123 剣と魔法の世界ですが、俺の拳は今日も無敵です
驕りの春亭を出た俺たちは、とりあえず通りで夜風に涼みながら冒険者ギルドの方に足を運んだ。
「僕はこのまま冒険者ギルドで情報収集をするよ。適当に掲示板の情報と受付の聞き取りをやったら、そのままギルドに併設されてる酒場あたりで聞き込みをしてみようかな」
「あまり遅くならない様に頼みますね。聞き込みが終わったら、さっきの驕りの春亭で落ち合いましょう」
「了解です。シューターさんはどうされます?」
うーん、そうだなあ。
今もって腕にひしっとしがみ付いているけもみみはさておいて、赤鼻のニシカさんはきっと飲み足りないだろう。
しかもひとりにしておくと、飲み過ぎて前後不覚になる気がしてちょっと怖い。
「とりあえず可能なら、例の盗賊の情報というのを聞き込んでおかないとな」
「わかりました、ギルドの方でしっかりそちらも確認しておきます。僕は冒険者たちから、シューターさんは行商人たちから」
「わかった。その優男面でしっかり情報を掴んできてくれ」
やだなぁとハーナデンはにこやかに笑った。
本人も自分のいいおとこ顔は自覚していると見たね。これで修道騎士じゃなかったら色男になっていただろう。
「ほんじゃ、オレたちゃ酒場を梯子してまわるか。変な女を引っ掛けて、病気貰うんじゃねえぞ!」
「失礼だなぁニシカさん、僕はこれでも修道騎士ですよ。避妊の魔法と性病予防にかけてはプロ中のプロなんです」
「そうだったな。だからと言って遅くに戻ってきたら、ようじょに言いつけてやるからな!」
何がおかしいのか上機嫌にケラケラ笑ったニシカさんは、水筒を口に運んで袖で拭いてみせた。
これから酒場を飲み歩いて情報収集するんだから、何も今ここで飲まなくてもいいのに……
じゃあそういう事でと冒険者ギルドに向かったハーナディンを見送ると、俺はふたりを振り返った。
「どうします、数件まわって情報を集めましょうか。ニシカさんは女性だから男を相手に聞き込みをした方がいいって話をッヨイさまが言っていましたけれど」
「おう、そうだな。だったら別行動を取るか」
「いやあひとりだとニシカさん何しでかすかわかりませんし」
「おいおい、オレ様が酒に呑まれる様なタイプに見えるか。ん?」
見えます、とは言えないのでそのままスマイルを浮かべてこちらも送り出した。
ヒラヒラと手を振って見せたニシカさんは、そのままホットパンツのポケットに手を突っ込んで、意気揚々と夜の繁華の裏手に消えていった。
「大丈夫かなニシカさん。ちゃんと銀貨は握らせているけれど」
「ニシカさんも大変だね」
「何がだい?」
だって、とエルパコはスカートの袖を抑えながら向き直ると、俺の顔を覗き込む様に見上げてくる。
「ぼくにはシューターさんがいるけれど、ニシカさんにはシューターさんがいないから。独りは寂しいんだよ」
「もしかして聞こえていたのか、俺とニシカさんの賭けの事」
「うん、風に乗って街道を移動している時に、ね」
耳がいい身内がいるのも考え物だな。などと頭をボリボリやっていると、けもみみは口元を綻ばせるとふたたび腕に手を回してきた。
「でも、ぼくはシューターさんが側にいるから幸せ者だね」
そうして、小動物の様に見上げながら俺にそう言うけもみみである。
俺は場所もわきまえずちょっとドキリとしてしまった。なんて愛らしいけもみみなんだ。
息子もそうだと言っている。
胸は見るからにぺったんこのまないたであるけれど、今の見上げる表情は女の子そのものだ。
こんなかわいい奥さんにナニが付いているわけがない! いや付いているけれど、でもそんなの関係ねぇ。
いつまでも見つめあっていると「ちょっと疲れたから、この路地裏の休憩所で休まないかい」などと口走りそうになるので、ひとまず俺たちでも出来る情報収集に出かける事にしよう。
「じゃあ移動するか」
「うん、ぼくはどこにでもついていくよ」
ようやく人ごみの中を歩き出して、ニシカさんたちが消えたの反対側の裏路地に向かう。
ニシカさんが向かった側は、どちらかというと酒好きの労働者が集まっていそうな雰囲気が出ていて、店先で酌婦のお姉さんたちが呼び込みをやっている様なところだった。
反対に俺たちが向かった方は、比較的女性の往来も見えるところから、エルパコを連れていてもたぶん違和感がない。
それぞれ聞き取りをする層を変えておけば、集まって来る情報もきっと多方面になるはずだし、軍師ようじょの指令にも合致していると言える。
歩くたびに胸の突起をこすり付けて来るような積極的すぎるけもみみに苦笑しながら裏路地の人ごみをわけながら歩いていると、
「おっとごめんよ」
ドン、と誰かにぶつかってしまった俺たちである。
ぶつかった相手は酔客らしく、ふらつく足取りを巧みに操りながらバランスを取っている。
相手が先に謝ったので、俺もあわせてペコペコしておく。
「いえ、こちらも気が付きませんで」
「お互い様って事よ」
そこまではよかったのだが。
酔客の視線をチラと見やった時、この男の眼は酒に濁ったものではなかった。
それどころかすっと手を引いてズボンのポケットに手を入れる瞬間、何かの革袋が仕舞い込まれるのをしっかりと目撃した。
「おいその金!」
「チッ」
俺の叫びと同時に舌打ちをして見せた男は、背を向けて必死に走り出した。
「シューターさん」
「エルパコ、追え!」
コクリと頷いたけもみみは、俺の腕から離れた瞬間には姿勢を低くして一気に駆けだした。
俺もすぐに後を追う。だがこう叫んでおくことも忘れない。
「おい、そいつはスリだ。俺の金を盗んで逃げやがった!」
「なんだなんだ」
「どうした?」
「スリだってよ。酔っ払ってるからいけねえんだよ」
「番兵を呼べ、番兵を」
走り抜ける瞬間にそんな会話がいくらか聞こえてくる。
もちろん俺の所持していた金を盗まれたのは間違いのない事だけれども、スリが俺の懐から盗んだのは残念ながら銅貨の入った小銭袋である。
別にこういう事を予測していたわけでもないんだが、金貨銀貨の類は取られにくい様にフィールドバッグにしっかり収まっている。
弓矢の様に飛び出していったけもみみを追って十数秒、さほど広くもない市街地の中だからすぐにもスリとエルパコに追いつく事が出来た。
場所はどうやら飲食店の裏側といった感じで、奥まったどん付きの場所である。
追い詰められたスリの男は、先ほどまで酔客のフリをしていたのが嘘の様に凄みのある顔で振り返った。
よせばいいのに腰後ろからナイフを引き抜くと、俺たちに差し向けた。
「へぇ、敏い酔客もいたもんだな。だが俺っち相手に小娘と人足風情のふたりぽっちで倒せるとでも思ったのかい」
「ぼくの事、女の子に見える?」
「そうだなあ、どっからどう見たって小娘だ。サイフを取られたと気が付いても大人しくしていればよかったのになあ。そうすればこの後、慰み者にされるなんて事はなかったんだぜ」
「そっか、ぼくが女の子に見えるんだ」
場違いな質問をした後に満足したエルパコは、俺の方に向き直ると極上の笑顔を見せた。
薄暗闇にフリルスカートがゆらり揺れて、確かに女の子らしかった。
「おい、女の背中に守られて野郎のくせに恥ずかしくねえのかい。男なら女を守って命を犠牲にするぐらいやってみればどうなんだ。ん? 恐ろしくて足も動かないのか。だったらとっととこの女を放り出して、さっさと逃げちまえ!」
こいつは何を言っているんだ? という顔をしてけもみみが小首をかしげた。
そして俺の顔を改めて見やって「どうする?」と言ってくる。
どうするもこうするも、小銭だろうと返してもらわなくちゃいけない。
などと考えていると、俺たちが無視気味だった事が気に食わなかったのか、エルパコを人質に取るつもりでスリの男は手を伸ばしてくるではないか。
「このやろっ」
もちろんけもみみはその俊敏さでひらりとかわして見せた。
だが俺も男だ、いつまでもエルパコを前に出して平気でいられるほど呑気な生活はしていない。
逃げられたとわかって、即座にナイフを振り回そうとする男の首根にこぶしを突き込んだ。
「ぐおっ」
「おら、俺が相手だ」
一撃で倒れる事はなかったが、首根を殴られた事でスリの男は混乱している。
そのままぶんと大きくナイフを振り下ろしたけれど、そこは上手く体を入れ替えて避けてやる。
しかしその瞬間にナイフを持たない反対の手がおろそかになったスリの男めがけて、俺が飛び付いてやる。
即座に相手の親指を握ってやると、そのまま付け根の関節をキメる。
親指固めという沖縄の古流空手の技のひとつで、親指一本で相手を無力化出来るという優れモノだった。
むかし俺が師事していた沖縄の古老から教わった秘儀のひとつだ。
初見で道場で俺が握手を求めたところ、最初にこの技を使われたというね。
「うごぉいでぇ。何しやがる!」
たちまち悲鳴を叫びあげたスリの男を、親指固めをしたままに引きずってやった。
ついでに反対の手で持ったナイフを振り回されたらかなわないので、腕を相手の首にかけて仰向けに転がす。
すかさず斬りつけようとしてきた男の手を、ナイフごと蹴りあげてやった。
「どべら!」
わけのわからない苦悶の声を上げたスリの男の首根に、あべこべに懐剣を突き付けてやる。
盗みには手を、というサルワタの村のルールは女村長から聞かされた事があったけれど、これはよその街でも通用する理屈なのだろうか……
「こ、こんな事をしてタダで済むと思ってるのか」
「タダで済まないという事は、どうなるんですかねえ」
「お、俺っちはこの街の裏通りを牛耳っているパンストライクさんの手下だぞ」
こんな小さな街の裏社会で顔役をやっているひとがどれほどのものかわからないが、名前があんまりにも酷いのでまるで怖くはない。
気になるのはそんな事よりパンがストライクなのかパンストをライクなのかである。
そんな事よりも、
「お前も誰を相手に刃物を振り回したのか、後で後悔することになるかもなぁ」
「何だお前、お貴族さまか商人さまの娘っ子に手を出していたのかい」
「まぁそんなもんだ」
説明するのが面倒なので適当にお茶を濁しておいたけれど、何といっても俺はサルワタ領主の送り出した外交団の大使である。
もしも貴族の送り出した大使に怪我でもさせる様な事になればご当地の領主も体面が丸つぶれ、少なくとも仲間が黙っちゃいないだろう。
「パンストライクさんを見くびるんじゃねえぞ」
「わかった、街の裏を牛耳るパンストさんだな。覚えたぞ」
まだ何かを言おうとするスリの男を地面に押さえつけて黙らせた。
するとけもみみがいつものぼんやりした表情のまま恐ろしい事を口から紡ぐ。
「シューターさん、こいつ殺そう?」
「い、いやそれはまずいだろう。仮にもよその領主さまの街中だ、あべこべにブタ箱にでもぶち込まれでもしたら村長さまに迷惑をかけるからね」
「うん。じゃあしょうがないね」
エルパコはあっさりと承諾すると、かわりに男のナイフを拾い上げて少し前まで握っていたその手のひらに突き立てた。
「うぎゃらあ!」
「少し黙ろう。こうすればもう武器は持てないよ」
さらに。
けもみみはブーツの底を男のアゴに引っ掛けると、そのまま思いっきり踏み込んだ。
今ので歯が何本か持っていかれた気がする。エルパコは容赦がなかった。
「ぶぎゃぁ。やめてくれ、俺っちが何をしたっていうんだ!」
「シューターさんはぼくが守るんだ」
「金は返す、返すから許してくれよう」
「そこまでだエルパコ。あんまりやって禍根が残ったらまずい」
禍根も何も、すでにやり過ぎの感があるのであわてて俺はエルパコを止める。
いつかこのけもみみは格闘技を教えてくれと言っていたけれど、俺から教わる事なんてないんじゃないかというぐらいに大胆で、人間が嫌がる場所を正確に攻めている。
「金は返す。これでいいだろ、もう許してくれよう」
「どうも、ありがとうございます」
もがきながら飛び起きた男は、まだ無事な左手(だが親指の関節は外れている)で路銀袋を差し出してきた。
確かにこれは俺のものだ。中身は確認していないが、しっかりヒモが結ばれているので安心だ。
さすがにスってそのまま逃亡した直後だから、中身を抜き取られたなんてないよね?
「どうするシューターさん?」
「番兵さんを呼んでしょっ引いてもらおうか」
「もしかしたら、この先の街道に出没する盗賊、このひとたちかも」
「あー、そういう可能性もあるな。雁木マリが合流したら尋問してもらうか。よし、そういう事ならなおさら番兵の詰め所までキリキリ歩こうか!」
「ま、待ってくれ。そんな事をされたら、俺っちはこの先この界隈で仕事が出来なくなっちまう」
こんなところに放置していたら逆恨みで復讐されるかもしれないし、番兵に突き出すしかないだろう。
諦めて腹をくくってもらいたいところだったけれど、よほどパンストライクさんが恐ろしいのか。
そんな半ば無力化されたスリの男を引き立たせようとしたところで、俺の思考は中断されてしまった。
何となく嫌な予感がしたけれど、けもみみがいつになく緊張の声音で俺に声をかけたのだ。
「シューターさん、後ろ!」
背後に気配を感じたと同時に、俺はスリの男を改めて蹴飛ばしながら剣を構えた。
してみると、おじさんが六人あらわれた。
俺たちは逃げられないっ!
六人の男たちの姿を確認したところ、腰に剣を吊った男に棒切れを持った男、ナイフを手にする男もいる。
こいつらがスリの男の言っていたパンストライクさんの一党という事なのだろうかね。
「パンさん、俺っちのために来てくれたんですねっ」
「おい、お貴族の旦那。あんまりウチの若いのに無茶しないでくだせぇや」
そう口にしたのがパンストライクさんそのひとだろうか。
タヌキみたいな顔をしたおっさんだった。いや、比喩じゃないよ。本当にタヌキだったんだ。
しかも俺の事をお貴族さまの旦那と、はっきりと口にした。
こいつはどういう事ですかねえ、俺の身分をどこから知ったんだろう。
辺境を歴訪する行きがけの駄賃だ。そういう正体不明の情報源は、きっちりここで吐き出してもらおうかな。
「エルパコ。今夜は残念なデートになっちゃったけど、また今度仕切り直しな」
「うん。ぼくはシューターさんの側にいればそれだけでいいよ」
「ありがとうな。ついでに、みんなを集めてもらえるかな?」
さあこの場をどう切り抜けるか思案しながら、俺はエルパコに謝罪した。
俺が突破口を開いて、エルパコを逃がした後は仲間を呼びに行かせる。
よしこれでいこう。
「うん、わかった」
けもみみは俺の視界の端でこくこくうなずくと、袋小路の店の裏側に向き直る。
そのまま膝を折り曲げたかと思うと、飲食店の屋根に手を掛けて飛び乗ってしまったのである。
「……」
「…………」
俺もパンストライク一味も唖然としながら、けもみみが屋根の上を駆けていくのを見送ってしまった。
「シューターさん待っててね! すぐ呼んでくるからッ」
「あーゆっくりでいいぞ、屋根の上は滑るから!」
「大丈夫っ」
夜の闇に溶けて消えたエルパコの影を少しの間ぽかーんと見上げていた悪党一味だったが、パンストライクさんがハッと我に返って怒声を上げた。
「馬鹿野郎。お前あいつを追え!」
「へいっ」
部下と思われるひとりが離脱してあわててけもみみを追いかけて行ったが、ちょっと出だしが遅すぎたね。どうにも追い付きそうにもないけれど、俺は敵さんの心配をしてしまう。
「さてお貴族の旦那、あんたの郎党が泊まっている場所もこれですぐに場所が知れてしまうぜ。ここで大人しく俺たちの人質になるのなら、あんたは身代金さえ払えば命を奪われるまではいかねえ。けども、ここで暴れれば残念ながら首と胴体がおさらばだ」
暗がりの中、なかなかドスの利いた声でタヌキ顔のパンストライクが恫喝した。
悪党はどんな小さな街にもいるもんだね。いや違うか、こういう交易中継の街だから、こんな悪党がはびこっているのかもしれない。
「ひとつ質問をしてもいいですか」
「おう。この状況でなかなか度胸があるじゃないか、お貴族の旦那」
「どうして俺の事が貴族だって思ったんですかね?」
「はあそういう事か、答えは簡単だ」
くっくと笑ってみせながら長剣を引き抜いたタヌキ面の猿人間が、チラリと背後を見やる。
「驕りの春に浸っているうちに、あんたは悲しみの冬を迎えていた事に気付かなかっただけさ」
「なるほどね、そういう事か」
どうやらあの驕りの春亭という場所は、こいついらパンストライクさんの一味に繋がっていたらしい。
俺たちは確かに景気よく銀貨を十枚を置いてあそこを出て来た。ヘイジョンさんは水商売のお姉さんに囲まれてよろしく楽しくやっている事だろう。
あれを見てお貴族さまだと思ったのかもしれないし、ヘイジョンさんが何かいらない事を口にしたのかもしれない。
はて、ちょっと待て。ヘイジョンさんと水商売のお姉さんが楽し気に絵を描く準備をしながら話している時にも、すでに水商売のお姉さんは俺をお貴族さまだと看破していた節がある。
「違うな、あんたらは街を出入りする人間たちを監視して、鴨になりそうなヤツをチェックしていたってわけか」
「小さな街だからな、出入りする人間の顔を抑えておく事は何も難しい事じゃねえ。そしてあんたは金払いも良すぎた。そういうこった」
最悪ですね、この街。
というかどこの街に行っても何かやっかい事に巻き込まれている気がするぜ……
「じゃあ大人しく人質になってもらおうか。断れば腕の一本や二本はへし折れると思った方がいいぜ」
「パンさん、こんな奴ぁぶん殴ってやってください! 俺の手を使い物にならなくしやがったんでさぁ」
スリの男が泣きながら懇願しているが、大人しく腕なんてへし折られるつもりもないし、殴られるのもご免だ。
「お断りだ。守るべきものもなくなったし、久しぶりに俺の拳がうなりを上げるぜ」
仲間がだれもいないのをいい事に、俺は少しだけ格好をつけてみた。




