195 サルワタの城が落成しました 後編
いったん投稿後、後半パートを加筆いたしました!
この城の佇まいはまるで女領主の性格そのものを表しているような場所だった。
質実剛健で実用一辺倒、武骨で粗削りな外観。
そんなアレクサンドロシアちゃんの性質をもっとも表している場所がこの円筒型の天守直下にある広間の場所だった。
どの部屋も外観が石造りなのに対して土壁で内装をする施工が行われていたけれど、この謁見の間とも呼ぶべき壇上に玉座の配置されたこの広間だけは、そうしてはいなかった。
あえて、きっとあえてなのだろう。
むき出しの石組みの壁が丸見えの状態で、ここに連れてこられた人間は、ここが貴族軍人たるアレクサンドロシアという女騎士の棲みかである事を実感する。
事実、俺はタンヌダルクちゃんと連れ立ってこの広間にやって来たところで、何やら肝が冷える様な気持ちになってしまったのだった。
秋の頃合いでまだまだ寒さとも無縁の時期だと言うのに、威圧感がこの広間にはある。
たった空手道場ほどの広さしかないのにね……
「アレクサンドロシアちゃんが探していると聞いたんだんですけどねえ。それと武装飛脚の用意が出来たと」
「おお、そうだった。紹介しようお兄ちゃん、こちらに来てくれ」
わざわざこの城の支配者がこの部屋を訪れた人間を見下ろす構図をとるために、この広間の上座は段差が付いている壇になっていた。
そこに立って法衣を着た一団と何か会話をしていたらしいアレクサンドロシアちゃんが、ニコニコとしながらこちらに手招きをしてくれる。
たぶん法衣の青年たちは修道騎士なのだろう。俺と一緒にこの村にやって来たハーナディンもすぐ側で談笑していた様だから間違いがない。
「彼らは、わらわたちサルワタの城に駐留する事になった騎士隊の者たちだ。騎士修道会の本隊はあらかたブルカ聖堂を退去する事になったのでな、その一部がこの城にやって来たというわけだ」
「ははあ、それで修道騎士のみなさんが」
しげしげと揃いの法衣を纏った若者たちを見やっていると、若い修道騎士のひとりがみんなを代表して口を開いた。
「お初にお目にかかります、騎士隊のひとつをお預かりするイサです。こちらに控えているのは俺の騎士隊の幹部ですね。ハーナディン卿とは同郷でして、そのご縁からカーネルクリーフさまにサルワタへ駐留する様にとのご指示を頂きました」
「そうなのか。ハーナディンと同郷という事は、君も猟師かな?」
「いえ、俺の実家は小作農民です」
ハーナディンの方をチラリと見やった青年イサはそんな言葉を口にした。
そして改めて青年修道騎士たちの一団は臣下の礼のつもりか、右胸に手を当てて腰を折る。
「これ以後は守護聖人シューター閣下を、命に代えましてもお守り申し上げます」
「う、うん。死なない程度に頑張って……」
小作人の子倅出身にしては流麗な仕草ておじぎをしてみせる青年イサに虚をつかれていると、ハーナディンもこちらに近付いてくるではないか。
「武装飛脚というのはこのひとたちの中から選ぶのか」
「はい。元々イサ卿の率いている騎士隊は僕の指揮していた隊でしてね、気心も知れてますからご安心ください。彼らは若い時から乗馬に親しんでいた者たちなので、立派に武装飛脚代わりの伝使が務まると思いますよ」
「「どの者でもご自由にお選びください!!!」
お選びくださいと言われても、俺は彼らがどれほどの馬の使い手なのかわからない。
そもそも論として俺より乗馬が下手な騎兵なんていないだろうから、任せる事にしよう。
「ハーナディンがこれはと思う者に託す事にしよう。すぐにもベローチュが、リンドルに届ける書簡を持ってこちらに来るはずだからよろしく頼む」
「わかりました。そうだな、リンドルまでと言う事なら少しでも軽い方がいいだろうし……」
「それならば男よりもゴブリンか、女性の修道騎士に向かわせますか」
何やら頭を突き合わせて相談をはじめたハーナディンと青年イサの事は放置しておいて、俺たちは壇上のアレクサンドロシアちゃんに視線を向けた。
「設計図では確認していたけれど、実際ここに入ったのははじめてだな。まるで王様の謁見の間みたいな作りじゃないか」
「あっはっは、そうであろう。辺境を統べる者の玉座の在処に相応しいとは思わないか」
玉座という言葉を平気で口にするアレクサンドロシアちゃんは、最早その心の内にある野心を隠してすらいないという態度だった。
少しばかりヒヤリとしたものを俺は感じたが、隣にいるタンヌダルクちゃんは「そうですねえ」などと気にもせずにいるらしい。
実はな、と女領主は小声で言葉を続ける。
「イサ卿がな、騎士修道会の本拠地から最後に撤退した騎士隊だそうだの。総長どのから書簡を預かって参ったのだ」
「カーネルクリーフどのから?」
「これを見てもらえるか」
壇上にはふたつの玉座が並んでいた。
そのうちのひとつに腰を下ろしながらアレクサンドロシアちゃんは、玉座の合間に置かれた小さな机の上の手文庫を開けて見せる。
中から蝋印の封が解かれた書簡を取り出して、俺に見せてくれる。
当然俺はまだこのファンタジー世界の全ての単語を理解していたわけではないので、そこは第二夫人のタンヌダルクちゃんが補助してくれるのだ。
俺がもうひとつの玉座に腰かけると、すかさず壇上の脇に控えていたゴブリンの使用人が、簡易イスをタンヌダルクちゃんに差し出してくれた。
「ふむふむ。騎士修道会の持つ八つのうち五つをゴルゴライに布陣、ひとつをマタンギに布陣、とありますねえ。ブルカ聖堂を守る騎士隊と、最後のひとつはサルワタの騎士隊ですかあ」
身を寄せて、代理で読み上げてくれるタンヌダルクちゃんの香水がほのかに俺の鼻を刺激した。
タンヌダルクちゃんは誇り高き野牛の一族のお姫さまだからな。こういうところにちょとこのファンタジー世界では珍しい女性と言える。
しかしそんなところに気を捉われている場合ではない。
「騎士修道会は八つの騎士隊があるのか。ブルカ聖堂に残っているというのは、カーネルクリーフ猊下をお守りする部隊と言う事であってるな。サルワタのはイサ卿の部隊。それで、マタンギに布陣した部隊というのは?」
「マタンギはゴルゴライとセレスタの間にある小さな領地だ。街道から外れた場所に領地があるために、リンドル往還では領内を通過しなかっただろう」
「確かに、名前だけは聞いていなかったが。どうしてそんな領地に騎士隊が行くんですかね」
俺がそんな当然の疑問を浮かべたところで、壇上に近付いてきたハーナディンとイサ卿が見える。
「シューターさま、マタンギの領内には修道院があるんですよ。僕はあの辺りに赴任した事がないのですが、それを守ると言う名目でマタンギに騎士隊をカーネルクリーフさまが送ったんだと思います。そうだなイサ卿?」
「はっ。マタンギの領主はゴルゴライと同じく、ブルカ辺境伯とは近しい間柄だった事がわかっています。村の幹部の往来が盛んだったことも現地の修道院長から連絡を受けていましたので」
ふたりの修道騎士によれば、マタンギはサルワタ周辺によくある領主たちと同じ様にブルカ伯とべったりの関係と言う事か。
事実、アレクサンドロシアちゃんの義実家だったクワズを除けば、スルーヌもゴルゴライもブルカ辺境伯との繋がりの深い場所だったからな。
「マタンギ領主には、対ブルカ戦争がはじまった場合はこちらに付いてもらう必要がある。あの領地がブルカ側に付いた場合は、リンドル往還を抑えられてしまう可能性があるからな」
「はい。修道院に騎士隊を駐留させる事で、少なくともマタンギ村長にはこちらに付いてもらう様に圧力をかける事が出来ます」
そんなやりとりを女領主とハーナディンがしたところで、ベローチュが書簡の収まった手文庫を持って広間に現れたのだ。
すでに騎士隊の方でも武装飛脚をしてくれる人間の選出も決まっていたらしく、男装の麗人の姿を見たところで、ひとりがずいと前に出る。
「お待たせしましたご主人さま、リンドルの養女さま宛の書簡の準備が整いました!」
「お手紙、確かにお預かりします。一両日中にリンドルへお届けいたしますので、立ち寄った場所から必ず魔法の伝書鳩を飛ばすようにいたします」
俺と女領主、そして男装の麗人が交互に顔を見あって確認を取ったところ。
小柄な少年修道騎士が、キリっとした表情をして見せてそれを受け取ってくれた。
「リンドルの御台マリアツンデレジアからは間も無く辺境諸侯の会合に参加を促す招待状が届くであろう。その前にこの書簡を届けてッヨイやガンギマリーどのの交渉の材料に使ってもらえばよい」
「はっ、お任せください!」
「そなたたち騎士修道会の主力がゴルゴライに布陣した事で、後はこのサルワタ本領の防備を固める事と、諸侯連合軍の結束を確かめる事であるな。よろしく頼むぞ!」
片膝を付いて臣下の礼をとってみせた少年修道騎士は、すぐにも踵を返して飛び出していったのだった。
いやあアレクサンドロシアちゃん。
女騎士というよりも玉座に座っていると女王様みたいだよねえ。
◆
さて問題はお城での生活だった。
この城は本館と別館の大きくふたつのお城が渡し橋で繋がれている構造なのは確認したと思う。
そのうち、本館にあるのは先ほどの謁見の広間とアレクサンドロシアちゃんの執務室、それから食堂や将来は文官たちの仕事部屋として使う予定の部屋に、騎士隊たちの詰めている部屋だ。
他にいくつかの部屋もあるのだが、とにかく軍事的な要素を優先するあまりこちらの本館は生活空間としてはまったくの居心地の悪い場所だった。
逆に別館の方は本館に比べたら出城か支城みたいな位置づけだからだろう、工事の内装進捗が思ったよりも早かったので、現在俺たちハーレム大家族はこちらを生活空間にしようと考えていたのだ。
部屋に余裕があると言うのもあって、夫婦それぞれの数だけ部屋が用意できるのさ。
ちょっとした後宮、大奥みたいな場所なんですよ奥さん。フヒヒヒ。
実際この別館に出入りできる人間は限られていて、アレクサンドロシアちゃんの護衛をしている冒険者ダイソンですらも立ち入り禁止なのだ。
エレクトラや男装の麗人、女魔法使いたちが今は連絡のためにここを行き来しているのだった。
「ドロシアさまあ。わが家のルールでは寝室はひとつ、旦那さまを囲んでお休みするのが決まりなんですよう」
「そ、それではお兄ちゃんとふたりきりで過ごしたい場合はどうすればいいのだ……」
「そのために、それぞれの夫人にはそれぞれのプライベートルームがあるんじゃないですかあ。部屋はいくらでもあるから奥さん毎にって言いだしたのはドロシアさまですよう」
夜になり夕食を終えて俺たちの新たな寝室に向かう道すがら。
ふたりの奥さんが背後で身をひそめながらお話ししている声がかすかに聞こえてきた。
「何だと。それではわらわは、お兄ちゃんと愛を確かめ合うためには書斎でしなければならないのか。雰囲気もへったくれもないではないか!」
「そういう時は旦那さまのプライベートルームでなさればいいのです。わたしはちなみに、いつでも香水と寝間着を用意していて、寝室とは別に寝台を野牛の居留地から持ち込ませましたよう」
「何と! ならばわらわもソファを書斎に持ち込むとしよう。安楽イスでは少々困るのでな……」
本館を出て渡し橋を歩いていると、吹き抜ける風に乗って奥さんたちが何を喋っていたのかまるわかりである。
俺と並んで先頭を歩いていた男装の麗人などは褐色長耳の一族だ。
きっと風向きが変わる前でも何をヒソヒソ話していたのか理解していたらしい。
事実、男装の麗人はニヤニヤ顔をして、時々俺を見上げて来るのだった。
「愛されてますね、ご主人さま。うふふ……」
「うるさいよ。それできみたちはどこで寝るんだ?」
茶化してくる男装の麗人をひと睨みしたところで、俺たちは別館の屋敷内に入る。
まあ本館と違い、こちらは燃えてしまった村長屋敷に毛が生えた程度の敷地面積だ。違いがあるとするなら村長屋敷が平屋だったのに対し、こちらは石造り三階建てというぐらいかな。
本来はここを来客者用の場所にするためだったのだが、本館は初夏の火付け殺人騒動で井戸までいくつか潰されたからな……
「タンヌダルク奥さまのお言いつけによれば……」
「奥さんによれば?」
「わたしたち奴隷も同じ寝室で寝る様にとお言いつけされました。寝具が足りていないので」
そんなひときわ大きな部屋の扉前にやってくると、ネグリジェっぽい恰好をした女魔法使いとモエキーおねえさんが並んで立っていました。
「先輩、この服スースーするんですけど」
「わたしもこの寝間着じゃないと駄目かも……なのですか?」
「当然ですね、お前たちはご主人さまとお休みになる奥さま方をお手伝いするのも役割ですよ」
何を言い出すんだこの奴隷根性まるだしの褐色エルフは!
寝室の扉を開いて見せる男装麗人は「さあ、奥さまがたのお着替えを手伝いなさい」などと命令して、自分は勝手に服を着替えにさっさと立ち去ろうとする。
何だ、さっさすがに夜伽のお手伝いではなかったか。
寝室も一緒だからちょっとだけ期待したのは内緒である。
去り際に妙にニンマリして見せるから怖いところだが……
「何をしておるお兄ちゃん」
「旦那さまあ、さっさとお着替えしてお休みしますよう」
俺はゴクリと生唾を呑みながら、奥さんふたりに両腕を抱えられて寝室に入った。
ちなみに、みんな疲れていたのか何事もなく寝てしまった。




