211 稲妻作戦を開始します
いったん投稿後、本文後半に加筆を加えました。
秋のからりと晴れ上がったリンドルの早朝。
大本営前に広がった敷地に、軍装きらびやかな騎歩五〇〇〇余の軍勢が整列した。
「辺境の大地はブルカ辺境伯ミゲルシャールという暴風雨によって、植民する全ての臣民に災害を受けている。けれども僕は何ひとつこれを恐れるものではない。なぜならば、」
マリアツンデレジア別邸の前に簡易でこさえられた特設ステージから、煌びやかな甲冑を纏った少年リンドル子爵シェーン卿が演説をしていた。
馬子にも衣裳などと言えば失礼にあたるかもしれないが、シェーン少年のその装いは、お貴族さまたちの旗頭に相応しい豪奢なものだった。
やはり諸侯たちを従えるためには、相応の血筋と威厳がなければならない。
そう言う意味で、図らずも彼がブルカ辺境伯という辺境の巨頭の血筋である事は幸いしたのかも知れない。あるいはマリアツンデレジアという本物の王侯貴族、宮廷伯の令嬢から教育を受けてきた賜物かも知れないね。
本人的にはマリアちゃんのおかげと思った方が、きっと幸せになれる。
「ここにブルカ辺境伯の反逆、独立建国へと立ち上ろうとする国王陛下への不義不忠を許さぬものと、多くの諸侯とその兵士たちが集まってくれたからである」
いったん言葉を区切った彼は、おもちゃの拡声器みたいなラッパ状の器具を持ち直して息継ぎをしたところで、言葉を続ける。
「わが盟主連合軍の総勢力は各方面に在陣するものを含めると一万にも及ぶ空前の兵力と言えるのだ。よって、僕はこの戦いに必ずや辺境の盟主連合軍が勝利する事を確信するものだ!」
なかなか様になった演説だぜ。
恐らくはこういう演説めいたものに手慣れているアレクサンドロシアちゃんやツンデレのマリアちゃん、あるいは雁木マリたちが、ようじょが必要と考える要点を加えながらアドバイスし、作成した原稿が存在しているのだろう。
俺はその演説を、サルワタの軍勢が集まっている列の最前列に立ちながら傾注していた。
隣には当然ながら俺の奥さんのひとりゴルゴライ準女爵アレクサンドロシアちゃんが、紅のマントを靡かせながら立っていた。
その後ろには正妻カサンドラと、俺の副官タンヌダルクちゃんという並びになっている。
さらに背後にはセレスタで雇った傭兵のみなさんや、アレクサンドロシアちゃんが引き連れてきた供回りの修道騎士たちが立っていた。
ようじょはこの盟主連合軍の大本営に参謀団のひとりとして参加しているので、特設ステージの脇にいるのがここからも見える。ポンチョ姿に参謀である事を表す金モールが付いているのが愛らしい。
「国王陛下には、これより僕と諸侯たちの連名によるブルカ伯弾劾の起請文が届けられるだろう。これにともない、」
騎士修道会の本隊を率いる事になっている雁木マリは、それとは別の配下たちを連れて列を形成している。
こんな調子でオッペンハーゲン隊、ベストレ隊、セレスタ隊、ドワーフ隊などが整列し、それぞれの集団からこの編成完結式の演説を聞いていたのだ。
「本日より盟主連合軍の旗頭となったこの僕シェーンが、ブルカ辺境伯ミゲルシャール打倒のための作戦を実施すを宣言する。みなの者、慈悲深き女神様にブルカ辺境伯の魂と肉体を捧げるのだ。鋭!」
「おおおおお応っ!」
シェーン少年が儀礼剣を引き抜いて秋の空にこれを掲げる。
すると五〇〇〇余の将兵たちが一斉にその言葉に続き、秋の声を地鳴りの様に響かせるのであった。
なるほど、この種の儀式というものは土地によって風習が違うものである。
モノの本によれば、広く太平洋に点在するポリネシア系の諸部族たちは戦闘舞踊と呼ばれる鼓舞を行う事があるそうだ。
実際にはあらゆるシーンで利用される一般的な民族舞踊の一部なのだそうだが、有名なところではラグビーの試合前にニュージーランドやトンガといった国々の選手たちが、このウォークライを実演しているのをテレビで見た事があった。
まさに本物の秋の声を眼にするのはこれがはじめてであるけれど、あまりの異様な雰囲気のために俺はこの場に合って、不思議な臨場感を味わうのだった。
体中に駆け走るアドレナリンで、妙に落ち着きを無くしてしまうのだ。
「作戦を開始するにあたり、盟主連合の旗頭として戦争の総司令官にリンドル前子爵第二夫人マリアツンデレジア卿を任命する!」
異議のあるものは無いかッ、とおもちゃの拡声器で叫ぶが、当然これは事前に決められたことなので誰からも不満の声は上がらない。
声のかかったマリアツンデレジアは甲冑をきしませながら特設ステージの前へとやってくると、そのまま膝を折って義息子の前で臣従の姿勢を見せた。
その彼女にむかってステージから駆け下りたシェーン少年が、先ほど天に掲げて見せた儀礼剣を差し出すと、それをマリアちゃんが受け取る。
「義母さま、この度の作戦の事はよろしくおねがいします。決して命を危険にさらしてはいけません」
「わかっていますの」
とかなんとか、恐らくそんなやり取りが義母子間で行われた事だろう。
かすかに口を動かす姿をお互いに見せたところで、拝受した剣を持ってマリアちゃんは立ち上がり、諸卿を睥睨するのだ。
「これよりわたしが盟主連合軍の総司令官として、旗頭シェーンさまに代わって作戦全般の指揮を執ります。オッペンハーゲン男爵ドラコフ卿、セレスタ男爵オコネイル卿、及びベストレ男爵ベストレ卿を諸隊の指揮官に任命する故、総司令官であるわたしの補佐をしていただきますの。また守護聖人シューター卿は盟主連合軍の軍監、岩窟王国バンダレーンタイン陛下の軍勢は戦略予備とします。各々方、よろしいですのね?」
「「「「応ッ!」」」
さらにマリアちゃんは周囲を見回して言葉を続ける。
「わたしたちは本作戦に従い、リンドル領リンドル川の対岸へ進軍しますの。また、これらとは別にゴルゴライ方面の防備を固めなくてはなりません。その守備を担任する方面司令官に同領の準女爵アレクサンドロシア=ジュメェ卿を宛てます。女神様の枢機卿にして騎士修道会の聖少女修道騎士ガンギマリーさまは、アレクサンドロシア卿とともに前線で遅滞行動をしていただきたいですの」
「総司令官どのに誓って大勝利を」
「任せてちょうだい!」
女領主奥さんと聖少女婚約者の言葉に頷いて見せたマリアちゃんは、ツンとしたおすまし顔を取り繕って周囲を改めて睥睨した。
「かつてオルヴィアンヌの建国王たる初代陛下はこう言葉を残しましたの、戦場は鋼の如し。わたしたちは鋼を火にくべ、その熱をもって変幻自在に攻めよせるのですの!」
各々解散!
という号令直下、俺たちは一斉に貴人の礼を取って総司令官マリアツンデレジアに平伏した。
主力部隊は渡河作戦を決行し、アレクサンドロシアちゃんと雁木マリはゴルゴライの守備を固める。
次に愛しいふたりの女性と顔を合わせる時は勝利か敗北か。
何れにせよゴルゴライの戦線で会いまみえる事は間違いないのだ。
「急ぎ足にゴルゴライへとんぼ返りせねばらなぬ故、形ばかりになってしまうがの。作戦にあたってお前たちが前線指揮を執る際に不具合が無い様、各々に騎士の位を授ける事とするので心得よ」
サルワタの幹部たちが集まったのを確認した女領主が、そんな言葉を口にした。
俺たちの中には事実上の立場と実際の地位が合致しない人間がゴロゴロいた。
それも当然だろう。ほんの半年前までサルワタはこの女領主が女手ひとつで采配を振るっていれば事足りるほど小さな村に付帯した領地に過ぎなかったのだ。
「まずは軍監となったお兄ちゃんが、いつまでもサルワタの平騎士というのでは外聞が悪すぎる」
「そういうもんですかねえ……」
「そういうものだ。よって本日よりスルーヌの領地をお前に分爵しよう。今日からスルーヌ騎士爵だおめでとうお兄ちゃん騎士爵!」
肩書で仕事をするわけではないので俺としてはどうでもよかったのだが、俺はこの瞬間領主さまになった。
軽いなおい……。
「お兄ちゃん騎士見習であったニシカとエルパコ、そなたらは軍監となったお兄ちゃん騎士爵シューターを補佐するために改めてスルーヌの騎士として主に奉公せよ」
「お、おう。オレ様も立派なお貴族さまというわけだな」
「まかせてよ」
戦時任官とでも言うのだろうか。
騎士というのは領主に臣従する、いわば代理人だ。平時にあっては徴税官や代官を担い、警備責任者に任命される事もある。サルワタであれば俺がこの警備責任者であった。
戦場では領主に代わって前線の士気を任される事もあるのだ。
「さてこれによって、サルワタの騎士がいなくなってしまったので困ったな」
ニヤリとしてみせた女領主は俺の方を向いた。
実際のところは昨夜のうちに、寝所で奥さんたちと床に就いた時に相談していた事なんだけれどね。
「エレクトラとダイソンには、これまでもわらわの近習としてよく仕えてくれた。本日ただいまよりそなたらはサルワタ騎士になった。騎士エレクトラ及び騎士ダイソン、これからもわらわをよろしくたのむ」
「あ、ありがとうございます村長さま!」
「これからも俺は村長さまに付いていきますぜ。うっうっ」
「村長ではないッ!」
感極まって泣きべそ状態の元冒険者ふたりに、女村長は憤怒して言い返していた。
「それはいいのですけれども。ドロシア。わたくしの地位はどうなるのかしら」
「お前はすでに騎士爵で、実家は子爵位の令嬢であろう。大年増だがな」
「大年増はひとこと余計ですわね。許しませんわよ……」
「シューターに引っ付いて戦場に出るのだから、適当にサルワタ騎士でもスルーヌ騎士でも、ゴルゴライの騎士とでも名乗っているとよかろう」
「ぐぬぬぬ……」
「お兄ちゃん、この触手の女騎士と奴隷に付いては自由な裁量で適当に地位を与えておけばよい」
わかりましたと俺が返事をすると、カラメルネーゼさんが蛸足をわきわきさせながら「当然、騎士爵夫人ですわね?」と口走ったので奥さんたちがらブーイングが飛んだ。
「それじゃあスルーヌの御用商人という事でひとつ」
「わかりましたわ……」
何事も順番が大事な我が家であるから、そういうことは大正義カサンドラとご相談くださいね。それが順番ってもんです……
ところでその正妻カサンドラであるが、
「あ、あのう。するとわたしたちシューターさんの妻の立場はどうなるのでしょうか?」
「カサンドラとタンヌダルクはこれによってスルーヌ騎士爵夫人である。サルワタ騎士爵であるとか、ゴルゴライ準女爵の夫の夫人などとややこしい事はこれで解消だ。ふたりはお兄ちゃんの副官として戦場でよく補佐するのだぞ」
「は、はい。わかりました」
「了解ですよう」
よかったのかよくわからないのか、強引に纏め上げた女領主はひとりご満悦な顔であった。
渡河のために各領地の軍が移動を開始しているのをチラリと見やりながら、アレクサンドロシアちゃんが快活に笑って俺たちに言う。
「次に会う時は、稲妻作戦の成功であってほしいものだ。お前たちよろしく頼むぞ!」
もちろん勝つために、負けないために俺たちは死力を尽くすしかない。
俺はまた家族が揃った姿をこの眼で見たいからな。
そんな事を考えながらひとりひとり奥さんや家族を見やっていたら、ニシカさんだけがぶすりとした顔でそっぽを向いた。そうでした、内密にな。
照れんなよ俺の奥さん。




