141 階段の白き嶺城 8
「それはよいことではないです、どれぇ」
ッヨイさまがよいことではないと仰った。
「それでマリアツンデレジアさまが晩餐会をご中座なされて……」
「おっぱいエルフは会場の隅で小さくなっているのですか?」
呆れた顔をしたベローチュの言葉にようじょも言葉を重ねたのである。
ただいまはリンドル城の大広間で行われているサルワタ大使一行を歓迎するための夜会の最中である。
リンドル城における実質的支配者であるマリアツンデレジアさまとの打ち切られた会見の後、形ばかりの謁見がシェーン子爵との間で行われた。
やった事と言えばお目通りと自己紹介を済ませたぐらいの事で、後は献上の目録を読み上げてオワリ。
事実上、リンドル側との外交交渉をどうやって行ったらいいのか、俺たちは手詰まりの状況だった。
「肝心のマリアツンデレジア夫人が不在では、どうにもならんなあ」
「せめてこの晩餐会の中で何とかシェーン子爵か側近におちかづきして、糸口をつかむしかないのです、どれぇ」
ようじょはそういう風に言うけれど、これがなかなか難しい事はこの場にいる全員が理解している事だった。
シェーン子爵の主催で行われた夜会は、立食形式で行われている。
最初こそ、上座にあるシェーン子爵家と大使のテーブルで乾杯の音頭を取ったのだけれども、マリアツンデレジア夫人は名前の通りのツンデレのマリアさんなのだろうかこの場にはいない。
機嫌を損ねてしまってからこっち、まともに俺たちとは視線も合わせていないのである。
俺とカサンドラは上座のテーブルを離れて、今は大広間をゆっくりと見回していた。
くだんのマリアツンデレジアさまの機嫌を損ねてしまった原因の張本人であるニシカさんは、いつもの大好きなお酒(それも高級)が山の様にあるというのに、背中を丸めてたわわな胸を抱きかかえる様に小さくなっていた。ここから見た限り不味そうに酒杯の酒を舐めている具合だ。
ニシカさんは「お、オレ様が悪いのかよ?!」などと最初のうちは吠えていたけれど、御台さまが退席してしまった応接間がしんみり静まり返ってしまうと、事態をようやく把握したらしい。
そういう事もあるさ。
彼女は狩りでも戦闘でも、攻めに回った時は非常に辛抱強く頼もしい存在であるけれど、日常そのものに関しては不用意なところもあるのだった。
そしてその場にいた俺たち、いや俺自身も彼女を上手く制御出来なかったのだから、責任は連帯というものだ。だから、
「あまりニシカさんを責めてはいけないからな、みんな」
「はい、シューターさん」
ある意味で自分に言い聞かせる様に俺がそう口にすると、傍らのカサンドラが同意して、無言だったけれどようじょもコクリと頷いて見せた。
そしてカサンドラが俺を見上げながらそっと言う。
「シューターさん、後で優しくしてあげてくださいね」
「お、おう」
何をどう優しくしてあげればいいのか、ちょっと考えないといけないね。
酒が一番いいのだろうか、それとも他に何があるのかな。
さてと、いつまでも失敗してしまった事を悔いていては状況は打開しないわけである。
現在、俺たちの仲間内の中でも比較的口の立つ雁木マリとハーナディンの騎士修道会ペアは、リンドル子爵の文官たちに接近して少しでも交流を図ろうと頑張ってくれている。
リンドルほどの人口を抱える交流活発な街ともなると、文武両官がしっかりと作業分担をしているのが面白いね。
わかりやすく長剣を腰に帯びているひとびとが武官であり、それが護身の短剣だった場合は文官だ。
武官はピッチリとした服装を着こなしているけれど、たぶんあれがこの領内の騎士たちの正装なのだろう。
逆に文官たちはこの真夏の盛りに丈の長いローブを羽織っていて、帯で腰をしぼっている姿だ。
こうして観察すると武官は男性が多く、文官は女性が多い。
「してみると、エミール第三夫人はかつてこの文官団のひとりだったという事だろうかね」
「前子爵の秘書官だったというので、たぶんそうだと思うのです」
「よし、そのあたりの事をハーナディンに聞き出してもらおうかな」
「そうですねどれぇ」
文官に女性陣が多いのは都合がいい。俺はようじょと頷き合った後にけもみみを側に呼ぶと、すぐにも内容を伝えてハーナディンの元に走ってもらう事にした。
イケメンはこういう時にいいね!
「わかったよ、シューターさん」
エルパコを送り出した後、さらに大広間の全体を見回す。
武官正装にマントを羽織ったいかにも騎士然としたひとたちと、野牛の兵士タンスロットさんが談笑をしているのが見えた。
俺たちに付きしたがって外交団に参加した野牛の一族はそれほど多くないけれど、日焼けした肌の野牛の戦士というのはタッパもあって、広間全体を見渡しても頭ひとつ飛び出す大きさでよく目立つ。
当然ながら女性たちは牛面の彼らをおっかなびっくりという具合で遠巻きにしているので、誰も近づかない。
そうなると必然的に、軍人同志が交流を深める形になったのだろう。
「もし俺が全裸のままだったら、全裸の相手と親しくできたのかな?」
「大の大人がパンツも履かずに全裸になるのは、夜の寝台だけの事ですわ」
そんな俺の独り言をわざわざ拾ってくれたのは、蛸足美人のカラメルネーゼさんである。
軽口にマジで返事をされるとは思っていなかったのでびっくりだ。
けれども意図はそういう事ではなかったらしく、会話の続きを切り出してきた。
「少し前から、リンドル子爵さまはこの晩餐会をつまらなさそうに眺めておいでですわ。側仕えの女中が退席している今なら接近のチャンスですわよ?」
「ううむ。けど俺みたいな中年が話しかけて上手くいくだろうかね、きれい所でお近づきになったほうがいいんじゃないだろうか」
いつだったか野牛の一族と湖畔で宴会をやった時、女村長が村中から若い女をかき集めて接待攻撃をしようとしていたのを思い出した。
あの時は新婚早々のカサンドラまで参加して、みんなでお酌をしまくったものである。
してみると、あの早撃ちボーイを篭絡するためにはどういうきれい所がいいのだろうかね。
むかし俺がとある企業の創立記念パーティーに参加した時の事を頭の中で追想した。
俺はその企業のただのバイト君でしかなかったので、別に重要な役割を担っていたわけではない。正社員や関係取引先の人間が円滑に会場にやって来れる様に。あるいは二次会場にスムーズに移動出来る様にとタクシーの手配やら移動の補助を、一張羅のスーツでやったぐらいの事だ。
けれどもその時の努力を評価されたのか、関係取引先の社長さんにどういうわけか気に入ってもらえて、二次会が終わると夜の歓楽街に遊びに連れて行ってもらったのだった。
当時俺はまだ二十歳になったばかりの春も恥じらうチェリーマン。珈琲一杯で二万円もする様なお値段で素敵な夜のお姉さんたちがいるお店にやって来たのだ。
「また連れてきてもらってくださいね」
クラブのお姉さんはそう言った。
俺よりも数歳年上のお姉さんかわいいきれい。とても俺の小遣いじゃこれない場所に社長さんが連れて来てくれたのだとしっかりと理解されている顔をお姉さんはしていた。
俺もバイトの身分でありながらイッパシの会社員のフリを気取っていたのに、すべてを見透かされていた。
あの時は一応、バイト先の青年取締役が何かの時にと名刺も持たせてくれていたのに、ね。
「よし、若い少年は年上のお姉さんに憧れるものだ」
「シューターさん?」
「確かシェーン君は十二歳だったな。大人の魅力で篭絡させるのならば、相応の年齢の相手と言えばッヨイさまになるんだが……」
俺は綺麗にドレスアップしたようじょを見た。
フレアリボンドレスのようじょはかわいいなあ。確かに同年代という事であればようじょはきっと可愛いと見る向きもあるが、
「どれぇ?」
「早撃ちシェーンは御年で領主として子爵位を継承した大人の立場だ。きっと自分が大人としてやっていけると思っている可能性がある。なのでッヨイさまだけでなく、お姉さんと一緒に送り出すのがいいだろうな……」
そう言いながら手に持った酒杯をテーブルに置いて仲間たちを見回した。
年上のお姉さんと言ってまず理想的な気がするのはカサンドラだ。彼女ならば家中の奥さんたちの中では長女的な立ち位置(実年齢は別にしても)であり、しっかり者である。
けれども甘えさせてくれるタイプ、というとちょっと違うかもしれない。俺だけに対してかもしれないが、おっかないところがある。
あと本気で惚れられたら困る。カサンドラはそういう点で優しいところがありそうなので、上手くいなすというのは出来なさそうだ。
「何かしら?」
「大事なのはちょっと年上のお姉さんという雰囲気がいいのではないかな。何しろ背伸びをしてみれば届きそうなのがいい」
ではカラメルネーゼはどうだろうか。年齢は男色男爵やうちのアレクサンドロシアちゃんと同期同世代であるから。たぶん三〇前後といったところだろうか。
してみると年齢はお姉さんすぎやしませんかねぇ、という事になるので却下だ。包容力という意味ではピルピルの触手に抱き留められれば昇天出来るかもしれないが物理的にそれでは困る。
ただしお貴族さまの出身で、かつ押し出がいいところもあるし交渉力もある。年の功で若い早撃ちボーイを軽くいなす事が出来るかもしれないという意味では頼りがいにある。
だが年齢がな。背伸びする相手かどうかはちょっと……
「あ、あのご主人さま」
「俺が大人を気取って背伸びしていた頃の事を考えると、女子大生か家庭教師のお姉さんかOLさんがよかった気がするんだよな。この雰囲気が当てはまるのは、もしかしたらあるいは」
ベローチュは男装の麗人である。一見ボーイッシュに見える顔つきと髪型をしているが、後ろ髪は長く三つ編みにして垂らしているいわゆるギャップ萌えがある? かもしれない。
それに胸が大きいのも男子が大喜びしそうなポイントな気がする。
年齢を重ねていくとおっぱいに対する趣向というのは実に変化するもので、俺は若すぎる頃ならおっぱいは大きいほうがいいに決まっているとある種の幻想を抱いていたけれども、エルパコを見たまえ諸君。何もないところに、ひよこ豆のオアシスがあるのを連想するのだ。
俺の結論はけもみみは最高だぜという事に至った。
「よし、エルパコ。君はリンドル子爵のところにいって、ご機嫌を取ってきなさい」
「な、何でですかご主人さま。この流れだと自分をご指名くださるんじゃないのですか?!」
胡乱な眼で俺が男装の麗人を見返すと、とても不服そうに大きな胸を揺らして俺の結論もまた揺れた。
「そ、そうかな。若い少年はおっぱいは大きいほうがいいかな?」
「どうでしょうか。シューターさんなら、かたち大きさに差別なく、ありがとうございますありがとうございますと言ってくださりますけれども」
言わなくていい事をカサンドラが口にしたので、俺は女性陣から白い目を向けられた。
これじゃ俺が片っ端から周辺の女性に手を付けている全裸の変態みたいな扱いじゃないか!
とても悲しくなったので、べローチュの酒杯を奪って飲み干してやった。
「じ、自分にまかせてください。さ、ッヨイさま自分と交渉にいきましょう」
「わかりましたどれぇのどれぇ!」
出来る事なら保険の保険だ。
ようじょとベローチュが居住まいを正していざ若き領主のところへ向かうのを送り出すと、俺は向き直った。
「カラメルネーゼさん、それとなくふたりをバックアップしてくださりませんかね。俺はマリアツンデレジア夫人がもしもどってきた時の事を考えて、待機しておきます」
「了解しましたわ。ッヨイ子さまがおられるのでめったな事はないと思いますけれど、サポートはお任せくださいな」
「頼んだぜ」
ひらひらと触手をさせたカラメルネーゼさんは、シェーン子爵のもとに向かった。
気が付けば50万UVに到達する事が出来ました。
これもひとえに読者のみなさまのおかげでございます。
ありがとうございます、ありがとうございます!




