226 フクランダー寺院の遺構はダンジョン化していました 8
遅くなりましたが更新です!
「まず先にわたしが向かうので、みなさんは後に付いて来て欲しい」
ガーディアンという単語を聞いてまず俺たちが連想したのは、定義上はダンジョンの主という位置づけにあるソープ嬢の眷属となるモンスターの様なものだった。
けれども彼女の案内で俺たちがラミアの財宝の眠るダンジョン最奥部まで導かれてきたところで、それは大いなる勘違いだったことを知った。
「……これは彫刻か?」
ラミア族の財宝が眠るその場所は、大きな広間上になっていてその最奥部に祭壇の様なものがあった。
祭壇には金銀財宝の類が山の様に積まれていて、そこへ至る広間の道筋にそのガーディアンはいた。
まるでギリシャ彫刻を連想させる様な、肉体美を誇る石像の数々がそこに居並んでいるのだ。
「すげえ数の石像だなおい。猿人間をかたどったものなのか?」
「わかりませんねえ、自分もはじめてみたものです」
「な、何ですの。あそこにはわたくしと同種族と思われる触手持ちの石像までありますわよ……」
そうなのである。
ここに居並んだ石像群、すなわちガーディアンたちはどれもいにしえの魔法使いが禁呪の魔法によって生み出されたとされる、様々な姿をした猿人間たちだったのだ。
ちなみに俺たちから見て一番手前のギリシャ彫刻は、普通のヒト族とゴブリンらしき姿をしている。
「これはゴーレムでしょうか。魔力を活動源にして駆動する、いにしえの魔法使いたちの魔法工作物のひとつではないでしょうかね閣下。書物の上では見た事がありましたけど、実物をこの眼で見たのははじめてです!」
教育ローンまで組んで魔法の就学に励んでいた女魔法使いであるから、ガーディアンの姿を目の当たりにしてかなりキラキラしているじゃないか。
興味深そうに入り口から顔を覗かせたタンヌダルクちゃんも「あらやだ、旦那さまとお揃いですねウフフ」などと言って、ダビデ君の息子を指さし喜んでいる。
包茎の事はどうでもいいよ!
「この通り、ラミアの財宝が眠っている場所にはガーディアンが設置されているのだ。わたしがいち度に運べる財産の数は、両手にもてる程度のものだ。家具を購入するためにはいかほどの資金が必要だろうか」
「ご主人さま。ブルカ伯金貨で一〇〇枚も用意していただければ、ひとまず家具の資金だけは調達できると思いますが」
「それならば数往復するだけで事足りるな。無理にガーディアンを取り除く必要はないか」
ソープ嬢と男装の麗人を交互に見やりながら俺は返事をした。
「シューターさん、問題はこのガーディアンたちがどの様な理屈でで警戒発動するのか、わたしにはよくわからない事だ」
「つまりソープさんがこの中に入る分には、何の問題も無く出入りできるという事ですよね」
「そうだ。この通りわたしが入っただけでは、」
するすると蛇足を滑らせる様にして秘宝の間に入り込んだソープ嬢は、そのまま祭壇の様な場所まで前進するのだった。そして振り返り、
「問題なくガーディアンは発動しない」
「しかし何らかの形でオレたちが侵入すると発動する、と。そいつは一体ずつ反応するのか、一斉に反応するのかもわからねえのか?」
「申し訳ないが、わからない。まずこのダンジョンにひとが訪れる事が稀有な存在で、このところでフクランダー寺院に姿を見せたのは……」
ブルカ辺境伯の領軍と思われる騎士の調査チームぐらいのものだったのだろう。
そして彼ら騎士たちは、そもそも最深部にたどり着くよりも前に、ダンジョンを根城にしているソープ嬢の眷属たちによって、あっさりと食い散らかされてしまったというわけである。
次に訪れたのは俺たちがだ、
「今回の様に立て続けに訪問者が訪れる事はなくなっていたからな。近くの村の行商人を除いては」
「あのう、ソープさん?」
「何だカサンドラ義姉さん」
「少し不思議に思ったのですが、その行商人の方たちはどの様にしてダンジョンのモンスターを避けてソープさんと取引をされていたのですか?」
「ふむ、その事だが、」
どうやら俺たちはフクランダー寺院の周辺捜索で大きな見落としをしていたらしいのだ。
「寺院の遺構に入ると、すぐ側に鐘が下げられた石灯籠の様なものがあっただろう」
ソープ嬢の言葉に俺たち一同は首をひねる。
すると捜索を担当していたけもみみと男装の麗人が、揃って「確かにありました」という様な顔をした。
「あの鐘を鳴らすと、灯篭の下にある穴を伝ってわたしの居住区のある場所まで音が響くように設計されている。訪問者が訪れたのがわかれば、わざわざ客人を中に招き入れる必要がないからな。わたしが寺院の洞窟下まで、顔を出す事が出来る」
「そうか、そういう風に出来ていたのですね。てっきり何かの罠があってはいけないと思って、自分もエルパコ奥さまも触らない様に注意していたのですが」
「仮にその鐘を鳴らしたとしても、きっちりと手順があるので問題ないし、これといった罠があるわけでもない」
なるほど。聞いてみれば合言葉の様に、鐘を鳴らすときは決められた数を三、五、三といった具合に間隔を置いて鳴らす取り決めを、行商人との間にしていたらしいね。
「恐らくわたしの両親がこのダンジョンを守っていた頃には、何者か得体のしれない訪問者たちが、時折姿を現していた事は間違いない」
そう言ってピンク色の髪を片手でかき上げたソープ嬢である。
すると布切れで胸を隠している程度のおべべ着用のソープ嬢だ、脇が露わになってピンク色の腋毛が露呈するではないか。
腋毛は髪色よりもさらに濃ゆい桃色をしていた。
なるほど。なるほど!
しかし俺が桃色腋毛に注目している時、調査隊のみなさんは別のものに注目を向けていたのである。
それは秘宝の間の脇に転がっている何かの装備だ。
「あれがその招かれざる訪問者の末路という事ですなカラメルネーゼ卿」
「さしずめ秘宝財宝に眼がくらんでこの広間の中に足を踏み入れたものの、このガーディアンたちに袋叩きにされてごみ屑の様に命をすり潰されたのですわ」
「しかしカラメルネーゼ卿、我々の武器は剣だ。剣ではあのガーディアンを粉砕する事はちと、難しいのではないか」
「そうですわね……」
槍はこの狭苦しい空間で戦うには不適な武器だと判断したのだろう。
この部屋の入り口にやって来る時に、長柄の武器を得意にしているデルテ卿と蛸足麗人は、すでに手にはしていなかった。
やり方によっては長柄の武器も短く構えて戦う事も可能なのだが、戦場で戦う事を旨として鍛えていた騎士のおふたりには不必要なスキルだったのかも知れない。
すると、俺の腕に手を回してたカサンドラがおずおずと俺を見上げるではないか。
「あのう、シューターさん」
「うん?」
「もしもソープさんがこのダンジョンを出て外の世界に出たいと考えた時、この財宝も一緒に持ち出せるようにしておいた方がいいのではないでしょうか」
言われてみれば確かにそうだ。
戦争でこのダンジョンに多くの人間が集まっている今なら、このガーディアンを撤去してしまう事は可能だ。
問題はその方法が見つかるのならば、というところだけどね。
「そうですねご主人さま。家具を新しく購入するといっても、例のソープさんの部屋まで配達必要があるんですよね。そうなると配達員が迷い込んでガーディアンに襲われでもしたら、ご主人さまの責任問題になってしまいます」
「シューターさん、皆殺しにしましょう! あそこにミノタウロスを模した彫刻がありますけど、野牛の一族はあんなにブサイクではないですよう!!」
カサンドラと男装の麗人、そしてタンヌダルクちゃんの意見はこの通り。
「ぼくはシューターさんに従うよ」
「いにしえの魔法使いの遺した魔法資産ですよ! 壊してしまうなんてもったいない、生け捕りにしましょう生け捕りに。ね、先輩、いいでしょう?」
「ぐぬぬ。わが槍の錆にしてやろうと思ったが、石像相手では刃も立たぬわ。こんな事ならもっと筋肉を鍛えておいた方がよかったかもしれぬ。どうだお前、俺の腹筋とあの石像、どっちがムキムキだ」
「あなた、最近お腹がぽっこり……」
他のみなさんの意見も、三々五々と様々なご様子だ。
こういう場合のダンジョンの専門家は残念ながらこの場にはいない。
雁木マリやようじょならばやはり何かの案が浮かんだのかもしれないし、地上で残留部隊の指揮を執っているハーナディンと連絡を取ってから取り決めるべきか。
俺はその辺りの決断を逡巡しながら、ふとニシカさんの方を見やった。
彼女は何のかんの言っても、ダンジョンはともかくとして森の中でかなりの場数を踏んできた人物だ。
こういう時に何か人生の相棒としてアドバイスを頂けないかと視線を向けたところ。
頭の上で腕を組んだニシカさんが、ばるんばるんと胸を揺らしてどこかに視線を飛ばしていた。
ちなみに腕を上げていて腋毛が露わになっていたので、ついついガン見してしまう。
い、いかん遺憾。
今はパンツ一丁だから、ちょっと息子がモッコリしただけで周囲のみなさんにバレてしまう。
「に、ニシカさんは何かご意見がありますでしょうか?」
「秘宝の間の入り口は狭くなっているな。だったらオレが思うに、石でもその像のひとつに投げつけて、一体ずつつり出すのが出来るか確かめればいいんじゃねえか」
しきりに何かを監察していると思ったら、ニシカさんは遮蔽物を利用して仮に全部が飛び出してきても、みんなで同時に叩ける場所を探していたというわけか。
「中のガーディアンが一斉に反応した場合はどうしますか」
「足元を見ろよ、石像の台座の」
ニシカさんがそう言うと、俺たちは言われるままに広間の中を覗き込んだ。
何年、何十年もあるいは何百年もの月日をかけて蓄積した塵と思われるものが、その広間の中に堆積してた。
空気の流れがほとんどないのだろうか、その堆積した塵はまるで地層だ。
けれども、よくよく見ると石像が歩いた足跡の様なものが残っているではないか。
その足跡を追って視線を泳がせていると、どうやら入り口付近までそれが続いている事がわかった。
「足跡の数は、手前のふたつのものだけだぜ。たぶん肥えたネズミか何かが中に飛び込んで、ガーディアンが反応したんじゃねえか」
「ダンジョンにはよく肥えたドブネズミが住み着いていると言うよ」
「キュイ?」
ニシカさんの言葉に続いて、けもみみも首肯しながら言葉を添えた。
大丈夫だぞバジル、お前は肥えたエリマキトカゲであってドブネズミじゃないからな。
なるほど猟師ふたりが眼を光らせて、このガーディアンの防御システムの片鱗は垣間見る事が出来たぜ。
ネズミの亡骸を観察する限り、ゴーレムのガーディアンの一体に近付いたところを警戒網に引っかかったというところだろうか。
足跡でわかるかぎり、反応したのはドブネズミの亡骸付近のガーディアンだ。
「どうしても全部が連れた時の事を考えれば、入り口の片側に女魔法使いを配置させるんだ。全部が連れた時は飛び出して来たところを狙って、広間そのものを封鎖しちまえばいい」
「なるほど天井を崩すというわけですわね、ニシカさん。知恵の足らない猟師上がりのお貴族さまと思っていたら、……なかなか学があるわね?」
「手前ぇ蛸足、オレ様に喧嘩売ってるのか?!」
そんなニシカさんの適切な分析とアドバイスにみんなが感心していると、悔しそうにほぞを咬んでいたカラメルネーゼさんが、ぼそりと小声で対抗心を漏らしていた。
当然ながら万能長耳はその言葉を聞き洩らさなかったらしく、ニシカさんは顔を真っ赤にして黄色い蛮族と化した。
「ま、まあ奥さまがた。そういう事であればさっそく一体ずつ釣り出してみる事にしましょうか」
あわてて間に入った男装の麗人が、ニシカさんとカラメルネーゼさんをとりなしてくれる。
その間に俺も向き直ると、ソープさんに提案をする事にする。
確かにニシカさんが言う通り、いったん一体ずつ釣りだす事に失敗したとしても、財宝の間をのものを塞いでしまえば問題ないというのはよく考えらた手だ。
もしくは外までガーディアンが出てこられないのであれば、そんな事をする必要性すらない。
「ソープさん、もしもの時はあんたの財宝が封印されてしまう事になるが、そこのマドゥーシャや土魔法を得意にしているようじょなども居ますので、最悪埋まってしまっても、掘りだす事が出来ますよ」
「お願いしても、構わないだろうか? 迷惑ばかりかけている様な気がするが……」
「そこは余り気にする必要はありませんよ。だって俺たちも上の寺院を、駐屯地とし利用させてもらうんですからね。お礼のついでみたいなもんです」
そう言って俺がニッコリと笑みを浮かべると、どういうわけかソープ嬢は上気した顔を見せて視線を外した。
何だろう、恥ずかしいのかなかなかかわいらしい態度をしてくれるけれども、さてその期待に応えるために俺たちはガーディアン相手に頑張らなくてはいけないわけだ。
「で、では事お願いするとしよう。この恩は決して忘れない」
「大袈裟ですよう。わたしたちはもう家族ですからねぇ」
「家族? そ、そうなのか?」
「そうですよう。ねえ義姉さん、そうですよねえ?」
いや家族ではないからね、タンヌダルクちゃん。
こんなところで勝手に家族にしてしまっては、ブルカ辺境伯が知ったら首と体が離されるまで俺の命が狙われるかもしれないから勘弁だ。
◆
ニシカさんの考えた作戦はこうだ。
分厚く頑丈なダンジョンの構造をうまく利用して、狭い入り口付近に一体ずつガーディアンを釣り出すの要領だ。
どのぐらいの時期かまでは不明瞭であるけれど、広間の堆積した埃を監察する限り肥えたドブネズミを追いかけたガーディアンの足跡は古くは無い。
そこで。
ひとまず様子見という事で、もっとも弱そうに見える前方右にいるゴブリンのガーディアンをまず刺激する事になった。
小石でも投げて釣りだすつもりで俺が小石を拾ったのだけれど、手元が狂う可能性も考えて、ここはニシカさんが自信が風の魔法でコントロールして投げてくれるらしい。
「いいか、オレがこの石を投げるから女魔法使いとカラメルネーゼは、入り口の両脇に待機しておいてくれ。もし実寸大のゴブリン人形だけが動き出してこちらにきたら、背後からカラメルネーゼがその触手でからめとってやるんだ」
なるほどこれなら抵抗力を簡単に奪う事が出来ますね。
実は酒好きの黄色い蛮族だと思っていたけれど、やはりこういう狩りの手筈を考えさせるとニシカさんは冴えますね!
「もし一斉にゴーレムが動き出した時は、わたしが迷わず入り口の天井を破壊すればいいのですね?」
「そうだぜ、遠慮なく大魔法で叩きつぶしてくれ。そんときゃ土と煙で大変な事になるだろうから、みんなさっさと撤退だ」
場合によっては女魔法使いの大威力魔法が引き金で、ダンジョンのあちこちが崩落する可能性もあるから、気を付けなければいけない。俺がそんな事を心配したけれど、
「その心配はありませんよ。そのあたりの威力調整は任せてください」
ポンとローブの上から胸を叩いて見せた女魔法使いが太鼓判を押してくれた。
また事前に出入りに問題の無いソープ嬢にガーディアンの材質を確認してもらったところ、
「つるりとした肌触りで材質まではわからないけれど、金属という事はない様だ」
「それならば剣の腹で思い切り叩く事も出来るし、あるいは刃こぼれを気にしないならば斬りつける方法もあるかもしれないな」
このファンタジー世界の長剣は本身が肉厚で刃広に作ってあるので、その点は多少強引な使い方をしてもちょっとやそっとで折れないのがありがたい。
俺がそういう反応をしたのを見て、先祖伝来なのか高価な剣を抱いていた蛸足麗人やデルテ騎士爵以外は可能性を見出した様だ。
「じゃあいいな、投げるぞ?」
ニシカさんが全員の確認を取ったところで、とりあえず入り口付近の待機組以外は後方に下がらせる。
投げた小石に反応して出てきたところを、カラメルネーゼさんが羽交い絞めにする。
問題ない。
「ほらよ!」
そう言ってニシカさんが軽い拍子で小石を投げた。
小石はアーチを描きながらコツンとゴブリンのガーディアンの腹あたりにコツンとぶつかると、そのまま弾け飛んで地面に転がったのである。
するとギシギシと音を立てたゴブリンガーゴイルが動き出すではないか。
台座からのそのそと降りたそのゴブリンガーディアンは、そのままニシカさんの投げた石を見つけると拾い上げた。
そうしておいて、周囲をキョロキョロと見回している。
俺たちはその姿を固唾をのんで見守っていたが、いつまでたってもこちらに気が付かない事に業を煮やしたニシカさんが、手近にあった別の小石を拾って、またガーディアンに投げつけるではないか。
今度は勢いを多少付けて、ゴブリンガーディアンの頭にガツンと一撃を与えてやった。
さすがにこれで気付かないという事は無いだろうとニシカさんはニヤリとしてみせたけれど、その勢いの付いた小石は跳ね返った際に、隣のダビデくんにぶつかったのである。
「あっ……」
「ちょっ?!」
二体のガーゴイルが俺たちの方向に向き直った。
俺とダビデくんが見つめ合う格好になってしまったのだ。
「すまん、やっちまったな!」




