133 俺たちは首実検をします
本年最後の投稿になります。
活動報告を更新しました。
夜が明けるのを待って、触滅隊の追撃を実施していた男色男爵と妖精剣士隊が、俺たちの野営キャンプのある場所まで意気揚々と引き上げてきた。
生存者はわずか三名という少なさだったが、これは尋問により貴重な情報源となる事だろう。
文をしたためたハーナディンは雁木マリと連名でそれに署名し、セレスタ司祭に尋問の協力をする様に依頼をかけていた。
きっと司祭さまの容赦ない尋問と教化が行われるに違いない。
しかし男色男爵の格好は、朝の日差しのもとにそれをみると強烈だ。
ピンク色のサーコートに紫のトゲトゲが付いた胸当てという一種独特の装束は、オネエがオーダーメイドで用意させたものなんだろうな。
豪華な衣装とは裏腹に、男色男爵の手には盗賊の首が握られていてその組み合わせがちょっと不気味だった。
触滅隊を奇襲した際はカサンドラを守って野営地を守っていたカラメルネーゼさんは、旧知の男色男爵を見つけると、簡易テントから出て来て俺たちの側にやって来た。
「まるで猛り狂った牡馬みたいですこと」
「アタシの自慢の山岳騎兵はね、どんな悪路だって走破しちゃうのよぉ」
どう、すごいでしょ? とばかり手に持った盗賊の首を俺たちの前に放り出してみせる。
哀れ首だけになった盗賊の顔は、白目を剥いていた。
「オコネイルさまは、さすが後宮警護を任されるほどの腕前があるというわけか」
「そうですわね。王族のみなさまをお守りするためには武芸に秀でていないといけませんもの。それに近衛の仕事は女でなければ務まりませんわ」
「女……」
どう見ても男色男爵は男だ。背高い格好に肩はがっしりとしていて、やや?せ型ではあるけれど、バスケットボール選手みたいな体形と言えば伝わるだろうか。
つまり、本物のオネエなのだろう……
「騎兵突撃のタイミングは完璧でしたからね。あれは格好よかったぜ」
「それにしてもシューター卿だって、あの触滅隊幹部のニコラを打ち取ったのでしょう? さすがは全裸を貴ぶ部族の戦士さまだわぁ。惚れちゃった」
厚ぼったい唇を突き立てて、片目をつむってみせる男色男爵である。
言うだけ言って満足したのか、男爵は野太い声で「アンタたち小休止よ!」と号令をかけて下馬した。
「いやあ、あの服装と武勲とオネエ言葉に圧倒されて言葉がありませんよ。若いころからオコネイル卿は勇猛だったのですか?」
「そうですわねえ、まるで薔薇のケンタウロスだとわたくしも思ったものですわ」
薔薇のケンタウロス……
その薔薇というのはもちろんオネエな男色の事を揶揄しているのだろう。けばけばしい衣装にトゲトゲしい攻撃、そして馬を自在に操る騎士ぶりとでも言うのだろうか。
なかなかいい得て妙な言葉である。
「あぁらネーゼちゃん、素敵なネーミングセンスしているじゃないのぉ」
「嫌味を言っているのですわよ? その色がとっても悪趣味だと言っているのですわ」
「ななな、何ですってぇ?!」
「そんな事だから、あなたはいつまでも男に逃げられっぱなしなのじゃないかしら? 童貞さん」
あ、やっぱりオコネイル男爵って男色だったんだ!
「い、言わせておけば好きな事ならべちゃって! あ、アンタだって行かず後家の万年処女じゃないかしらぁ?」
「わっわたくしはただいずれ来るべき日のために乙女の矜持を胸に生きておりますの!」
「何よ妖怪蛸足おババ!」
「言いましたわね、包茎ホモ男爵!」
ふたりの元貴族軍人たちは口汚く罵り合いながら、触手とトゲトゲの甲冑を絡ませながら喧嘩を始めてしまった。
こうなってしまっては俺の口出しする事は何もないね。
俺も包茎だし、その点を突かれると困っちゃう。
「いいのでしょうか、あのままにしておいて」
「喧嘩するほどそれだけ仲がいいんだろう。それより服をもらえないかな、いつまでも全裸じゃ恥ずかしいから」
「はい、シューターさん」
困った顔をしているカサンドラを連れて自分たちの簡易テントの前に移動することにした。
疲れた顔をした雁木マリとけもみみが、地図を広げて今後の予定を話し合っているところである。
マリは寝不足からかズレたメガネの奥にクマを作っていたし、エルパコも心なしか尻尾がだらんとしている様だった。
逆に。
続々と馬を下りてこちらにやってくる妖精剣士隊の面々を見ると、何れも疲労の色をその顔に浮かべていたが、満足そのものの表情だった。
その中のひとりが口論中の男色男爵の元に走ると何事か言葉を交わし、そのままこちらへ小走りにやって来る。
「大使閣下。あなたの使節団を襲撃しようとしていた触滅隊の連中は、残らず掃討いたしました!」
「あ、ありがとうございます。ありがとうございます……?」
「若干名逃げた者も居たようですが、すでに領内の集落及び近郊領主には伝令を飛ばしておりますので、それらの連中が捕縛されるのも時間の問題でしょう」
こちらにやって来た触滅隊の現場指揮官らしき男は、上等な衣装を着て懐剣を身に着けているカサンドラを見て、朗々と報告を行った。
隣には俺が全裸で立っていたのだが、こちらは完全に無視である。
まあ当然か。全裸だもんな!
「あのう、シューターさん?」
カサンドラは俺に助けを求める様におずおずと視線を向けて来る。
俺はあわてて言葉の続きを引き取った。
「掃討任務お疲れ様でした。確かセレスタでは触滅隊の一部幹部が指名手配されていた様に思うのですが」
「はぁ、こちらは……?」
「サルワタの騎士シューター、わたしの夫です」
どうも夫ですと俺がいつもの癖でペコペコ頭を下げると、妖精剣士隊の現場指揮官はぎょっとした顔をしたではないか。まさか全裸が大使閣下とは普通思わないし俺もその立場なら無視する。
だから早く服を着ないといけないんだよね。
「大変失礼いたしましたシューター閣下! それでそのう、そのご格好は……?」
「気にしないでください。指名手配がかかっていたという事は、連中の主だった幹部の顔については割れているという事でいいんですよね」
「街や宿場で畜生働きをした連中の幹部格については俺もいくつかこの目で見ています」
まあ逃げられてしまったんですがね、と自嘲しながらうなずきを返す現場指揮官に、俺は言葉を口にした。
「それなら見てもらいたい顔がある。昨夜、俺が仕留めた触滅隊を指揮していた男で、連中の仲間の言葉を聞いている限りニコラという人物らしい。かなりの強者で悪戦苦闘した挙句、泥沼で命のやり取りをしたもんだからこのザマだ」
「ははぁ。沼の中で斬り合いをして、服が脱げてしまいましたか」
手当が終わったとは言っても傷だらけの俺の体を見やって納得したのだろう。現場指揮官はうんうんうなずきをかえすと質問を口にする。
「で、その敵の指揮官というのはどちらに?」
「今俺の部下たちが山からこちらに運んでいるところだ。おい、エルパコ!」
「なに、シューターさん?」
けもみみを呼ぶと、一緒に雁木マリも地図から顔を上げてこちらを向いた。
「死体の回収はあとどのくらいかかりそうなんだ?」
「だいたいもう終わっているよ。ベローチュとッヨイさまが山に入っているから」
なるほど、死体回収作業はひと段落がついているらしい。
連中がアジトに使っていた猟師小屋から伏兵をしていた場所まで散開して戦ったので、死体の頭数を数えるのはちょっと大変だと思ったけれど、まあまあ順調なようだ。
しかしエルパコの言い方を見ていると、男装の麗人の事をベローチュと呼び捨てにした。つまりけもみみからするとベローチュは自分よりも下の人間という順列でも着けているのだろうか。
まあ自ら奴隷志願した人間だからそうなるのかもしれない。
「エルパコ、ベローチュを呼んできてくれるか」
「わかったよ」
こくりと頷いたけもみみは元気よく、とはいかないが小走りに少し離れた場所に走っていった。
あそこに山から回収した死体を並べているらしい。
「今のは?」
「旦那さまの第四夫人です。ハイエナの獣人種なんですよ」
「だ、第四?!」
その言葉を聞いて眼を白黒させている褐色エルフの現場指揮官を前に「まだ結婚したばかりの新婚さんなんですよ、うふふ」などと呑気に正妻は言っていた。
正妻の矜持とでも言うのだろうか、余裕の顔である。
「という事はですよカサンドラ大使閣下、他にも第二、第三の奥さまがおられるという事ですか?!」
「はい。第二夫人のタンヌダルクちゃんは野牛の族長の妹さん、第三夫人はサルワタ領の騎士爵アレクサンドロシアさまです。他にも……」
この際だから聞いておこうと思ったのだろう、現場指揮官のした質問にカサンドラがつらつらと答えていくのだけれど、他にもまだいるのかと驚いている彼である。
「彼女は婚約者ですね。騎士修道会における枢機卿にして聖少女修道騎士さまのガンギマリー卿です」
「結婚したら聖女修道騎士になるわね」
「せ、聖少女ガンギマリーさま! これは失礼しました」
そうか結婚したら聖少女じゃなくて聖女になるのかーなどと俺とカサンドラは顔を見合わせて感心していたけれど、いちいち驚愕している現場指揮官である。
よくよく考えてみると、妖精剣士隊の全員と俺たちが顔を合わせたわけではないしな。
俺とニシカさんを拘束した連中はその日の当直についていた分隊のひとつで、他にも数個の分隊があるらしい。
残りの分隊のうち、セレスタの街を出立する時に儀仗にあたったのがひとつ。こいつらは外交使節団を見送ったので当然顔が知られている。
そして同時刻にリンドルに向かう門とは反対側から迂回して出撃した今回の剣士隊の騎兵部隊だ。こいつは男色男爵が率いて救援に駆けつけてくれた。
「おたくら妖精剣士隊というのは、全員が馬に乗った集団なんですかね?」
「はい、男爵さまが王都より長耳族の中より連れてきた私兵集団です。剣技・馬術は言うに及ばず、弓術や斥候術も俺たちは仕込まれています!」
「ところで君、お名前は?」
「インモラッチオン分隊士であります」
俺の質問に嬉々として現場指揮官さんが答えてくれた。
それにしてもひどい名前だ。舌が暴れそうだぜ。
「よしインモラッチオン分隊士、首実検をしてもらいたい男が運ばれてきたので検分をお願いしたい」
「了解しました!」
向こうから死体を槍で作った担架の様なもので運んでくる野牛の兵士たちに、俺たち視線を向けた。
ベローチュとようじょがその横についてこちらにやって来る。
「ご主人さま、あらかたの死体はこれで回収ですよ」
「そう言えばベローチュはニコラの顔を知らなかったのだな」
「はい、自分は死体中に見知った指名手配者の顔はありませんでしたね。インモ、君はどうか?」
男装麗人がかつての同僚インモラッチオンに質問するが、肝心のインモラッチオンは驚いた顔をしたまま固まっていた。
「インモ?」
「あっえっと失礼しました。もしかしてこちらのご夫人も奥さまなのでしょうか?」
インモラッチオンはようじょを指さしてカサンドラに質問した。
けれども指さしたままカサンドラに向き直ったせいで、指さす方向がベローチュにズレていた。
「いえ、奴隷さんですよ」
「?!」
何という事だようじょまで奴隷にしたのかこのインモラル鬼畜貴族め、という小声が聞こえたので俺はぎょっとした。
いやいやいや、まさかッヨイさまは未成年ですからね!
「どういう事ですか、どれぇ?」
「な、何でもないのですッヨイさま。このインモ分隊士がベローチュは奥さんかどうか聞いてきたのです!」
ややこしい展開になる前にようじょに説明するついでに、インモラッチオンにも理解してもらおうと言葉を探したのだが、
「なるほどインモ、報告をするのを忘れていた。自分はこの度こちらにおられるサルワタ騎士爵配のシューター大使閣下の愛人奴隷となる事が決まった」
「た、隊長が愛人奴隷ですと? 似合わん……」
違う、こいつは勝手にやってきた押しかけ奴隷だ。奴隷のヘソピアスだってまだなんだからね!
その事をしっかりと伝えなくてはさらなる別の誤解をこのインモラッチオンがしてしまうのではないかと声をかけようとしたところ、どういうわけかカサンドラに手で制止されてしまった。
正妻がコホンと言葉を口にする。
「いけませんよベローチュちゃん。まだあなたは旦那さまの奴隷のままで、愛人になるとは決まっていないのですから。物事には順序がとても大事なのです。わかりましたか?」
「失礼しましたカサンドラ奥様。果報は寝て待てといにしえの守護聖人が伝えた言葉もあります。裸になって、自分は寝所で大人しく待つことにします」
「それがいいでしょう。でも、順番は守るのですよ」
褐色エルフのインモラッチオン分隊士だけでなく、雁木マリとエルパコまでこちらに白い眼を向けていた。
俺も白眼でぶったおれたい気分だった。
さて首実検の結果である。
「間違いない。こいつは尖突のニコラという通り名を持っている触滅隊の副隊長だった男ですよ」
「尖突のニコラ?」
「そうですね。鋭い踏み込みと伸びのある撃剣を使うので、畏怖した我々がそう名付けていました」
まさしく正しい二つ名の由来である。あれはそう呼ぶにふさわしい難敵だった事を俺も認めるね。
鱗裂きを自称しているどこかの黄色い蛮族とは違うな……。いやニシカさんもすごいひとではあるけど。
インモラッチオンの説明によると、ニコラは確かに触滅隊の人間でしかも幹部格だったらしい。
「駅馬車強盗、両替商の襲撃、それから淫行斡旋に非合法の奴隷売買と、こいつの指揮でゴルゴライとリンドルの往還はやられたい放題だったのです」
ほほう、とんんだ大悪人だというわけか。
「我がセレスタでは、公衆浴場で湯治をしていたさる商会の会頭が、その帰りがけにさらわれたことがあります」
「身代金目的の人質かな?」
「そうです。ベローチュ隊長は別の任務で留守にされている時だったので、この顔をご存じないのも仕方がありませんね」
そうだったかな? と小首をかしげている男装の麗人だ。
この格好でも女性らしい仕草をすればかわいい。
「しかしこれであのニコラが触滅隊の斥候野郎だった事は確認されたってこったな。おいシューターお手柄だなおい」
妖精剣士隊の隊員を手伝って遺体から首を切り離す作業をしていたニシカさんが、俺たちに振り返ってそんなことを言った。
このえげつない作業を妻たちに見せるのは考え物だと思ってカサンドラを下がらせようとしたけれど、元々猟師の娘だからなのか、平気そうな顔をしているじゃないか。
一番とんでもないものを見てしまったと辟易としていたのは、どうやら俺自身だったらしい。
「そういう事になるんですかねえ、こんな事なら最初から無理にでもッヨイさまを連れてくればよかったかもしれませんね。有無を言わせず特大のようじょビームを撃ち込んでおけば、あれほど苦戦する事も無かったかもしれない」
「こいつは寝起きの時は役立たずだろう、主に下半身が洪水で」
ところがそれを聞いていたようじょは、ぷりぷりとニシカさんに怒り出して不満を口にする。
「そんな事はないのですおっぱいエルフ! ッヨイはおもらししませんでした!」
「そうでしたねえッヨイさま、いいこいいこ」
「えへへ……」
◆
すべての首実検を終えた俺たちは、首なし死体をひとところに集めると、ようじょの火の魔法によって火葬する事にした。
不用意に死体を晒しておくと、ここいら界隈にワイバーンなりホラアナライオンなりという獰猛な捕食者を呼び集めてしまう結果になる。
街道の近くという事もあって、死体はしっかり焼却した後に土に埋められることになった。
騎士修道会の人間である雁木マリとハーナディンが、聖職者として女神様の聖訓を朗々と唱えた後にそれが行われた。
こいつらの死体は罪人集団のものであるから、誰もその死を悲しむ者はいない。
けれどもその成れの果てを哀れに思う事は確かである。
「触滅隊はこれで全部じゃないわぁ。コイツらを掃討しても第二、第三の触滅隊がいるのよぅ」
「今回の件がトカゲの尻尾切りにならない様に、オコネイルさんにはしっかりと治安維持にあたってもらいたいものですわ」
「当然よぉ。それにしてもシューター卿は剛腕なのねぇ。尖突のニコラと言えばアタシたちも手が付けられなかった悪党だったのに。さすがドロシアちゃんの旦那さまねぇ」
「ドロシアさんの野望もこれで安泰ですわね」
「どうもどうも」
お褒め頂き、ありがとうございます。
妻のふたりの元同僚たちに誉めそやされて、俺は頭をペコペコと下げておいた。
陽が高く昇り切る直前になって隊列を出発させた俺たちは、その日の夕刻にひとつ目の宿場へとたどり着く。そこからさらに宿場伝いに二泊したところで、ようやく本来の目的地であるリンドル領内へと到着した。
山裾にそびえる美しい佇まいの城と、それを囲む階段状の都市を見て俺たちは圧倒されるしかない。
「これが階段の白き嶺城と謳われたリンドルですか……」
馬車の跳ね窓から顔をのぞかせたヘイジョンの言葉に、俺も納得した。
みなさまよいお年を!




