた。
側には女魔法使いもしゃがみこんでいて、顔のパーツ部分をいくつか見つけて首をひねっている姿が見えた。
「どうやら頭まわりに強い魔力を感じるので、やはりここに何かの秘密が隠されているのでしょうね先輩。あと、材質もここだけ粘土みたいな感じになっていますから、魔法回路か何かを埋め込んでいる可能性がありますよ」
俺がダビデくんの頭をかち割った時に感じた感触はやはり間違いなかった事は、女魔法使いの証言からも確認が取れる。
「どうするのですかみなさん。頭が急所で柔らかい事がわかっても、あれだけ激しく動き回られるのではキリがありませんわよ。しかも、」
みんなの輪に加わろうとしていたカラメルネーゼさんが、途中で言葉を区切って財宝の間に顔を向けた。
「まだ後、十体近く残っておりますもの」
「剣で斬りつけるのはあまりいい気がしませんな。先ほどの一撃でこの通り刃が痛んでしまいましたぞ」
デルテ卿も先祖伝来の剣なのか、長剣の刃を気にして渋い顔をしている。
きっとブルカ連合軍の首級を上げて刃を痛めるならまだしも、石像相手に斬りつけて刃を痛めたのではいい気がしないのだろう。
するとけもみみたちと固まって様子を見守っていたタンヌダルクちゃんが、ふと自分の手に握っていた護身用のメイスを持ち上げて、何か閃いたという顔をしたのである。
「旦那さまあ、それならこのメイスをお使いになられますか?」
「確かに剣で斬りつけるよりは効果的だと思いますね、ご主人さま」
その言葉に男装の麗人も賛同してくれるのだが、問題はどうやってそのメイスの一撃をガーディアンの頭にぶち込むかである。
しばらくみんなが頭を悩ませて静かになっていたところ。
カサンドラの隣で大人しく様子を見守っていたソープ嬢が「あっ」と小さな声を漏らした。
「い、今思いついたのだが、シューターさんいいだろうか」
「何でも仰ってください。ガーディアンの駆動を停止させる方法でも思い出しましたか?」
「そうではないのだが、この広間にわたしが入る限りはガーディアンは駆動しないわけだろう」
「そうですね、あなただけなら問題ないわけだ」
「だったら、わたしがそのメイスを借りて、ガーディアンの頭を割って回れば、それで済むのではないかと思い至ったのだ……」
そうですね。
それはいいアイデアだ。
というか、どうしてそのアイデアを最初から俺たちは思いつかなかったんだ!!
シューターさんの息子は尊い犠牲になったのだ。




