203 五頭会談 4
投稿後、一部修正を加えて後半に加筆しました。
「……ば、バンダレーンタイン陛下」
「よい。親しくバンダレと呼んでくださればよろしいですぞ。苦しゅうない」
ようやくひと心地ついて、俺たちは応接セットに腰かけながら対面した。
どうやら空手経験のあるらしいサンタ王は、マリアちゃんの差し出した濡れ手ぬぐいで鼻の辺りを抑えている。
けれどその豪快ジジイな性格から鼻血の事など気にもしていないらしかった。
とは言え王様相手に俺たちはそういうわけにはいかない。
バンダレなんて親しく言えるわけないだろ!
「隣国であっても、あなたは仮にも国王陛下だ。その様なお方が徒手空拳で、ひとつ勝負を挑んでみようなどとは、どういうおつもりなんですかねえ……。冗談にしては度が過ぎますし、何かの間違いがありましたでは済まないですよ」
「そうですの。シューターさまにもしも何かの間違いがあったら困りますの」
そっちかよ、という突っ込みが口を付いて飛び出しそうになるのを必死で抑える。
すると豪快顔にようやく生真面目な雰囲気を浮かべたサンタ王は、並んで座っていた俺とマリアちゃんを交互に見比べた。
「すまんのう。どうしても確かめておきたかったのだよ」
「先ほどもその様な事を仰っておりましたけれど、いったいどういう事なんだ?」
「うむ、それはの」
このマリアツンデレジアの私室に俺を呼び出したのには、やはり次のようなわけがあったのだ。
もともとブルカ辺境伯の打倒をするためにと反ブルカ連合軍のために参集した諸侯たちであるけれど、その際にはそれぞれの有力者たちが大軍を擁してこのリンドルへと集まって来ていた。
例えばオッペンハーゲン男爵のドラコフ卿は、領地から三〇〇〇にものぼる精兵を引き連れてリンドル郊外で野営をさせている。
ベストレ男爵も同じ様に、当地で雇い入れた異民族の集団を母体とした傭兵団を率いており、それがリンドルの港近くに在陣しているそうだ。
「シューターさま。この様に大軍を率いて入城したそれぞれの諸侯たちは、リンドル領内の民衆にとっても異様な存在である事は間違いありませんの。同時に、互いにこれから連合軍を構成する仲間同士の諸侯らにとってもまだ心安らげる存在ではないわけですのよ」
「ふむ……」
「わしと貴公がただ会うというのだけでも、他の有力諸侯。例えばオッペンハーゲンのドラコフ卿などは、あまりいい顔をせんであろうからな。ドラコフ卿がまだ家督をするより十年余りも前の話になるが、わしはあの者の率いる軍勢と、度々国境線で領地争いをしていた事がある」
集まった人間全員がお初顔合わせというわけではないらしい。
同時に、これまでは敵対した事すらもある人間がここに参集しているという事実を改めて俺は知った。
「ドラコフめは恐らくわしが貴公と接近したと知れば、岩窟王国そのものがこの辺境を平らげる野心を持っているのではないかと疑念を抱く関係があった。それではまずいのでな」
そこでホイヤという出来の悪い官憲くんを上手く利用する事をマリアツンデレジアが提案したそうである。
あの融通の利かない官憲は、シェーン子爵の雇った言わばマリアちゃんの監視役だ。
監視役であるが、シェーン子爵は義母上さまが大好きなので、義母上の命令とあらば必ず耳を貸す様にと厳しく言いつけられていたらしい。
「シェーンさまよりホイヤがわたくしの側仕えを命じられた際、閣下はわたくしの夫たるべき人物なので、今後あなたがわたくしの身辺を世話するのであればしっかりと顔を見ておきなさいと、そう言いつけておきましたの」
それでわざわざあの新米官憲くんが俺たちサルワタの人間の案内役をやっていたのか。
恐らくはサルワタ、と言うより俺とツンデレのマリアちゃんが急接近している事を知っているシェーンの事だ、そういう命令をマリアちゃんがしたと聞いて渡りに船とばかり、この際は逐一ホイヤに報告させようなどと思ったらしい。
「では今回俺を呼び出した時も、あの男が自分から呼び出しの役をやったんだな」
「そうなる様に仕向けさせませましたの。その隙にバンダレーンタイン陛下をわたくしの部屋へ、入れ違いに入っていただいたのです」
「まったく手の込んだことをやったもので」
しかし、だからと言って俺がいきなりこの豪快ジジイのサンタ王に襲撃された理由にはならないし、説明もないじゃないか。
その辺りの事に付いて俺が質問を向けたところ、
「そこだの。貴公がご自身の噂に付いてどれほど存じ上げているかわしは知らんのだが、辺境北部に現れた全裸を貴ぶ英雄が、醜悪巨大な邪龍王ワイバーンを討伐したと言うはなしが、この夏に話題になった」
「全裸の英雄……」
口にして言葉にしてみると、ものすごく耳障りの悪い響きだったので俺は顔をしかめた。
隣に座るツンデレのマリアちゃんは、すました顔に少しだけ上気したてフフンという表情を浮かべていた。
たぶんだが、俺が褒められているのがちょっと自慢みたいな感じだった。
「その後、女神様の祝福を受けた守護聖人となった全裸を貴ぶ英雄は、さらにはブルカに潜んでおった地獄の門番たる地龍王バジリスクを仲間たちとともに倒したとも聞いておる。英雄は戦いの最中、常に一糸まとわぬ姿で槍を振るい、そして何者も恐れず常に最前線に立っていたそうだの」
「…………」
おいじいさん、いや国王陛下。
俺を見てくれもっと見てくれ!
今俺が果たして全裸だろうか? いや違う。俺は仮にもサルワタ大使として上等なおべべを着ているのだ。これは野牛の奥さんタンヌダルクちゃんが、ミノタウロス布を使って仕立ててくれたのだ。
「もちろんこれらはただの噂の域を出ないものであったけれども、貴公とという存在が確かに存在した事と、巨大なワイバーンの骨皮がブルカに運び込まれたのは事実であった。その骨皮の素材を購入したのはわしであったからな」
あのニシカさんとギムルと一緒にブルカの商会に売りつけた飛龍素材は、まわりまわってサンタ王の手元に届いていたのか!
「貴公の戦いぶりは徒手空拳を良くこなす、と聞いておったのでな。女神様の祝福を受けてこの世に降誕した聖使徒の中に、まるで貴公と同じく徒手空拳を良くこなす偉人がかつておったのだ」
「そ、それがまさかバンダレ陛下のお師匠さまだったとか」
「ご名答じゃ。わしはかつて、貴公と同じ様に女神様の聖使徒さまから、空手のご指導を受けた事がある」
「流派は?」
「わからん。その様なものは一切と聞いておらなんだが、とにかくこの拳と太い四肢を唯一の武器にして、とてもお強い方であった。まさに女神様のお遣わしになられた聖闘士……」
サンタ王は眼をすぼめながら遠くここではないどこかに想いを馳せている様だった、
興味深そうにマリアツンデレジアが相槌を打ちながら質問を飛ばす。
「すでにご存命ではないのですのね」
「当然だのう。守護聖人、あるいは聖使徒などと呼ばれても、女神様の子もまた人間だからのう」
「せめてお名前だけでも教えていただく事は出来ませんか」
女神様の守護聖人であるというなら、きっと騎士修道会の歴史を紐解けば何かの手がかりがわかるかもしれない。
俺たちが元いた世界からこのファンタジー世界に飛ばされた理由や、本当に女神様とやらの意志が存在して働いているかどうかなど。
すでにその辺りは雁木マリが調べているはずの事であるが、今の状況では何もわかっていないに等しかった。
ツジンという、辻政信と思われる人物と対立していく上でも、何か情報が得られるかもしれないのだ。
「師匠のお名前か。お名前はなマス――」
「も、若しかしてマスオオヤマ……?!」
「いや違う。マスオさまだ」
誰だよそれ。
伝説のフルコン空手の創始者かと思ったら違いました。
磯野さんちの入り婿かな?
◆
俺はこの世界のドワーフ族という存在について詳しく知らない。
人口の絶対数的にこれまであまり出くわす事が無かったからと言う理由もある。
サルワタの村には数名のドワーフたちが生活していたが、彼らは俺が元いた世界で認識していた様なファンタジーにありがちな容姿や生活をしていた。
例えば大工の親方であったり、鍛冶職人の親方であったりである。
しかし俺が今日の盟主会談で出会ったドワーフ王は、大工でもなく鍛冶職人でもなかった。
王様だから大工でも鍛冶屋でもないとか、そういう問題じゃない。
サンタ王は空手家だったのだ。
「わしは守護聖人マスオさまには、岩窟王国の建国にあたって、大変なご助力を頂いたのよ」
そう言ってむかし話をはじめたサンタ王の言葉を聞くと、次のようなことが分かった。
「もともと師匠は、女神様のお導きを布教するために辺境を歴訪しながら改宗運動をやっておられたのだ。その当時はよくわからぬ土着のトカゲの親戚を崇めている様な邪教がまん延しておってな。やれバジリスクが出たから人身御供を出さねばならぬとか、巨大すぎるマダラパイクが発生したのは、マダラさまの御怒りを買ったからだと牛をいけにえに差し出したりと」
そんな場所に高度に組織化した武装宗教団体の騎士修道会がやって来た。
まあ宗教なんてものは地元の生活と密着に結びついているものだし、何かしら文化的な背景が必ずあるものだ。
女神様の教えそのものは、ずっと古い時代にもこの辺境一帯に広げられていたけれど、それらが土着のよくわからないモンスターを崇めた様な神様と合体して、おかしなものになっていたらしい。
その崇拝の対象となっていた邪神とも言うべきモンスターを、マスオさまとお供の修道騎士たちが討伐をして、被害にあっていた地元の怪我人や病人たちを治療して、布教に励んでいたのだそうだ。
ちょっとした俺たちのいた世界の宣教師みたいなものだろうか。
ついでに聖なる癒しの魔法という高度な医療技術もあるものだから、バテレン伝来みたいな感じで一気に新興宗教めいて人気になったのかもしれない。
「当時わしは、離合集散を繰り返していたドワーフの諸族たちと戦に明け暮れている毎日でな。もともと辺境は群雄割拠著しい場所であったけれど、この土地にあった古代王国の時代にはひとつの集団であったのだ」
せめてドワーフの諸部族だけでもひとつの集団として統一を果たそうと、対立の問題となっていた鉱山の支配権を握ってドワーフの諸部族を統一したらしい。
その戦争では、謎の空手家マスオが指導したドワーフ空手家集団とでも言うべき連中が、戦争の前線で大活躍をした。
「師匠はその統一戦争の中で命を落としてしまったけれども、おかげで岩窟都市を中心とする一帯を、わしらは統一する事が出来たのだ」
「その守護聖人さまは死んでしまったのですか!」
「当時の辺境域とはそう言う場所だったのだ。貴公も辺境不敗と言われておるようだが、絶対はない。決して油断めされるでないよ」
「……へ、陛下のお言葉、肝に銘じます」
俺がゴクリとつばを呑んで頭を下げた。
確かに俺は女神様の聖使徒などと言われているが、自分がタダの人間である事はよくよく理解している。
これまで冒険者カムラに傷を負わされ、口の臭い男には危うく圧倒されそうになった。人間が素手でバジリスクに勝てる道理が無い。そして、
「師匠は、女神様の教えを広める事を快く思わなかった連中によって殺された。宴席を設けられ酒席で酒に毒を盛られたのだ。それでも数十人からなる暗殺者たちを、素手で何人も道連れにしたけれどもな」
あれは壮絶だったのう。などと遠い顔をするサンタ王に、俺は顔も知らない異世界伝説の空手家マスオを哀悼した。
どれだけ強くても毒には勝てないのだ。
ツジンならそういう手段も使ってくるかもしれない。
「シューターさま、そのカラテ使いというのは凄いですのね」
「凄いかな? 俺も使えるけど、そんなに役に立ったことはないんですけど……」
元いた世界では空手が出来たところでよほど強いか経営感覚に優れていないと、空手で身を立てる事なんてできるはずも無かったからな。
せいぜいが沖縄故老の内弟子として師範代のお手伝いや、師範代に昇格して門下生の指導をしていたぐらいだ。
空手の指導で頂いたお給金では飯が食えるどころではなかった。
県大会三位の実力では、その程度というものである。
マスオさんに空手家不敗の驕りがあったかどうかはわからないけれど、おれもこのファンタジー世界でいい気になる事が無い様に、身を引き締めなくてはいけない。
出来るだけ前線にひとりで出るのはやめておく事にする。
仲間と連携だ。
ひとりで何でもこなそうとしない事だ……
「オゲインの妹が、わしにブルカ辺境伯を討つため出馬するよう要請があった際にのう。この眼で徒手空拳を使う全裸を貴ぶ英雄の顔を見てみたいと思ったのだ。確かに女神様の祝福を受けた聖使徒というのは、どなたも面影に似たものがある」
雁木マリもしかり、俺もしかり。顔も知らない異世界伝説の空手家もしかり、だとサンタ王は笑った。
「わしは師匠に大きな恩義がある。これも何かの縁だと思って、貴公が辺境に新たな王に立つと言うのなら、建国の手助けをしようではないか」
いや、建国して王様になろうとしているのはブルカ辺境伯の方です。
ついでに俺の奥さんのひとりも同じ野心を抱いている様であるけれど、俺は王様にはなりませんのであしからず。
その辺りの事を必死で説明したところ、サンタ王はとても残念そうな顔をして、とても失礼な事を言い添えた。
「何じゃ、全裸の王朝は建国せんのか」
その言い方。
やめてください、恥ずかしくて死んでしまいます。




